■1室90億円超で販売された超高級タワマン
イギリスの高級スポーツカーブランド「アストンマーティン」が初めて手がけた住宅プロジェクトが、2024年4月、米マイアミのウォーターフロントに完成した。マイアミ川がビスケーン湾に注ぐ地点に悠然と構える、地上66階建ての超高級コンドミニアム「アストンマーティン・レジデンス」だ。
高さは817フィート(約249メートル)。ニューヨーク以南の住宅専用ビルとしては、最も高い建築物だ。曲線的なガラスと鉄を組み合わせた外観は、同ブランドが誇るスポーツカーのドラマティックなラインを意識しており、街に新鮮で洗練された雰囲気をもたらす。
プレスリリース配信サービスのPR TIMESに掲載された公式情報によると、全391戸の住戸のうち99%が、完成を待たずに成約済み。約2万7000平方フィート(約2500平方メートル)の「トリプルペントハウス」の売出価格は約5900万ドル(約92億円。プレスリリースが配信された2024年5月1日のレート、1ドル155.7円で換算)。総販売額は10億ドル(約1560億円)を超え、売り出しは大成功と言ってよかった。
だが、「ウルトラ・ラグジュアリー」を謳うそのタワーで今、ある事態が進行している。購入者が支払った金額にも、ブランドの名声にもまったく見合わない、命の危機だ。
■「夢のタワー」の購入者が見た光景
別世界の生活を期待して入居してきた住民たちは、別の意味で、想像とまったく異なる光景を目にすることとなった。
バルコニーでは、コンクリートが剥がれ落ちる「スポーリング」と呼ばれる危険な現象が発生。コンクリート内部に埋め込まれていた鋼材がむき出しとなり、赤く錆び始めている。
米テレビ・ラジオ放送局のCBSニュースおよび米不動産デジタルメディアのビズナウが報じたところによると、一部のバルコニーでガラスが割れて散乱し、コンクリートに空いた穴からはポストテンション鋼材(鉄筋)が突き出していた。雨水がそこから内部に染み込むことで、コンクリートの腐食をさらに進行させる。
同局は「住民が入居したところ、バルコニーには粉々に砕けたガラスが散らばり、コンクリートはシーリング処理がされておらず、コンクリートの塊が地上に落下していた」と報じている。経年劣化ではなく、新築での引き渡し時からこのような状況だったという。
また、同じくバルコニーで「垂れ下がり」まで確認されたと報じられている。多くのバルコニーは一辺で支持する片持ち(カンチレバー)構造であり、宙づりになった外端はテコの原理で引き上げられている。内部構造が腐食するなどして張力を失うと、外端が垂れ下がることがある。
ビスケーン湾を望む美しい眺望に心を癒やされるはずだったこの高層住宅は、完成からわずか2年余りで、いつ何が崩れ落ちてもおかしくない状態に変わり果てている。
■調査会社が「即時の人命問題」と認定
バルコニーの端部では、スラブ(コンクリート床板)の侵食と剥離が同時に進行。
管理組合が依頼した調査会社「エピック・フォレンジクス&エンジニアリング」は、この状態を「即時に人命・安全に関わる問題(immediate life safety issue)」と認定した。
組合側弁護士のデイビッド・ヘイバー氏は、「スポーリング(コンクリートの剥落)は、どんな高層ビルでも起きてはならない」と強い口調で警鐘を鳴らす。「ひび割れが数カ所あるのはまだしも、コンクリートが建物から落ちかねないというのは、普通ではない」とも続けた。最悪の場合、通行人に重篤な事態が生じるおそれも想定される。
当面の対策として、剥離しかけたコンクリート片が除去された。だが本格的な修繕は急務だ。本来は開発業者が負うべき応急処置の費用までも、管理組合がすでに立て替えている。
■内外から建物を蝕む「水問題」
管理組合は今年4月15日、開発業者リバーウォーク・イースト・デベロップメンツをはじめ、施工に携わった計17社を相手取り、マイアミデイド郡巡回裁判所に提訴した。設計・施工の過失と建築規制違反を問い、75万ドル(約1億2000万円。2026年6月3日現在のレート、1ドル159.93円で換算、以下同)以上の損害賠償と修繕の実施を求めている。修繕費は最終的に、数百万ドル規模に膨らむ見通しだ。
管理組合が提出した訴状では、施工業者「コースタル」が、プール、スパ、水景施設の設計・施工・検査を適切に行わなかったと指摘されている。
ビズナウが伝えた訴状の内容によれば、その結果としてこれまでに、漏水、鉄筋および構造部材の腐食、そして建物内部への水の侵入が生じている。生活を豊かにするはずだったプールに起因して、建物の構造が見えない場所からじわじわと蝕まれつつあった。
