業績を上げられないチームの特徴は何か。「人としての器」研究の第一人者・羽生琢哉さんは「チームの器はリーダーの器以上にはならない。
能力はあるが器が小さいリーダーの弊害はとくに大きい」という――。
※本稿は、羽生琢哉『組織の器』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
■リーダーにとって「器」が大切な理由
「あの上司は優秀なのに、なぜか部下が次々に辞めていく」

「特別な実績はないのに、なぜかあの人の周りには人が集まる」
経営や人事の現場に接していると、こうした場面にたびたび出会います。能力やスキルでは説明しきれない、上に立つ者としての大切な何か――それを日本では「器」というメタファーで表現します。
「器」という言葉は「個人の器」と「組織の器」という異なるレベルで用いられ、リーダーや管理職の「個人の器」が組織の意思決定や対人関係に大きな影響を与えるため、結果として組織風土や制度などの「組織の器」と結びつくことになります。ここでは話をわかりやすくするために、まずリーダーの「個人の器」に注目してみましょう。
器という視点を取り入れると、私たちが問題に直面した際の不調には3つのタイプがあることがわかります(図表1)。
1つ目は、器が満ち溢れたときで、水位が縁を越えてあふれそうなほどストレスを抱え込みすぎた状態です。ストレスが限界を超えたときには、リフレッシュ(休息)とリフレクション(内省)が必要になります。このときうまく内省が進めば、器の拡大を構想する機会になります。
2つ目は、器が欠けたときで、器そのものがひび割れて損傷し、水が漏れ出して混乱している状態です。このときにはリカバリー(回復)が必要で、ひびが軽度であれば休息で自然に治癒できますが、破損が深い場合はカウンセラーなどの専門家への相談が望ましいです。

