■熱中症の発生場所は「住居」が最多
2025年の夏は、日本の夏の平均気温として観測史上最も高くなり、熱中症による救急搬送者は全国で10万510人に達しました。これは、2008年の調査開始以来、過去最多の記録となっています(総務省消防庁, 2025)。
その内訳を見てみると、搬送者のうち57.1%は65歳以上の高齢者である一方、18~64歳の現役世代も33.9%を占め、約3万4000人に上っています。
また、発生場所として最も多かったのが「住居」(38.1%)というのも注目すべき点です。もはや自宅やオフィスといった日常生活の場そのものが、熱中症が起こり得る環境になっているといえます。熱中症は高齢者だけの問題ではなく、現役世代を含めたすべての人にとって、日常の中で直面しうる健康リスクとなっているのです。
こうした状況の中で、熱中症予防の基本として「水分補給」が重要であることは広く知られていますが、中には、「スポーツドリンクを飲んでいれば安心」「コーヒーやお茶は利尿作用があるから水分補給にはならない」という認識を持たれている人もいるかもしれません。
これらは一概に正解・不正解とは言えず、「どの飲料を、どんな場面で選ぶべきか」という使い分けの基準が曖昧なままでは、水分補給の効果が半減したり、思わぬ健康リスクを招いたりすることがあります。
そこで今回は、熱中症予防の基本である水分補給にまつわるリスクと正しい対策について解説していきます。
■熱中症のメカニズム
人間の体には本来、外気温の上昇に応じて体温を一定に保つ仕組みが備わっています。
しかし、高温多湿の環境下では、この調節機能が追いつかなくなり、深部体温(体の中心部の温度)が上昇しやすくなります。これが熱中症の基本的なメカニズムです(厚生労働省, n.d.)。
症状は軽度から重度まで幅広く、めまいやこむら返り、大量の発汗、頭痛、吐き気といった比較的軽い症状から、意識障害やけいれん、高体温といった生命に関わる重篤な状態へ進行することもあります(Bein, 2024)。
■「何を飲むか」が重要
こうした状態の背景にある生理学的メカニズムの一つとして、水分と電解質(ナトリウムなど)のバランスの破綻が関与しています。
体内の水分が失われるとまず血液の総量が減少します。すると、血液は脳や心臓といった生命維持に関わる重要な臓器へ優先的に回されるため、皮膚への血流は低下し、水分の喪失を阻止するために発汗もストップします。その結果、体内の熱を逃すことができなくなり、深部体温が上昇します。
また、細胞の水分バランスの維持や神経・筋肉の働きを支える電解質が失われることで、足がつる、力が入らないなどの症状が生じてきます。
加えて注意が必要なのが、この状態で水分だけを補給し続け、電解質が補われない状態が続いたときです。このような状況が続くと、血液中のナトリウム濃度がさらに薄まることになり、体液バランスの崩れが進行し、強い倦怠感や意識障害を引き起こすことがあります(American College of Sports Medicine, 2007)。
熱中症対策において「水分を補うこと」だけではなく、「何を飲むか」が重要と言われる理由は、ここにあります。
■コーヒーや緑茶を飲んでもいい
水分補給の「質」を考える際に、コーヒーや緑茶にはカフェインが含まれているため、「利尿作用があるから熱中症対策としての水分補給には向かない」という話を耳にするかもしれません。しかし、近年のスポーツ医学や労働環境医学の分野では、この定説を見直す動きが出てきています。
もちろん、カフェインには軽度の利尿作用があることは事実です。
ですが、そうした影響が体にあらわれるのは、一度に大量のカフェインを摂取した場合がほとんどであり、健康な成人が日常的に摂取する範囲(おおむね1日あたりのカフェイン摂取量が200~400mg/日、コーヒー2~4杯相当)であれば、体内の水分バランスを大きく崩すほどの影響はないことが示されています(Antonio et al., 2024)。
また、普段からコーヒーや緑茶を飲む習慣がある人では、体が順応して利尿作用が徐々に減少していくこともわかっています(Schill et al., 2025)。
