■資本主義より社会主義を好むZ世代
「ある『亡霊』が、アメリカを徘徊している。それは、Z世代の社会主義という亡霊だ」
今のアメリカの若者を見ていると、マルクスにならって、こんなふうに言いたくなる。彼らのあいだで社会主義の人気が急上昇しているのだ。最近の世論調査では、アメリカの大学生のうち67%が社会主義を好意的に見ているという結果が出ている(*1)。
英『The Economist(エコノミスト)』誌も、「Z世代の社会主義にどう立ち向かうか」という特集を組んだばかりだ(6月6日号)。この記事で『エコノミスト』誌は、パニックに陥ったかのように、アメリカにおける社会主義の台頭を恐れ、社会主義が成長やイノベーションの停滞をもたらすというカビの生えたような社会主義批判を繰り返している。
正直、その様は滑稽ですらある。アメリカの若者にとっては「社会主義」という言葉が、ソ連崩壊とともに終わった古臭い言葉ではなくなっているのは、先の世論調査のとおりだ。
Z世代の若者たちは資本主義が引き起こした生活の不安に日々、苛まれている。「家賃が払えない」「医療費が高すぎる」「子育てができない」「食料品が買えない」「通勤だけで生活が削られる」。豊かさをもたらすと教えられてきた資本主義に苦しめられ続けた結果、彼らにとって、社会主義こそが、資本主義とは別の社会を構想するための、もっとも実感に近い言葉になりつつあるのだ。
*1 「米ニュースサイトAxios」 Poll: College students prefer socialism to capitalism
■民主的社会主義者のニューヨーク市長誕生
その変化を象徴しているのが、2025年11月のニューヨーク市長選で勝利したゾーラン・マムダニである。
34歳の民主的社会主義者であるマムダニは、元ニューヨーク州知事アンドリュー・クオモや共和党候補を破り、ニューヨーク初のムスリム、南アジア系市長となった。投票者数は200万人を超え、市長選としては1969年以来の高投票率だった。
これは歴史的勝利であり、「左派ポピュリズム」の単なる一例として片づけることはできない。振り返れば、2011年のウォール街占拠運動から始まって、バーニー・サンダース旋風、ブラック・ライブズ・マター運動、気候正義運動、そしてガザをめぐる抗議運動を経て、若い世代は、自己責任や格差を当然視する政治言語に深い不信を抱くようになった。実際、若者の投票率は過去のニューヨーク市長選と比べて大きく上昇し、とりわけ若い女性や有色人種の若者がマムダニを強く支持したのである。
若い世代にとって「社会主義」とは、国家がすべてを命令する全体主義を意味しない。それは、生活に不可欠なものを市場の気まぐれと富裕層の投資判断に委ねさせず、もちろん一部の企業に独占などさせない、という、素朴で切実な日々の要求である。
家に住めること。子どもを安心して預けられること。健康な食べ物を買えること。自由に移動できること。これらを商品としてではなく、誰もがアクセスできる〈コモン(共有財)〉として再建すること。
■市政で注目を集める「家賃凍結」の攻防
マムダニが掲げた政策は、きわめて具体的だ。市営食料品店の設置、保育の無償化、公営バスの高速化と無償化などだ。どれも、抽象的なイデオロギーではなく、インフレでニューヨーカーの暮らしを圧迫している生活コストを下げるための政策である。
2026年1月1日に市長に就任したのち、マムダニの政策はすぐに実行段階に入った。本稿執筆時点の6月上旬に、もっとも注目されているのは家賃凍結をめぐる攻防だ。
ニューヨーク市には中低所得者層の賃貸住宅を確保するために「家賃安定化(Rent Stabilization)」制度という法的規制があり、対象となる物件は市のガイドライン委員会の決定にそって賃上げ率が制限されている。この運用を強化しようとしているのだ。
まず5月に市の家賃ガイドライン委員会は、1年契約では0~2%、2年契約では0~4%という、極めて低い家賃上昇率の暫定値を採択した。つまり、6月下旬の最終決定で、家賃の完全凍結もありうる数字が示されたのだ(ただし、不動産業界や家主団体は、修繕費や保険料の高騰を理由に強く反発しており、予断は許さない)。
■住宅、保育、食料、交通を〈コモン〉へ
