「過去最高益」「大幅なベースアップ」景気のいいニュースが流れる一方で、早期・希望退職募集を実施する企業の8割がいわゆる「黒字リストラ」なのだという。これはいったいどういうことか。
人材マネジメントに詳しいグローネクサス代表の小出翔さんは「企業の現場ではいま、『人件費の削減』ではなく『人員の入れ替え』が進んでいる。企業が『給与を払う対象』を選別し始めたともいえる」という――。
■8割が「黒字リストラ」
東京商工リサーチによると、2025年度に早期・希望退職募集が判明した上場企業は46社、募集人数は2万781人で、前年度8326人の約2.5倍だ。
注目すべきは、募集に踏み切った企業のうち32社は直近決算で黒字であり、構成比69.5%で、黒字企業の募集人数は1万6908人、全体の81.3%を占めている点だ[1]。
実に8割が、いわゆる「黒字リストラ」と呼ばれるものなのだ。
一方で、厚生労働省の調査では約9割の企業が賃上げを実施し、一人あたりの名目賃金上昇率は33年ぶりの高水準を記録している。
厚生労働省の「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査」では、「1人平均賃金を引き上げた・引き上げる」企業の割合は91.2%に上った。また、2024年春季労使交渉の最終集計では、定期昇給を含む賃上げ率が5.10%と、33年ぶりの高水準となっている[2][3]。
■黒字なのに、なぜ大企業は人を減らすのか
企業業績は決して悪くない。むしろ、日々のニュースでは「過去最高益」「大幅なベースアップ回答」といった景気の良い言葉が飛び交っている。それなのに、なぜ日本の名だたる大企業が、相次いで早期退職を募るのか。
「社長は全社集会で賃上げの成果を誇っている。
でも一方で、社内ポータルではミドルシニア向けのキャリア転身支援プログラムがひっそりと案内されている。いったいどういうことなのだろう――」
あなたの職場でも、そんな違和感を抱いたことはないだろうか。
赤字で首が回らなくなり、苦肉の策として人を減らす「不況型リストラ」とは、明らかに様相が違うのだ。
■「人件費削減」ではなく「人件費の入れ替え」
なぜ、賃上げの時代に会社員は安心できないのか。この違和感を起点に読み解くと、AI時代に向けた労働市場のシビアな深層が見えてくる。
いま企業の中で静かに、しかし劇的なスピードで起きている黒字リストラの正体。結論から言えば、それは「人件費削減」ではなく「人件費の再配分」である。
企業は、総人件費という財布のひもをむやみに緩めることはできない。しかし一方で、AI、デジタル技術、サイバーセキュリティ、データ活用といった、これからの事業変革の心臓部を担う人材には、グローバルな市場価格に合わせて高い報酬を払わざるを得なくなっている。
PwCの「2025 Global AI Jobs Barometer」では、AIスキルを持つ労働者は、同一職種内でも平均56%の賃金プレミアムを得ているとされる[4]。
その原資をどこから捻出するか。人員の入れ替えによって、である。

