■中国プロパガンダ機関から執筆依頼
数週間前、中国共産党の英語向けプロパガンダ機関である「チャイナ・デイリー(中国日報)」の編集者から、丁寧なメールが届いた。私にオピニオン記事を書いてくれないかという打診である。
この英字日刊紙は世界中に多くの読者を抱えており、そこに署名入りで寄稿すれば、筆者・研究者・アナリストとしての知名度を上げることもできる。よって魅力的なオファーだと受け取る人もいるかもしれない。
しかし、私は丁重に断った。理由は単純であり、これまでの苦い経験から得た教訓によるものだ。真実をねじ曲げるために設計された国営のプロパガンダ機関に、私の独立した研究の信用を貸し与えることなど到底できないからだ。
私のこの直感は、すぐに証明されることとなった。執筆を拒否した直後の2026年5月下旬、チャイナ・デイリーは日本の防衛費に関する私の見解を完全に歪曲した中国語の記事を掲載したのだ。
■中国がでっち上げた記事の中身
その記事は、日本が「防衛」を隠れ蓑にして密かに攻撃的な軍隊を再建していると非難する、センセーショナルな見出しを掲げていた。このでっち上げのシナリオを補強するため、同紙は私と、地経学研究所の著名な研究者の発言を露骨に捏造して引用した。
〈(前略)米CNBCは、地経学研究所の小木洋人氏や国際基督教大学のスティーブン・ナギ教授の分析を引用し、次のように指摘している。
日本は世界的な軍備増強の波を利用し、大規模な武器輸出を通じて研究開発および生産コストを分散させ、国内の防衛産業の生産能力を向上させるとともに、有事における急速な増産能力を全面的に引き上げることで、軍事拡張に向けた基盤を築こうと目論んでいる、と。〉(該当部分の日本語訳)
私たちが分析した日本の正当な防衛力整備に関する見解は、一切の許可もなく、中国共産党の都合のいい主張へとねじ曲げられたのである。記事には、日本を武器売買に手を染める威圧的なタコとして描いた風刺画まで添えられていた。
この記事は、その後、中国国内の読者だけでなく、世界中の中国語を読むコミュニティに向けて複数のサイトで発信(拡散)されていることもわかっている。おそらく世界の数億人が読んだに違いない。
国家が主導して情報歪曲するという戦術を知るには、その舞台裏を見る必要がある。彼らの戦略は、金銭的な誘惑、恣意的な編集、そして独立した専門家の言葉を武器化するために意図的に私たちのような専門家が発する文脈を欠落させるのだ。
■「日本は軍事予算を増やしていますか?」
この巧妙なシステムから私が最初に手痛い教訓を得たのは、以前、中国グローバルテレビジョンネットワーク(CGTN)のインタビューを受けた時のことだ。
テーマは「沖縄と日米関係」だった。インタビューの中で、私は「日米関係は一定のバランスがとれおり、歴史的な摩擦はあるものの、沖縄の人々と米軍は経済的・文化的な領域においておおむね良好な関係を維持している」と指摘した。
しかし、その番組が放送された時、私の包括的な分析は跡形もなく消え去っていた。
私の学術的な肩書きを乗っ取ることで、CGTNは中国共産党のプロパガンダのニーズに完璧に合致する、広範な反米感情という偽りのシナリオを捏造したのだ。
もう一つのよくある戦術が「文脈のロボトミー(一部切除)」である。中国国際放送のようなメディアは、地政学的な問題を議論するために国際的な学者を日常的に招待するが、そのインタビューは綿密に仕組まれた罠である。彼らは誘導的な質問を投げかける。「日本は軍事予算を増やしていますか?」と。
客観的なアナリストとして、私はこう答える。「はい。しかしそれは、中国の急速な軍事拡大を含め、ますます厳しさを増す地域の安全保障環境に対応するためです」。
■「普通」の質問をして回答させる
ところが、放送される際、その文章の極めて重要な後半部分は都合よく編集室の床に捨てられる。視聴者の耳に届くのは、欧米の学者が「日本の軍事予算の増加」と認めたという部分だけだ。これは、民主主義国家を侵略者として描くために仕組まれた嘘である。
中国メディアからの誘導的な質問の投げかけの「コードワード(決まり文句)」には他に次のようなものがある。
「日本の右翼ナショナリズムについてお話を伺いたい」
「在日米軍基地の問題についてお話ししたい」
「日本の防衛費増額についてお話ししたい」
「日中間の歴史問題についてお話ししたい」
これらはすべてごく普通の質問だが、彼らはこうした問題の背景にあるニュアンスを説明させない。あるいは、活字にしたりテレビで放送したりする際、こちらの回答の「一部」だけを切り取って使うのだ。
