※本稿は、ダーシーニ・デイヴィッド『グリーンエコノミー 世界の環境を取り巻く本当の仕組み』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■バイオ燃料は貴重な助けだが、解決はしない
いま世界では、1日あたり約1億バレルの石油が消費されている。
パリ協定で定められた排出目標を達成するには、2050年までに石油消費量の3分の1に相当する量を削減しなければならない。そのためには、私たちがすっかり慣れ親しんだ消費のライフスタイルを支えている、世界に広がる貿易と物流のネットワークを大胆に改革する必要がある。
1990年代には、安く生産できてCO2の排出量も少ないメタノールに注目が集まり、道路輸送の代替燃料として研究が進められた。
だが、燃費効率がガソリンにはるかに劣るため、それだけ多くの量が必要となる。おまけに腐食性も高いので、燃料としては理想的ではない。
しかしながら、2021年、世界最大の海運企業であるマースクは、カーボンニュートラルなメタノール(バイオマスから生成されたものや水素と二酸化炭素を結合させたもの)で動くコンテナ船を12隻増やすと発表した。
全体から見れば、この数はごくひと握りでしかないが、既存の船もメタノールで運航可能に改造することはできる。天然ガスからメタノールを生成すると、排出するCO2量を15パーセント削減できるが、生成元を再生可能エネルギーに変えれば、90パーセント削減できる。
ただし、それには問題がひとつある。
これは、現状生産できる100倍以上の量に相当する。
アンモニアを海運向けのクリーンな代替燃料にしようと開発を進めているプロジェクトはいくつかあるが、これも課題は山積みだ。
輸送業界が従来の燃料から脱却するうえで、バイオ燃料が貴重な助けとなるのは確かだが、これひとつで問題は解決しない。
■水素は切り札になるか
代替エネルギー源の未来について考えるとき、政府、科学者、投資家の多くが、周期表でいちばんにくる「水素」からヒントを得ようとする。
水素は無味、無色で非常に燃えやすく、もっとも軽い元素として知られる。燃焼時に水蒸気しか排出しないため、クリーンな燃料源となる可能性を秘めた物質として、長きにわたり関心を集めてきた。宇宙に存在する原子の90パーセントを水素が占め、地球上では水(H2O)のかたちでもっとも多く見受けられ、水素ガスが発見されることはめったにない。
つまり、水素をガスにするのは大変だということだ。
水素の燃料は、グレー、ブルー、グリーンという3つの主要なタイプが開発されている。
現在もっともよく使われているのがグレー水素だ。
ブルー水素は欠点がないわけではないが、グレー水素よりクリーンだ。ブルー水素も天然ガスなどの化石燃料を原料として製造されるのは同じだが、製造過程で排出されるCO2は「CCS」によって大気から除去される。
CCSは、エネルギーの生産や処理工程で、化石燃料を大量に燃焼したときに発生する排出物をその場で直接回収し、貯留地へ運んで地下深く貯留する技術のことだ。この技術を使って大気をきれいにすれば、気候変動対策として掲げた目標を達成できるのではないかと期待が集まっている。
■排出量を減らすだけで目標は達成できない
とはいえ、排出物の10~20パーセントは、やはり取りこぼされるだろう。それに、排出量を減らすだけで目標が達成できるとは限らない。
化石燃料業界は、ブルー水素にご執心だ。なにしろCCSのおかげで、化石燃料を使いながらもその弊害を緩和できるのだ。たとえば、エクソンモービルの気候変動対策は、再生可能エネルギーではなくCO2排出量の削減を重視するもので、CCSをその主軸に据えている。
アメリカは2022年インフレーション抑制法を通じて、新規と既存両方の発電所に対して温室効果ガス排出量の制限を呼びかけた。
その規制は、CCS技術や水素燃料の分野に政府が投資することで、発電所で発生したCO2はその場で回収されて大気に排出されなくなり、発電所の燃料に水素が使用されるようになると想定したうえで制定された。
しかし、業界関係者に話を聞くと、そういう技術はまだ、大規模な生産で効果を発揮できる段階に至っていないと指摘する。実際、CCS技術や水素燃料に関し、予算が超過して中止になったプロジェクトや、目標を達成できなかったプロジェクトはいくつもある。
■3タイプの水素燃料それぞれに欠点はある
さて、残るタイプはあとひとつとなった。
3つめのグリーン水素はカーボンニュートラルな水素だ。この水素は再生可能資源を使って(風力または太陽光から得られるエネルギーが望ましい)、水を構成要素に電気分解して生成される。
水素と酸素を反応させて電気を起こす燃料電池を、船に搭載する技術はすでに存在する。
