※本稿は、富坂聰『おそるべき「中国一強」時代』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■台湾を取り巻いた「大規模軍事演習」の真意
中国がさらに強大化する中で、その影響を最も大きく受けるのは「台湾」かもしれない。海峡を挟んで長らく対峙してきた台湾は、この巨大な「パワー」とどう渡り合おうとしているのか─―。
2025年が暮れようとする12月29日。中国人民解放軍は、台湾を取り囲むような形で大規模軍事演習「正義使命―2025」を断行した。
中国現地メディアは、演習の理由を「トランプ政権による台湾への武器売却への反発」と説明した。実際、中国が問題視した台湾への武器の売却は総額約111億ドル(約1兆7205億円/2025年12月承認)で、過去最大の規模に膨らんでいた。とはいえ、演習には計画が必要であり、情勢の変化に即応したとは考えにくい。
あらかじめ準備を整えていた演習に、理由とタイミングを与えたのが武器売却だと考えるべきだろう。そして、そこには日本を牽制する意図も含まれていたはずだ。
この「正義使命―2025」演習には、中国人民解放軍東部戦区を中心に、陸海空、ロケット軍など全ての軍種が動員された。
■無人機映像が映した台湾の「焦り」
過去の演習にも増して台湾への圧力が強まっていることは、中国の軍事専門家の「どんどん台湾島に近づいている」(CCTV)との指摘からも伝わってくる。台湾で暮らす人々にとって心穏やかでなかったのは、中国軍の無人機が撮影した台湾のシンボル、「台北101」の映像が、これ見よがしに公開されたことだった。
101階建ての高層ビル「台北101」は、かつては世界一高いビルとされ、現在も台北のシンボルである。そのランドマークを中国軍の無人機のカメラがとらえたということは、「いつでも破壊できる」とのメッセージとなる。
台湾では、中国側が「台北101」の映像を公開した直後から、ネット上に「フェイク」「AI生成画像」との書き込みがあふれ、論争が巻き起こった。映像の真偽はさておき、ネット上で繰り広げられた中台の応酬を見ていて痛感させられたのは、台湾側の「焦り」と「守勢」だった。その力関係はもはやアメリカの存在が背後にあろうとなかろうと変わらないのかもしれない、と。
とくに今回、アメリカが台湾へ売却しようとする武器のメニューと重ねて考えると、台湾海峡における力関係に重大な変化が起きていることがよく伝わってくるのだ。
■米国が売るのは「持ちこたえる」武器
米誌「Newsweek」(日本版/2025年12月22日)は、記事「トランプ政権、台湾に『約111億ドル』の武器売却承認―─『安定化』のはずが……米中に火種?」の中で、武器の内訳を〈高機動ロケット砲システム(HIMARS)とM109自走榴弾砲で各40億ドル以上、対戦車ミサイルのジャベリンやTOWなどで7億ドル以上などが含まれる〉と具体的に報じている。
聞き覚えのある名前ばかりのように感じられるのは、その多くがロシアと戦うウクライナ軍に対して大量に供与されてきた武器だからだ。以前であれば、台湾への武器売却は、F-16戦闘機などの先進かつ大型の兵器に焦点が当てられていたが、今回はそうではない。
「非対称戦の能力開発」という言葉を、さらに踏み込んで解釈するならば、「(中国軍が)侵攻してきた場合に、その代償を払わせるための武器」となる。つまり、中国軍と対等に戦い、その攻撃を跳ね返し、侵攻を阻むための戦いではもはやなく、軍事力で中国軍に大きく劣る台湾軍が、外から助けが来るまで“何とか持ちこたえる”ための武器であり、相手に少しでもダメージを想像させるための武器ということになる。
皮肉にも、「今日のウクライナは明日の台湾」は、悪い意味で現実になりつつあるのだ。
■「我々は戦いたくない。だが戦う準備はできている」
ただ、だからといって、中国がすぐにでも軍事力を行使して台湾統一に向かうというわけではない。中国がそれほど短絡的ではないことは、彼らの言動からも伝わる。
中国人民解放軍の報道官は会見で、今回の「正義使命―2025」の目的を、台湾独立派の動きに対する牽制と外部勢力の介入を阻止するためだと説明したが、その一方で、演習による力の誇示は台湾全体をターゲットにしたものではなく、あくまで一部の危険な勢力に対するメッセージだと、わざわざ付け加えている。
また演習の期間中、中国軍はスローガンを掲げたポスターを何枚も出しているのだが、その一つにはこんな一文も見つかる。
「我々は戦いたくない。だが戦う準備はできている。演習は台湾同胞に向けられたものではない。
日本の主要メディアの報道に慣れきった日本の読者には、「中国が平和統一を望んでいる」と説明されても、にわかには信じがたいだろう。だがそれは日本のメディアが、中国側の発する強いメッセージばかりを報じ、こうした意図を無視してきたからである。台湾問題を少し遡れば、中国が一貫して平和統一への道を探ってきた一面が見えてくるのだ。
