6月中旬、ロシア・モスクワ近郊がウクライナのドローン攻撃の標的になった。首都圏エネルギー供給の要衝を突かれ、プーチン大統領は「ウクライナ軍の攻撃はロシア経済を傷つけている」と公に認めた。
ロシア軍が一夜に555機のドローンを撃墜してもなお守り切れなかった、“ロシアの急所”とは――。
■クレムリンから15キロ先で上がった火柱
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が執務する拠点の一つであるクレムリンから、距離にしてわずか約15キロメートル。6月18日、モスクワ製油所が巨大な火柱を上げた。
ロシアのメディアが公開した映像には、首都の空を呑み込む黒煙が映っている。住民からは、街路に真っ黒な「石油の雨」が降り注いだとの報告も相次いだ。英BBCは、燃料タンクの巨大なフタが数十メートル上空に舞う衝撃的な映像を伝えた。
ウクライナはこの大型製油所を、わずか1週間で2度攻撃している。CBSニュースによると、最初に被弾したのは6月16日。炎上したものの、即座に消し止めたと当局は説明していた。
ところが2日後、再びドローンの直撃を受け、大規模火災が起きる。今度は消し止められなかった。一連の攻撃は、2022年のロシアによる全面侵攻以降、ウクライナによる最大級のドローン攻撃となった。

ウクライナのゼレンスキー大統領は記者団に宛てたWhatsAppの音声メッセージで、「大切なのは、ロシア国民がこの戦争を仕掛けているのはプーチンひとりであり、すべてのツケを払っているのは一般の人々だと気づき始めることだ」と呼びかけた。
こうした波状攻撃で、ロシアの石油産業は機能不全に陥った。世界第3位の産油国でありながら、モスクワ首都圏ではついにガソリンの給油制限が始まっている。
■「555機」を撃墜しても守れなかった急所
6月18日の攻撃では、モスクワの街が黒煙に覆い尽くされた。
カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラによると、住民からは、「油の雨が降った」「あらゆる表面が黒いすすで覆われた」との報告が相次いでいる。前線から遠く離れたはずの首都で、住民たちは戦争の当事者国であることを肌で感じ始めている。
ウクライナ軍参謀本部の発表によれば、同製油所の製品はモスクワ首都圏の燃料消費の38%超を賄う。近隣の4つの空港への航空燃料供給も、この製油所が一手に担っていた。首都圏のエネルギー供給が集中する、いわば急所だった。
製油所は操業停止に追い込まれた。モスクワ周辺では汚染の影響で6空港が閉鎖され、多数の便が欠航している。
ロシア国防省によれば、一夜で撃墜したウクライナのドローンは555機。
うち約200機はモスクワ近郊で迎撃したという。それだけ撃ち落としてなお、首都圏の燃料供給の生命線は守り切れなかった。
このほか、ロシア中部の製油施設が軒並み、ドローン攻撃のターゲットとなっている。ロイター通信は5月、同地域の主要な製油所のほぼすべてが、操業停止か生産縮小に追い込まれたと報じた。
同通信によると、操業を全面または一部停止した製油所の処理能力は合わせて年間8300万トン超。1日あたり約23万8000トンにのぼり、ロシアの製油能力全体のおよそ4分の1にあたる。
なかでもロシア西部にあるキリシ製油所はロシア最大級の施設で、年間処理能力は2000万トンに達する。5月5日を最後に、操業は完全に止まったままだ。
■100キロ先まで届いた黒煙
モスクワの南東約185キロメートルの距離にある、リャザンの街。製油所への攻撃で、住民の暮らしは大きな打撃を受けた。
ロシア独立系英字紙のモスクワ・タイムズによると、5月の大規模なドローン攻撃では少なくとも4人が死亡。子どもを含む数十人が負傷した。
リャザン州のパベル・マルコフ知事によれば、ドローンは2棟のアパートと産業施設を直撃している。
標的となった産業施設は、国営石油大手ロスネフチが運営するリャザン石油精製所で、年間約1700万トンの原油を処理していた。
現場上空には巨大な煙の柱と激しい炎が立ち上った。NASAの衛星画像には、黒煙が隣接するタンボフ州まで100キロメートル以上にわたって広がる様子が映し出されている。日本で例えるならば、東京から富士山の麓、御殿場まで届くほどの距離だ。