水との戦いは、プールやスパだけではない。建物の海側でも、別の不具合が静かに進行していた。
ビスケーン湾に近い同高層マンションは、塩分を含んだ風と水に絶えずさらされる。タワーの足元を守るはずのシーウォール(護岸壁)でも、ひび割れと腐食が進んでいた。
エピック社の調査でも、米CBSニュースが伝えた組合側の技術者報告でも、この護岸の損傷は、早期に修繕を要する深刻な欠陥であると指摘されている。海辺に立つ高級タワーマンションの宿命的な弱点が露呈した形だ。プールと併せ、建物の内外両方から水の問題を抱えていることになる。
■豪華な施設・サービスは幻だった…
「私たちのデザイン言語は美しさと誠実さと、そして調達する資材の信頼性に基づいています」と、アストンマーティンのチーフ・クリエイティブ・オフィサー、マレク・ライヒマン氏は、2024年4月の完成発表時のプレスリリースで胸を張った。
だが、建物の躯体や水回りで相次いで発覚した施工不良と並んで、購入者は約束された豪華な設備とサービスが欠如していることに気づかされることになる。
約束されていたアメニティは、プライベートマリーナにヘリパッド、そしてビーチクラブの専用利用権。さらにはマイアミ沖のキー・ビスケーン島にある「リッツ・カールトン・キー・ビスケーン」のビーチへのフェリー送迎まで謳われていた。
アメニティ空間は、4つのフロアにわたって約4万平方フィート(約3700平方メートル、テニスコート約14面分)超に及ぶとされた。専属の執事に、スパ、サウナ、ビューティーサロン、理髪店、アートギャラリー、そしてはるか下界を見渡すインフィニティプール。これらがすべて揃うと公式の物件説明には記されていた。
だが、米不動産情報サイトのリアルター・コムによると入居した購入者たちは、事前に約束されたこれら設備のほとんどが未提供であると訴えている。
■新築なのにリフォームする住民も
専属執事サービスに惹かれて購入を決めた住民の一人、キース・スワースキー氏は、CBSニュースの取材で、「執事は一度たりとも現れなかった」と振り返る。入居したときの自室の様子についても、「床一面に水のシミとプールの水が広がり、窓は汚れてシミだらけだった」と語る。
管理組合理事長のマイケル・ディアス氏も、入居後、自室を住むに足る水準まで仕上げ直すため、自費を投じた一人だ。ビズナウの取材に、同じ境遇の住民は少なくないとも話している。
ディアス氏はリアルター・コムの取材に、「これは私たちが対価を払って手に入れるはずだったものではない。買えると思って買ったものでもない。
こんな逸話もある。同じくリアルター・コムによれば、ディアス氏がリッツ・カールトン・キー・ビスケーンの責任者にフェリー送迎の件を問い合わせたところ、「フェリー(ferry)の話で唯一正しかったのは、それがおとぎ話(fairy tale)だったことだけ。それ以上でもそれ以下でもないですね」と返されたという。
■開発業者に向けられた怒り
約束されたはずの設備が消えていく一方で、住民が日々支払う管理費は、どこへ流れていたのか。4月の施工不良の訴訟とは別に、今年1月には同物件を巡り、詐欺・自己取引の訴訟が起きている。その訴状は、管理費が開発業者ジャーマン・コトー氏自身と、その親族や関係者が経営する企業群に流れていたと主張する。
マイアミデイド郡巡回裁判所に提出された訴状の被告には、コトー氏本人だけでなく、同氏や関係者が支配するLLC(有限責任会社)10社、そしてコトー氏の母親グロリア・ガルシア氏を含む個人7名までが名を連ねた。組合側は500万ドル(約8億円)超の損害賠償と、建物の財務状況の全面的な開示を求めている。
ここまで露骨な手口が通用した背景には、管理組合の理事会の顔ぶれが関係している。アメリカの高級コンドミニアムでは通常、住戸の大半が売れるまで、開発業者が組合の理事会を運営する。しかるべき時期に住民側へ管理権を引き渡す、というのが慣行だ。
その移管前の段階で、理事長を務めていたのはコトー氏本人。副理事長にコトー・スーパーマーケッツ元幹部のギジェルモ・カカーニョ氏、会計兼書記にもコトー氏の別会社の社員マルセロ・スカリンチ氏が座っていた。リアルター・コムによれば、3人全員が開発業者の息のかかった人物だ。管理費の使い道を監督すべき理事会が、開発業者の支配下に置かれていたことになる。
組合代理人のヘイバー弁護士は、フロリダ州日刊紙のマイアミ・ヘラルドの取材に対し、「これほど傲慢で、これほど露骨に私腹を肥やした開発業者を、これまで見たことがない」と語っている。
