日本は資源を持たない小さな島国でありながら、なぜ経済発展できたのか。その理由は、地理的条件を見ると明らかだという。
著作家・宇山卓栄さんの書籍『「地理で考える」は武器になる』(秀和システム新社)より、一部を紹介する――。
■「持たざる国」だけど世界最強の立地
日本は、典型的な「持たざる国」です。石油は出ない。鉄鉱石も取れない。国土の7割は山地で、平地はわずかしかない。常識的に考えれば、このような地理的条件の国が、世界屈指の経済大国になることはあり得ません。通常、資源のない国は貧困に喘ぐか、大国の属国として生きるしかないからです。
しかし、日本はこの地理的なハンディキャップを逆手に取り、奇跡的な繁栄を築きました。なぜでしょうか?
「日本人が勤勉で手先が器用だったから」でしょうか?
それは大きな要因ですが、地理学的には決定打ではありません。
日本が勝てた最大の理由は、「世界で最も海運を利用しやすい国土形状」をしていたからです。資源そのものは持っていなくても、資源を「運んでくる」コストと、製品を「運び出す」コストが極限まで低い場所に工場を作れる。この一点において、日本は世界最強の立地条件を持っていたのです。

■アメリカより長い海岸線が武器に
地政学には「シーパワー(海洋国家)」と「ランドパワー(大陸国家)」という概念があります。日本は、イギリスと並ぶ代表的なシーパワー国家です。
海上輸送のコストは陸上輸送よりも圧倒的に安価です。日本は四方を海に囲まれているだけでなく、海岸線が極めて複雑に入り組んでいます(リアス式海岸など)。
日本の海岸線の総延長は、約3万5000キロメートル。これは、広大な国土を持つアメリカ合衆国(約2万キロメートル)の海岸線よりも長いのです。この「長すぎる海岸線」こそが、日本の最強の武器でした。
海岸線が長いということは、「天然の良港」が多いことを意味します。
東京湾、伊勢湾、大阪湾、そして瀬戸内海。波が穏やかで水深が深いこれらの湾岸に、日本は製鉄所、石油化学コンビナート、自動車工場を林立させました。
■陸上輸送コストがほぼゼロという奇跡
日本の主要な工場は、ほとんどが海のすぐそば、「岸壁」に建っています。地球の裏側(ブラジルやオーストラリア)から運ばれてきた鉄鉱石や石炭は、巨大なタンカーで日本の港に着き、そのままベルトコンベアで製鉄所の高炉へと放り込まれます。

そして、出来上がった自動車や鉄鋼製品は、工場の裏手からすぐに船に載せられ、アメリカやヨーロッパへ輸出されていきます。
つまり、日本国内での「陸上輸送コスト」がほぼゼロなのです。
もしこれが、海を持たない内陸国や、海岸線が単調で港が作れない国だったらどうでしょうか。国境で荷物を積み替え、鉄道やトラックで何百キロも内陸へ運ばなければなりません。その輸送コストだけで、製品価格は跳ね上がり、国際競争力を失ってしまいます。
日本が得意とする「加工貿易(原材料を輸入し、製品にして輸出する)」というビジネスモデルは、日本人のアイデアというよりは、「資源はないが、港はある」という地理的条件が強制した生存戦略でした。
■太平洋という「巨大な高速道路」
さらに、日本の位置も絶妙でした。日本の東側には、世界最大の消費地である「アメリカ」が広がっています。
太平洋は、かつては隔絶の壁でしたが、航海技術が発達した現代においては、巨大な「高速道路」です。日本は、この太平洋ハイウェイの入り口(インターチェンジ)に位置しています。
もし日本が、ユーラシア大陸の奥地にあったら、戦後のアメリカ市場へのアクセスは困難であり、高度経済成長は起きなかったでしょう。また、西側には中国や東南アジアという巨大な成長市場があります。

