経済制裁下にある北朝鮮が、中国で展開している「北レス(北朝鮮レストラン)」は20店舗以上ある。一体、どんな店なのか。
辺境リポーターの大熊杜夫さんは「昔ながらのショーのある老舗レストランだけでなく、今ではさまざま形態の店がある。日本人ビジネスマンや旅行者からも人気だ」という――。
■密かな「北レス」ブームの到来
2024年11月、中国はコロナ禍を受けて停止していた日本人に対する「30日以内のビザ免除措置」を正式に再開した。これを機にビジネス目的の中国駐在や出張客の渡航は一気に回復傾向へ向かい、さらに近年では、若年層の旅行客やディープな体験を求める好事家たちが再び中国の地を踏む光景が日常的に見られるようになっている。
そうして中国を訪れるようになった日本人たちの間で今、密かな目的地として熱視線を集めている場所がある。それが「北朝鮮レストラン(通称:北レス)」だ。
北レスとは、主に中国など北朝鮮以外の外国に所在し、北朝鮮人従業員が接待し、北朝鮮の料理などを提供するレストランのことを指す。北朝鮮人労働者の海外派遣は「国連安保理制裁2397号」で禁止されているが、旧東側諸国や東南アジア、中東などを中心に北レスは進出している。
ビザなし渡航を解禁した中国とは異なり、いまだ外国人の観光受け入れを厳しく制限している北朝鮮。かつてのように本国へ渡ることができない今、日本では絶対に味わえない「ニッチな越境体験」を求める人々から、この北レスがカルト的な人気を集めている。ここへ足を運びさえすれば、国境を越えることなく手軽に「北朝鮮気分」に浸ることができるからだ。
■経済制裁下でも生き残れた理由
読者の中には、「北レスは経済制裁やコロナ禍で全滅したのでは」と思う方もいるだろう。
事実、国連安保理決議による労働者の送還義務や徹底した国境封鎖は致命的な打撃だったはずだ。しかし、中国在住の北朝鮮人実業家は「現在でも中国国内では少なくとも20店舗以上が堂々と営業を続けている」と、その健在ぶりを明かす。
では、なぜ生き残ることができたのか――。
最大の理由は、巧妙に構築された運営体制にある。北レスは「完全な国営」と勘違いされがちだが、現在その多くは中国企業と合弁した現地法人だ。北朝鮮と取引のある中国人実業家によれば、こうした現地法人や北朝鮮当局の意向のもと、2024年の中朝往来再開に伴い、労働者の「交代」が水面下で進められたという。労働者の派遣元を別会社にしたり、留学ビザを活用したりと、制裁逃れのスキームは極めて巧妙化しているのだ。
実際に店舗へ足を運ぶと、「2025年に配属された」と語る新人も多い。言葉を交わすと、彼女たちの圧倒的多数が平壌出身であることがわかる。名門・平壌商業大学の「奉仕課程」と呼ばれる専門コース(日本の短大や専門学校にあたる)を卒業したエリートだからだ。ただし例外として、中朝国境沿いの都市にある店舗に限っては、慈江道や平安北道といった地方出身者が配属されるケースもみられる。
合弁スキームから従業員の出自に至るまで、その内情は複雑だ。
北朝鮮というお国柄、どこも画一的な店だと思われがちだが、決してそんなことはない。現在の中国には、店舗ごとに特徴が大きく異なる多様な北レスが存在している。
■北京にある北レス最高峰「玉流宮」
では、具体的にどのような店舗が現在、中国で営業しているのか。2024年からの2年ほどで20店舗以上を訪問した筆者が実際に踏破した店舗群の中から、まずは我々が思い描く「往時の姿」を色濃く残す老舗店舗から紹介していきたい。
その筆頭が、北京に店を構える北レスの最高峰「玉流宮」だ。ここは平壌の超有名冷麺店「玉流館」が展開する唯一の海外支店という特別な格付けであり、提供される平壌冷麺や特産料理のクオリティは群を抜いている。毎晩19時に開催される華やかなステージでの歌や踊りのショーも名物だが、この店の真骨頂は奥まった空間で提供される「裏メニュー」的なサービスにある。
