※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■高齢者に「集団自決」を求める識者が人気者に
前頭葉が弱って感情のコントロールができなくなっているのは高齢者だけではなく、日本社会全体の問題です。しかも「共感脳」タイプが出世する試験制度により、現代は合理的・科学的な思考力の弱いエリートが増えています。
一方、庶民の多くは「為せば成る」という意欲を失い、満たされない自己愛を抱えて、エンビー型(「自分が持っていないものを持っている他人」に向けられる羨望や嫉妬の感情)の嫉妬心を「攻撃しやすい弱者」にぶつけるようになりました。
それが「みんなと同じ」でいたがるシゾフレ(「シゾフレニア」=統合失調症を略したもの)的な心理と相まって、一斉に同じ「敵」を叩くという攻撃性に満ちた空気をつくり出しているのです。
そんな世の中でバッシングを受けている高齢者は、むしろ被害者のようなものでしょう。
たしかに高齢になると前頭葉が萎縮してキレやすくなるので、カスハラやモラハラなどの迷惑行為をしてしまうことはあります。でも、そういう人がいるのは、どの年齢層も同じこと。高齢者の起こす騒動だけを捉えて「いまどきの年寄りは」と文句をつけるのは、針小棒大というものです。
しかも、叩かれるのは高齢者の迷惑行為だけではありません。
その代表格は、2021年12月に経済学者の某氏がインターネットテレビ局「ABEMA」で発したこの言葉でしょう。
「(老害をなくすための)唯一の解決策ははっきりしていると思っていて、結局、高齢者の集団自決、集団切腹みたいなことしかない」
■「高齢者は集団自決すべし」が支持される理由
この発言は大いに物議を醸し、米国紙「ニューヨーク・タイムズ」でも報じられました。たとえ「自決」や「切腹」といった表現が「重要な地位からの引退」の比喩だとしても、きわめて乱暴な発言です。
それも「集団」自決というのですから、某氏はすべての高齢者をひとくくりに「老害」扱いし、その自決を提案しています。社会的な影響力のある人物に許される発言ではありません。
ところが、こんな暴言を吐く人間がいまだにマスメディアに顔を出し、社会問題に関するコメントを発信し続けています。そこがいちばんの問題でしょう。彼の発言に対する賛同や擁護の声も少なからずあり、メディアにとっては「数字の取れる人気者」だからこそ、出演や執筆の依頼が絶えないわけです。
こんな世の中が、高齢者にとって暮らしやすいはずがありません。いまの日本社会には、高齢者を「老害」「邪魔者」「社会のお荷物」などと見なして敵対的な視線を向け、某氏の発言に拍手を送るような人々がたくさんいます。
もちろん、それとは正反対に、高齢者に親身で、共感を持ってくれる人々も大勢いるでしょう。
高齢者を敵視する空気を肯定し、常に攻撃対象を求める人々の同調圧力を強めたという意味でも、某氏の発言はじつに罪深いものでした。
■高齢者を「老害」扱いする態度こそが真の老害
そうやって「アンチ高齢者」的な空気が強まる中で、「老害」という言葉を安易に口にする人も増えたような印象があります。昔は、強い決定権を持つ会社のトップや政治家などが高齢になると、しばしば「老害」と評されました。思考力や情報収集力が衰えているのに、周囲の進言にも耳を貸さずに時代遅れの考えを押しつけたりするのは、たしかに組織にとって「害」だったかもしれません。
しかし近年は、高齢者の迷惑行為全般が「老害」だと思っている人も多いのではないでしょうか。さらにいえば、具体的な迷惑行為があろうがなかろうが、高齢者の存在そのものが自分たちにとっての「害」だと信じている人も少なからずいそうです。
こうなると、もはや「老害」という言葉がインフレを起こしているといわざるを得ません。そのため高齢者の中には、「老害恐怖症」のような心理状態になっている人も少なからずいるように思います。何かの拍子に「老害」扱いされるのではないかと、ビクビクしながら暮らしているのです。
■「老害コール」が激しくなる世の中
実際、いまの社会では、高齢者がうっかり人に迷惑をかけてしまっただけでも、すぐに「また老害だ!」などと攻撃されかねません。それが怖いので、「老害恐怖症」の高齢者たちは、日頃から失敗や失言などをしないよう、なるべく静かに、おとなしく過ごすことを心がけています。
たとえば、70歳以上の高齢運転者用のもみじマーク(高齢運転者標識)をつけた車の走り方。制限速度よりも遅いスピードでゆっくり走る車が多いのですが、あれは老いのせいで反射神経が鈍り、スピードが出しにくくなっているだけではないでしょうか。高齢者が事故を起こすたびに大きく報道され、世間の「老害コール」が激しくなるので、「絶対に事故を起こしてはいけない」と緊張し、必要以上に慎重な運転になっているのだと思います。
■「老害」扱いの言動が「キレる年寄り」を作る
世の中の高齢者の大半は「キレる年寄り」などではなく、そうやって批判や攻撃を恐れながら遠慮がちに生きている善良な市民でしょう。
でも、そんな日々はどう考えてもストレスが溜まります。古き良き時代の「敬老精神」などすっかり失われ、逆に自分たちを排除しようとする空気ばかり感じるのですから、我慢が限界に達して怒りっぽくなる人が出てくるのも無理はありません。その怒りをコントロールできない人が「キレる年寄り」になるのです。
高齢者をひとまとめに「老害」扱いする言動が目立つせいで「キレる年寄り」が出現し、それを見た世間が「ほら、やっぱり老害だ」と納得するのです。
したがって、「キレる年寄り」を生んでいるのは、高齢者を敬うことを忘れ、逆に厳しい言葉や冷たい態度で接している日本社会にほかなりません。このような排他的な攻撃性が蔓延しているのは、日本社会そのものが老化して「前頭葉バカ」になっているせいです。
そう考えると、「老害」という言葉を別の方向に拡大解釈したくもなってきます。真の老害は「キレる年寄り」などではありません。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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