■ますます巧妙化する詐欺の“大衆化”
気づかないうちに自分を騙そうとするメッセージを受け取ってしまう――そんなことは誰にでも起こり得るのである。
メールやSMS、SNSの通知は現代の生活に欠かせない存在であり、そこに紛れ込む詐欺の手口は年々巧妙さを増している。
近年は金融機関や宅配業者、ネット通販大手などを装ったメッセージが大量に出回り、利用者を不安にさせ、「早く対応しなければ」と冷静な判断を奪う。特に危険なのは「緊急性」を装った文言である。「口座が凍結されます」「荷物が返品されます」「再配達の確認が必要です」といった表現はいずれも日常でよく利用するサービスに似せており、反射的に動かされてしまう設計になっている。
こうしたメッセージに冷静に対処するのは、実は簡単なことではない。
さらに近年は、生成AIや「Phishing-as-a-Service(PhaaS)」と呼ばれる仕組みの登場によって、詐欺の“大衆化”が進んでいる。PhaaSとは詐欺メールの文面や偽サイトのテンプレートをセットで提供するサービスであり、技術的な知識がない人でも本格的な詐欺を仕掛けられるようになった。
誰でも生成AIを利用できるようになった結果、詐欺の数や質は急速に拡大している。
■投資詐欺で狙われる人の特徴
また、SNSやメッセージアプリでは「友人に見えるアカウント」からの招待や広告、偽キャンペーンが広がっている。
知人のアカウントが乗っ取られていたり、巧妙に似せた偽アカウントであったりすることも多く、身近な人から届いたように見えるために信用してしまいがちである。
特に目立つのが副業や投資を装った詐欺投稿である。
若い世代や収入に不安を抱えた人を狙い、「簡単に稼げる」という欲求につけ込むのが特徴である。
典型的な手口は、最初に少額の入金を求め、次に「もっと投資すれば必ず増える」と追加を促すというものである。被害者は「まさか自分が」と口をそろえるが、手口自体が誰にでも刺さるよう巧みに設計されているのである。
実際の被害は深刻だ。セキュリティ会社トレンドマイクロの調査によれば、ネットや電話を通じた詐欺に遭遇した人は回答者(16歳以上男女5070人)全体の6割を超え、そのうち3割以上が被害を経験している。
■手軽な「ちょっとしたフェイク」の危険度
こうした状況を前に、私たちができるのは「一呼吸置く」ことである。
届いたメッセージをそのまま信用せず、公式アプリや公式サイトで確認する。URLはクリックせず、自分で検索してアクセスする。迷ったときは家族や友人に「こんなメッセージが来たが大丈夫だろうか」と相談する――それだけで被害を防げる場合は多い。
メールやSMSは便利であるがゆえに、詐欺の入り口にもなり得る。
日常的でささいに見える情報の中にも、気づかぬうちに誤りは潜んでいる。そしてその「ちょっとした誤情報」が、私たちの行動や判断を静かに変えてしまうのである。
たとえばSNSでよく目にする健康情報である。
「毎日レモン水を飲むとがん予防になる」「このサプリを摂(と)れば免疫力が劇的に上がる」といった投稿は、科学的な根拠が不十分であることが多いにもかかわらず、手軽さや安心感を求める気持ちから広く拡散される。
真偽はさておき「体によさそうだ」と思わせる言葉や写真が添えられていると、人は疑うより先に試してみたくなるのである。
■“本音”を装うステマ投稿の拡散力
実際、海外の研究では、健康・医療分野のフェイク情報がSNS上で正確な情報よりも頻繁に共有され、拡散のスピードや規模が大きくなりやすいことが報告されている。
また、身近な商品やサービスに関する口コミも侮れない。
「あの食品には危険な成分が入っているらしい」「この化粧品を使うと肌が荒れる」という投稿が拡散されると、たとえ根拠が薄くても購買行動に影響を与える。情報の真偽を見極めるのは難しくても、不安や疑念を煽る内容ほど人々の記憶に残りやすいのである。
意図的に仕掛けられる「ステルスマーケティング(ステマ)」もある。
ステマとは、企業や広告主であることを隠し、あたかも一般消費者の自然な口コミのように装って商品やサービスを宣伝する手法である。SNSのレビューやブログ記事、インフルエンサーの投稿に紛れ込むと、私たちはそれを「他人の本音」だと誤解してしまいがちである。
とりわけ化粧品や健康食品の分野では、実際に効果を体験したかのように見える投稿が多く見られるが、その裏側には報酬を受け取って商品について良いように書かれたケースが少なくない。
逆に、競合他社の商品を貶(おとし)めるような虚偽のレビューが意図的に書き込まれることもある。こうしたフェイクレビューは個人が勝手に行っているだけではなく、レビューを書く人と企業を仲介する業者が存在することも明らかになっている。
■「誰かが言っていた」がゆがめる社会の空気
近年では生成AIを用いて大量に口コミを作成する動きもあり、真偽を見極めることがますます困難になっている。
日本でも、こうした状況を受けて消費者庁がステルスマーケティングを景品表示法の対象に位置づけ、2023年から規制を開始した。すなわち「広告であることを隠して宣伝する行為」は法的に不当表示とみなされるのである。それほどまでに、口コミを装った情報が私たちの判断や購買行動に強い影響を与えているという現実がある。
