健康を保つためにはどれくらい運動すればいいのか。同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターの米井嘉一さんは「運動不足の人が急に長距離ウォーキングを始めても長続きしない。
若さと健康を維持するなら、まずは毎日歩く習慣を身につけるといい」という――。(第3回)
※本稿は、米井嘉一『食べて若返る!』(さくら舎)の一部を再編集したものです。
■運動は気分を安定させ、認知症予防にもなる
運動は脳にも大きな影響を与えます。これまでの研究によって、運動をすることで記憶力や学習能力がアップしたり、気分が安定したり、認知症の予防につながることがわかっています。まず、運動をすると「BDNF」(脳由来神経栄養因子)という物質が脳の中で盛んに分泌されます。
BDNFはたんぱく質の一種で「脳の栄養分」といわれ、神経細胞の新生を促すとともに、シナプス(神経細胞同士の接合部で脳の伝達情報を担っています)の数を増やし、シナプス間の結合も増強させて、神経ネットワークの形成や発達を促進する働きを有しています。
血液中のBDNF量と認知機能との関係を調べた研究でも、BDNFの濃度が高いほど記憶力や学習能力などの評価スコアが高くなるなど、認知症予防に必要不可欠な存在とされます。BDNFの量は65歳以上になると加齢とともに低下しますが、運動によってBDNFの分泌量低下を防ぐことができることもわかっています。
また、運動には、ノルアドレナリンやドーパミン、セロトニン、エンドルフィンといった思考や気分に関わる神経伝達物質の分泌を促す効果のあることが判明しています。さらに、記憶を司る海馬は加齢とともに萎縮しますが、運動によって食い止められることが、いくつかの研究によって明らかになっています。
■30代より脳が若い80歳の秘密
そして、最近の研究によって、習慣的に運動をすることで、アミロイドβが脳内に蓄積されるのを防ぎ、アルツハイマー型認知症から脳を守ることがわかってきました。私たちの研究グループでも、そのことを実験によって確認しています。

