■1990年代のIT革命を牽引したインテル
米国の半導体大手エヌビディアは、個人が持つPCで人工知能(AI)を動かすことができるように開発した、パソコン向け新型半導体「RTXスパーク」を発表した。
このチップは、マイクロソフトの基本ソフト(OS)のウィンドウズに対応している。
ということは、RTXスパークを搭載しているPC上で、私たちが好きなようにAIを操作できるようになる。その威力は大きい。
今後、RTXは既存のパソコンの常識を変えることになるだろう。1990年代、米国ではIT革命によって社会が変わり、関連企業の成長期待は急上昇した。当時、多くの人が、「インテル入ってる」を合言葉に、ウィンドウズOSを使いこなすようになった。それに伴い、中央演算装置(CPU)を供給するインテルの成長を確信した。
■「エヌビディア入ってる?」の時代へ
RTXスパークの登場により、「エヌビディア入ってる」の時代が到来するかもしれない。RTXスパーク発表直後、主要半導体メーカーの株価の変化はそうした期待の表れといえる。
世界経済にとっても、エヌビディアの新型チップ開発の影響は大きい。AIの性能向上とともに製品開発競争は激化し、製品のライフサイクルも短期化する可能性は高い。
これから、世界の有力企業は、優位性が発揮できる分野への選択と集中を一段と進めるだろう。わが国企業が、そうした変化の中で生き残るために、先端チップなどの新しい製造技術の開発は必要不可欠だ。

■米、英、台、韓の技術を結集したチップ
エヌビディアが発表したRTXスパークは、画像処理半導体(GPU)と中央演算装置(CPU)を結合した、新しいタイプのPC向け半導体(プロセッサー)だ。これまでの競合するチップに比べ、電力消費性能、演算性能で優位性が高いといわれている。
現在、エヌビディアは、AIデータセンター向けGPUで90%以上のシェアを持つ。RTXの開発にあたりエヌビディアは、英アームの規格に準拠したCPUの設計を主導した。GPUとの接続、データの制御など実際のCPU開発は、台湾のメディアテックが担当した。
GPUとCPUの製造は、世界最大のファウンドリー(半導体の受託製造企業)である台湾積体電路製造(TSMC)が担当する。データを一時保存するDRAMは、韓国のSKハイニックスやサムスン電子、および米マイクロンテクノロジーが供給したようだ。
RTXスパークの威力を確認するには、今日のPC向けCPU市場のシェアとその機能を確認するとよい。まず、現在のパソコン(ノート、デスクトップ)向けのCPU市場は、インテルがトップ、AMDが3割近いシェアを持つ。2強体制が続いている。
■「AIが動かすデバイス」へ進化
今日のPC向けCPUは、インテルの規格に準拠している。1978年インテルは8086プロセッサーを開発した。
左の二つの数字をとって、インテルの規格をX86と呼ぶようだ。その後、かつてのAMDはインテルのCPUの製造を担い、X86規格のチップ生産を認めた。インテルはAMD以外にX86規格のチップ製造を認めていない。これに対して、エヌビディアは英アームの設計図を使った。
インテルやAMDの高性能のCPUの場合、GPUを外付けすれば、ローカル端末でAIを動かすことはできる。それに対して、RTXスパークは、単体でPC上でのAI利用ができる。新しい設計図を使い、なおかつ、1つのプロセッサーで、PC上でAIを使える利便性は高い。
しかも、エヌビディアには、CUDA(クーダ)というAI開発プラットフォームもある。この機能をPCに搭載することで、推論モデルの微調整も可能になるようだ。RTXスパークの登場により、PCは人が計算や文書を作成するデバイスから、AIが自律的に作業を行うデバイスへ、その機能は大きく広がる可能性が高い。
■AI最大のリスクは「個人データ流出」
RTXスパークは、AIをより身近に使うデバイスの一つとして、新たなPC需要を創出する可能性もありそうだ。ジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、RTXスパークをこう説明した。
「このチップは、クラウドコンピューティングのみに依存するのではなく、AIエージェントをローカルで実行するよう設計されている」と表現した。