■日本で無視される「反国家分裂法7条」
一例を挙げよう。台湾海峡危機の根源は、中国国民党(台湾)と中国共産党(大陸)との戦争(=国共内戦)だ。しかし現状、海峡を砲弾が飛び交っていないのは、大陸側が実質的な平和統一宣言である「台湾同胞に告げる書」を発出したことが大きい。
「台湾同胞に告げる書」とは、1979年1月1日に当時最高実力者だった鄧小平氏が発した対台湾政策の方針で、それまでの武力解放から平和統一への転換を示す決断だった。もともと「台湾同胞に告げる書」は、1950年と1958年にもそれぞれ発表されており、2度目の文書では「平和解決」にも言及された。「平和統一」の文言は1979年版からだ。
中国が、この「平和統一宣言」ともいうべき鄧小平版「台湾同胞に告げる書」を国内法に昇華させたのが、現在の「反国家分裂法」であり、その第7条には、「国は台湾海峡両岸の平等な話し合いと交渉によって、平和統一を実現することを主張する」と明記された。
その上で、続く第8条で「『台独』分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」と警告している。
これを簡潔にまとめれば「まず平和統一を目指す。
■台湾・民進党の「中国離れ」の影響
もちろん、台湾海峡の安定には、米軍が果たしてきた役割も無視できない。だが、もし中国が本気で台湾を統一しようとすれば、米軍という“重し”だけで、それを阻止できたかといえば、決してそうではない。
実際に中国は、朝鮮半島で米軍と戦い、ベトナム戦争でも北ベトナムを支援する形でアメリカと戦った“実績”がある。民族の悲願である台湾統一を、米軍との衝突回避という理由だけで諦めるとは考えにくい。
やはり「平和統一宣言」には中国自身の選択が強く反映されたとみるべきだが、その動機が何かといえば、経済発展の優先だった。戦争より発展が急務だったのである。
さらに統一後をにらんだ判断もあったはずだ。強硬な手段で台湾を統一しても、反発する2300万人の島を経営することは難事業でしかない。それならば時間をかけて統一へと向かう方が得策であり、その間に大陸の人々に経済発展をもたらそうということだ。
これこそ、大陸側が実質的な現状維持を容認し続けた理由なのだ。
ところが、ここ数年、中国がのんびり構えていられない状況が台湾内部で顕在化する。国民党に代わって政権党となった民主進歩党(民進党)の下で、台湾の「中国離れ」とも言うべき現象が加速したからだ。ここで民進党がもし台湾独立に向けて性急な動きを見せ、万が一、既成事実としての「独立」に踏み込むようなことになれば、中国の指導者はそれこそ鼎の軽重を問われ、「非平和的方式その他必要な措置」で、これを抑え込む必要に迫られる。
■現状変更を仕掛けた台湾
日本では、台湾統一を「習近平主席の『偉業達成』のための野心」という視点から報じられることが多い。だが実のところ危機のボリュームを握り、それを変えてきたのは台湾側だ。対立激化の“根源”は、2016年に総統に選ばれた蔡英文時代に芽生えたと言っても過言ではない。蔡英文・民進党が、過去に共産党と国民党が合意した「92コンセンサス(=九二共識)」を一方的に否定したことで、不穏な空気が一気に台湾海峡を支配し始めたのだ。
「92コンセンサス」と聞いても、多くの日本人はすぐにはピンとこないだろう。これは1992年に共産党と国民党が「一つの中国」で認識を共有させた作業を指す。共有したのは、「中華民国」であれ「中華人民共和国」であれ、どちらの「中国」が正当かという主張の違いはあっても、いずれも「中国」だという認識だ。
この認識の共有により、台湾が「92コンセンサス」を否定さえしなければ、「中国」は国土分裂の企みを警戒しなくてもよくなったのだ。
他方、民進党にしてみれば「92コンセンサス」は「国民党政権がした約束にすぎない」となる。
■台湾が自ら“安全装置”を外した
さらに重要なことは、「92コンセンサス」が台湾海峡の平和にとって極めて重要な役割を果たしてきた点だ。この共通認識があればこそ、中国は台湾統一のアクセルを緩め、現状維持を実質的に「黙認」できていたのだ。
つまり「92コンセンサス」は、中台の対立においてある種のバッファーであり、衝突を回避する歯止めだった。それを台湾が一方的に否定することは、すなわち自ら“安全装置”を外すような行為なのだ。
中国共産党も「国土喪失」にもつながる非常事態を黙って見過ごすわけにはいかない。警告してきたように、武力を使ってでもそれを阻止しなければ国民に顔向けできないからだ。
