※本稿は、小宮良之『最高の景色』(リベラル新書)の一部を再編集したものです。
■前回W杯でドイツ、スペインに勝利できたワケ
カタールで、森保ジャパンが残した結果は掛け値なしにすばらしかった。ドイツ、スペインを倒して限りなくベスト8に近づいたことは、控えめに言っても快挙と言える。
結果については議論の余地などない。しかし、中身の検証は必要だろう。
当時、森保一監督の兵法は、「弱者であることを認める」ということだった。
相手の嫌がる守りを徹底的に張り巡らせ、粘り強く戦い続けて、自分たちはできるだけ危険を冒さない。不格好に身を固めながら、隙を突く集中力だけは欠かさない“弱者の兵法”だった。
それが勝敗を動かす梃になったのだ。
「前半は、間違いなく相手をリスペクトしすぎていて……」
2―1と逆転勝利を収めた初戦のドイツ戦後、鎌田大地はそう語っていたが、“リスペクトし過ぎ”という自負心こそ、大逆転の原動力だった。
「みんな、プレーすることを怖がっていたというか、せっかくボールを奪っても、リスクなしで蹴ってしまって、一つつなげれば、もっとチャンスになったはず。自分たちが下がりすぎ、後ろの人数が余ってしまい、(プレスも)はまっていなかった。
自分もほとんどボールを触れなかったし、どこにポジションを取っても(状況を)変えられなくて臆病だったし、あのまま終わるのは恥ずかしいと思っていました」
■コスタリカ戦で露呈した“限界”
0―1で前半を折り返したハーフタイム、鎌田を筆頭にした攻撃陣が「善戦」と受けとめていたら、逆転の糸口はつかめなかった。
ピッチに立った選手たちが欧州で積み重ねた技術と実力に自負があったからこそ、森保監督に与えられた弱者の兵法をイノベーションさせられた。結果、堂安律、浅野拓磨のゴールが決まったのだ。
〈ドイツにも、スペインにも負けない〉
多くの選手が本場で戦い、強固なメンタリティを持つことができていた。同年には鎌田がドイツ、フランクフルトで勇躍し、ヨーロッパリーグ(EL)優勝を達成。どんな相手であっても、なすがままの展開を「恥」と思えるまでの境地に入っていた。
一方で森保監督は、欧州のトップクラブの監督が引き出している日本人アタッカーの力を引き出し切れていたか?
第2戦でコスタリカ戦に敗れたのが、森保ジャパンの構造上の限界を指し示していた。相手が弱さを認めて引いてしまい、ボールを預けられた形になると、主体的な攻撃をほとんど生み出せなかった。
■久保「前半は捨てたような格好に」
ブロックを崩すだけのコンビネーションは不発。終盤、自陣のボールの処理が中途半端になって回収されて、あっさりシュートを打たれて決勝点を奪われた。
コスタリカ戦は、チームとしての意思疎通がまるでなかった。
トップに抜擢された上田綺世は裏にボールを呼び込もうと走ったが、そこには出てこない。鎌田も、珍しくコントロールやパスのミスを連発した。
相手が受け身になったことで、選手だけではどうにもならなかった。弱者の兵法の限界だ。
スペイン戦で先発した久保建英は、「今日の交代は予想していなかったので、個人的には悔しかったです。ボールが足元に入ったら、とられる感じはしなかったので」と前半で交代を命じられ、本音を抑えながらもそう吐露していた。
レアル・ソシエダでのプレーを考えたら、もっと怖さを与えられたはずだが……。
「前半は捨てたような格好になりました。ドイツ戦と違い、個人的にはやるべきことはやれた気がしますが……。やっぱり、前半で交代させられないような結果を出すしかないんだと思います。体は切れていたし、これからという矢先だっただけに悔しくて」
■消耗戦を行うためだけの捨て駒
久保本人が「黒歴史」と語るほどのW杯だった。
クロアチア戦はインフルエンザで出場できずに終戦した。
「多少なりとも、悔しい思いを抱える選手、活躍できて嬉しい選手がいて、みんな、それを見せずにチームのために戦っていました。W杯だからこそ、やっていたというか」
鎌田はそう洩らしていたが、真実の言葉だろう。選手が自らの心身を削って、どうにか成立していたサッカーだったのだ。
ここで1つ問いたい。
森保ジャパンはいいサッカーなのか、悪いサッカーなのか。
世の中にはいいサッカーという表現がある。雰囲気で説明するなら“ボールを持てること、つなげること”の練度になるが、ポゼッション率はあくまで数字である。
どのようにボールをつなぐのか、そのルートをチームとして拵えて、さらに裏をかいてゴールへ迫っているか。そこまでくると、いいサッカーの色合いや匂いが滲み出てくる。
■「いいサッカー」とは何か
根っこにあるのは、主体性と言える。