その電池で生成された熱と電気エネルギーで、船を動かすのだ。発電時の音は静かで、船の大きさに合わせて電池のサイズを大きくすることもできる。
ただし、水素のエネルギー密度は従来の船舶燃料より低いため、大量の水素ガスとかなりの大きさの電池を搭載することになり、そのぶん積み荷を減らさなければならない。
つまり、長距離の航海には向かないということだ。水素燃料の研究は、この燃料で動くフェリーを使い、比較的短い距離を航行させる実験を中心に進められている。
いずれにせよ、再生可能エネルギーが依然として不足していることはすでに見てきたとおりであり、グリーン水素の生成は高くつき、輸送業に変化を起こせるだけの量は生産できないというのが実情だ。
それに加えて、水素燃料が実用化されたらされたで、それに対応するための船の改造費や、燃料補給のために立ち寄る港を増やすためのコストが、海運企業にのしかかってくることは避けられない。
3つのタイプの水素燃料にはそれぞれ欠点がある。欠点がわかっているからこそ、エクソンモービルのダレン・ウッズCEOは次のように発言した。
「現存する石油の代替品は、エネルギー密度、規模、輸送性、供給性をはじめ、何といっても価格の面で、広く普及するレベルに達していない」
この事実は、海運業や航空業などで環境対策の導入が遅れ、環境を汚す煙を排出し続けている一因としても当てはまる。
■次世代燃料で「ゴールドラッシュ」は叶うか
世界最大の産油国のひとつとして知られるサウジアラビアでは、化石燃料の時代が過ぎても、世界最大のエネルギー輸出国であり続けようという野心があり、アメリカのガス会社や海外資本の支援を得て、巨大なグリーン水素工場が建設されている。
グリーン水素は、風力または太陽光を利用して生成されるのが望ましいとされているのだから、太陽光が確実に降り注ぐ、サウジアラビアの砂漠の片隅ほど工場の建設に適した場所はほかにない。
サウジアラビアは、20世紀に産業の車輪を回し続けたように、21世紀では世界の明かりを灯し続けて収入を得たいと考えているのだ。
グリーン水素はエネルギー・トランジションにおける「聖杯」とみなされるようになったが、まだ開発途上にある。それでも大量生産に向けた基礎固めが進められようとするなかで、その実行を促す(潤沢な)資金がサウジアラビアにはある。
だが、サウジアラビアをはじめとする、グリーン水素に投資する投資家たちは、賭けに出ているようなものだ。基礎固めが間に合えばいいが、水素より安くて利便性の高い代替燃料に市場を独占される可能性も十分にある。
いずれにせよ、投資の恩恵を受けるのは何年も先になるだろう。
グリーン水素の賭けに出たのはサウジアラビアだけではない。カナダ、アイスランド、オーストラリアをはじめとする多くの国々もまた、水素版「ゴールドラッシュ」の機会をとらえて次世代燃料の中心的な担い手になるべく動き出している。
化石燃料からの脱却はまだ遠い先のことのように感じるかもしれないが、ほんの少し前までは、「クリックひとつで商品が届くライフスタイル」についても同じように感じていたのではないか。
20年後になっても、インターネットの買い物は中東から送られたエネルギーによって賄われているかもしれないが、そのエネルギーが20年前よりクリーンな資源で生成されていれば、少しは罪悪感が軽減されるというものだ。
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ダーシーニ・デイヴィッド
エコノミスト・キャスター
現在はBBCニュースのチーフ・エコノミクス・コレスポンデント。また、BBCラジオ4でも、ファストファッションの特集番組をはじめ、さまざまな番組の進行役も務める。政府機関のエコノミストとしてキャリアをスタートさせたのち、英国のHSBC 投資銀行のエコノミストに就いた。その後BBCに移り、金融関連の報道や調査報道番組「パノラマ」を担当した。ニュース専門チャンネルのスカイニュースでは、看板番組の「スカイ・ニュース・トゥナイト」をはじめ、ビジネスや政治を扱う番組でキャスターを務めた。著書に『The Almighty Dollar 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ』がある。2025年には大英帝国勲章を授与された。
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(エコノミスト・キャスター ダーシーニ・デイヴィッド)

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