■平壌にある最先端デパートのカード
今、北朝鮮の首都・平壌で、大きな変化が起きている。それを象徴するのが、平壌にある「(人の名前)愛国仙内館」(※1)という日本製品が揃うデパートのカードだ。
表面の上部には「(人の名前)愛国仙内館」、下部には12桁の会員番号が書かれている。そして裏面には、店舗の住所と電話番号、「アムナル(朝鮮語で将来という意味)電子商店」というネットサービスと思しき表記の左に、驚くべきことに日本語で「みらい」と書かれているのだ。これはどういうことなのか。
事情通によれば、この店名の一部になっている人の名前は関西の在日コリアンのもので、以前は北朝鮮への日本製品の輸出でよく知られた存在だったという。
しかし北朝鮮は、2020年に新型コロナウイルスが流行して以降、いまだに国境封鎖を続けている。2024年の夏には在中北朝鮮人の往来、中国人向けのビジネス・留学を目的とした往来を限定的に認め、またつい先月には中朝間の国際旅客列車が運行を再開するなど、徐々に人的往来の拡大に向けた動きがあるものの、依然として国境の全面開放に至っていない唯一の国だ。しかも、日本と北朝鮮には国交がなく、2006年以降は経済制裁のために輸出入が禁じられている。
それなのに、平壌のデパートに日本製品、日本語が記された会員カードがあるのはなぜだろうか。
※1 愛国仙内というのは平壌市内の地名。
■「愛国仙内館」はどんな店なのか
まず、「愛国仙内館」が、どのような店なのか見ていこう。北朝鮮との取引のために定期的に訪朝しているという中国貿易商が、中国版TikTokである「抖音(ドオイン)」で詳しく紹介している。
高級外車がずらりと並んだ平面駐車場を抜け、1階のエントランスから店内に入ると、お惣菜やお弁当を売るコーナーがあり、キンパやプルコギなどに混ざって、日本のエビフライや日本式ソーセージ、さらには写真のように立派なパック寿司までもが売られている。隣接する冷凍食品コーナーには、日本語で「ししゃも」や「(日本のメーカー名)オリジナルしめさば」と書かれた魚、「ステーキ」と記載されている冷凍肉などがあり、日本にいるかのようだ。
これには中国貿易商も「ここには日本製品しかありません」と感嘆していた。地下は、ドラッグストアのようだ。商品棚には日本の化粧品が所狭しと並び、日本の100円ショップからそのまま仕入れたような米びつやプラスチック製の食品収納ケースが山積みになり、棚にはマンダムの「ギャツビー」などの制汗剤、下の写真(写真1)のようにエステーの「ムシューダ」といった衣類用防虫剤までが所狭しと並んでいる。
次に訪れたのは家電コーナー。ここでは日本のパナソニックのテレビやトレーニングマシン、炊飯器や電子レンジまでが混ぜこぜに売られている。ディスカウントストアではないが、店内の様子は日本のドン・キホーテに似ている。
■日本のジュースやチョコが大人気
今年の春まで平壌に留学していた中国人のK氏(仮名)によると、北朝鮮でも日本製品は人気で、富裕層は日本の食品をよく購入しているという。
特に人気があるのは、日本のジュースやチョコレートなど。家電や家具などを買う人はあまり見ないが、ドンジュ(新興富裕層)などが、最近の都市開発で完成した党幹部や功労者の住むマンションにプレゼントとして贈り、便宜を図ってもらうための“挨拶”とすることはあるという。
「今の平壌は、日本製品の天国だ。中国の二線都市(中国の地方経済のランクに応じて分けられた格式。今では大連、哈爾浜、長春、紹興など20都市くらい)よりも日本製品の品揃えはいいだろう。西方国家(東西冷戦下における西側諸国、今では主に欧米圏のこと)のブランドのようなものも多くあり、平壌市民は中国人と同じような生活をしている」(K氏)
実際、それを裏付けるかのように平壌には多くの日本製品が売られているのはもちろん、日本にあるような「店そのもの」がいくつもあることが確認できた。
■日本のようなショッピングモール
例えば、「楽浪愛国金剛館」と呼ばれる新興商業施設は、まさに日本のショッピングモールのようになっている。建物の内部にある各階表示によれば1階にスーパーと飲料店、1階と2階の両方に家具店、3階にビュッフェレストラン、4階は家電売り場、5階がレストラン街、6階はゲームセンター、7階と8階はフィットネスジムという配置になっている。
そして、このモールにもたくさんの日本製品がある。スーパーには大量の日本製品が並んでいて、目立つのはサンガリアの飲料。とても人気があるようだ。他にも日本製チョコレートなど、品質管理が困難な菓子類も販売されている。
さらに、このデパートにはもうひとつ特徴がある。家具コーナーには、特徴的な「サメ」のぬいぐるみ、北欧風の家具、開放的な店内、青と黄色の配色のカート……そう「IKEA」に似ているのだ。その奥には、日本の家電量販店のごとく、タカラスタンダードやクリナップのシステムキッチンが鎮座している。