■管理組合の怪しいカネの流れ
自己取引の具体例を、二つ見ていこう。
一つは、コトー氏が自身の関連会社が所有するビル内3階のユニットを、管理組合に賃貸していた件だ。米不動産専門ニュースのリアル・ディールが報じた訴状によれば、月額の賃料は8500ドル(約135万円)。ビル内には組合が無償で使えるオフィスが別にあったにもかかわらず、賃料は市場相場を大幅に上回り、賃貸面積も水増しされていた。新理事会がこの契約を打ち切るまでに、組合は約7万ドル(約1110万円)を支払っていた。
もう一つは、警備会社への大型契約だ。コトー氏に近いポロ一族が経営する同社には、警備業務の実績は一切なく、会社のウェブサイトすら存在しなかった。それでも、約80万ドル(約1億2700万円)が支払われていたと、リアル・ディールは伝えている。
このほかにも、月額3万4334ドル(約547万円)のコンシェルジュ契約や、競争入札なしに決定された清掃契約など、関連企業のネットワーク全体で計6件もの業務委託契約が結ばれていた。
訴状はさらに、別の大きな疑惑に言及している。管理権を住民側に引き渡す段階で、開発業者は本来、包括的な財務・会計情報を組合に提供することが求められる。
だがコトー氏側はそれらを提供しなかったうえに、組合に引き渡すべきコンピューターのデータまで消去したと、マイアミ・ヘラルドの取材でヘイバー弁護士は指摘している。
■開発業者は「途方もない主張」と一蹴
もっとも、開発業者側はこれらの主張を全面的に退けている。
開発を手がけたリバーウォーク・イースト・デベロップメンツLLCの広報担当者が、氏名は伏せたまま声明を出した。米CBSニュースが伝えている。
この広報担当者は管理組合の主張を、「根拠がなく、組合側が自らの義務を果たしていないことから目をそらすためのものだ」と一蹴。続けて、「究極のラグジュアリーを実現するため、業界で最も経験豊富なサプライヤーと提携した。その成果が、マイアミのスカイラインを一変させた壮麗な建物だ」と、建物の品質への絶対の自信を覗かせた。
「訴訟を続けることは住民の最善の利益にならない可能性がある」と牽制したうえで、「法的手続きが公正な結果につながると確信している」と結んでいる。
対照的に、1月の詐欺・自己取引訴訟では、開発業者側は沈黙を貫いている。マイアミ・ヘラルドが報じるところでは、コトー氏の事業会社、開発業者本人、アストンマーティン・レジデンスのいずれも、同紙からのコメント要請に応じなかった。
■ブランド名に品質が見合わなかった
アストンマーティン・レジデンスをめぐる混乱を受け、マイアミで急拡大する「ブランデッド・レジデンス」という高級ブランドの名を冠した住宅形態の在り方に、いま疑問が投げかけられている。
ブランデッド・レジデンスとは、高級ブランドの名を冠した住宅だ。マイアミ・ヘラルドによると、サウスフロリダではアルマーニやポルシェといったブランド名を冠したコンドミニアムがこの10年で急増し、いまやマイアミは世界有数の建設地となっている。
そもそも、ブランドが買い手に約束していたのは何だったのか。マイアミ・ヘラルドが報じるところでは、2020年、このタワーでは、コンドミニアム1戸を購入すると約17万6900ドル(約2820万円)相当のアストンマーティン車が付いてくるキャンペーンが打たれた。当時の住戸価格は、530万ドル(約8億4500万円)から。ブランドの世界観を丸ごと売るという販促の発想だったのだろう。
ヘイバー氏は、「住民を失望させたのはアストンマーティンではなく開発業者だ」と指摘する。リアルター・コムの取材に対しても、管理組合がブランド側の了承のもとで品質基準の回復に取り組んでいると明かした。あくまでブランドとの関係を守りつつ、施工の責任は開発業者に問う構えだ。
実際、フロリダ州デイトナビーチでは、別の開発業者であるヴェイラー・リアル・エステート・デベロップメントがアストンマーティンの名を冠した住宅を開発中だ。東京やドバイでも計画がある。これらのプロジェクトでは現状、類似の品質問題は報じられていない。
ブランデッド・レジデンスでは一般に、ブランド側がデザインや名称をライセンスし、施工・管理は開発業者が受け持つ。購入者がブランド名から品質を期待するのは当然だが、場合によっては現実との乖離があるようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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