※本稿は、中島恵『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』(ウェッジ)の一部を再編集したものです。
■日本とはまるで違う「中国のちまき」
中国から日本に伝わらない食文化はたくさんある。その中には、一応、日本にも伝播しているけれど、中身が違っていたり、食べる習慣がちょっと違ったりというものもある。
粽(ちまき)といえば、日本では5月5日の端午の節句に食べる甘いお菓子というイメージがあるだろう。もち米や米粉の中にあんこを入れたお餅みたいなもので、笹の葉で包んである。
中国で粽といえば、もち米に野菜や肉などを入れて炊いた味つけおこわのことで、中国語では粽子(ゾンズ) と呼ぶ。
粽はもともと中国の詩人で政治家の屈原の故事に由来する。屈原は入水自殺したが、命日(5月5日)に民衆が彼を悼んで供物のコメを竹筒につめて川に投じた。しかし、供物が龍に食べられてしまうため、龍が嫌いな葉でコメを包み、五色の糸で縛って流すようになったと言われている。
中国では屈原の故事にちなんで5月5日の「端午節」に粽を食べ、その習慣が日本にも伝わったが、日本ではなぜか和菓子になった。
在日中国人が増加した関係で、10年代後半から、都内の中華料理店の中には、5月が近づくと「端午節の粽の注文、承ります」と宣伝するところが増えた。
■本場の月餅は大きくて油っぽい
数年前、私も銀座にある武漢料理の店「珞咖壹号(かっかいちごう)」の粽を友人からもらって食べたことがある。中華料理店のメニューにはあまりないが、中国人のSNSグループには「私が手作りした粽、いかがですか?」といった売り込みをする人もいる。冷凍した粽をSNSで宣伝し、販売するのだ。それを見ると「もう粽の季節になったのか」と季節の移ろいを感じる。
秋の中秋節(旧暦の8月15日)になると、中国では月餅を食べる習慣がある。丸い満月のような形なので月餅と名付けられた。
日本にも伝わったが、日本では1927年(昭和2年)に和菓子などで知られる新宿中村屋が日本人の口に合うように小豆あんを入れた小ぶりな月餅を発売。それが広まり、日本人の月餅のイメージとして定着した。崎陽軒の月餅も有名だ。
本場中国の月餅は形状や中身(あん)は日本のそれとは大きく異なる。中国ではラードを使った生地にさまざまなあんを入れる。アヒルの塩漬け卵黄、小豆、ハスの実、黒ゴマ、クルミ、松の実、ナツメなどがあり、バリエーションが豊富だ。
最も一般的な中華月餅は「広式月餅」と呼ばれる広東式だが、蘇式(蘇州式)月餅、京式(北京式)月餅など地方によってさまざまなタイプがある。いずれも日本の月餅よりもサイズが大きく、やや油っぽいのが特徴だ。
■昔は「贅沢な甘いお菓子」だったが…
私は香港に住んでいたときに広東式をたくさんもらったが、香港には同じ広東省の潮州から移住してきた人が多く、潮州式の月餅ももらったことがある。潮州式は外側がパイ生地になっていて、中身は緑豆をつぶしたあんやタロイモのあんで一風変わっていた。潮州式月餅をもらって初めて「この人(または両親)は潮州から移住してきたんだ」と知ったこともあった。
中国では四個入り、六個入りなど、きれいな箱に詰めて贈答品としてよく使う。伝統的なメーカーのものは缶入りが多く、外資系ホテルのものは豪華な箱に入っている。
毎年、中秋節が近づくと、会社の取引先や親しい人、親戚に月餅セットを配り、挨拶回りをする習わしがある。日本のような「お中元」「お歳暮」がない中国では、数少ない贈答の季節だ。なので、会社によっては数百個、あるいは数千個単位で菓子店に注文する。社員に月餅セットを配ることもあるし、「月餅券」を配布して、社員はそれを菓子店に持って行き月餅と引き換える方法を採るところもある。
昔なら数少ない「贅沢な甘いお菓子」という位置づけだった月餅だが、十数年前からは「カロリーが高すぎて不健康だ」「油っぽくて食べきれない」などの理由で敬遠されるようになった。