■原稿料500ドルと引き換えにされる「真実」
このシステムとの遭遇で最も背筋が凍る思いをしたのは、2018年に中国とカナダの間で起きた「人質外交」危機の時だった。バンクーバーで米国の逮捕状に基づきファーウェイの幹部が合法的に逮捕された後、中国はマイケル・コブリグ氏とマイケル・スパバ氏という2人のカナダ人を不当に拘束した。
この対立の最中、ある中国人学者が私宛てにメールで「カナダの立場を解説する記事を北京の雑誌に書かないか」と、500ドルの原稿料を提示してきた。
私は即座に断った。カナダの独立した司法制度に関する私の分析が、検閲官の手を逃れて無傷のまま掲載されることなどあり得ないと分かっていたからだ。
中国共産党はその後3年間にわたり、スパイ容疑で2人のカナダ人を「合法的に」逮捕したと主張し続けた。もし私がその500ドルを受け取っていれば、私の名前は、同胞を人質に取っている習近平を正当化するために利用されていただろう。
断りの連絡をした後、500ドル原稿料で依頼してきた学者からは、「決断を十分に理解し、尊重」と言いつつ、「アジア太平洋地域の経済・戦略情勢というより広い枠組みの中で、貴殿がよりご執筆しやすいテーマや視点がございましたら、ぜひお聞かせいただければ幸いです。貴殿の専門知識やご希望に基づき、内容を完全に調整することも可能です」とのメールが送られてきた。
■「認知戦」に対抗するための方法
最近、習近平が日本に「軍事化」というレッテルを貼りたがっているが、言うまでもなく、事実は異なる。2025年4月のストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のファクトシートによれば、世界的な軍事化を牽引しているのは日本ではない。2024年、日本の防衛費は国内総生産(GDP)のわずか1.4%であり、世界第10位にとどまっている。真の牽引役は米国と中国である。日本の再軍備化というシナリオは、捏造された幻影にすぎない。
だが、その幻影に騙され、習近平のロジックにまんまと乗ってしまった日本や欧米の学者や政治家、メディア関係者は少なくない。また、彼らがSNSなども巧みに駆使して、市井の人々に嘘の情報を流し、信じ込ませる。そうやって民主主義を破壊する工作を常に仕掛けているのだ。
こうした「認知戦」の最前線に立つ日本には対抗策は2つある。
第一に、日本は「ラディカルOSINT(オープンソース・インテリジェンス)」による透明性戦略を採用しなければならない。尖閣諸島で中国海警局の船がフィリピンや日本の船に違法に体当たりした際、中国共産党は即座に、自分たちが攻撃されたと主張する大幅に編集された映像を公開するに違いない。
これに対抗するため、日本の海上保安庁や同盟国のシンクタンクは、事件発生から数時間以内に、ドローンや衛星の未編集の生映像を公開すべきだ。嘘が定着する前に、否定できない経験的な視覚データで情報空間を埋め尽くすことで、日本はプロパガンダを先制攻撃するのだ。西側の民主主義国家は、国内外の嘘と即座に戦うために、この迅速な機密解除モデルを採用しなければならない。
第二に、最近設立された日本ファクトチェックセンター(JFC)のような、制度的な認知防衛メカニズムを構築する必要がある。JFCはテクノロジー企業、学者、市民社会の支援を受けた、横断的なプラットフォームだ。この組織は非党派的なものである。2024年の能登半島地震の際にSNSに溢れた偽の救助動画など、ディープフェイクやAIが生成した偽情報の暴露に重点を置き、党派的な口論ではなく、法医学的なデジタル分析を用いている。
「真実」をめぐる認知の戦争はすでに起きている。もし私たちが、客観的な事実を求める姿勢を放棄すれば、プロパガンダの片棒を担ぐことになるのだ。
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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授
東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。
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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)

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