■人件費を投資対効果で考える時代に
年功的に高くなってしまった人件費を圧縮し、既存業務をこなすことを前提とした人員を絞る。そして浮いたコストを、AIやデジタルを活用して自社のビジネスを変革できる少数精鋭に厚く配分する。
若手であっても高度な専門性があれば高く処遇する一方で、管理職であっても自らの職務価値を明確に説明できなければ、容赦なく選別の対象にする。
これを「会社が人を大切にしなくなった」という感情論で片づけるのはたやすい。しかし現実は、会社が人件費の投資対効果をかつてないほど厳しく見定めるようになったという、不可逆な構造変化だ。
■「危ないのは50代」という勘違い
黒字リストラや早期退職と聞くと、多くの人は、「高い給与をもらっている50代のバブル入社組が狙い撃ちにされている」「AIが使えない50代がリストラ対象で、自分には関係ないだろう」などと想像しがちだ。
しかし、その認識は少しずれている。話を単純化して油断していると、足元をすくわれる。会社が見ているのは、「年齢そのもの」ではない。年齢ではなく、報酬と職務価値のズレが見られているのだ。
「この人に、これからもこの高い報酬を払い続ける合理的な理由があるか」
つまり、いま受け取っている報酬に対して、これからの事業にどれだけ貢献できるかという極めてドライな基準である。
AIが本格的に導入され、「仕事ができる人」の定義が変わり始めている。
これまで価値を持っていた仕事が、これからも価値を持ち続けるとは限らない。こうした環境下で、会社から手放し始められる、つまり“静かに選別される人”には、大きく分けて4つの共通点がある。
■会議、調整、資料作成で価値を出してきた人の足元が揺らいでいる
自分の働き方の棚卸しをするつもりで読んでみてほしい。
①会議・調整・資料作成で価値を出してきた人
かつての職場では、会議をスムーズに回し、関係者の間を飛び回って利害を調整し、見栄えの良い資料を整える人が重宝された。しかし、生成AIの登場によって、リサーチ、要約、たたき台の作成、資料の構成案づくりといった作業の価値は急速に下がっている。
②既存業務には詳しいが、業務を変える側に回れない人
「この業務は昔からこういうルールで回っています」とスラスラ説明できるベテランは多い。しかしAI時代に求められるのは、その知識を使って「AIを前提にすれば、このプロセスはここまでなくせる」「この判断は人間が担い、この処理はAIに任せよう」と、業務そのものを再設計できる人材だ。
③会社固有の作法には詳しいが、市場価値に翻訳できない人
社内で顔が広く、独自のルールや根回しのルートを知り尽くしている。しかし、一歩社外に出たときに、外部市場でも通用する専門性や実績として説明できない人は危うい。AI時代には、会社固有の暗黙知よりも、外部でも通用する明確な職務能力や変革実績が問われるようになる。
④AIを使っている“つもり”の人
ChatGPTでメールの文面を作っている。会議の文字起こしを要約させている。
それだけで安心しているなら要注意だ。
重要なのは、AIの出力を評価し、修正し、自分の意思決定や業務変革にどうつなげているかだ。「AIを使えるか」ではなく、「AIを使って自らの職務価値を高められるか」が、分岐点になるのである。
■AIは全員を救わない
では、AIを使えさえすれば誰もがスーパー社員になれるのだろうか。ここにも1つの罠がある。
IMF(国際通貨基金)の論考で紹介された、スペインの大学のディベート大会に生成AIを導入した実験によれば、もともと能力が高かったディベーターの勝率はAI使用によって明確に跳ね上がった。一方で、能力が低い層には有意な差が見られなかったのである。IMFの論考では、高能力層のディベーターは生成AIを使うことで勝率が12%高まった一方、低能力層では大きな変化が見られなかったと紹介されている[5]。
AIが出してくる無数のアイデアの中から、「どれが筋が良いか」「どう組み合わせれば勝てるか」を見極める力がある人ほど、AIを武器にして成果を飛躍的に伸ばすのだ。
AIは、仕事を自動的に良くしてくれる魔法の道具ではない。AIは、使い手の判断力を増幅する道具である。これを経済学などでは「スキル・プレミアム」と呼ぶが、平たく言えば「デキる人がAIを使うと、もっとデキるようになり、結果として能力格差が広がる」という現実がそこにある。