リャザン在住の27歳のオルガさんが、同紙の取材に当時の様子を語っている。攻撃は「非常に大きな音」で、近所の窓ガラスがびりびりと震え、車のアラームが一斉に鳴り出したという。
「精製所に勤める親族がいる友人から聞いたのですが、攻撃が100回以上あったそうです。従業員は出勤しないよう言われたと」
通信アプリのテレグラムのニュースチャンネルでは、黒い油混じりの雨が街路に降り注いだとされる画像が拡散した。リャザン州のパベル・マルコフ知事は安全上の理由から、市内一部地区の学校や幼稚園に閉鎖を命じている。
■国家財政を蝕む「精製能力の低下」
なぜ、ここへ来て多くの製油所で精製能力が失われているのか。その理由は、ウクライナがドローン戦略を根本から変えたことにある。

コモディティ市場データ分析企業のクプラーは昨年12月、「ウクライナの製油所の狙い方は根本的に変わった」と報じた。単発の攻撃成功でよしとせず、戦略上重要な製油所を繰り返し叩き、ロシアの精製システム全体をじわじわと締め上げる戦略へとシフトしたという。
ウクライナは製油所を攻撃した後、修理が始まったころを見計らい、復旧が終わる前に再び攻撃する。これを2~3週間おきに繰り返す。ロシア側はそのたびに修復箇所が増え、やがて追いつかなくなる。安定して稼働させない戦略だ。
ロイターが指摘するように、ロシアの歳入のおよそ4分の1は、石油・ガス関連の税収だ。精製能力が削られるほど、国民の暮らしだけでなく、国家の財政が蝕まれていく。
■モスクワで始まったガソリンの給油制限
製油所への相次ぐ攻撃を受け、ロシア国内の燃料供給は目に見えて揺らぎ始めた。これまで戦争とはほぼ無縁であった大都市も、ついにその余波を免れなくなっている。
モスクワ・タイムズが6月15日に伝えたところでは、ロシア第5位の石油会社タトネフチは、首都圏を含む全国約800カ所のスタンドで、給油制限に踏み切った。数日前のドローン攻撃を受けてのことだ。

ロイター通信によると、モスクワ南部ではガソリン20リットル、軽油40リットルという上限が課されている。給油制限の報を受け、タトネフチ株はモスクワ取引所で3%超下落した。
これとは別に、ラトビアに拠点を構えるロシア語独立紙のノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパによると、5月末にはモスクワの地域事業者ORTKが、ガソリン1回60リットル、軽油100リットルの購入上限を導入している。大手のルクオイルとガスプロムも、1顧客あたり100~150リットルの上限を設けた。
アルジャジーラによると、ロスネフチも90リットルの給油制限を導入し、携行缶へのガソリン販売を禁止している。買いだめを警戒した措置とみられる。公式には「季節需要の増加」を理由に掲げるが、実際には供給危機を見据えての防衛策であることは明らかだ。
サンクトペテルブルクも例外ではない。ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパによると、近郊のキリシ製油所はウクライナのドローン攻撃を繰り返し受けており、ロイター通信によれば5月5日以降、操業は完全に停止したままだ。子会社のキリシアフトサービスが、一部スタンドで1顧客あたり50リットルの制限に踏み切った。
■「2日間給油できていない」住民の悲鳴
首都圏よりさらに深刻な事態に陥っているのが、ロシアが2014年に併合したクリミア半島だ。
モスクワ・タイムズによると、ロシアが任命したクリミアのセルゲイ・アクショーノフ知事は6月初め、ガソリンの現金販売を全面的に停止すると表明した。

代わりに導入していた燃料バウチャーも新規発行を打ち切り、「近いうちに再発行することはない」という。市民は燃料を手に入れる手段を、次々と奪われていく。同知事は、不足が少なくとも7月まで続く可能性があるとも警告していた。
すでにバウチャーを持つドライバーでさえ、買えるのは1台あたり20リットルまでに制限されている。当局はすべてのスタンドに人員を張りつかせ、ナンバープレートを逐一記録する入念な対策を実施中だ。
