定年後を迎えた人には何が必要なのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは「老後の幸福度を高めるには、信頼できる人間関係を絞ることが重要だ。
広く浅い付き合いよりも、少数の深い関係のほうが精神的や経済的な安定につながる」という――。(第1回)
※本稿は、佐藤優『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる〈実践・成功編〉』(Hanada新書)の一部を再編集したものです。
■「本当に好きなこと」以外は切り捨てる
定年後の人生を豊かで健康に過ごすためには、やはり行動範囲や人間関係を、あえて限定すべきである。心身の健康維持や経済的な安定、そして精神的な余裕を確保するためだ。特に現役時代の広すぎる人間関係は、定年後に負担となることが多いと指摘されている。
たとえば精神科医の保坂隆(ほさか たかし)氏は、「信頼できる人間関係を9人程度に絞る」ことを提言している。すなわち、浅い人間関係を数多く持つよりも、密度の濃い人間関係を維持するほうが、精神的に安定するからだ。
孤独な老後を避けるためには、広く浅い関係ではなく、むしろ心から楽しめる共通の趣味を持つ少数の仲間や、緩くつながれる地域活動など、質の高い人間関係に絞るほうが有効なのである。定年後、無限に時間があるわけではない。
本当に楽しいと思える活動に時間や費用を集中すれば、満足度の高い生活が送れる。加えて、義理の付き合いや気乗りしない活動を減らす。結果、経済的な不安も軽減できる。
定年後の生活において行うべきは「本当に好きなこと」だけであり、それ以外は切り捨てていくのが、有意義な老後を送るための基礎である。
■コロナ禍のひとり時間が価値観を変えた
コロナ禍も、定年後の人たちの生活や意識に大きな変容をもたらし、マインド「リセット」をもたらした。特に「健康・安全」「人間関係」「働き方」「日常の幸福」に関する新たな価値観を明確にした。具体的には、以下のような価値観の変化が挙げられる。
①健康や安全を最優先・行動はローカル化:新型コロナウィルスの感染リスクを避けつつ、健康を維持するため、「ウォーキング」「ジョギング」「ガーデニング」「懸賞応募」などが新たな趣味として定着した。すなわち「近場」「一人」「屋外」「黙考」の安全な楽しさを知ったことになる。そして遠出や人混みを避け、自宅やその周辺で安全に過ごすことが重視されるようになった。
②リアルな人間関係の再構築:コロナ禍において対面でのコミュニケーションが減少し、人間関係が疎遠になるなか、本当に必要なつながりとは何かを再発見する機会となった。すなわち「密から疎への転換」である。そして一人で過ごす時間が増えるなか、孤独感と向き合いながら、デジタル技術などを活用して孤立を避ける方法が模索された。
■世の中に期待しない人は孤独にならない
③仕事観が「会社軸」から「個人軸」へと移行:「会社」に依存する生き方から、「社会」に何を提供できるかという価値観への移行が進んだ。雇用延長などが進むなか、同じ「会社」に勤めながらも、かつての自分の地位との違いを痛感し、「社会のなかの自分」に意識が向くようになった。

④重視されるようになった日常の幸福感:コロナ禍を通じて、大規模なイベントや旅行よりも、食事、ガーデニング、読書など、日常のささやかな幸せに高い価値を見出(みいだ)すようになった。そして、会社組織から解放され、自分で時間をコントロールする楽しさを再発見する人たちが増加した。「定年後は楽しい年月だ」と。
事あるごとに述べているのだが、私には痛切に感じていることがある。「世の中に意のままにならないことがあると自覚している人は孤独にならない」という真理だ。こうしたことを若者よりも確実に自覚しているのが、定年後の人たちだろう。
ゆえに、ビジネスパーソン時代よりもストレスが少ない生活のなか、伸び伸びと生きることができるはずだ。特に、定年後の人たちのための「インフラ」が整っている日本では――。たとえばイギリスには身分性が残り、ゆえに就職においても縁故入社が多い。
■失敗より後悔するのは「やらなかったこと」
そして、下層の人だけでなく中流でも下のほうに位置する人たちの大学入学も難しい。そこで、まず最も実力が評価される軍隊で力を発揮し、大学に入学したりする。日本ほど身分制度が顕著ではなく平等な社会はないだろう。

であれば定年後の人たちは、起業するなどの「賭け」を除き、何にでもトライできるはずだ。
「やったことは、たとえ失敗しても、20年後には笑い話にできる。しかし、やらなかったことは、20年後には後悔するだけだ」(マーク・トウェイン/アメリカの小説家)
日本の定年後の人たちが孤独にならず、充実した生活を送っている理由は、このようなところに遠因があるのかもしれない。そして具体的には、以下のような要素が挙げられるだろう。
①継続雇用や再雇用で働き続ける定年後:定年後の日本人の多くが「社会との接点を持ちたい」という理由で、再雇用などの形をとって働き続けている。結果、こうした仕事を通じた社会参加が、自動的に孤独を防ぐ構造になっている。
■「定年=引退」と捉えないこと
②「会社名」を忘れた人間関係:現役時代の肩書に頼らず、地域や趣味の世界で付き合える交友関係を持つ人たちは、孤独になりにくい。日本にはそうした多種多様な出会いの機会が用意されている。
③定年を引退と捉えない意識:定年を引退と捉えず、現役時代とは違った形で社会参加し、たとえば社会貢献などを緩やかに続けていけば、孤独を感じない。日本にはそうした受け皿となるNPOなどが数多く存在する。
④孤独を楽しむ周囲との距離感:「孤独」を恐れるのではなく、自立した「個」として周囲と適切な距離感を保つ。すると人間関係のトラブルが生じず、むしろ充実感を得ることができる。
後述する日本の定年後の人たちに向けたインフラが、それを可能にしている。定年後のマインド「リセット」を終え、身軽な身分になったら、何にでもトライしてみてはいかがだろうか。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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