手ごろな公営住宅の供給を増やす「攻め」の政策もマムダニは進めている。5月に発表された「ブロック・バイ・ブロック」計画は、10年で20万戸のこうした住宅(アフォーダブル住宅)を新規に建設するというものだ。
また、公営住宅の建設にかかわる労働者には時給40ドル以上を支払うという。金融で儲ける人たちではなく、「労働者の街ニューヨーク」を取り戻すべく政策がデザインされているのだ。
保育については、2歳児向けの無料プログラムが4つの地域で募集開始となり、年間で最低でも250万円かかっていた子育て世帯の費用を軽減できることになった。市営食料品店についても、イースト・ハーレムに最初の候補地が発表され、任期中に五つの行政区すべてで開設する計画が示されている。
バスの無料化・高速化に関しては、管轄するニューヨーク州交通局(MTA)との調整が始まった。早期実現は、ニューヨークの中心部に住めない中低所得の労働者にとっては悲願でもある。
もちろん、これらの政策は簡単には実現しない。財源の問題は大きい。また、州政府やMTAとの権限配分の問題がある。不動産資本、金融資本、保守メディアからの攻撃もある。
■ニューヨークの源流となる「赤いウィーン」
だが、ここで強調しておきたいのは、マムダニが政治の問いを根本から変えていることだ。
これまでの都市政治では、「市場が決めた家賃を払えない人に、どれだけ補助金を出すか」が問題にされてきた。だが、マムダニはそうではなく、「そもそも住宅や食料や交通を、なぜ投機と利潤の対象にしてよいのか」と問うている。ここにこそ、民主的社会主義の新しさがある。
この点で、マムダニ市政は1世紀前の「赤いウィーン」を想起させる。第一次世界大戦後、オーストリアの首都ウィーンは、食料不足、住宅不足、インフレ、疫病、帰還兵の失業に苦しんでいた。極度の欠乏のなかで、人々は容易に排外主義とファシズムへと引き寄せられうる状況にあった。
そこでウィーンのマルクス主義者たちが率いる社会民主党政権が選んだのは、市場にすべてを委ねる道ではなかった。水道・ガス・電力などのインフラを公的に整備し、奢侈(しゃし)税や累進的な税制によって財源を確保し、労働者向けの公営住宅を大量に建設した。その際、住宅は単なる寝る場所ではなく、診療所、保育所、浴場、ランドリー、図書館、集会場、公園などを備えた生活の基盤として構想された。
つまり、「赤いウィーン」が試みたのは、欠乏のなかで人々を互いに競争させるのではなく、必要なものを共有し、生活を共同化し、連帯をつくり出す都市計画だった。
■競争社会から互いに支え合う社会への移行
マムダニの「赤いニューヨーク」もまた、極端な欠乏に直面している。もちろん、それは物資が絶対的に不足しているという意味ではない。
ニューヨークには富が溢れている。高級マンション、金融、IT、不動産、観光、広告、大学、病院――世界中の資本と才能を吸い寄せる都市である。だが、まさにその豊かさが、普通に働く人々から住む場所を奪い、食費を押し上げ、子育てを不可能にしている。これは自然な希少性ではなく、資本主義がつくり出す「人工的希少性」である。
だからこそ、マムダニが就任演説で「荒々しい個人主義の冷たさを、集団主義の温かさで置き換える」と語ったことは象徴的だった。
この言葉は、右派から激しい攻撃を受けた。彼らはすぐに「集団主義」を全体主義や共産主義の恐怖に結びつけようとする。だが、マムダニが言おうとしているのは、国家が個人を押しつぶすということではない。
■「生活費を下げる政治」は反ファシズム
この転換は、単なる福祉政策ではない。それは、反ファシズムの政治でもある。
『人新世の「黙示録」』(集英社シリーズ・コモン)でも論じたように、インフレや戦争がもたらす恒久的な欠乏のなかでは、人々は不安に駆られ、他者を敵とみなしやすくなる。移民が仕事を奪っている。生活保護受給者が税金を食いつぶしている。環境規制が経済を壊している。こうした物語は、実際には資本とレントの独占が生み出した不安を、弱い立場の人々へと向け変える。これが現代のファシズムによる煽動(せんどう)の基本的な手口である。
それに対して、家賃を下げ、保育を無償化し、交通を安くし、食料へのアクセスを保障することは、人々の不安を直接減らす。誰かを排除することで自分だけが助かろうとするのではなく、みんなで生き延びる条件をつくる。これは、ファシズムが利用する恐怖の循環を、逆回転させる政治である。