当局が統制を強める一方で、市民は切実な状況に追い込まれている。ポーランド公共放送国際ニュースチャンネルのTVPワールドがロイターの取材を引いて報じたところでは、最大都市セヴァストポリ在住のオクサナ・センチェンコさんは、「もう2日間、給油できていない」と窮状を訴える。「市内を走り回ってみたが、オクタン価92(レギュラー相当)も95(ハイオク相当)も、ガソリンがどこにもない」と彼女は言う。
ロシアが任命したセヴァストポリのミハイル・ラズヴォジャエフ知事は、テレグラムの投稿で、燃料備蓄の増強に「昼夜を問わず」取り組んでいると強調した。
調達が困難となった原因については「安全対策の強化と物流ルートの最適化の必要性」によるものだと述べるにとどめ、具体的な説明を避けた。
■プーチンが認めた「経済への打撃」
こうした現実を前に、プーチン大統領が珍しく弱みを見せた。ウクライナの攻撃で自国経済が打撃を受けていると、公の場で認めたのである。
6月18日の攻撃でモスクワの製油所が大規模な火災に見舞われると、プーチン氏は「ウクライナ軍の攻撃はロシア経済を傷つけている」と認めた。
アルジャジーラによるとプーチン氏は、「敵は社会を分断し経済的打撃を与えるため、航空機型無人機の使用を増やしている」と言及。ただし、「すべては素早く回復している」と付け加え、楽観的な見通しを国民に示した。
だが、そんな強弁を裏づける現実はどこにもない。ほかならぬロシアのエネルギー省がガソリン不足を認め、ドローン攻撃を原因に挙げたと、モスクワ・タイムズは報じている。
ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパによると、クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官も先月、「特定の地域で」生産が低下した可能性を認めていた。ただしその際、ペスコフ氏は「全国的な燃料不足のリスクはない」と主張していた。
実際には「特定の地域」どころの話ではない。アルジャジーラが引用した独立系メディア「ザ・ベル」によれば、すでにロシアの行政区画の半数以上にあたる53の地域と占領下のウクライナにまで、ガソリンの配給制が敷かれている。
4月以降、ロシアはガソリン輸出を全面禁止し、航空燃料の輸出禁止にも踏み切った。
■戦費を注ぐほど弱体化していく
今年4月、プーチン氏は政府高官をクレムリンに呼びつけた。製造業も工業生産も建設も、すべて前年比マイナスだと数字を突きつけ、異例の叱責を浴びせたのだ。
これ以前にもロイター通信によると、プーチン氏は今年1~2月にロシア経済が1.8%縮小したと認めている。2023年に4.1%、2024年に4.9%と高成長を謳歌してきたロシアだが、昨年は1%にまで減速した。
国庫の柱である石油・天然ガス収入の落ち込みも大きい。独立系ロシア語ニュースサイトのメデューザが報じたロシア財務省のデータによれば、2026年第1四半期の石油ガス収入は、前年同期比45.4%の急落。歳入全体も8.2%縮んだ。
一方で、歳出は17%増加している。わずか3カ月で財政赤字は4兆5800億ルーブル(GDP比1.9%。日本円で約9兆5700億円。7月1日現在のレート、1ルーブル2.09円で換算、以下同)に膨らみ、通年で3兆7900億ルーブル(同1.6%。約7兆9200億円)の赤字に抑える目標だったが、これを早々に突破した。
それでもロシアは軍事費を膨らませ続けている。アルジャジーラが報じたドイツ国際政治安全保障研究所のロシア経済専門家、ヤニス・クルーゲ氏の分析では、第1四半期の国防費は前年同期比で30%増えた。GDP比では、昨年の7.8%から今年は6.2%に抑える計画だったが、実際には10%に達する勢いで、歳入の実に3分の2を軍事費に注ぎ込んでいる計算になる。
ロシアは戦争に資金を注ぎ込み続けているが、その戦争によって国家収入の生命線である石油インフラは破壊されていく。ロシアは、戦費を強化するほど自らの収入源を失っていく悪循環に陥っている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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