ついイライラしたとき、簡単にできる対処法は何か。生物学に詳しい明治大学教授の石川幹人氏は「大人がイライラするのは、子どものときのようにだだをこねたり暴れたりできないから。
しかしこのイライラする心は、ごく簡単な動作で簡単に静めることができる」という――。
※本稿は、石川幹人『科学が解明した 悩んでもしょうがないことリスト』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■大人がイライラするのはなぜ
幼児はイライラするでしょうか? お気に入りのおもちゃが壊れてしまったら、物を投げたり暴れたりしますね。思い通りにならない現実に直面して「だだをこねる」のですが、
しばらくすると結構、けろっと元通りになります。
動物も概してこんな感じです。思い通りにならないと、力任せになんとかしようとします。ひと通りやってみて「どうにもならない」と悟ると、あきらめて去っていきます。
大人がイライラしがちなのは、幼児のように物を投げたり暴れたりできないからなんです。人間は「動物のように物事を暴力で解決するのはやめよう」と決めたから、子どものような「うっぷん晴らし」はできなくなりました。
しかし、ついこの間まで、紛争を解決する主要手段は暴力でした(注1)。現代社会のルールでは「暴力なしよ」なのに、私たちの心の備えは「まず暴力をためしてみる」となっているのです。これが、パワハラ横行の理由でもあります。

脳活動が暴力向きに活発化しているのに、身体を動かしてはダメという悩ましい状態なのです。

注1:いまだに世界各地では戦争が絶えないが、暴力による死者は歴史的には減少していることがデータによって示されている(スティーブン・ピンカー『暴力の人類史 上・下巻』青土社)
■イライラを止めるためにすぐできる行動
イライラを止めるには、活発化した脳を沈静化すればよいのです。それには「ため息」が効果大です。息を吐ききると、肺の空気がなくなり、脳への酸素供給が低下するので、活発化した脳細胞に栄養が行きにくくなります。酸素不足の危機を感じた脳が、沈静化に向かうのです。
ただ、部下が思い通りに仕事をしてくれないときのイライラ防止に「ため息」をつくと、これみよがしで嫌な印象を与えかねませんね。そんなときは、長く小さく息を吐くと、周りに知られずにイライラ防止ができます(注2)。
さて、現代では新しいタイプのイライラが登場してきました。「紛争解決は暴力ではなく理性で行え」と言われますが、この「理性」を発揮するのにイライラが伴うのです。
理性を発揮するには、複雑な物事を論理的かつシステマティックに考えないといけません。そのときに主に使われるのが、額のすぐ裏側にある脳部分「前頭前野」です。この部分は、人類において進化した「もっとも新しい脳(注3)」であり、いわば「進化中の脳」なのです。


つまり、現代社会は理性を重視するようになったものの、人間は理性を十分には発揮できないのです。思うようにならない科学的な理由があるので、しょうがないと言えます。

注2:ヨガの瞑想(めいそう)や仏教の坐禅(ざぜん)で知られている「心を落ち着かせる方法」でもある。

注3:胎児の初期に魚のような体形のときがあると聞いたことがある方もいるだろう。胎児は、生物進化の過程をたどって成長する。だから、新しい脳はもっとも後になって発達する。
■イライラの先に待っていること
それなのに、現代社会では教育によって理性を育てようとしています。若者が勉強嫌いになるのもうなずけます。なにせ、前頭前野は「もっとも新しい脳」であるがゆえに、子ども時代のそれは完成からほど遠いのです。私たちはみな、そして若者はとくに、勉強しようとすればするほど、思い通りにならない自分にイライラするのは仕方のないことです。
この際だから、イライラを楽しんじゃいましょう。イライラするのは、前頭前野に刺激が加わっているということです。

理性が発達しているんですから、いいことなんです。新しい趣味や仕事を始めると、思い通りにいかずイライラしますよね。それでも、やがて慣れてうまくこなせるようになります。イライラの先には楽しいことが待っているのです。
「だったら最初からイライラが楽しければよかったのに」と思いませんか。じつは古い脳が、理性を使うのを妨害するからイライラするのです。理性はじっくり考える状態を作るので、身体が無防備になりやすく、警戒すべき状況をもたらします。そこで、過酷な自然環境で進化してきた古い脳は、考える作業は適当に切り上げようと、イライラを発動するのです。
もはや、危険な状況はほとんどなくなったので、イライラはいいことにしちゃいましょう。
【悩んでもしょうがないことリスト:イライラする】

