※本稿は、長尾義弘『老後不安は「思い込み」が9割』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■「1億円もあるのに不安で眠れない」
こんな相談があったそうです。「老後資金が1億円あるのに、不安で夜も眠れないんです」え? 1億円ですよ? こっちは「少し分けてください」と言いたくなる金額です。てっきり相続トラブルか何かかと思いきや、理由はまったく違いました。
「預金がどんどん減っていくのが怖い」これなんです。その方は70歳の女性。遺族年金が年350万円あります。でも生活費は年間500万円。つまり毎年150万円を貯金から取り崩しています。1億円ありますが、毎年150万円ずつ減っていく。通帳の残高が、少しずつ、でも確実に減っていく。
それを見るたびに、「このまま減り続けたらどうなるの?」と不安になる。夜も眠れない。気持ちは、わからなくもありません。でも、ちょっと冷静に計算してみましょう。1億円を毎年150万円ずつ取り崩すと、約66年もちます。66年ですよ。
70歳からなら、136歳まで。普通に考えれば、まったく心配いりません。それでも不安になる。なぜか。人は、「お金が減る」という現象そのものに恐怖を感じる生き物だからです。残高が増えていれば安心。
■「足りない財布」から「減らない財布」へ
だから、どれだけお金を持っていても、「減り続ける財布」を見ている限り、安心できません。ここで「収支のバランス」が大事になってきます。公的年金は、奇数月の15日に2か月分が振り込まれます。もし年金だけで生活費がちょうどまかなえるなら、財布の中身がちょうど減ってきた頃に、また入ってくる。
使っても、また入る。使っても、また入る。これが「減らない財布」です。一方、65歳からそのまま年金を受け取ると、生活費に少し足りないケースが多い。毎月ほんの少し赤字になる。するとどうなるか。
金額が大きくても小さくても、減り続ける構造になっている限り、不安は消えません。だからこそ、年金を繰下げて受給額を増やし、できるだけ収支をトントンに近づける。そうすれば、「減らない財布」が手に入ります。老後の安心は、「いくら持っているか」ではなく、「毎年の収支がどうなっているか」で決まります。1億円あっても不安な人がいる。
でも、収支が安定していれば、そこまで大きな資産がなくても安心できる。ここが、老後不安を解消するポイントなんです。
■使わずに死ぬのは「タダ働き」のようなもの
相続人がいなくて、財産がそのまま国庫に入る。2024年度はその額が約1300億円になったそうです。10年前の約3倍です。
「自分のお金は、自分で使いたい」でも、おひとり様で相続人がいなければ、最終的には国庫に入ります。「三途の川も金次第」とは言いますが、三途の川までお金は持っていけません。一生懸命働いて貯めたお金を、ほとんど使わずに人生を終える。
ちょっと切なくないですか。そのお金、どうやって貯めましたか? 若いころから何万時間も働いて、コツコツ積み上げたお金ですよね。それをほとんど使わずに終わるということは、極端に言えば「タダ働き」したのと同じ、という見方もできなくはありません。
もちろん、お金があることで安心は買えました。
■80代の人が老後を心配するという滑稽
お金は人を助けることもあれば、揉めさせることもあります。そもそも「老後資金」というのは、老後に使うために貯めてきたお金のはずです。若いころから「老後に備えて」と言われ、2000万円必要だ、いや4000万円だとあおられ、一生懸命3000万円を準備できた。
「これで安心だ」と思ったはずなのに、いざ老後になると今度はこうなる。「いつまで生きるかわからないから、使えない」
結局、生活の質を落として年金だけで暮らし、老後資金はほとんど手つかず。年に一度くらい旅行に行けそうなのに、「もったいない」とやめてしまう。なかには、年金を使い切れず、資産が少しずつ増え、亡くなるときがいちばんお金を持っていた、なんてケースもあります。
笑い話みたいですが、現実にある話です。
1990年代に話題になった、100歳を超えて元気だった「きんさんぎんさん」。テレビ出演料の使い道を聞かれて、「老後のために貯金します」と答えたのは有名な話です。高齢になると、ますますお金を使えなくなる。
■一番の理想は亡くなるときに「資産ゼロ」
これ、けっこうリアルです。じつは、「自分のお金を自分のために使う」というのは、思っているより難しい。いざ使おうとすると、「これでいいのかな」と迷う。有効に使うってどういうこと? と立ち止まる。それに、通帳の残高が減っていくのはやっぱり怖い。いつまで生きるかわからないのに、数字が減るのを見るのは、なかなかのストレスです。
でも、だからといって生活の質を落としてまで使わないのは、本末転倒ではないでしょうか。これからは、少しマインドチェンジが必要です。「死ぬときに資産ゼロでもいい」むしろ、それを目指すくらいでちょうどいいのかもしれません。