首都に店舗を構える北レスという性質上、北朝鮮当局者が安全に利用できる接待の場としての役割も担っているのだろう。事前に電話予約をすると、普段は通されることのない2階の豪奢な個室で食事をすることができる。しかも、そこで給仕する店員に500元のチップを渡すと、自分たちだけのプライベートな空間で、歌や楽器演奏を独占的に披露してくれるのだ。かつては他の都市の老舗店でも見られた接待形式だが、昔と違って人手不足の今なお実施しているのは、今やここくらいだろう。
■中朝国境にある老舗「丹東高麗飯店」
一方、中朝国境の街・遼寧省丹東に位置するのが、歴史ある老舗「丹東高麗飯店」だ。
看板のロゴマークや名称から、平壌を代表する名門「高麗ホテル」の直系支店と推測される。
ここの名物である平壌冷麺は、和風出汁を思わせるような澄んだ深い味わいがあり、一般的な北レスとは一線を画す特有の滋味がある。さらに驚くべきことに、分厚いメニュー表には、かつて帰国事業などで北朝鮮へ渡った在日コリアンが伝えたとされる「オムライス」も並んでいる。
また、この店で食事をしていると、他の地域とは異なり、朝鮮語を話す客を見かけることが頻繁にある。従業員に対して横柄に「奉仕員(北朝鮮の言葉で従業員を指す)」と呼ぶ振る舞いから分かるが、ここは中国で活動する北朝鮮当局者や貿易商たちの「御用達」なのだ。国境の街という立地ゆえに本国の人間が日常的に利用するという事実が、この店の味の信頼性を何よりも保証している。
■中国のニーズに合わせた新興北レス
一方、こうした「王道」のスタイルからの脱却を図り、現代の中国市場のニーズに合わせてしたたかに業態を変化させている「新興北レス」も勢力を伸ばしている。
その筆頭が、ビールに特化した北朝鮮式ビアホール「朝鮮3号ビール工房」だ。北朝鮮を代表する銘柄「大同江ビール」を手掛ける会社が中国企業と合弁で展開しており、本来なら平壌でしか味わえない多様なフレーバーの生ビールを堪能できる。店の1階には平壌で発行された大同江ビールの記念切手セットが販売されているが、その図案にはこの店舗も描かれており、北朝鮮側の会社からも「平壌のビアホールの公式な海外支店」として扱われていることがわかる。
料理のラインナップも従来の北レスとは趣が異なる。恐らくビールに合わせるためだろう、上品な薄味が基本の北朝鮮料理にしては珍しく、辛味や味の濃いメニューが中心だ。
名物の冷麺は胡椒がガツンと効いたジャンキーな味わいで、ビールに合うドイツソーセージまで提供されている。
そして何より驚かされたのは、店員の接客態度が非常にフランクなことだ。北朝鮮人の従業員が、恰幅の良い筆者に向かって中国語のスラングで「胖胖(パンパン=太っちょ)」とからかってくるなど、従来の厳格な北レスでは絶対にあり得ない、お客「様」という価値観すらない、非常にロックな運営が行われている。
■ショーのない純粋な飲食店「民達来」
もう一つ、北京で最近開業した「民達来」も新時代を感じさせる店舗だ。これまでの北レスといえば、巨大なホールに円卓が並び、定時にきらびやかなショーが行われるのが定番だった。しかし、この店にはそもそもショーを行うためのステージが存在しない。店内はプライベート空間を重視した間仕切りのあるボックス席を基調としており、「純粋な飲食店」としての側面を強く押し出している。
主力メニューは焼肉で、驚くべきことに日本の「和牛」も提供されている。ステージでの歌や踊りがない代わりに、従業員の「服務(サービス)」の質は極めて高い。店員がつきっきりで目の前の肉を最適な焼き加減で仕上げ、冷麺も丁寧に取り分けて混ぜてくれるなど、高級焼肉店も顔負けのホスピタリティを誇る。
このような方式は恐らく中国の最近の店舗などをよく学習しているのだろう。伝統や政治的な威厳に固執せず、客単価を上げるために業態を柔軟にシフトしていく姿には、外貨獲得への執念とも呼べるたくましさが息づいている。