コーヒーショップは、さながら「スターバックス」。韓国には「北朝鮮が見えるスタバ」があると聞くが、平壌には「北朝鮮スタバ」が開業しているというのはなんの因果だろう。しかし、本家と違ってロゴは「M」だ。この「M」の正体はなんだろうか。店内の商品を見ていると丁寧に詰められたコーヒー豆のパックラベルの上部に「MIRAI RESERVE」と書いてあるのを見つけた。「みらい」といえば、冒頭で紹介したカードの裏に書いてあった文字と一致する。
「みらい」とはなんなのか。実は在日コリアン社会では、「みらい」の朝鮮語である「ミレ」という名称を聞くことが多い。かつて総連傘下の銀行として活動し倒産した朝鮮銀行の後継の一つである「ミレ信用組合」が代表的だ。
■どうやって日本製品を仕入れているか
では、彼らはどうやって日本製品を仕入れているのか。平壌の留学生K氏によれば、「愛国仙内館や楽浪愛国金剛館は朝鮮総連と『KKG』の合弁事業で、在日コリアン企業のみらいが仕入れを担当していると言われている」と話す。KKGとは、北朝鮮に所在する「金剛総会社」と呼ばれる会社であり、様々な事業を展開している財閥のようなもので、朝鮮労働党の外貨獲得機関ともいわれている。
そして非常に興味深いのは、この会社は中国に幾つか支店・支社を有していることだ。中国の会社登記システムで調べると外資系企業の「朝鮮金剛総公司」という名目で、延吉、丹東、大連にそれぞれ営業所を持っていることが確認できた。
また先日、筆者がこの登記の現地を訪れた際、この住所には金剛の営業所のみならず、「国際運輸公司」を名乗る中国企業も入居していた。またこれらの業者が入居する国境沿いの雑居ビルには、北朝鮮の有名ブランド「大同江ビール」の中国総代理店など、明らかに北朝鮮と深い関係を持つ企業が複数入居していた。恐らく、もともと中国に輸出されている日本製品や日本の市場にある商品を、このような中国の「国際運輸公司」などが隠れ蓑となって買い付け、それを金剛などの管轄で北朝鮮に輸出するという迂回輸出のスキームが作られている可能性が大きい。
実際、エステーとサンガリアに北朝鮮で製品が売られていることについて問い合わせたところ、「北朝鮮への直接輸出は行っておりません。第三者による流通の可能性が考えられます」(エステー)、「弊社において北朝鮮での販売状況は把握しておりません。弊社は主に日本国内のお取引先様への販売を行っており、北朝鮮への直接的な輸出・販売は行っておりません」(サンガリア)との回答があった。
■深刻なノースコリアリスクの現実
平壌のデパートに溢れる日本製品の数々。「北朝鮮にも日本製品があるなんて」「日本製品はどこでも人気だ」などと驚いたり喜んだりしてはいられない。その裏には、中朝国境地帯でうごめくダミー会社の存在があり、迂回輸出の問題があるからだ。
日本から中国の大連や丹東の「国際運輸公司」や「貿易会社」へ、正規のルートで輸出されたはずの自社製品。しかし、その取引先が実は北朝鮮の特権階級と結びつくダミー会社であった場合、日本企業は知らぬ間に北朝鮮の「抜け穴」に加担し、ひいては党の資金獲得機関を潤すエコシステムに組み込まれてしまうことになる。
北朝鮮への輸出は、重工業製品や化学製品、機械などの場合は国連制裁の対象だ。また日本においては、全ての製品の北朝鮮への輸出が法律で禁じられている。この状況下で、北朝鮮に自社製品が大量にあり、そのルートが迂回輸出によるものとなれば、企業が被る信用ダメージは計り知れない。「相手は普通の中国企業だと思っていた」「最終消費地が平壌だとは知らなかった」という言い訳は、国際社会の厳しいコンプライアンスの網の目の中ではもはや通用しないのだ。
コロナ以降、物流を取り巻く環境は大きく変わり、北朝鮮への迂回輸出ルートもより巧妙になっている。我々からすれば、国境が閉鎖された北朝鮮と関わる機会などないと思いがちだが、複雑化する国際取引において、その可能性はゼロではない。日本のビジネスパーソンは、こうした「NK(ノースコリア)リスク」が潜んでいるという事実を知っておくことが大切ではないだろうか。
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大熊 杜夫(おおくま・もりお)
辺境レポーター、ライター
2001年、神奈川県生まれ。北京外国語大学を経て愛知大学へ。現在、宮塚コリア研究所研究員。専門は中朝国境を中心とした北朝鮮事情、および金日成バッジや北朝鮮ビール等の物質文化研究。コロナ禍の北京留学中に中国全土を踏破し、特に中朝国境地帯へは20回以上も足を運んでおり、「辺境レポーター」としての顔を持つ。徹底した現場主義に基づき、北朝鮮レストランの動向や内部事情にも精通。中日新聞・東京新聞をはじめとする国内メディアのほか、解放日報など中華圏メディアでの取材協力実績も多数。論文に「北朝鮮『肖像徽章』の研究」がある。
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(辺境レポーター、ライター 大熊 杜夫)

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