暑い環境下でのカフェイン摂取は、体温の上昇に影響する可能性を示す研究もありますが、最新の研究では、危険な脱水や体温調節のトラブルを直接引き起こす要因とはならなかったと報告されています(Naulleau et al., 2022;Greenberg et al., 2025)。
■水分補給のメインにするのはNG
そのため、適量の範囲内で飲む分には、コーヒーや緑茶による脱水リスクを過度に心配する必要はないというのが現時点での研究知見だと言えます。
むしろ、適切に用いればカフェインの覚醒作用や疲労感を和らげる効果は、日中の仕事のパフォーマンス維持にプラスに働いてくれる側面もあります(Negaresh et al., 2026)。
ただし、だからといって「夏場の水分はすべてコーヒーやお茶で済ませていい」というわけではありません。いくら脱水リスクが低いとはいえ、カフェインに多少の利尿作用や体温上昇の懸念がある以上、それを「熱中症予防のメイン飲料」に据えるのはベストとは言えません。
オフィスでのデスクワーク中に楽しむお茶やコーヒーは「嗜好品」として適量にとどめ、これから外回りに出る直前や、大量の汗をかくような「暑さのリスクが高まる場面」では、効率よく水分を保持できる水や麦茶を優先して飲むようにするのが望ましいでしょう。
カフェイン飲料は「状況に応じて選択する飲料」と理解しておくことが、熱中症予防における正しい位置づけといえます。
■スポーツドリンクの「誤解」
熱中症対策というと、まずスポーツドリンクを思い浮かべる方もいると思います。汗で失われる水分や電解質を効率よく補えるという意味では、確かに優れた飲料です。激しい運動や屋外作業などで大量に発汗する場面では、水だけよりもナトリウムを含むスポーツドリンクの摂取が有効であることは医学的にも実証されています(Seo et al., 2014)。
しかし注意したいのは、スポーツドリンクは「熱中症対策に有効な飲み物」であっても、「普段の水分補給に最適な飲み物」とは限らないという点です。
市販のスポーツドリンクには、飲みやすくするために多くの糖分が含まれており、製品によっては500mlあたり数十グラムもの糖が含まれていることもあります。
WHO(世界保健機関)は、1日の糖類摂取量を総エネルギーの5%未満(成人で約25g相当)に抑えることを推奨していますが、中にはスポーツドリンク1本でこの目安に達してしまう製品もあります(WHO, 2015)。
そのため、エアコンの効いた室内でのデスクワークなど、ほとんど汗をかかない状況でスポーツドリンクを習慣的に飲み続けると、糖分の過剰摂取につながってしまう場合があるのです。
■「ペットボトル症候群」のリスク
さらに、過剰な糖質摂取が引き起こす、注意すべき状態に「清涼飲料水ケトーシス」、いわゆる「ペットボトル症候群」というものがあります。
糖分の多い飲料を大量かつ継続的に摂取すると、急激な高血糖状態が引き起こされ、血液の浸透圧が高くなるため、脳は脱水が起きていると勘違いして激しい口渇感を感じさせます。そして、この口渇感によりスポーツドリンクの追加摂取を重ねることで、血糖値がさらに上昇していくという悪循環が形成されるのです。
血糖値が異常な高値に達すると、糖を処理するホルモン(インスリン)の働きが追いつかなくなるため細胞が糖をうまく吸収できず、「極度のエネルギー飢餓状態」に陥ります。すると身体は生き延びるために、代わりに体内の脂肪を猛烈に分解し始めます。
このとき副産物として生まれる酸性物質「ケトン体」が血液中に溢れ、本来は弱アルカリ性であるはずの血液を急激に酸性へと傾かせます。これが、清涼飲料水ケトーシスがさらに進行した病態であり、命に関わる「糖尿病性ケトアシドーシス」という状態です(Delaney et al., 2000)。
このアシドーシス(血液が酸性に傾いた状態)に至ると、倦怠感や吐き気、腹痛が現れ、意識障害(昏睡状態)へと進行します(杉山ら. 2015)。さらに急激な脂質代謝の異常から「重症急性膵炎」などの多臓器不全を併発するリスクもあり、最悪の場合は死に至ることもあります。
■場面によって飲み物を使い分ける
ペットボトル症候群と診断される目安として、100gあたりの炭水化物が10g程度の飲料を1日1.5リットル以上、1カ月以上継続飲用している場合に該当するとされています(全国清涼飲料連合会, n.d.)。国内の報告によると、この病態で救急搬送された患者さんの約8割が、それまで糖尿病の指摘を受けたことのない20代~40代の若年・現役世代の男性でした(Tsujimoto et al., 2022)。