私たちの脳には、認知症の原因となる「アミロイドβ」を分解・排出するクリアランス機能があります。この働きを示す指標のひとつが「アミロイドβ 40/42比」です。アミロイドβには、アミノ酸が40個つながった「β 40」と、42個つながった「β 42」があります。
このうちβ 42は脳の中で固まりやすく、アルツハイマー型認知症の人の脳では特に多くたまっています。健康な人ではβ 40とβ 42の割合はおよそ9:1ですが、β 42の比率が高いほど、老廃物を排出する力(クリアランス機能)が弱まり、認知症リスクが高くなるといわれています。私たちの研究グループが主催する「健法塾」では、ウォーキングを中心とした健康づくりを続けています。
参加者(80歳前後)と、同志社大学の教職員(30~60代)を比べたところ、平均で健法塾生のほうがβ 42の比率が低く、つまり脳のクリアランス機能が高いことがわかりました。年齢を考えれば、むしろ「脳が若い」といえる結果です。健法塾生の方々は、毎日7000~8000歩ほど歩いています。
■激しい運動はかえって老化を促進させる
この年代の平均は3500~4000歩ですから、約2倍。その日々のウォーキング習慣が、脳の老廃物をきれいにする力を保っていたのです。
「運動は、脳のバリア能力を上げ、なおかつ機能も鍛えることのできる最良の手段の1つ」ということは、おわかりいただけたと思います。
ですが、いくら運動が健康によいからといって、これまでほとんど運動をしてこなかった人が、いきなりフルマラソンを走るような、急な激しい運動をするのはよくありません。
筋力も心肺機能も衰えている状態でハードな運動をすると、捻挫や肉離れなどのケガにつながりやすく、心臓にも負荷がかかります。ぎっくり腰や転倒して骨折というケースも珍しくありませんし、血栓ができて心臓病のリスクが上昇することもあります。また、激しい運動をすると呼吸量が急増して、体内で大量の活性酸素が発生します。
若返るどころか、老化を促進することになります。若い人でも運動不足の状態から急に動くのはリスキーです。まして、中高年になって「このぐらいなら大丈夫だろう」などと、いきなり運動すると痛い目にあいます。筋力が弱っていると、自分が思っている以上に、体は急激な運動に耐えることができません。それに、ハードルが高すぎると、億劫になって続きません。
■特別な技能もいらないおすすめの運動方法
「これなら楽しくできそう」という程度のゆるーい運動からはじめて、少しずつ体をならしていきましょう。たとえば、お散歩がてら家の近所を歩くというのでも構いません。大事なのは、それを毎日続けること。
運動レベルは低くても、体を動かすことを習慣化することが、筋力や心肺機能を高めるトレーニングにつながります。
そうして、トレーニングを積んでいくと、次第にさまざまな機能が鍛えられ、体内の抗酸化酵素も活性して、運動強度をあげても酸化しにくい体になってきます。「カエルとんでも休みが長い」ということわざがありますが、まさにそう。たまに激しい運動をしても効果はありません。運動の健康・若返り効果は、続けることで得られます。
「おすすめの運動はありますか?」
このように聞かれると、私は必ず「歩くこと」をおすすめします。運動器障害などのない限り、基本的に人は歩いて生活しています。ですから、特別な技能も道具も必要なく誰でも気軽にできますし、自分のペースで運動レベルを調整できるので継続しやすい、というのもおすすめポイントです。
普段、当たり前に歩いていると気づきにくいものですが、「歩く」というのは全身運動であり、結構な健康効果があります。歩くためには、足腰の筋肉だけでなく、上体を安定させるために背筋や腹筋など体幹部の筋肉も使うので、全身の筋肉がバランスよく鍛えられます。
■高齢者の目安は「1日6000歩以上」
また、骨には適度な負荷がかかると強くなるという性質があります。歩くたびにかかとに機械的な負荷が加わることで骨の強度が上がります。
歩くことで全身の血流がよくなると、自律神経の働きが安定し、ホルモン分泌も活性化します。
運動による適度な疲労感に加え、睡眠や覚醒をコントロールしている自律神経やホルモンのバランスが整うことで、寝つきがよくなり睡眠の質もアップ。朝スッキリ目覚められて、1日を気分よく過ごせます。気分を高め、不安やうつを軽減し、疲労による痛みを減らす効果のあることがわかっています。
そして、歩くことは有酸素運動ですから、内臓脂肪の減少につながりますし、アミロイドβの排出を促すことで認知症の予防にもなります。歩くだけで、こんなに健康になれるのです。
「歩いて健康になるには、どのくらい歩けばいいですか?」これもよく聞かれます。目安は1日8000歩です。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」でも、1日8000歩(高齢者は6000歩以上)程度歩くことが推奨されています。
■まずは1日15分、1000歩からで良い
この数値は、群馬県中之条(なかのじょう)町の65歳以上の約5000人の住民を対象に、運動など生活習慣と健康状態を10年間にわたって追跡調査した結果、導き出されたもの。毎日8000歩を目安に歩くことで、健康寿命(心身ともに健康で日常的に介護を受けずに自立した生活が送れる期間)を延ばすことや健康維持につながることがわかっています。
ただし、8000歩は、あくまで最終目標です。
大事なのは、まずは歩くこと。重ねていいますが、歩く習慣のない人がいきなり長距離を歩こうとしても、なかなかうまくいきません。お散歩程度からはじめ、「今より15分長く歩く」ことを心がけながら、少しずつ増やしていきましょう。健法塾では1日15分、1000~1500歩から始めます。
3~6カ月ごとに少しずつ増やして、7000歩まで達したら、それを続けてもらっています。これがウォーキングの副作用を減らして、無理なく長続きする秘訣です。「ダラダラ歩いても意味がない」という人もいますが、そんなことはありません。
■足腰や体幹を鍛えたいなら砂浜がおすすめ
心地よい風を受け、四季折々の景色を楽しみながら歩けば、ストレス発散になり、セロトニンなど幸福感を与えるホルモンが出てきて、気分も高まります。
気軽に楽しく続けられるレベルに設定して、習慣化につなげていきましょう。そうして半年ほど経って歩くことに慣れてきたら、速度を上げたり歩幅を広げたりして、レベルアップしていきましょう。たとえば、同じ15分でも、平らなアスファルトの道をゆっくり歩くのと、アップダウンのある道を早足で歩くのとでは負荷が違います。
さらに運動強度を上げたい人は、砂浜を歩くことをおすすめします。
普通の地面を歩くよりも負荷がかかりますし、不安定な砂浜を歩くことによって、足腰や体幹が鍛えられます。そんなふうに、その日の気分や自分の状態によって、歩き方やコースをかえたりするのも、長続きするコツ。歩くことを楽しみながら、毎日を心地よく過ごし、若さを取り戻していきましょう。

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米井 嘉一(よねい・よしかず)

同志社大学アンチエイジングリサーチセンター、同志社大学大学院生命医科学研究科教授

1958年東京生まれ。武蔵高等学校卒業、慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。1989年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。2008年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、糖化ストレス研究会理事長、(公財)医食同源生薬研究財団代表理事。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。主な著書に『アンチエイジングは習慣が9割』(三笠書房)、『若返りホルモン』(集英社)など多数。

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(同志社大学アンチエイジングリサーチセンター、同志社大学大学院生命医科学研究科教授 米井 嘉一)
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