「太平洋」と「ユーラシア大陸」の結節点に位置し、無数の良港を持つ島国。この地理的幸運があったからこそ、日本は「資源を持たざる国」でありながら、「資源を自由に操る国」として振る舞うことができたのです。
私たちが普段何気なく眺めている工業地帯の風景――海沿いに並ぶ煙突やクレーン――は、日本が地理的宿命に打ち勝つために作り上げた、一種の要塞なのです。
■資源に恵まれた国を苦しめる「呪い」
もし、あなたの家の庭から突然石油が湧き出したら、どうしますか? おそらく、あなたは汗水流して働くのをやめるでしょう。勉強してスキルを磨くこともしなくなるかもしれません。ただ庭から湧き出る黒い液体を売るだけで、一生遊んで暮らせるからです。
これは個人だけでなく、国家にも当てはまります。経済地理学には「資源の呪い」という有名なパラドックスがあります。石油や天然ガス、ダイヤモンドといった天然資源に恵まれた国ほど、経済成長が鈍化し、政治が腐敗し、内戦が起きやすく、国民が貧困に苦しむ傾向があるという現象です。
サウジアラビア、イラン、ロシア、ベネズエラ、ナイジェリア……豊富な資源を持つ国々の中で、日本や欧米のような「安定した民主主義と、高度な産業基盤」を築けている国は、驚くほど少ないことに気づくはずです(ノルウェーなどの例外はありますが)。
なぜ、神様からの贈り物であるはずの資源が、呪いとなってしまうのでしょうか? その理由は、「掘れば儲かる」という産業構造の安易さが、国家の足腰(製造業や人材)を弱らせてしまうからです。
■資源に依存し、「稼ぐ力」が育たない
資源国が陥る最初の罠は、経済的なものです。
資源輸出によって巨額の外貨(ドル)が流入すると、その国の通貨の価値は急上昇します。するとどうなるか。自国の製品が割高になり、輸出ができなくなります。同時に、海外から安い製品が入ってくるため、国内の製造業や農業が壊滅的な打撃を受けます。
これを経済学用語で「オランダ病」と呼びます(かつて天然ガスを発見したオランダで起きた現象です)。資源以外の産業が育たず、すべての輸入代金を資源の売上だけで賄うようになる。いわば「資源一本足打法」の国になってしまうのです。
この状態で資源価格が暴落すれば、国は一瞬で破綻します。ロシアやベネズエラが定期的に経済危機に陥るのは、資源に依存しすぎて、他の「稼ぐ力」を失ってしまった地理的副作用なのです。
■日本に「独裁者」が生まれにくい理由
資源の呪いのもう一つの、そしてより深刻な側面は、政治体制への影響です。資源国では、高確率で「独裁」や「強権的な政治」が生まれます。
なぜでしょうか? その答えは「税金」の仕組みにあります。

日本やアメリカのような「資源のない国」の政府を想像してください。
政府がお金を使うためには、国民や企業から税金を集める必要があります。国民に税金を払ってもらうためには、国民に働いてもらい、豊かになってもらわなければなりません。
また、国民は「税金を払っているのだから、政治に口を出させろ(代表を送らせろ)」と主張します。つまり、「資源のない国」の支配者は、必然的に国民を大切にし、民主主義的なプロセスを受け入れざるを得ない構造になっています。
しかし、資源国の支配者は違います。彼らの収入源は、国民からの税金ではありません。大地から湧き出る「石油」です。石油施設さえ軍隊でがっちりと守っておけば、莫大な富が手に入ります。国民が働かなくても、貧しくても、支配者の懐は痛みません。むしろ、国民が賢くなって政治に口を出してくるのは邪魔なだけです。
「代表なくして課税なし」
という民主主義の格言がありますが、資源国ではこれが逆転します。

「課税なし、ゆえに代表もなし」です。
政府は国民に課税する必要がない代わりに、国民の声を聞く必要もない。その結果、富は一部の特権階級に集中し、それを守るための秘密警察や軍隊が肥大化し、アラブ諸国の王族のような強権的なリーダーが君臨し続けることになるのです。
■「人間こそが唯一の資源である」
日本、スイス、シンガポールといった、資源を持たない地理的に「貧しい」はずの国々が、なぜ今日、世界で最も豊かで自由な国になれたのか。
それは、彼らが「人間こそが唯一の資源である」と覚悟を決めざるを得なかったからです。土地を掘っても何も出てこないから、人の頭脳を掘り下げるしかなかった。教育に投資し、技術を磨き、法制度を整えて、人が働きやすい環境を作るしかなかった。その、数百年におよぶ「地理的欠乏に対する工夫」の蓄積こそが、真の国富だったのです。
一方、資源国は、その努力をする必要がありませんでした。資源が豊かすぎたがゆえに、人間を育てることを怠ってしまった。「地理」は時に残酷です。恵まれた環境が人を堕落させ、過酷な環境が人を進化させる。
ビジネスにおいて、あえて厳しい環境(競合の多い市場や、制約の多い場所)に身を置くことが、長期的には最強の生存戦略になるかもしれない。資源の呪いは、そんな教訓を私たちに突きつけています。

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宇山 卓栄(うやま・たくえい)

著作家

1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。主な著書に『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社)、『朝鮮属国史 中国が支配した2000年』『韓国暴政史 「文在寅」現象を生み出す民族と社会』『経済で読み解く世界史』(以上、扶桑社)、『民族で読み解く世界史』『王室で読み解く世界史』『宗教で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『世界史で読み解く天皇ブランド』(悟空出版)など、その他著書多数。

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(著作家 宇山 卓栄)
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