特に肥満傾向のある人や健康診断で「血糖値がやや高め」「糖尿病の予備軍」などと指摘されたことのある人は発症リスクが高いと報告されているため、普段から甘い飲料を飲む習慣がある人は、一度、習慣を見直すことをお勧めします。
このように述べるとスポーツドリンクが悪者のように聞こえるかもしれませんが、大切なのは場面によって使い分けるということです。
室内での活動が中心であれば日常の給水は水や麦茶で十分ですが、大量の発汗が見込まれる屋外作業や運動時のように熱中症リスクの高まる環境では、電解質を効率よく補えるスポーツドリンクや経口補水液を意識的に選ぶようにしましょう。
なお、経口補水液についても正しい理解が必要です。市販の経口補水液は、本来は下痢や嘔吐などに伴う脱水時の水・電解質補給のために作られた、病者用の飲料です。スポーツドリンクに比べてナトリウムやカリウムが約3~4倍多く含まれているため、脱水状態ではない人が日常的に飲むものではありません(消費者庁, 2024)。
そのため、熱中症や脱水のリスクが高い場面においてのみ、適切な量を摂取することが大切です。
■「のどが渇いてから」では遅い
熱中症予防の基本は、「のどが渇いてから飲む」のでなく、「渇きを感じる前に飲む」ことです。のどの渇きはすでに軽い脱水が始まっているサインであり、暑い日や汗をかきやすい環境では、渇きを感じる前からこまめに水分をとることが重要です。
その上で、水分補給のポイントは以下のとおりです。
・のどが渇く前に、少量ずつこまめに飲む(目安:1時間ごとにコップ1杯程度)。
・日常の水分補給は、水や麦茶などのノンカフェイン飲料を基本にする。
・汗を多くかく場面では、経口補水液や塩分タブレットを活用して電解質(ナトリウム)も合わせて補給する。
・スポーツドリンクや甘い清涼飲料水を“水代わり”に常用しない。糖分が多い飲料は、大量発汗がある場面での補助として位置づける。
・カフェイン飲料だけで水分補給を済ませる習慣は避ける。
・アルコール飲料は、利尿作用によりかえって体内の水分を奪うため、熱中症対策としての水分補給には使用しない。
大切なのは、飲み物の役割を場面に応じて使い分けることです。
■いつ、何を補給するのか
熱中症対策について「水分をしっかり摂る」という認識は、今や多くの人に浸透しています。しかし、何を・どのように・どのような状況で補給するかという「活用の質」を見直してみると、対策のつもりで行っていた行動が、意外な落とし穴になっている場合があるかもしれません。
重要なのは、普段の習慣を少しだけ見直し、その状況に応じて適切な飲料と摂取方法を選択することです。その小さな積み重ねが、厳しい夏の暑さを乗り切るための、最も着実な対策となります。
※参考文献
・環境省 熱中症環境保健マニュアル~総論~. 2025年7月版
・Sawka MN, Burke LM, Eichner ER, Maughan RJ, Montain SJ, Stachenfeld NS. Exercise and Fluid Replacement. Medicine & Science in Sports & Exercise 39(2):p 377-390, February 2007.
・Greenberg S, Forst L, Klein MD. The Role of Alcohol, Sports Drinks, and Caffeinated Beverages in Preventing Heat-Related Illness. J Occup Environ Med. 2025 Oct 1;67(10):e762-e764.
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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)
産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)

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