■高度デジタル人材には高報酬を用意
こうした変化を、企業側はすでに織り込んでいる。
企業は一方で早期退職を募りながら、他方では高度デジタル人材やAI人材に対して、これまでの日系企業の常識を打ち破るような高い報酬を提示し始めている。
富士通は2026年度以降の新卒入社者について、ジョブレベルに応じた処遇へ切り替え、大半の新卒入社者は年収約550万~700万円、高度な専門性を有しさらに高いジョブを担う人材は年収約1000万円程度になることもあるとしている[6]。
富士通はまた、「高度人材処遇制度」で、AIやセキュリティ分野のトップ人材に最高年収3500万円を提示する仕組みを設けている。同社資料では、高度専門職Sについて「年収2500万~3500万円を想定」とされ、対象領域にはサイバーセキュリティ、AI、データサイエンティストなどが含まれている[7]。
NECは、優秀な研究者に対して新卒であっても年収1000万円超を提示する制度を導入した。NECはESGデータブックで、高度な専門性を有する研究者に対して、報酬上限のない「高度研究専門職制度」や「選択制研究職プロフェッショナル制度」を適用していると説明している[8]。
日立製作所やNTTデータ、さらにはメガベンチャーなども、ジョブ型報酬や専門人材への高報酬制度を次々と打ち出している。
■会社は「払う人」を選び始めた
この事実が意味することは何か。
会社は人に払わなくなったのではない。“払う人”を選び始めたのである。
「総人件費の枠は守りつつ、AIの力を最大限に引き出し、事業を牽引できる一握りの人材には出し惜しみをしない」。
これが、建前を剥ぎ取ったいまの企業の本音なのだ。
「そんなの、ひとごとだよ」「そもそも、俺より先にリストラすべき奴がいる」。もしあなたがそう高をくくって油断しているなら、今すぐ認識を改めたほうがいい。
企業が本当に見ているのは、単なる年齢ではなく「現在の報酬」と「AI時代における職務内容」のシビアなミスマッチだ。
かつての功績にあぐらをかき、いまの高い報酬に見合うだけの新しい職務価値を生み出せていない人は、格好のターゲットだ。年齢や役職にかかわらず、あなたはすでに“静かな選別”の対象リストに載っているかもしれないのだ。
■AIが奪う、若手の「雑用しながら育つ」機会
ここまでの話を聞いて、「自分はまだ20代だから関係ない」と思っている若手がいれば、それも大きな勘違いだ。AI時代は、若手の育成機会そのものを根底から変えてしまう。
これまで、若手社員はリサーチ、議事録の作成、下調べ、初期データの分析といった、いわゆる「雑用」をこなしながら、仕事の基礎や業界の知識を身につけてきた。先輩から「これ、明日の会議までに調べといて」「提案書のたたき台を作っておいて」と頼まれることが、格好のOJT(職場内訓練)になっていたのだ。
しかし、これらの作業こそ、最もAIに代替され、圧縮されやすい領域である。先輩社員が自分でAIを叩けば、数分で終わってしまう。その結果、若手は「雑用しながら育つ」という貴重な機会を失いつつある。
企業側から見ても、大量に人を採用し、長い時間をかけて雑用をさせながら育てる余裕はなくなっている。
これからの若手に求められるのは、単なる手作業の処理スピードではない。AIを使って初期の仮説を早期に立ち上げ、それを基に先輩や上司と対話し、より早く「意思決定」に近い仕事へ踏み込んでいく力である。
■AIで自分の仕事を「作り直せる」か
「黒字リストラ」の急増や、特定の高度人材への驚くような高待遇。これらはすべて、AI時代に適応するための企業側の生存戦略である。
では、働く側である私たちはこれから何が問われるのか。
“静かに選別される人”にならない人材に共通しているのは、単に「AIのプロンプト(指示文)を書くのがうまい」ということではない。
彼らは、自ら「問題設定」ができる。AIの出力を適切に「評価」できる。与えられた既存の業務をこなすだけでなく、AIを前提として業務そのものを「変えられる」。
自分の専門性をAI活用と接続し、社内固有の経験を、外部でも通用する言葉で説明できる。そして何より、AIの力を借りながら複雑なステークホルダーを動かし、自らリスクを引き受けて「責任ある意思決定」ができる。
これから問われるのは、「AIを使っているかどうか」ではない。AIを前提に、自分の仕事の価値を作り直せるかどうかである。
■「特権階級」はもはや存在しない
「正社員はクビにできない」と、無条件に雇用を守る意識は企業側にはもうない。
「黒字リストラ」は一面的な現象などではなく、日本企業がよりシビアな経営スタイルへと変化しつつあることを端的に示す事例に他ならないのだ。
会社が育ててくれる時代から、自分の職務価値を自分で更新する時代へ。ゲームのルールは変わりつつある。
多くの会社で取り組み始めている「社員のキャリア自律化」「ジョブ型人事制度」といった仕組み導入は、この一環でもある。
自分の会社でも似たことが起きている。そう感じたなら、いま一度、自分の仕事の価値を見つめ直してみてほしい。
会社やAIの進化をただ恐れるのではなく、自らの職務価値を再設計するという一歩が、このシビアな時代を生き抜くための確実な道になるはずだ。

■脚注一覧:

[1]東京商工リサーチ TSRデータインサイト「2025年度の『早期・希望退職』は2万781人 約7割が『黒字リストラ』、2009年度以降で4番目の高水準」(2026年4月30日)

[2]厚生労働省「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況:1 賃金の改定の実施状況

[3]内閣府「2024年度に入って以降の賃金の動向について」(今週の指標 No.1354、2024年8月6日)

[4]PwC「The Fearless Future: 2025 Global AI Jobs Barometer

[5]IMF Finance & Development「Machine Intelligence and Human Judgment」(Ajay Agrawal、2025年6月)

[6]富士通「『ジョブ型人材マネジメント』に基づく採用方針について」(2025年3月7日)

[7]富士通「富士通における人事制度改革の取組み」(国土交通省資料、2024年12月13日)

[8]NEC「ESGデータブック 2023

----------

小出 翔(こいで・しょう)

グローネクサス代表取締役

デロイト トーマツコンサルティングでの14年間のコンサルティング業務において、様々な業界の大手企業から官公庁、自治体まで、のべ120社(団体)500万人の人材マネジメントを支援してきた“人事戦略のプロ”。独立・起業後も、大手電力・製薬・素材業や金融業等にて人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。経済産業省・IPAへの、デジタルスキル標準策定の支援経験もあり、デジタル時代の人材・リスキリング分野に特に強みを持つ。

----------

(グローネクサス代表取締役 小出 翔)

編集部おすすめ