お金を墓場まで持っていくことはできません。だったら、生きている間に「生き金」として使う。自分の生活を豊かにするために使う。経験に使う。健康に使う。人との時間に使う。そのほうが、きっと後悔は少ないはずです。老後不安の9割は、お金が「減ること」への恐怖です。
でも、本当に怖いのは、「使わないまま終わること」かもしれません。せっかく積み上げたお金です。最後は、自分の人生を豊かにするために、ちゃんと使い切りましょう。
■節約と引き換えに失った人間関係
内閣府の「経済財政白書」(2024年度)によると、金融資産は60~64歳でピークを迎え、平均1800万円超になるそうです。
「やっぱり退職金が入るから増えるんだな」と思いますよね。でも、もっと興味深いのはその後です。85歳をすぎても1500万円超を保有していて、減少率はわずか15%ほど。……え? ほとんど減っていない。つまり、多くの人が「老後資金」をあまり使っていないということです。せっかく老後のために貯めたお金なのに、です。
もちろん、慎重になる気持ちはわかります。でも、「使わなかったことで生まれる不幸」もあるんです。いくつか、よくある話をしてみましょう。Cさんは、近所の電気屋さんでエアコンを買いました。取り付けまでお願いして、いざ支払いのときに「ちょっと高すぎるんじゃない?」と値下げ交渉。たしかに、家電量販店と比べれば割高だったのかもしれません。
でも、そのひと言で電気屋さんの機嫌を損ねてしまい、それ以降なんとなく疎遠に。それまでは、電球が切れればすぐ来てくれたし、ちょっとした不具合も気軽に頼めた。顔なじみの安心感があった。数千円、数万円の節約と引き換えに、その関係を失ってしまったとしたら……。どちらが得だったのでしょうか。
■孫に「もう家に行きたくない」と言われる
Dさんの家は、昔ながらの木造住宅。隙間風があって、冬は寒く、夏は暑い。しかも物が多くて、どうしてもホコリっぽい。孫が遊びに来ても、「寒い」「なんかホコリっぽい」と落ち着かない様子。
トイレにウォシュレットもなくて、「もう行きたくない」と言われてしまう。エアコンの買い替えやリフォームを「まだ使えるから」と先延ばしにした結果、家の快適さが下がり、孫の足が遠のく。これ、ちょっと切ないですよね。
Eさんは「できるだけ子どもに財産を残したい」と考え、老後もずっと節約生活を続けました。外食も控え、旅行も我慢。自分の楽しみよりも、「残すこと」を優先しました。でも、いざ相続になると――兄は「マンションを買うときにお父さんに援助してもらったよね」と言い、弟は「介護はこっちが中心だったんだから、その分は考えてほしい」と言う。
遺産があることで、かえって争いの火種になってしまうこともあります。
もし葬儀費用くらいを残して、あとは気持ちよく使い切っていたら、争いは起きなかったかもしれません。Fさん夫婦は共働きでした。いまはふたり暮らしで、夫の年金が月19万円、妻が17万円。合計36万円です。老後資金も退職金などを合わせて3500万円あります。
■家計の収支がわかってないから不安になる
数字だけ見れば、かなりしっかりした家計です。標準的な生活なら十分ですし、旅行だって楽しめそうです。それでも、ご夫婦は言います。「なんとなく不安で、お金が使えない」なぜでしょうか。じつは、「自分たちにいくらあって、毎月いくら使っているのか」をきちんと把握していないから。さらに、公的年金の仕組みもなんとなくしか理解していない。
つまり、将来の見通しが立っていないのです。ゴールが見えないマラソンは怖い。お金も同じです。本当に足りるのかがわからないから、使うのが怖い。だから、とりあえず我慢する。でも、収入と支出をきちんと整理して、「このペースなら大丈夫」と見通しが立てば、気持ちはぐっと楽になり、使えるようになります。不安は「お金がない」ことから生まれるとは限りません。
「わからない」ことから生まれるのです。節約はたしかに美徳です。でも、行きすぎると人生の楽しみまで削ってしまう。老後資金は、眺めるためのお金ではありません。安心しながら、上手に使うためのお金です。貯める力も大事ですが、それと同じくらい「使う力」も大事。バランスの取れたお金の使い方こそが、老後を豊かにするカギなのだと思います。
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長尾 義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP
徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『こんな保険には入るな!』(廣済堂出版)、『とっくに50代 老後のお金どう作ればいいですか?』(青春出版社)、監修書には年度版シリーズ『NEW よい保険・悪い保険』(徳間書店)など多数。
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(NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP 長尾 義弘)

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