■駅前の一等地を「競合に譲る」という逆転の発想
そばチェーンといえば、駅前の一等地で忙しいサラリーマンが立ったまま手早くかき込む――。そんなイメージを持つ人は多いだろう。実際に、大手そばチェーンの「名代富士そば」は約100店舗、「小諸そば」は約60店舗を展開するが、その大半は東京23区内の駅前やオフィス街に集中している。ただ、業界1位のチェーンは駅前の一等地を主戦場としていない。
そばチェーンの「ゆで太郎」は、1994年に東京・大森で創業し、店舗で粉から製麺した「挽きたて・打ちたて・茹でたて」のそばを売りに全国へ展開してきた。現在の店舗数は23都道府県で約220店舗。後発ながらそばチェーンとしては店舗数で業界1位に立つ。だが、その戦い方は富士そばや小諸そばとはまるで違う。
富士そばや小諸そばと都心部だけで比べれば、ゆで太郎の店舗数は50店舗ほどにすぎない。駅前の一等地にもほとんど出ていないのだ。それでも全体で業界トップに立てたのは、都心部ではなく郊外のロードサイドに活路を見いだしたからだ。
■勝機を見いだした「郊外展開」
ゆで太郎システムは、創業時の直営1号店こそ品川区の西五反田だったが、2007年には千葉県に初の郊外型店舗となる五井白金通り店を開店した。この店の成功が、その後の拡大路線を決定づけた。
「立ち食いそばの立地は、基本的に駅前かオフィス街しかないんです。だから、郊外にあった個人経営のそば屋が減っていくと、郊外でそばが食べられなくなるんです。でも、そば屋の市場がなくなったわけじゃない。そこで、郊外でも気軽に入れるそば屋を作ろうと思ったんです」
そう語るのは、ゆで太郎システムの池田智昭社長である。ただし、郊外ならではの課題もあった。「ゆで太郎」という名前だけでは、何の店かわからないのだ。車で通りすがりに看板を見ても、なにを茹でる店なのかがわからない。
立ち食いそばチェーンが出店できるのは、駅前かオフィス街に限られる。一方で、郊外はまったく手が付けられていなかった。池田氏はそこに「ブルーオーシャン」を見たのだ。年間約20店舗のペースで出店を続けており、現在では23都道府県にまで展開を広げている。
■そば店なのに「もつ煮定食」がヒット
ゆで太郎の第二の柱として急成長しているのが、ゆで太郎に併設されたもつ煮専門店の「もつ次郎」だ。もともと池田氏が目指していたのは、ゆで太郎にはなかった「がっつり食べられる定食メニュー」を作ることだった。
「ちょい飲みの発想ではなくて、うちの店にはがっつり食べられる定食メニューがなかったので、それをつくろうと思ったんです。東京だともつ煮は酒のつまみですが、もつ煮定食は北関東の文化といっていいくらい普通のメニューです。それを前の会社にいるときに北関東をまわっていて知っていたので、『あれを流行らせよう』と思ったわけです」
こだわったのは、群馬の名店の流儀に忠実であることだ。もつ煮には野菜を入れず、豚モツとこんにゃくだけに絞った。
「野菜を入れると原価は安くなるんですが、味がぶれるんです。群馬で名店と言われているところはどこも、野菜を入れていないので」
2020年1月、東京・五反田に単独店舗として第1号を開店。しかし結果は芳しくなかった。直後に新型コロナに見舞われたこともあり、同年9月には閉店に追い込まれる。「毎日もつを食う人はいない」。それが池田氏の得た教訓だった。
■デッドスペースを「もつ次郎」に変えた
ただ、商品そのものには自信があった。どうにか生かせないかと考えていたとき、思い出したのが郊外店舗の「デッドスペース」である。
「郊外でテナントを借りると、50坪とか60坪あるんです。でも、ゆで太郎に必要なのは35坪くらい。残りは壁で仕切って、物置にするしかなかった。コインランドリーやたこ焼き屋にすることも考えたのですが、採算が合わなくて」
こうした経緯もあり、もつ次郎はゆで太郎の郊外店舗のなかに併設する形で出店していく。
2020年3月にもつ次郎との併設第1号店である加須上種足店(埼玉県)がオープンし、その後も続々と併設店が生まれていく。特に、この第1号店と、2020年8月にオープンした神栖知手店(茨城県)は、コロナ禍にもかかわらず「爆発的な売り上げを記録した」と池田社長は語る。
もつ次郎は定番化していき、もつ煮にご飯と小鉢がつく定食セットが、昼にも夕方にも売れていく。ゆで太郎は新たな看板メニューを手に入れたのだ。現在、大半の店舗にもつ次郎が併設されている。
■おにぎりは売れず、ミニ丼が当たった