2016年に総統となった蔡英文氏が、もしこうした危険性を承知の上で自らの政治的立場を守るために「92コンセンサス」を否定したのだとすれば、世界の台湾に対する認識は大きく変わってしまうのではないだろうか。西側メディアが中国批判で多用する「力による現状変更」も、実はそれを誘発したのは中国側ではなく、台湾側だったことも見えてくる。
中国は、「92コンセンサス」ができたことで、台湾に対する融和策も進め、台湾がさまざまな国際機関に参加できるように道を開いてきた。台湾がWHA(WHO〈世界保健機関〉の年次総会)にオブザーバー参加できるようにしたことは、その好例だ。
■WHO排除は「意地悪」なのか
新型コロナ禍の初期、日本のメディアは中国が台湾をWHOから排除しているとの批判を展開した。まるで中国が台湾に「意地悪をしている」かのような報道は、経緯を知らないのか、もしくは中国への悪意だろう。台湾は、民進党が「92コンセンサス」を否定するまでの8年間(2017年まで)、きちんとWHOと関わることができていた。できなくなったのは台湾側が約束に違反したからであり、中国の「意地悪」ではない。
もっとも、台湾側にも同情すべき事情はあった。
台湾では戦後、「省籍矛盾」と呼ばれる対立が底流でくすぶり続けてきた。「省籍矛盾」とは、蔣介石総統とともに海峡を渡ってきた普通中国語を操る大陸出身の「外省人」が、主に台湾語を話す台湾島生まれの「本省人」を支配し続けたことで生じた、不満と対立のことだ。
本省人が話す台湾語は「閩南語」であり、福建省南部の言葉だ。本省人は福建省南部から渡ってきたとされ、いまでも台湾の人々は、厦門の人々とは普通中国語ではなく閩南語で会話ができる。問題は、人口の約13%にすぎない外省人が、人口で約85%を占める本省人を政治的に支配しただけでなく、台湾の主な産業をも牛耳ってきたことだ。国民党の「党営」という手法だが、この問題は多くの場面で深刻な利害対立を招くことになる。
■日本では報じられない中台対立の根源
そんな「省籍矛盾」の状況は、戦後初の本省人総統・国民党主席となった李登輝氏が「台湾アイデンティティ」を強調する政策を推進したことで大きく変わってくる。李登輝総統の台湾アイデンティティ重視は、台湾政界のライバルである外省人勢力との戦いが絡んだものとも指摘されるが、いずれにせよ李登輝総統の下で成長した民進党が「台湾アイデンティティ」の受け皿となり、台湾政治を台湾人(本省人)の手に、という流れを作り出してゆくのである。
この島内の変化が台湾海峡を挟んだ対立を複雑にし、中国を悩ませた。国民党との政争が激化する中で、民進党の掲げる「台湾アイデンティティ」が、日に日に本省人の間で広がり、挙げ句の果てに「自分は中国人ではない」という主張へとつながっていったからだ。
もし台湾が本気で「自分は中国人ではない」という考えに傾き、台湾を大陸から切り離そうとすれば、「平和統一」の前提は崩れ、場合によっては中国の定めた最後の一線、いわゆるレッドラインを踏み越え、北京も「したくない戦争」を覚悟するしかなくなるのだ。
中国は蔡総統の誕生から、台湾が水面下で独立を進めるのではないかと疑ってきたが、蔡氏の「92コンセンサス」の否定は、中国側の疑心を加速させた。それ以降中国は、台湾総統の言動に極めて神経質に反応し、釘を刺してきた。時に日本人の目に過剰とも映る、そうした北京の対応は、「したくない戦争」を避けるためでもあるのだ。
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富坂 聰(とみさか・さとし)
拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト
1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退。週刊誌記者を経て、フリーに。北京中枢の内部情報から在日中国人犯罪まで、現代中国問題に精通する。1994年に『「龍の伝人」たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞を受賞。『潜入 在日中国人の犯罪』『中国の地下経済』『「反中」亡国論』など、日中問題に関する著作多数。一方で、深刻な“中日問題”に取り組んだ小学館新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』も話題。
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(拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト 富坂 聰)

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