少ないパス本数でゴールに迫っても、いいサッカーであることに変わらない。それがトレーニングの中で再現性のあるものになっているか。誤解されがちだが、縦に速いカウンタースタイルも狙って出し抜いている場合、いいサッカーの部類に入るのだ。
いいサッカー=能動的サッカーを実行するのは難しい。
なぜなら、ボールを持ってつなぐ動作は技術やビジョンが不可欠で、同時に2つ以上のことをしなければならず、どうしても隙が生まれる。
少しでもパスがずれ、コントロールがずれただけで、簡単に詰め寄られる。トレーニングで最大限に効果を高めない限り、餌食になるのだ。
受け身のサッカーは、ボールを持った相手が悪い態勢になるところを狙える利点がある。
ボールを扱って動くのは、トレーに飲み物を乗せてこぼさないように走るような難しさで、その隙はどのようにでも突ける。
■受け身のサッカーの代償
〈相手の良さを消す〉
その発想を主眼にした方がボールを奪われて逆襲を浴びるリスクも避けられるし、カウンター攻撃の効果も生める。攻撃を自ら構築するよりも、手っ取り早い。
いいサッカーと対極に立つ、悪いサッカーが生まれる。
たとえばJリーグのJ2、J3には、コーナーフラッグめがけてボールを蹴るチームがある。
相手のミスを誘発することだけに特化し、わざと主導権を渡し、勝利の確率を上げている。
勝ち星を挙げたとしても発展性はない。退屈で、創造的でなく、選手は成長しないし、そのチームのファン・サポーターしか興味を抱くことができない悪いサッカーだ。
いいサッカーに背を向ける場合、代償を払う。
短期的に言えば、相手に弱気を見透かされる。長期的に言えば、選手の技術的進化が止まって、プレー全体が停滞する。
森保監督は、そんな代物の信奉者ではない。しかし、受け身のサッカーの傾向は強いだろう。
■相手の良さを消すための選手たち
相手の良さを消す、というウェイトが過度に大きくなると、勝ち負け関係なく、サッカーへの背信行為になる。
森保ジャパンは、いいサッカーと悪いサッカーの境界線上にいるのだ。
たとえばクロアチア戦、前田大然、浅野の2人は、森保監督の申し子だった。
先発した前田は常軌を逸したような回数のスプリントをかけ、相手をとことん消耗させた。
そのバトンを受けた浅野が、献身的プレスを継承しつつ、何度も裏を狙って走った。
2人とも器用な選手ではなく、ポストワークは目を覆うほどの技量だったが、とにかく前線から、相手の良さを消すために駆け回っていた。
2人はチームプレーヤーだったが、能動的サッカーを象徴するトップではなかった。
前田も、浅野も1トップでボールを収め、時間を作り、相手の逆を取って、主導権を握るようなサッカーをするには、高いレベルでは適していない(だから2人とも所属クラブではサイドFWが多いのだ)。
■だからクロアチアに完敗した
周りの選手もそれがわかっているからこそ、彼らが前線に起用されたら森保監督の意図を読み取り、自分たちが主体的にボールをつなげる意思を調整。スペースにボールを蹴って追いかけさせ、リスクを避けていた。
そして、中途半端な姿勢を、クロアチアに見抜かれたのだ。
日本は戦力ではクロアチアと互角だったが、監督の戦略、戦術では下回っていた。
クロアチアが日本の戦いに適応したのち、日本は「失点をしない」「膠着させる」に立ち戻るしかなかった。上回る策がなかったのである。
交代させずにフォーメーションを変えたり、人を入れて攻撃の強度を上げたり、そういう工夫はできなかった。攻撃は「個」の偶然性に頼り、主体性を欠いていたからだ。
カタールでの日本は能動的な戦い方を突き詰められず、多くの選手はストレスを抱えてプレーしていた。結果を残したが、それは進歩、進化とイコールでは結べない。
ロシアW杯のベルギー戦の方が、主体性の点で浪漫も感じさせた。選手個人の戦力ではやや劣ったが、組織としては攻守の着地点を見出し、個人が躍動していたからだ。
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小宮 良之(こみや・よしゆき)
スポーツライター
大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。パリ五輪ではバレーボールを中心に現地取材。
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(スポーツライター 小宮 良之)

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