■一見ローカル食堂のステルス北レス
さらに筆者を驚かせたのは、一見すると北朝鮮資本とは全く分からないよう擬態した「ステルス北レス」の存在だ。
中朝国境に位置する吉林省延吉市は中国の朝鮮族が多く住むエリアだが、ここにある「羅宮羊肉串」は、店名に「朝鮮族焼串」と冠しており、当地名物の羊肉串を出す一般的なローカル食堂にしか見えない。
しかし、店内で立ち働くのは正真正銘の北朝鮮人従業員だ。メニューには北朝鮮産のビールや焼酎、平壌名物の冷麺や温麺が並ぶ。名物の串焼きも、溶き卵につけてユッケ風に食べさせるなど、北朝鮮料理からの着想が垣間見える。現在、中国各地で「朝鮮族料理」や「ローカル串焼き店」を謳い、巧妙に正体を隠蔽しながら外貨を稼ぐステルス店舗が増殖しているのだ。
■上海にある銭湯+食堂の「湯連得」
そのカモフラージュ戦略は、ついに飲食店という枠すらも飛び越えている。上海市内に複数店舗を展開する「湯連得」は、なんと日本式のスーパー銭湯(温浴施設)である。施設に入ると受付の奥にはチマチョゴリの体験コーナーという不釣り合いな空間が設けられており、巨大な飲食・休憩スペースに出ると、そこでは北朝鮮人の女性従業員たちがせわしなく働いている。ちなみに、本場さながらのアカスリサービスは、なぜか北朝鮮人ではなく、ガタイの良い中国人が担当していた。
日本のスパ銭よろしく整備された食事処のメニューは、まさかの朝鮮料理づくしだ。平壌冷麺に混じって、「総合火鍋」という当て字で韓国の「プデチゲ(部隊鍋)」まで提供されているのが何とも皮肉で面白い。
さらにここでも在日コリアン由来の「オムライス」を発見して注文すると、上に甘い生クリームがトッピングされているという自由奔放な一皿が登場した。
日本人客が少ないからか、従業員に出身を尋ねると珍しく雑談に応じるルーズさがあり、「知っている日本の有名人は豊臣秀吉」と笑って答える彼女たちの姿には、制裁下を生き抜くしたたかさと人間臭さが同居していた。
■北朝鮮のたくましい外貨獲得戦略
これらの北レスは、北朝鮮にとって伝統的な外貨獲得手段の代表例である。もちろん、ここで客が支払った代金が全額そのまま平壌の党や国の金庫に直行するわけではない。利益は合弁元である中国企業と北朝鮮側の企業との間で分配され、最終的にそのいくらかが北朝鮮当局へと渡っていく仕組みだ。
また近年、北朝鮮の外貨獲得戦略は他の分野へも多様化・巧妙化しており、国家として北レスの収益のみに依存しているわけではない。しかし、それでも好奇心、「話のネタ」として無邪気に支払うその飲食費の終点がどこに行き着くのか、という事実は知っておくべきだろう。
厳しい経済制裁の長期化やコロナ禍の徹底した国境封鎖を経て、日本にとって北朝鮮は物理的にも心理的にもさらに「遠い国」になりつつある。だが実態として、彼らは中国の街角で、我々が日常的に利用するような身近な店舗に擬態し、今なおしぶとく事業を展開し続けているのだ。中国滞在の夜にきらめく北レスやステルス店舗の看板は、国際社会の網の目をくぐって外貨を稼ぎ出す、北朝鮮の圧倒的でたくましい「生存戦略」の確かな反映といえるだろう。

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大熊 杜夫(おおくま・もりお)

辺境リポーター、ライター

2001年、神奈川県生まれ。北京外国語大学を経て愛知大学へ。現在、宮塚コリア研究所研究員。専門は中朝国境を中心とした北朝鮮事情、および金日成バッジや北朝鮮ビール等の物質文化研究。コロナ禍の北京留学中に中国全土を踏破し、特に中朝国境地帯へは20回以上も足を運んでおり、「辺境レポーター」としての顔を持つ。徹底した現場主義に基づき、北朝鮮レストランの動向や内部事情にも精通。中日新聞・東京新聞をはじめとする国内メディアのほか、解放日報など中華圏メディアでの取材協力実績も多数。論文に「北朝鮮『肖像徽章』の研究」がある。

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(辺境リポーター、ライター 大熊 杜夫)
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