ゆで太郎の急成長を支えているのは、郊外出店やもつ次郎だけではない。客のニーズに合わせて「選べる」メニュー構成も大きな武器だ。だが、この形にたどり着くまでには試行錯誤もあった。象徴的なのが、おにぎりの失敗である。
ほっかほっか亭出身の池田氏にとって、おにぎりは得意分野のはずだった。お客さんの要望もあり、専用の機械まで購入して出来たてのおにぎりを店頭に並べた。ところが、結果は惨憺たるものだった。
「全然売れない。社内にも『売れますよ』という意見があったんですけどね。1日数個売れるかどうか、というぐらい、本当にダメでした」
代わりに当たったのが、ミニ丼のセットメニューだった。かつ丼、かき揚げ丼、カレー――フルサイズのそばに小さな丼物がつくセットを増やしていくと、おにぎりはますます売れなくなり、販売を取りやめたという。
「うちの客層には、おにぎりじゃ物足りないんですね。おそばだけだと物足りないから、みんなご飯をつける。それも、おにぎりじゃなくてちゃんと『お料理』になってる丼ぶりものを選ぶ。働くお父さんたちは、ガッツリ食べたいんですよ」
セットメニューの注文比率はいまや約半数に上る。失敗から学び、客の本音に合わせてメニューを組み替えていく。その柔軟さも、ゆで太郎の強さの一つだ。
■2種類の「ゆで太郎」が存在する
ここまで紹介してきた郊外出店、もつ次郎の併設などの戦略は、池田氏が率いる「ゆで太郎システム」の戦略だ。実は同じ「ゆで太郎」の看板を掲げながら、まったく別の会社が運営する店舗が存在する。
信越食品は東京都大田区の大森を拠点に、都内で約25店舗を直営している。こちらは駅前中心の立ち食いスタイルで、天ぷらは揚げ置き、もつ次郎の併設もない。両社に資本関係はなく、フランチャイズ契約で結ばれているだけだ。
「メニューも違うんですよ。たまにお客様から苦情が来る。『あの店にあったメニューがない』と。いや、違うんですよ、って」
外観から見分ける方法はあるのか。池田氏によれば、看板に「江戸切りそば」の文字があるのはシステム側で、最もわかりやすいのは「もつ次郎」の看板だという。もつ次郎が併設されていれば、それはゆで太郎システムの店舗だ。
また、ゆで太郎の公式HPにある「お店一覧」を見れば、信越食品系の店舗には「信越食品」との表示がある。
■「働くお父さん」を喜ばせたい
ゆで太郎の客層は幅広い。朝は出勤前のサラリーマン、昼はロードサイドを走るドライバーやブルーカラー、夕方には仕事帰りの会社員。さらには老夫婦が朝の10時半ごろにふらりとやってくることもある。朝・昼・晩、すべての時間帯に強みがあるのだ。そのなかでも特に池田氏は「働くお父さん」に喜んでもらいたいと語った。
「私自身がそうだったんです。サラリーマン時代に車であちこちを回っていました。ロードサイドでご飯を食べられる場所を探すのですが、その頃は毎日ラーメンか牛丼ばかりを食べてました。別にラーメンと牛丼が好きだったわけじゃなくて、郊外にはそば屋も含めて他にお店がなかったんです」
この実体験が、ゆで太郎のすべての原点になっている。美味しいものを、車で移動する人でも立ち寄れる場所で、腹いっぱい食べてもらいたい。だからロードサイドに出店し、座って食べられる店を作り、朝食セットからもつ煮定食まで幅広く揃えた。
「軽く食べたい人には朝のかけそば、がっつり食べたい人にはセットやもつ煮定食。どんな人でも好きなものを選べるようになっているのが、うちのミソだと思います」
駅前の一等地で競合他社とは争わず、郊外出店した際のデッドスペースすら収益源に変える。そして、「働くお父さん」を喜ばせるという一点を、絶対に外さない。飲食チェーンの常識から外れた実直戦略が、ゆで太郎を業界トップに押し上げたのだ。
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前屋 毅(まえや・つよし)
フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校が合わない子どもたち』(青春新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『日本の小さな大企業』(青春新書インテリジェンス)などがある。
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(フリージャーナリスト 前屋 毅)

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