3つ目は、器が空っぽのときで、水がすっかり抜け、喪失感や虚無感に覆われている状態です。このときにはリスタート(再出発)が求められ、過去の壊れた器を手放して新しい器をつくるための一歩が必要になります。
経営者や管理職など責任ある立場に就く人は、常に多くのストレスを抱え込みがちです。だからこそ、自分の器がいまどの状態にあるのかを把握しておくことが、自身のメンタルヘルスを守るうえでも、組織の健全な運営を維持するうえでも大切になります。
■“器の大きさ”と“幸せな人生”との相関関係
器を育てることは、単なるストレスマネジメントの話にとどまらず、人生全体の豊かさにも深く関わっています。
80年以上にわたり同一家族の2世代を追跡した「ハーバード成人発達研究」が示した結論は、健康で幸せな生活を送る鍵は「良好な人間関係」にある、というものでした。富でも、名声でも、仕事の成功でも、知能でも、社会階層でもなく、50歳時点で人間関係の満足度が高い人ほど、精神的にも肉体的にも健康な80歳を迎えていたことが報告されています。
ただし、ここでいう「人間関係」とは、友人の数や結婚の有無ではなく、関係性の「質」を指しています。心を許せる人がいるか、困ったときに頼れる人がいるか、本音で話せる相手がいるか、といった関係の深さが大切なのです。
また、人生の豊かさをもたらす人間関係は、単に気の合う人と一緒にいることと同義ではありません。同研究を解説した『グッド・ライフ』(辰巳出版)には、次のように記されています。
「幸せな人生は、複雑な人生だ。
例外は、ない。幸せな人生は喜びにあふれている……けれど、試練の連続だ。愛も多いが苦しみも多い。(中略)まさに困難や苦労こそが、豊かな人生――幸せな人生――をもたらす」
価値観の異なる他者と関わることは、ときに意見のぶつかりや感情の揺れをもたらします。しかし、その困難を経て、異質な相手と通じ合えた経験こそが、人生の豊かさにつながっていくのです。
■チームの器はリーダーの器以上にならない
こうした「異質な他者との関わり」において大切になるのが、器という考え方です。器が小さければ、自分と異なる他者を前にしたとき防衛的になり、相手を遠ざけてしまいます。逆に器が大きければ、違いを受け止め、対話を重ね、関係を深めていくことができます。
多様な価値観を持つ部下、世代の異なる若手、立場の違うステークホルダーなど、私たちは組織で働く中で、日々「異質な他者」と向き合うことになります。彼らと真摯に向き合える「器の大きさ」を持つことが、良い組織づくりにおいて不可欠であり、それが結果として豊かな人間関係(人生の豊かさ)を育むことになります。
「組織はトップの器以上にならない」と言われるように、リーダーの器は、率いるチームのあり方に大きな影響を与えます。
もしリーダーが感情的になれば、チーム全体が緊張感に包まれます。
メンバーが「今日のリーダーの機嫌はどうだろうか」と顔色をうかがうようになると、本来の業務に注がれるべきエネルギーが、そちらに奪われてしまいます。
またリーダーが防衛的になれば、メンバーは本音を言えなくなります。批判や反対意見が「攻撃」として受け取られる場では、誰もリスクを取って発言しません。リーダーの視野や許容量が、そのままチームの可能性の限界になってしまうのです。
逆に、リーダーの感情面が安定していれば、メンバーは安心して挑戦できます。リーダーが受容的な態度であれば、異なる意見も率直に出せます。リーダーの視野が広ければ、議論の質も変わり、チームとしての創発も生まれやすくなります。
■パフォーマンスが伸びない要因はどこにある?
ここで注意したいのは、リーダーの「能力」と「器」は異なるという点です。エグゼクティブサーチの専門家・小野壮彦氏は『経営×人材の超プロが教える 人を選ぶ技術』(フォレスト出版)の中で、人を捉えるときの4つの階層を提示しています(図表2)。
地上1階が「経験・知識・スキル」、地下1階が「コンピテンシー」、地下2階が「ポテンシャル(器)」、地下3階が「ソース・オブ・エナジー」です。地上に出ているものほど見えやすく変わりやすい一方、地下に潜るほど見えにくく変わりにくい性質があります。
目に見える知識やスキルは「コップに注がれた水」のような中身であり、それを支える「器」は地下深くにあって見えにくいものです。
そして、経験・知識・スキルを十分に活かすには、それを支える器が必要になります。
言い換えれば、どれほど高い能力・スキルを持っていても、器が小さければ、それが効果的な形で発揮されません。
チームのパフォーマンスが伸び悩むとき、その要因は能力やスキルの不足ではなく、リーダー自身の器の大きさにあるかもしれません。この視点に立ち、自らの器と向き合うことが、リーダー自身が変わり、ひいてはチーム全体が変わっていくための出発点になります。
■能力はあるが器が小さいリーダーが起こす弊害
ここまでを踏まえて、「能力はあるが器が小さい人」と「能力はないが器が大きい人」――どちらが会社を伸ばすのか、という問いを考えてみましょう。リーダーを「能力・実力」と「器の大きさ」の2軸で分類すると、4つのタイプが見えてきます(図表3)。
理想は能力も器も両方を備えたリーダー(Aタイプ)で、先述したとおり、器という土台があってこそ、能力が活きてきます。しかし現実には、そのバランスが崩れたリーダーが、組織に深刻な影響を与えるケースが少なくありません。
特に注意したいのが、Cタイプの「能力・実力があり、器が小さい」リーダーです。このタイプは、能力主義の社会ではしばしば称賛されます。数字を出す、案件をまとめる、難局を切り抜けるなど、そうした実力は現行の評価制度の中で可視化されやすく、短期的な成果を生む戦力として重宝されます。