ここで重要なのは、マムダニの勝利が、ひとりのカリスマの登場によるものではないということだ。選挙戦では10万人規模のボランティアが戸別訪問を行い、街角で対話し、集会を開き、動画を拡散した。つまり、マムダニ市政の力は、市長個人のものではなく、「社会主義」という言葉を日常の言葉へと引き戻した草の根の運動によるものなのだ。
■マムダニ市政が日本に示す明らかなこと
この点は、日本から見ても重要である。日本でも、インフレによって、住宅費、食費、教育費、介護費、光熱費は家計を圧迫し続けている。
それにもかかわらず、政治はやるのは「減税」を掲げるくらいだ。多少手取りは増やすから、あとは「自己責任」でやってくれと言わんばかりである。
だが、本当に問うべきなのは、なぜ普通に働いている人が普通に暮らせないのか、である。なぜ生活の基盤がこれほどまでに商品化され、民営化され、投機の対象にされているのか、ということなのである。
マムダニの政策は、まだ途上にある。家賃凍結がどこまで実現するかも、無料バスがどの範囲で制度化されるかも、公営食料品店がどれほど効果を持つかも、現時点では確定していない。むしろ、これからが本当の攻防である。
だが、すでに一つのことは明らかだ。ニューヨークの政治は、「市場の暴力に耐える」政治から、「生活の基盤を共同でつくる」政治へと舵を切り始めているのである。
■なぜ「赤いウィーン」の記憶は消えないか
ただし、20世紀の赤いウィーンは、最終的にはファシズムの暴力に敗れた。国政で保守と極右が力を増し、社会民主主義の都市実験は1934年に武力で押しつぶされたのだ。
その歴史を思えば、都市レベルの社会主義がどれほど脆弱(ぜいじゃく)であるかを忘れてはならない。都市だけでは、連邦政府、金融市場、資本逃避、司法、警察、軍、メディアの力に対抗しきれない。
それでも、「赤いウィーン」の記憶が消えないのは、欠乏のなかでも別の豊かさをつくれることを示したからである。市場がもたらす消費の豊かさではない。誰もが住める家、子どもを預けられる場所、病気になったときに頼れる制度、孤立しないための公共空間。そうした〈コモン〉の潤沢さこそが、人々をファシズムの誘惑から遠ざける。
■「赤いニューヨーク」はどこまで広がるか
繰り返そう。マムダニの「赤いニューヨーク」がどこまで進むかは、まだわからない。それは今後の闘争にかかっている。だが、彼の登場が示したのは、資本主義の中心地でも、社会主義はもはや過去の言葉ではないということだ。むしろそれは、気候危機、インフレ、孤立、戦争、排外主義が重なり合う時代に、普通の暮らしを守るための新しい言葉になっている。
ファシズムか、社会主義か。
この選択は、20世紀の古いスローガンではない。恒久的な欠乏と不安の時代に、誰かを切り捨てて自分だけが生き延びるのか、それとも生活の基盤を共同でつくり直すのか。トランプ大統領に対抗するマムダニ市政の実験は、その問いを私たちの前に突きつけている。日本で暮らす私たちも、海の向こうの出来事として眺めているだけではいられないはずだ。
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斎藤 幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院総合文化研究科准教授
1987年生まれ。経済思想家。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy によって「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞。同書は19言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなり、続編『人新世の「黙示録」』も日本国内だけでなく欧州で大きな話題を呼んでいる。
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(東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤 幸平)

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