重要なポイントは、それぞれの人が独自にAIに関するオペレーションを実行できるようになることだ。
現在、わたしたちがAIを使う際、入力するプロンプトやコードは、AIデータセンターにあるサーバーで処理される。その場合、パソコンはデータをやり取りするインターフェイスの役割を果たす。個人や企業のデータは、PCを通ってデータセンターに送られ、処理される。その分、個人データ流出の危険性は高まる。
そのため、金融や医療など、プライバシーにかかわるデータがある場合など、AIの利用に慎重を期す企業は多い。AI開発企業と契約を結び、コストをかけて自社用に機能をカスタマイズするケースもある。この場合、高度なデータ分析を行おうとすると、会社のPCでは制限がかかり、不満を感じる人もいる。
自分の、あるいは自社のPC上で、ネットに接続せずにAIを使えると、企業の事業運営の効率性は高まるはずだ。RTXスパークをきっかけに、AIパソコンの需要は急増すると予想される。
■「AIパソコン」への期待感が株価に反映
すでに、既存のパソコン需要は飽和状態にある。
2020年から2022年、コロナ禍による在宅勤務増などの上振れはあったものの、過去10年間の平均出荷台数は、年間2億8千万台程度だ。本年はメモリー価格高騰の影響で、PCの出荷台数は下振れるとの予測は多い。
単一のプロセッサーでAIを動かせるPCが登場すれば、価格が高くても欲しいと思う人は増えるだろう。単一チップでAIを動かせるパソコンの需要が世界全体で増えるとの期待は高まっているようだ。
5月末から6月初旬、エヌビディア株が上昇した半面、インテルやAMDの株価が下落したのは、そうした変化を想起させた。パソコン市場では、AIパソコンの開発や受託製造面で優勝劣敗が鮮明になることも予想される。
■過去の失敗を踏まえた水平分業体制
RTXスパークの開発体制を見ると、エヌビディアが水平分業を重視していることは明確だ。実は、エヌビディアが、AIパソコン向けのプロセッサー開発に取り組んだのはRTXスパークが初めてではない。
2011年、エヌビディアは、パソコンからサーバーやスーパーコンピューターで使える、自社製のCPUとGPUを結合したチップの創出を目指した。この時もCPUの基本設計は英ARM(アーム)の技術を使った。ただ、当時はRTXスパークと違い、アプリ制御などの指示回路を自前で開発しようとした。
結果として、当時のエヌビディアのプロセッサー開発は、ITデバイスの性能向上スピードに追い付かなかった。
2016年、当時のエヌビディアは計画を中止した。その教訓を活かし、RTXスパークの開発では、徹底した水平分業体制をとった。
■次世代半導体の量産を目指すラピダス
わが国の企業は、そうした変化に確実に対応することが必要だ。現在、わが国の産業界には、AIを開発できる有力企業も、ハイパースケーラーと呼ばれる大手IT先端企業も見当たらない。一方、半導体の製造に必要な部材、製造装置、そして先端チップの製造技術や実装に取り組む企業はある。
注目すべきは、2027年に回路線幅2ナノ(10億分の1)メートルのAIチップ量産化を目指すラピダスだ。すでに世界の先端半導体開発は、1.4ナノレベルに移行した。2028年にTSMCは1.4ナノチップを量産する計画だ。中国でもファーウェイなどが1.4ナノチップの開発を急加速させている。
おそらく、米国はAIパソコン向けの先端プロセッサーに関しても、自国内での製造を求めるだろう。台湾の電力、人材などの不足に対応するため、TSMCが関連産業の集積するわが国で直接投資を積み増す可能性もある。そうしたチャンスを生かすため、ラピダスの事業は重要だ。

日本企業が世界のAIの波に乗り遅れると、「IT後進国」に続き、「AI後進国」ぶりが鮮明化する恐れは高まる。AIの世紀では、水平分業はさらに加速するだろう。わが国が加速度的な変化に対応するため、何としても波に乗り遅れてはならない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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