※本稿は、堀田秀吾『大事なことだけ聞く力』(サンマーク出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「本当は聞かなくていい」は科学的に解明されている
「人の意見を気にしすぎて、自分で決められない」
「言われたことを引きずって、なかなか切り替えられない」
「気づけばいつも聞き役になって、帰ったらぐったり」
こうした悩みを持つ人は、決して少なくありません。
アメリカの情報建築家リチャード・ワーマンは、著書『Information Anxiety』(Doubleday刊)の中で、ニューヨーク・タイムズの紙面1日分の情報量は、17世紀のイギリス人が一生で得るものより多いと述べています。
この本が出たのが1989年。
そこからインターネットやSNS、AIが当たり前になった今、私たちが浴びる情報量は桁違いに増えました。
人の声も、意見も、あふれています。
疲れないほうが難しい時代なのです。
では、なぜ私たちはこれほど「聞きすぎて」しまうのでしょうか。
その原因は、意志の弱さではなく、脳の仕組みにあります。
■「誰かが決めてくれる」と脳はホッとする
物事を決めるとき、つい誰かの意見を聞き、従いたくなるのは、脳の基本的な仕組みです。
あなたの「心の弱さ」や「自分のなさ」によるものではありません。
私たちの脳は、生まれつき「自分1人で正解を出す」よりも、「誰かの答えについていく」ほうに、安心を感じるようにできています。
この仕組みを研究したのが、ニューヨーク大学のドイチとジェラードです。
ニューヨーク大学のドイチとジェラードの研究
人間は不確実な状況に置かれ、何が正しいかわからないとき、他人の言動を「正しいもの」として受け入れ、それに合う行動を取る傾向があります。
ドイチとジェラードはこれを「情報的影響」と名づけました。
情報的影響を理解するヒントになるのが、「進化」をベースに、人間の心理を理解しようとする「進化心理学」という学術分野の考え方です。
生物の進化は数十年、数百年の短いスパンでは起こりません。
私たちホモ・サピエンスも例外ではなく、約20万~30万年前に誕生して以来、文明はここ数千年で圧倒的に進歩しましたが、脳の進化のスピードは追いついていません。
そのため、進化心理学では、「人類の心と身体(からだ)の仕組みは、旧石器時代から変わっていない」と考えます。
また、数々の研究結果から、実際に脳の仕組みはその頃のままであると考えられています。
■脳はエネルギーを節約したい
現代のように安全が確保されていなかった頃、人類は生き延びることがとにかく困難でした。
そんな環境では、「危険を避けること」と「エネルギーを節約すること」が、何よりも重要視されます。
その時代のままの脳が、現代社会で「よくわからないこと」に直面したら、「自分でゼロから考えるよりも、正しそうな人の意見に従うほうが、手っ取り早いし安全そう」と考えます。
親の言う通りの進路を選べば、失敗しても言い訳が立つ。
上司のやり方をなぞれば、何があっても怒られない。
SNSでバズった商品を買っていれば、間違いない。
こう並べると、責任逃れみたいに見えるかもしれません。
ですが、脳はエネルギーを基本的に節約したいので、脳が省エネのために「リスクを減らし、エネルギーを節約したい」と考える結果、起こる現象が情報的影響なのです。
あなたが優柔不断だから、といった理由で起こるものではありません。
人の意見に従いたくなるのは、脳の省エネ機能のせい。
心の弱さではない。
■日本人の相づちは世界一
私たちが聞きすぎてしまう原因は、脳だけでなく、日本語という言語にもあります。
日本語は世界の中でも、聞く側に負担の大きい言語です。
その象徴が「相づち(バックチャネル)」です。
日本語話者は、「はいはい」「そうなんですね」「たしかに」「へえ~」「マジっすか」「ヤバいですね」……などと、相手の話に合わせて、こまめに相づちを打ちます。
言語学の研究でも、日本語の会話では、英語や中国語よりも相づちが高頻度で使われるという結果が出ています。日本人のほうが、タイミングも回数も、倍くらい早く・多く、相づちを打つという指摘もあるのです。
ここで問題なのは、日本人は「聞く」のが好きで相づちをたくさん打っているわけではない点です。
そうではなく、「ちゃんと聞いていますよ」と示さないと、相手の機嫌を損ねかねないという社会の空気がベースにあります。
つまり日本人は、聞く「行為」にエネルギーを注ぎ込んでいるのです。
■行間を読まないと会話が成立しない
日本語は、世界有数の「高コンテクスト文化」の言語です。コンテクストとは「文脈」や「背景」のこと。
高コンテクスト文化と低コンテクスト文化には、次のような特徴があります。
高コンテクスト文化である日本語では、主語が省略される(「行けそう?」「あれ、どうなった?」など)、結論を曖昧にする(「~かな」「~と思います」)、本音をストレートに言わず、行間に匂わせるなどが日常的に行われます。
すると、「相手が何を言おうとしているのか」を理解するには、表情や声のトーンなどを含めてしっかりと聞く必要があります。
「この『大丈夫です』は、本当に大丈夫なのか?」
「『考えておきます』って『No』ってことなのか?」
と、常に「行間の翻訳」をしながら話を聞いてしまうのです。
日本語は言語の特性としても、話しているだけで「聞きすぎ」になりやすい。聞き疲れの一因は言語そのものにある。
■「みんな」「普通は」に要注意
「みんなやってるよ」「普通は、○○だよね」
このような「みんな」「普通は」といった“大きな括(くく)り”の意見を日常的に耳にしませんか。
個人の感想として言われたら気にならないけれど、「みんな」と言われたら、「そっちが正しいのかも」と考えてしまうという人も少なくないはずです。
ここで問題になるのが、「その言葉の正しさ」です。
そもそも、言う側には思い込みによるバイアスが入っています。
スタンフォード大学のロスらの研究によると、人は自分と同じ意見を実際よりも多くの人が持っていると思い込む傾向があります。これを「フォルス・コンセンサス(偽の合意)効果」といいます。
また、「多数派=正解」という思い込みも問題です。
アリゾナ州立大学のチャルディーニは、人は「多くの人がしていること」を正しい行動の基準にする、と指摘しています。
さらに、ティルブルフ大学異文化協力研究所のホフステードの研究によると、日本は世界的に見ても集団主義の傾向が強い国です。「みんなと違う」ということ自体が不安の源になりやすい文化なのです。
■言わなくても「通じてしまう」
加えて日本語は、「言わなすぎ」にもなりがちです。
日本語は主語をはっきり言わなくても通じてしまう言語です。
聞き手が空気を読んでくれるので、自分の意見を主張しなくても、なんとなく場が収まってしまいます。
「No」と言わなくても、空気で察してくれる。
文句を直接言わなくても、誰かがうまく調整してくれる。
こうしたことが起こりやすいのです。
さらに、本書で述べていますが、肩書きや地位のある人の前では「権威スイッチ」が入りやすくなります。
上司や先生、専門家などの「権威」を前にすると、なおさら自分の意見を言いづらくなるのです。
聞きすぎて、言わなすぎる日々を送っていると、あなたの中にはどんどん「他人の声」だけが溜(た)まっていってしまいます。
「聞きすぎ」と「言わなすぎ」が重なると、
自分の中に「他人の声」だけが溜まっていく。
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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)
明治大学教授
シカゴ大学大学院言語学部博士課程修了、オズグッドホール・ロースクール修士課程修了・博士課程単位取得退学。心理言語学、法言語学、コミュニケーション論を専門とし、学術的な知見を「今日から使える知恵」に翻訳することをライフワークとし、著書は70冊を超える。
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(明治大学教授 堀田 秀吾)

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