しかし問題は、器の小ささゆえに、自分と異なる価値観の他者を十分に思いやれないことです。
それにより、メンバーは萎縮し、組織全体のモチベーションやモラルが低下していきがちです。すると自律的な部下から順に去り、残ったメンバーは指示待ちになり、表面的な成果創出の裏で、組織は少しずつ弱体化していってしまいます。
加えて、結果を出している実力者に対しては、周囲が反論しにくいという構造的な問題があります。「やり方は厳しいが、結果を出しているから」と黙認され、問題が表面化するまで改善の指摘がなされないまま放置されることが、よくあります。
その間に組織内部の状況が着実に悪化していくものの、気づいた頃にはすでに手遅れになっている、というのが多くの組織で繰り返されている事態ではないでしょうか。
■能力を活かすにはそれを支える器が必要
この問題の根本には、能力主義そのものへの過信があります。政治哲学者のマイケル・サンデル氏は『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)の中で、「運命の偶然性を実感することは、一定の謙虚さをもたらす」と述べています。
自分がいまの地位にあるのは自身の努力と能力の結果だと信じきっている人は、他者への共感を失いやすく、異なる立場の人を理解する想像力が働きにくくなりがちです。能力だけを拠り所にするリーダーは、謙虚さを失い、組織に分断をもたらします。そしてそれは、長期的に見れば組織の衰退へとつながっていきます。
だからこそ、能力だけでなく、器を育てることにも目を向ける必要があります。ただし、器をベースにしたアプローチでは、成果が見えにくい期間が長く続くかもしれません。
それでも辛抱強く器づくりを続けていると、ある時点でチームの空気や関係性が飛躍的に変わる瞬間が訪れます。
リーダーの器が広がることでチーム全体が活性化し、それが環境変化への適応や、持続的なイノベーションを生み出す土壌へとつながっていくのです。
まとめると、能力と器は二者択一ではなく、両方を兼ね備えていることが理想の姿です。しかし、そこには順番があり、能力(中身)を活かすには、それを支える器(土台)を整えることが先に必要です。
1on1の「やり方」を学んでも、部下を尊重する「あり方」がなければ意味ある対話にはなりにくいように、器というあり方に目を向けないまま、スキルや方法だけを学んでも、形だけの模倣にとどまってしまいます。
■器が広がると得られる“3つの価値”
器を広げることは、リーダー個人にとっても、その人が率いる組織全体にとっても、大きな価値を生み出します。その価値には、主に3つの観点があります(図表4)。
1つ目は「健やかさ」です。ここには、精神的な安定、身体的な健康、人生への満足感が含まれます。器が広がるとストレスへの耐性が高まり、感情の波に振り回されにくくなります。器の大きさは、良好なメンタルを保ち、健全な組織運営を続けるための土台になります。
2つ目は「つながり」です。器が広がると、自分と異なる他者を受け入れ、深い関係を築けるようになります。世代や立場や価値観の異なるメンバーとも信頼できる関係を築いていくことが、人生の豊かさを育み、大きな仕事を成し遂げることにも結びつきます。
3つ目は「成果創出」です。器が広がると、多様な視点を統合し、複雑な課題に対処できるようになります。短期的な数字の達成を超えて、より長い時間軸で新たな価値を生み出すことにつながります。
この3つの価値は、それぞれ循環しながら互いを強め合います。健やかさが他者への関心を生み、つながりを育てます。また異なる価値観の他者と建設的に関わることで、成果の質が高まります。そして意味ある成果が、人生の満足感を高め、健やかさへと還元されます。
器は、スキルのように短時間の研修で身につくものではありません。地下深くにあって見えにくく、変わりにくいものです。しかし、まったく変わらないわけでもありません。
重要な節目となる出来事を通じて自分自身と深く向き合ったとき、器は確実に変化していきます。
能力を高めることで短期的な成果を生み出しながら、同時に長期視点で器を育てていく――この両輪を回し続けることで、組織は持続的に伸びていきます。組織の本質的な成長は、リーダーが自らの器に向き合うところから始まっていくのです。

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羽生 琢哉(はにゅう・たくや)

人としての器 代表取締役

慶應義塾大学大学院特任講師、筑波大学働く人への心理支援開発研究センター客員研究員を兼任。人事分野の専門誌『労政時報』編集者を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科博士課程修了。博士(システムデザイン・マネジメント学)。2021年より大学院にて「人としての器」研究チームを結成し、24年に法人を設立。学会発表と対話型ワークショップ等の実践活動を展開し、研究・実践の両面から「器」の探求を続ける。修士論文「若者離職と人事部との関係性」で最優秀賞受賞。20年度人材育成学会奨励賞。

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(人としての器 代表取締役 羽生 琢哉)
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