■まるで時代劇のようなワイロが横行
中秋節の1カ月くらい前から百貨店やショッピングセンター、有名菓子店や中華料理店、コンビニで販売され始め、あちこちで月餅をもらうため、「月餅を見るだけでイヤ」「辟易とする」という人も多い。アイスクリームの「ハーゲンダッツ」やコーヒーチェーンの「スターバックス」などでもおしゃれな月餅を売って若者の気を引こうとしているが、私は若者から「月餅が大好き」という話は一度も聞いたことがない。
月餅といえば、こんな話もある。
習近平国家主席が就任した10年代前半。当時はまだ景気がよく、政府からの締めつけもあまり強くなかったので、月餅を使ったワイロが横行した。
月餅セットの箱の底に現金などをしのばせて贈るという方法だ。まるで日本の時代劇で悪代官にワイロを送る商人がやるような手口だが、そうしたこともあった(現在、この手口はほぼ消滅している。キャッシュレス化して中国人は現金を使用しなくなったからだ)。
中国から日本に月餅は伝わったが、中秋節の贈答品という伝統は伝わらなかった。だが、ここ数年、粽と同様、在日中国人同士で月餅を贈り合うことが増えた。
■中国ビジネスの先駆者の「お土産」
逆バージョンの話、日本から中国に伝わった和菓子の例を紹介したい。
私が新聞記者だった時代から長年お世話になった方に、石井次郎さんという日本人がいる。石井さんはかつて中国ビジネスにかかわった人の間でよく知られた経営者で、『望郷と訣別を』(佐藤正明著、文春文庫)というノンフィクション作品のモデルにもなった人物だ。
私は勤めていた会社の先輩記者が石井さんと親しくしていた関係で、紹介していただいた。最初にお会いしたのは90年代前半なので、もう30年以上のお付き合いになる。
石井さんは1940年、愛知県生まれ。20代のときにヨーロッパに渡り、さまざまな職を経験したあと、香港に住んだ。
円高で日系企業の中国進出が盛んになり始めた時期だった。92年に深圳に設立された中小企業向け工業団地「テクノセンター」の代表幹事に就任し、長年つとめた。
私は最初のうち、取材で訪問していたが、次第に石井さんのエネルギッシュな仕事ぶりと温かい人柄に惹かれ、さまざまな話をさせていただくようになった。
石井さんは料理が得意で、よく工員らにおでんやカレーライスなどの手料理をふるまっていた。
■ドラえもんの「どら焼き」が憧れだった
「なぜ、どら焼きを買うんですか?」
不思議に思って聞くと、若い工員たちが大好きだからだという。
今では香港や中国のコンビニでもどら焼きを売っているが、当時売っているところは少なかった。だが、中国の工員たちは日本のアニメ『ドラえもん』を見て、どら焼きの存在を知っていたという。ドラえもんは中国語で「哆啦A梦」、どら焼きは「铜锣烧(トンルオシャオ)」と言う。
石井さんがどら焼きを彼女たちに渡すと大喜びし、「これがあのドラえもんの大好物のどら焼きっていうものですか!」と歓声を上げ、皆うれしそうに頬張ったそうだ。
中には、食べたいのを我慢して、そのどら焼きに手をつけず、数千キロも離れた故郷の親にたった一個のどら焼きを郵便で送る女の子もいたという。
「お世話になっている工場で日本人の社長さんからいただいたどら焼きだよ、といったら、きっと両親が喜ぶと思うので……」と言ったそうだ。
今、中国のコンビニに行くと、どら焼きだけでなく、大福でも何でも日本の食べ物は売られるようになったが、私は中国でどら焼きを見かけるたびに、この石井さんと工員たちの心温まるエピソードを思い出し、ほっこりした気持ちになる。
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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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