なぜ人々は宝くじを買ってしまうのか。オックスフォード大学数学研究所教授のマーカス・デュ・ソートイさんは「宝くじは、購入者全体が必ず損をするよう設計されている。
それでも人が買ってしまうのは、確率を理解できない弱点があるからだ」という――。(第1回)
※本稿は、マーカス・デュ・ソートイ『世界のエリートが学んでいる数学的思考法』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■宝くじに夢中になるのは脳がマヒするから
多くの人が宝くじに魅了される理由は、人々が確率を理解することを苦手としているという事実に関係しています。確率とは、膨大な数の可能性の中で、それぞれが起こる可能性を評価する方法です。私たちは大きな数字を理解することを非常に苦手としています。例えば、何かが起こる確率が100万分の1だと言ったら、それは到底あり得ないことのように聞こえるでしょう。
私が住んでいるロンドンには約1000万人が暮らしています。裁判所の法廷で、目の前にいる人物のDNAが犯罪現場に残されていたDNAと一致する確率が100万分の1であるとした場合、犯罪現場にあったものとDNAが一致する人はロンドンに10人いるということになります。
つまり、目の前にいるこの1人が真犯人である確率は、実際には10分の1でしかないのです。なぜなら、他に9人の人物と一致する可能性があるからです。つまり、100万人に1人というと、とてもありそうにないように聞こえますが、実際にはかなりあり得るということです。
これは、私たちが大きな数字を評価することをいかに苦手としているかを示しています。
「とはいえ、実際には宝くじを買うべきではありません。なぜなら宝くじに当たる確率は1億4000万分の1だと言われているからです」と言う人もいるでしょう。
■なぜカジノは多額の金額を払えるのか
これはある意味では正しいのですが、ある意味では逆の見方も成り立ちます。「そうだね。でもイギリスには6000万人以上の人がいて、1週間に何人かは宝くじに当たるんだから、私にもチャンスはあるかもしれない」、と。
もし私が宝くじを買わなければ(これはもっともな意見ですが)、いくら待ち続けても絶対に当たらないということです。しかし、宝くじを買えば、わずかながら当たる可能性が生まれます。宝くじを買ってチャンスを得る方が、買わずに当たらないよりはましかもしれません。
これが確率の重要な点です。確率について知ることにより、お金を投入して賭ける価値があるかどうかをより正確に判断できるようになります。なぜなら、いかなるギャンブルであっても勝ちが保証されることはないからです。必要なのは、例えばラスベガスでカジノに挑む場合に、オッズ(配当金の倍率)を有利に活用する技術です。

もちろん、確率論から明らかであるのは、ラスベガスのような場所ではオッズが不利に働くということです。そもそも、なぜ企業がカジノを設立するのかを考えてみてください。時には、大勝した人に多額の配当金を払わなければならないことをカジノ側は理解しています。
■ギャンブルで絶対に勝てない仕組み
しかし、運の良かった数人に払うべき金額を、運が悪かった大多数が落としていった金額が上回るため、企業として利益を得ることができるのです。そして、ここが唯一にして最大のポイントです。カジノで公平にプレイしていれば、ルーレットには36個の数字があり、賭けられる数字は36個です。
ですから、1ドル賭けて当たれば、36ドルが返ってくるはずです。もし本当にそうであれば非常にフェアなゲームであり、究極的には誰かが儲もうけを得ることはなくなります。しかし、ルーレットには余分な数字があります。0があり、アメリカではしばしば00(ダブルゼロ)があります。
つまり、カジノは36個の数字があるかのように配当を支払いますが、実際には一般的に37個(ヨーロピアンルーレット)か38個(アメリカンルーレット)の数字が用意されています。つまり、勝利する確率は38分の1にもかかわらず、配当金は36分の1であるかのように支払われているのです。