さらに、日常会話の中で交わされる「誰かが言っていた」という言葉にも注意が必要だろう。
「近所で空き巣が増えているらしい」「あの学校は成績が急に落ちているらしい」といった話題は、発信者自身も「本当かどうかは分からないけれど」と軽く口にしていることが少なくない。けれども耳にした側は「どうやら本当らしい」と受け取り、次の人に伝えてしまう。
こうして根拠のない情報が地域社会の中で確かな事実のように広がっていくのである。フェイク情報はインターネットだけの問題ではないのだ。
フェイク情報は大きなニュースや社会問題のなかだけに存在するのではなく、私たちの日常のすぐそばに潜んでいる。そして「ちょっとした誤り」が積み重なると、私たちの行動、選択、社会の空気感を大きくゆがめていくのである。
■選挙を揺るがす大量のフェイク情報
選挙のたびに、SNS上では大量のフェイク情報や真偽不明情報が流れる。2025年の参議院選挙では、その傾向がこれまで以上に顕著になった。
新聞協会や各種メディア企業、そしてファクトチェック団体が一斉に動き、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の特設サイトには次々と検証記事が並んだ。もちろん検証対象にならないフェイク情報も数多く流通しているはずであり、私たちの身の回りに大量の虚偽情報が渦巻いていることは想像に難くない。
そこには、現代のフェイク情報がどのように生まれ、拡散していくのかという構造が生々しく凝縮されていた。
典型的なのは「切り抜き動画」による印象操作である。
たとえば党首討論で、石破茂首相(当時)がアナウンサーを恫喝したかのように見せる映像が拡散された。しかし実際には、CM中の音声をつなぎ合わせた編集によるものであり、元の発言の文脈はまったく違っていた。
また、「小泉進次郎氏がシートベルトをせず“箱乗り”していた」とされる動画も注目を集めた。これは2024年の衆院選の映像であり、選挙期間中の候補者は法律でシートベルト着用が免除されている。それにもかかわらず、あたかも違法行為をしているかのように見せかけた事例であった。
過去の映像を「いま起きたこと」のように見せる手口は繰り返し使われているが、Googleレンズや逆画像検索などを使えば撮影時期を確認できる場合もある。
■数字でダマされる虚偽投稿を見抜くには
数字を利用したフェイクも多かった。
「夫婦別姓にしたい日本人はたった1%」という投稿はその一例である。一見データを根拠としているように見えるが、実際の世論調査とは大きく食い違っていた。複数の調査では賛成が20~40%に達し、「実際に別姓にしたい」と考える人も10%前後存在する。
数字を示されると信じやすくなるのは人間の心理であり、だからこそ注意が必要なのである。
さらには「野党の議席は約半分が女性」といった候補者自身の発言もあった。与党より女性比率が高いこと自体は事実だが、参議院で36%、衆議院では20%程度にとどまる。
「半分」という表現は誇張にすぎない。候補者の発言であっても、そのまま信じるのではなく「本当にそうなのか」と立ち止まって考える姿勢が求められるのである。
これらの事例に共通するのは、どれも「一見もっともらしい形」で作られているという点である。切り抜き、過去映像へのすり替え、数字の誇張――いずれも人の感情を刺激し、短い時間で信じさせるように設計されている。
そして怒りや不安といった感情は拡散の動機を強め、虚偽の情報は一気に広がっていく。
もちろん、一次情報を確認したり、逆画像検索を用いたりすれば見抜けるケースは多い。しかし現実には、そこまで手間をかける人は限られている。
だからこそ、私たちは「自分も騙されるかもしれない」という前提に立つ必要がある。参院選を揺るがした数々の虚偽投稿は、特別な人だけが騙されたものではなく、誰もが日常的に触れてしまうような形で仕掛けられていたのである。
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山口 真一(やまぐち・しんいち)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授
1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞などのメディアにも多数出演・掲載。主な著作に『炎上で世論はつくられる』(ちくま新書)、『スマホを持たせる前に親子で読む本』(時事通信)、『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房)、『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ソーシャルメディア解体全書』『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある。
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(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授 山口 真一)

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