・問題を暴力で解決せずに理性で抑えようとするときイライラが生じる。

・理性を司(つかさど)る前頭前野はまだ進化の途中。だから理性を十分に発揮できない。


・イライラしたら、ため息をついたり、長く息を吐いたりして、脳の興奮を鎮める。
■300万年前から不変の「人が嫉妬する理由」
嫉妬がよく見られるのは、弟や妹が生まれた上の子です。母親の愛情や食べ物の分け前が減ると、自分の存在をアピールし始めます。時には、甘えを見せたり「幼児返り」を起こしたりします。母親もそれに気づき、上の子の甘えに付き合ってあげたりします。
嫉妬をする目的は、自分に来るはずの資源がほかの人へ行ってしまった状態を回復することです。
家族などの血縁関係ならば、たがいに助け合って食料などを共有することも多いので、分け前に不満を抱いて嫉妬する効果は大きいです。嫉妬に気づいた人が、再配分してくれます。
動物にも嫉妬に似た行動が見られますが、基本それらは資源をめぐる戦いです。人間のように嫉妬をアピールして、再配分を促す行為はありません。
人間に嫉妬が生まれたのは、嫉妬が有効に働く生活を送っていたからです。約300万年前から数万年前まで続いた狩猟採集時代の人類は、100人程度の小集団で協力活動をしていました(注4)。

集団のメンバーは一蓮托生(いちれんたくしょう)の仲間であり、狩猟も採集もメンバー同士が集まって協力して進めていました。大型動物がとれれば、みんなで公平に分けていたのです。
狩猟採集時代の人類は、こうして公平感や平等感を培いました。嫉妬はその裏返しなのです。嫉妬をアピールすれば「あ、公平ではなかったかな」と配分の是正が生じるのです。
つまり、嫉妬に効果があるのは、協力集団の仲間に対してなのです。

注4:アフリカの草原環境では周囲に十分な食料がなく、一カ所に多くの人々は生活できなかった。人類学者のロビン・ダンバーは最大で150人だったと見積もっている(『友達の数は何人?』インターシフト)
■SNS時代の嫉妬は「勘違い」だらけ
ところが、文明社会になって、一蓮托生の協力集団は失われてきました。よくも悪くも個人主義の社会になったのです。だから、自分がもらうはずの賞金を誰かが獲得してしまっても、くやしいけれど「後のまつり」です。
ただ、自分と一緒に活動して、たがいに助け合い、教え合ってきた仲間が賞金を獲得した場合は違います。賞金を獲得した人は、その仲間たちと賞金を分け合ったり、賞金をもとに「これまでの支援に感謝する会」を開いたりする必要があるのです。

それをしないで「ひとり占め」をしたならば、嫉妬によって圧力をかけることには意義があります。またそれは、道徳的にも妥当な行為です。
ところが今日では、仲間ではない誰かが「一発当てた」といった成功談がSNSなどを通じてわかる時代です。ふだんからその人のSNSを見て「いいね」などと応援をしていると、仲間意識が生まれますが、自分だけの勝手な仲間意識です。そして、その人が成功したとなると、嫉妬が生まれてしまうのです。
こうした嫉妬は、勘違いです。仲間ではないので、再配分は行われません。文明の時代には、嫉妬の意義がある場面はなくなりつつあるのです。
【悩んでもしょうがないことリスト:嫉妬する】

・嫉妬は、資源の再配分をアピールするために起こる。

・文明社会では、仲間でない人にも嫉妬が発動する。

・SNS上の仲間意識は「勘違い」。本来、嫉妬するには値しない。

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石川 幹人(いしかわ・まさと)

明治大学 情報コミュニケーション学部 教授

1959年東京生まれ。東京工業大学(現・東京科学大学)理学部応用物理学科(生物物理学)卒。同大学院物理情報工学専攻修了。企業の研究所や政府系シンクタンクを経て、1997年に明治大学に赴任。専門は認知科学で、生物学と脳科学と心理学の学際領域研究を長年手がけている。主な著書に『職場のざんねんな人図鑑』(技術評論社)、『人はなぜだまされるのか~進化心理学が解き明かす“心”の不思議』(講談社ブルーバックス)、『人は感情によって進化した~人類を生き残らせた心の仕組み』(ディスカヴァー携書)などがある。

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(明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 石川 幹人)
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