■企業物価指数「6.3%上昇」の衝撃
日本銀行が発表した、5月の企業物価指数(いわゆる卸売物価、速報値)は前年同月比6.3%上昇した。前月の5.3%から、企業間の物価上昇は加速した。
その主な要因は、イラン戦争によるホルムズ海峡の実質的封鎖で、エネルギー資源やナフサなどの価格が上昇したことだ。
そうした数字を見ると、わが国のインフレはまだまだ続きそうだ。企業は、エネルギーや原材料の増加分を販売価格に転嫁することになる。それに伴い、食品、日用品さらには建材や工業製品など、広範なモノやサービスの消費者物価には上昇圧力が掛かる。
6月以降、多くの品目で値上げが予想され、値上げ予備軍は目白押しの状況だ。現在の高市政権の経済政策では、補助金や減税政策が検討されている。それらの施策は、基本的に物価の押し上げ要因になる。
一方、個人消費は、物価上昇もあり、なかなかコロナ前の水準まで戻らない。今のところ、AI関連の設備投資が活発なため景気は底堅い動きを示しているが、今後、物価上昇が一段と加速するようだと、景気の先行きに黄色信号が灯ることも懸念される。インフレ圧力によって、私たちの生活感覚はさらに苦しくなる覚悟をしておいたほうがよいだろう。
■「円安×供給不足」で想定を超える数字
5月の企業物価指数は、一部の経済専門家にも驚きを与えた。発表された数字が、事前予想(前年同月比で約5.6%上昇)を大きく上回ったからだ。
2024年以降の実績と予想の乖離の中でも、今回の上振れ幅は大きかった。その背景には、想定された以上にインフレ圧力は強烈ということだ。
特に、海外から輸入するモノの指数=輸入物価の上昇ペースは急激だった。5月は前年同月比で25.5%(円ベース)上昇した。外国為替市場では、円が主要な通貨に対して下落した。個人も機関投資家も、有価証券や直接投資で海外への投資を増やし、円の減価圧力は高まった。
さらに、イラン戦争で石油、液化天然ガス、アルミ、肥料、そして日用品から建設資材まで幅広い化学製品に不可欠なナフサの供給が減少した。供給が減少すると、基本的には価格は上昇する。石油・石炭・天然ガスなどの輸入価格は上昇した。円安との掛け算で輸入物価は上昇し、企業物価を押し上げた。
■世界を翻弄したアメリカvs.イラン
エネルギー、基礎資材の投入コスト増加は、広い範囲の産業に波及する。電力・都市ガス・水道、ポリエチレンなどの化学製品、アルミニウムなどの非鉄金属、プラスチック製品、鉄鋼関連と幅広い業種で企業物価は上昇した。

企業のコスト上昇、それによるインフレ圧力の高まりは、わが国だけではない。世界的な問題だ。特に、中東地域からの石油、天然ガス調達依存度が高いアジア地域では、インフレ懸念が急速に高まった。インドネシアなどは通貨防衛のための利上げを余儀なくされている。
しかも、6月11日、イランはホルムズ海峡を完全封鎖したと発表した。エネルギー資源やガソリン価格の上昇に加え、中東海域でのタンカー航行のリスク、保険料に追加的な押し上げ圧力がかかるリスクは高いと考えられる。
その後、アメリカとイランが戦闘終結に合意したことで緊張状態は緩和されたが、世界全体で、企業の調達、製造、サービスなどのコストプッシュ圧力は高まっていると考えられる。
■企業物価が上がれば、消費者物価も上がる
物価は原材料の調達や素材の製造などの川上=卸売物価と、小売り現場などの川下=消費者物価に分かれる。原材料などの上昇に直面した企業は、収益率を維持するために価格転嫁を急ぐだろう。
企業間のモノの価格、企業間のサービス価格の上昇は、消費者物価に波及する。イラン戦争の発生後、わが国でも、包装資材のコスト増を販売価格に転嫁する企業は増えた。
過去、わが国の企業間物価と消費者物価の変化には、概ね6カ月程度の時間差=ラグが発生してきた。
企業物価が上昇して6カ月程度経つと、消費者物価も上昇することが多かった。過去の経験則によると、早ければ夏場以降、消費者物価に追加的な上昇圧力がかかる可能性がある。
では、どの程度の押し上げ圧力が、わが国の消費者物価にかかるだろうか。2010年以降のデータで推計すると、企業物価指数が10%上昇した場合、半年後の消費者物価指数は1.7ポイント程度上昇した。
■消費税5%→8%を上回る物価上昇予想
推計の際には、高市政権が実行した、電気・ガス料金、ガソリン価格高騰抑制の補助金政策の影響を除去する必要がある。日銀の推計によると、4月、ガソリン補助金などの影響を除去した消費者物価指数は同2.8%の上昇だった。わが国全体でみると、インフレ率は3%前後の水準で推移していると考えられる。
仮に、夏場に企業物価指数が10%程度上昇した場合、理論的に、年末ごろの消費者物価指数(政策の影響を除く)は4.5%程度に上昇することになるだろう。因みに、コロナショック後、わが国の消費者物価指数の上昇率のピークは4.3%(2023年1月)だった。
当時、コロナ禍対策として主要国が発動した財政支出が需要をかさ上げした。さらに、ウクライナ戦争も発生した。欧州ではパイプライン経由で調達していた天然ガスが不足した。
ウクライナからの小麦や食料油の供給も減少した。
今なお、ウクライナ戦争は続いている。それに加えて、イラン戦争が発生したことで、世界的にモノやサービスの価格には一段と押し上げ圧力がかかっている。わが国の消費者物価指数が急上昇するリスクは高まっている。
■食料品だけでなく石鹸やシャンプーも値上げ
当面、わが国の物価には押し上げ圧力がかかるだろう。原材料やエネルギーの上昇に加えて、人手不足による労働コストの上昇という国内要因もある。
今後、食品の価格は一段と上昇が鮮明化すると考えられる。ナフサの不足、代替調達経路確保の負担などで包装などのコストは上昇している。それに加え、物流のコストも食品価格の押し上げ要因になる。イラン戦争の発生による肥料価格の上昇も、肉類から葉物野菜まで、幅広い食品の価格を押し上げることになる。
住居関連や日用品の価格も上昇するだろう。中小のリフォーム業者では、ナフサの不足による塗料や接着剤の不足から、ユニットバスなどの発注ができない事業者が出始めた。
石鹸やシャンプーも、ナフサの不足の影響が直撃する形で価格上昇が加速するだろう。
■円はトルコ・リラ以下の「最弱通貨」に
さらに気がかりなことは、外為市場で円の下落傾向が定着しつつあることだ。現在、日本経済の成長力の低下を背景に、円はドルやユーロ、新興国通貨に対して減価傾向だ。一部では、円の購買力はトルコのリラを下回ったとの指摘もある。
国内の労働コストの上昇、世界的な供給網(サプライチェーン)の寸断や不安定化による資源・資材調達の減少、そして円安。当面、この3つの要素は続くだろう。それにより、食品、日用品、耐久財など値上げ予備軍はさらに増えるだろう。
わが国の名目賃金は緩やかに上昇しているものの、物価上昇率を安定的に上回るにはなっていない。物価上昇懸念が高まることで、個人消費が腰折れのような状況になる恐れは高まる。今後、わが国の経済が厳しい状況に陥る恐れがある。
これから、日銀の段階的な追加利上げも避けられないだろう。政府は、本格的な経済力回復への道筋を示すことが必要だ。
今後の政策運営は、中長期的な日本経済の実力と、わたしたちの生活に決定的なインパクトを与えるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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