Netflixでテレビドラマ「古畑任三郎」の配信が始まっている。社会学者の太田省一さんは「『古畑』にはかつてテレビで放送されたものの、諸事情で配信されない幻の回がある。
そこでは、刑事ドラマというジャンルを根底から覆す斬新な展開が描かれていた」という――。
■「古畑任三郎」を語るうえで欠かすことのできない回
6月1日からNetflixで『古畑任三郎』第1シリーズから第3シリーズまでの一挙配信が始まり、早くもランキング上位になっている。ただ全話が揃っているわけではなく、なんらかの事情で配信されていない回がある。いずれも興味深く、『古畑任三郎』を語るうえで欠かすことのできない回だ。ここでは、そんな未配信の回に注目してみたい。
かつて放送された連続ドラマの一部が配信されない理由はさまざまだ。出演者の不祥事や劇中の描写にかかわるトラブルがあった場合はまだわかりやすい。使用した音楽などの権利関係が絡む場合もある。また出演者の承諾、権利処理が間に合わなかった場合もあるだろう。
こうした点は、部外者にはわからない部分も多い。しかしながら、視聴者としては「ただ見たい」という素直な気持ちは当然あるので、配信されない回があるのは寂しい。いくら『古畑任三郎』が一話完結形式であるとはいえ、である。

今回の配信では、第1シリーズから第3シリーズのなかで2話分が抜けている。第2シリーズ第4話「赤か、青か」、そして第3シリーズ第5話「古い友人に会う」がそれ。いずれも、ファンのあいだでよく話題に上る回だ。
■キムタクが演じた身勝手な犯人
「赤か、青か」は、木村拓哉が犯人役だった。初回放送は1996年1月31日。視聴率は26.1%(関東地区世帯視聴率。ビデオリサーチ調べ。以下同じ)と高視聴率を記録した。この回は、旧ジャニーズ事務所による肖像権管理の関係で長らく再放送や配信がされていないとされる(一時的に再放送がされたことはある)。
木村拓哉は、放送時23歳。社会現象になった『ロングバケーション』(フジテレビ系、1996年4月から放送)の少し前。しかしながら、すでにSMAPはブレークし、木村自身も『あすなろ白書』(フジテレビ系、1993年放送)で俳優として一躍脚光を浴び、出演ドラマや映画が相次いでいた。

ただ、この回の木村拓哉の役柄は、アイドルが演じそうな典型的な役柄ではない。犯人役ということもあるが、動機がきわめて身勝手で同情の余地がない人物だ。だがそのインパクトゆえにいまも語り継がれている。
木村が演じる林功夫は、天神大学電気工学部の助手。大学のすぐ近くの遊園地に深夜忍び込み、観覧車に爆弾を仕掛ける。ところが、立ち去ろうとしたとき警備員に見とがめられ、口封じのために殺してしまう。そして翌日、現場検証の最中に林から爆破予告の電話が入る。タイミング悪く、そのとき観覧車には今泉(西村雅彦[現・西村まさ彦])が乗っていた、という展開だ。
■古畑が唯一手をあげた
状況証拠をもとに、古畑は林を犯人とにらむ。爆破を防ぐためには、起爆装置についた赤か青かどちらかのコードを切断する必要がある。それを特定するため、古畑と林の緊迫した駆け引きが繰り広げられる。タイムリミットが迫るなか、古畑が林に逆トリックを仕掛けるところも見どころだ。