つまり、実質的には、そのゲームをプレイするためのお金をカジノに払っていることになります。0や00はカジノ側が有利になるために存在しているのです。宝くじについても、この点は同じです。宝くじというものは、当せん者に支払われる金額よりもチケットの購入金額の合計の方が多くなるように設計されています。
■目先の「大当たり」に騙されて損をする人
ロト6という宝くじでは6つの数字が当たれば100万ポンド、5つの数字が当たればそれよりも少ない金額、3つの数字が当たれば10ポンドが返ってきます。しかし、全体としては、一般の人々が支払う金額の合計が賞金として支払われる金額の合計を上回るため、宝くじを運営する人々が儲かるのです。
ですから、繰り返しますが、毎週宝くじを買っている人は、長期的に見ればお金を失っていることになります。面白いのは、イギリスの宝くじでは3つの数字を当てると10ポンドもらえるということです。でも、3つの数字を当てる確率は50分の1です。
つまり、配当としてはそれほど高くありません。10ポンドを得るためには50ポンド払わなければならないので、長期的には宝くじを運営する会社に40ポンドを支払っていることになります。しかし、この事実を人々はなかなか理解してくれません。
夢のような大当たりばかりに注目してしまうのです。
ギャンブルをする際に私たちの頭を悩ませるのは、長期的に見て、賭ける価値があるかどうかを見極めなければならないということです。例えば、3つの数字を当てると60ポンドが支払われる宝くじがあるとします。3つの数字が当たる確率は50分の1で、1枚あたり1ポンドです。
■人間の脳は「100」までの数字が限界
毎週1枚ずつ、合わせて50枚の宝くじを購入した場合、そのうちの49回は負けてしまうでしょう。しかし、そのうちの1回は60ポンドを獲得することができるかもしれません。これこそがギャンブルの本質です。どんなギャンブルでも、長期的な視点で考える必要があります。長期的に見れば、確率というツールが有効に働き始めるのです。
ですから私は、宝くじに当せんする確率がいかに低いかを、時間の概念を使って説明したいと思います。人々は、4000万分の1とか10万分の1とか、そういった大きな数字が意味しているところを全く理解していないのです。そして、これは私たちの進化の過程に関係していると考えます。
なぜなら、私たちは今でも基本的にジャングルで生き延びるための脳を持っているからです。
この脳は、最大100人までの味方、あるいは敵を判別できるように進化してきました。ですから、数字の意味を直感的に理解できるのは、おそらく100という数字が限界なのでしょう。私たちが生活する国や都市について考える場合、私たちは人口の規模を直感的に把握することはできません。
■一等が当たるまでに1400万週=27万年
私は人口1000万人の都市に住んでいますが、そのような実感は全くありません。自分の周りに住んでいる人たちや、町で見かける100人ほどの集団は目に入ります。ですから、1万人と比べたときの1000人や1000万人と比べたときの1000人が何を意味するのか、人々は理解していないのです。
確率を理解するために、毎週宝くじを買っていると仮定しましょう。ロト6で3つの数字を当てる確率は50分の1でした。つまり、当たるまでに約1年かかるということです。4つの数字ではどうでしょうか。イギリスの宝くじでは1000分の1の確率となるので、20年かかります。
私はもうすぐ60歳になるので、4つの数字を当てるためには80歳まで宝くじを買い続けないといけないのです。
そう考えると、確率がいかに小さいかがわかるでしょう。そして、5つの数字を当てるとなると約1000年の時間がかかることになり、アルフレッド大王や将軍が活躍していた時代にまで遡らなければなりません。6つの数字を当てるとなると、1400万分の1の確率です。まるで恐竜時代に戻ったかのようです。6つの数字すべてを当てて一等当せんを勝ち取るためには、1400万週間にわたって宝くじを購入する必要があるのです。
■桁違いの数字に騙されないための思考
ですから、宝くじは非常に賢いトリックだと思うのです。確率として扱う数字が大きすぎるがゆえに、人々はあまり深く考えずに宝くじを購入するのです。これに抗うための方法として、何かが理解できないときは、それを別の表現に置き換えることをおすすめします。数字だけを考えていても、1400万が10万と比べてどれほど大きいのか、感覚的にはわからないものです。
しかし、時間で換算すると具体的なものとして理解できるようになります。宝くじを1枚ではなく1000枚買えば、当たる確率が高くなりますが、それでも一般的に考えれば確率は依然として低いままです。もちろん、2枚のチケットを買えば当せん確率は2倍になります。でも、非常に小さいものを2倍にしても、それはやはり非常に小さいままなのです。
しかし、これは実は興味深い事例につながります。数学者たちは、大量のチケットを買うことに意味がある場合があることを理解しているのです。
繰り返しになりますが、プレイするコストが実際に勝つコストよりも小さいかどうかを見極める必要があるのです。

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マーカス・デュ・ソートイ
オックスフォード大学数学研究所教授

1965年生まれ。「科学啓蒙のためのシモニー教授職」を務める。英国王立協会フェロー。これまでに9冊の著作を執筆。『素数の音楽』(新潮社)は世界的なベストセラーに。最新刊は『Blueprints: how math shapes creativity』(4th Estate)。また、ロンドンのバービカン劇場で上演され、自身が主演も務めた『I is a Strange Loop』(Faber)など、2本の戯曲を執筆。BBCの画期的な4部作『The Story of Maths(数学の物語)』をはじめ、数多くのラジオ・テレビシリーズの司会も務める。

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(オックスフォード大学数学研究所教授 マーカス・デュ・ソートイ)
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