そしてこの回がいまも語り草なのは、古畑が珍しく感情をあらわにする場面があることだ。
最後、林に爆弾を仕掛けた理由を問いただすと、「邪魔なんだよ」という答え。観覧車によって部屋の窓から時計台が見えなくなったから、と林は悪びれもせずに言う。
あまりの身勝手さに、古畑は無言で林の頬を裏拳でビンタする。こんなときでもビンタの仕方がスタイリッシュなのはいかにも古畑らしいが、その表情はいつになく険しい。怒りがにじみ出ている。とはいえ、その後に痛そうに手を振るのだが。
そういうわけで、この回は古畑が唯一犯人に手をあげた回でもある。その行動に説得力を持たせる林の冷酷さを巧みに表現した木村拓哉の演技など、見どころが多い。
大谷亮介が警部役で出演しているのも、刑事ドラマファンにとっては注目ポイントかもしれない。大谷は、この後『相棒』(テレビ朝日系、2000年放送開始)に登場する「捜一トリオ」のひとり、三浦信輔役で広く知られるようになる。
■SMAP出演回とその“続編”
レギュラーではなくスペシャルでの放送だが、SMAPがゲストの回「古畑任三郎 VS SMAP」も有名だ。
ただしこちらも、基本的に再放送や配信はされていない。
1999年1月3日にスペシャルとして放送された。SMAPの人気もあり、視聴率は32.3%と30%を超えた。
この回はSMAPがSMAP役で登場。草彅剛が演じる草彅剛を恐喝していたスタッフの男をメンバー全員が協力して殺害するという話だった。そして5人は完全犯罪をもくろみ、古畑と対峙する。
折しも、SMAPのコンサート開演前の舞台裏。ここでも当然古畑とSMAPの駆け引きがあるのだが、犯人がグループ5人であるところを突いて、古畑はメンバーの内のあるひとりの性格を見抜き、罠を仕掛ける。
そして結局、5人は自白。マネージャーの前田(戸田恵子)が、SMAPが出られなくなったステージに説明に向かうラストシーンは何とも言えず切ないものとして記憶に残る。
実は、この回には“続編”がある。2013年9月30日放送の『SMAP GO!GO!』(フジテレビ系)。
三谷幸喜が脚本を書き、演出も務めた生ドラマがそれだ。
獄中のSMAP5人はトンネルを掘り、脱獄を企てる。外ではマネージャーの前田も待ち構えている。だが結局、いろいろ話し合った末に5人は脱獄を中止する。
コント仕立てという面もあり、本編に直接連なるものではないが、前田が勝手に復活ライブを考えているというセリフもあって面白い。木村拓哉が「古畑拓三郎」というキャラクターで物まねをしていた縁(田村正和の目の前で披露したこともあった)もある。
■異色中の異色回「古い友人に会う」
そしてもうひとつの未配信回、第3シーズン第5話「古い友人に会う」。初回放送は1999年5月11日で、視聴率は27.8%。配信されない理由は、劇中で使われた音楽の著作権上の問題ではないかとされる。
実はこの回は、最初に犯人がわかる「倒叙ミステリー」の形式をとっていない。しかも殺人事件も起こらない。だからこの回のゲストである津川雅彦は、犯人役ではない。
異例中の異例と言っていい回だ。
津川が演じるのは、安斎亨という小説家。古畑とは旧知の間柄だ。招待状を受け取った古畑は、安斎の別荘を訪れる。旧交を温める2人だったが、安斎の妻は不倫をしていた。部下の西園寺(石井正則)は、安斎が妻を殺すつもりなのではないかと疑う。だが古畑は、安斎の真意は別にあると考える。
解決編の前のいつもの視聴者への呼びかけで、古畑はこう語る。「えー、刑事はいつも事件が起こってから現場に現れます。だからこそ、一度でいいから悲劇が起こる前に事件を解決したい。それが私たちの夢です」。
■悲劇が起こる前に事件を解決
そして古畑は、安斎と対峙する。
安斎は、妻を殺すのではなく、拳銃で自ら命を断とうとしていた。古畑は、その意図するところを解き明かし、自殺を思いとどまらせようとする。だが安斎はそれでも死を望む。
「お察しします」と安斎の心情をくみ取りながらも、古畑の言葉は熱を帯びる。「しかし、しかし、あなたは死ぬべきではない。たとえすべてを失ったとしても、我々は生き続けるべきです」「また一からやり直せばいいじゃないですか」「明日死ぬとしても、やり直しちゃいけないと誰が決めたんですかっ?」。
この言葉を聞いていた安斎は徐々に表情をやわらげ、最後は考えを改める。「悲劇が起こる前に事件を解決したい」という古畑の「夢」が叶ったわけである。
■幻の最終回と言われるワケ
第1シーズン初回に登場した小石川ちなみ(中森明菜)の愛犬が再び登場するといったちょっとした楽しみもあるこの回だが、視聴者への呼びかけの場面で、古畑はこの回を「実は最終回に持ってこようと思っていた」と語っている。むろんそれは、脚本の三谷幸喜の思いでもあったはずだ。
事件が未然に防がれれば、当然事件は起こらない。それは究極の理想ではあるが、それでは刑事ドラマというもの自体が成立しなくなる。だから、本来は最終回にすべきだったという意味合いだろう。
だが、あえてこうした回をつくり、刑事ドラマというジャンルを根底から覆そうとしたところに『古畑任三郎』の斬新さ、そして真骨頂はあった。

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太田 省一(おおた・しょういち)

社会学者

1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。

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(社会学者 太田 省一)
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