■誰よりもフジの責任が大きい
佐藤二朗さんと橋本愛さんを巡る一連の騒動について、私は「週刊文春」がこのニュースを報じた、かなり早い段階から「何よりもフジテレビの責任が大きい」と指摘してきました。当初、メディアの論調は「フジテレビにも多少の責任はある」という程度のものが目立ちましたが、フジテレビが2回目のコメント「当社ドラマ制作に関するご説明」を発表した現在、潮目が変わってきたように感じます。
今回の件がハラスメントに該当するのか、当事者であるお二人のどちらの主張が正しいのか、現段階で断じるつもりは一切ありません。佐藤さん側と橋本さん側の主張は食い違っており、ネット上ではすでに「どちらが悪い」の断罪合戦が過熱していますが、詳細はこれから分かってくるでしょう。そこで、当事者への判断は保留した上でなお、フジテレビの責任は動かない、と私は考えています。
なぜか。これはフジテレビが制作するドラマの、フジテレビが管轄する撮影現場や楽屋の界隈で起きた出来事だからです。2025年に発覚した中居正広さんの問題では、事件が起きたのが自宅であり、「業務中と言えるのかどうか」という論点がありましたが、今回はまぎれもなく制作現場そのもの。まず問われるべきは当該局の管理責任です。しかも、前回、社長が交代するほどの問題を起こした局が、またこういうことになった。元テレビ局員としては、正直、信じられないという思いがありました。
■どこかひとごとだった初期対応
フジテレビの初期対応を振り返ると、コンプライアンス(法令遵守)の手続き自体は踏んでいるのです。
しかし、「週刊文春」の報道が出て、バタバタと慌てて出した最初のコメントがよくなかった。私が最大の誤りだと思うのは、まず「お詫び」から入らなかったことです。自社ドラマの話であるにもかかわらず、文春と“男性俳優”を非難するという、第三者のような物言いが目立ちました。自分たちの現場でこういう事態を招いてしまった、まずそれを詫びる。そこから始めるべきだったのです。
■フジは結局、俳優たちに謝罪した
結局、7月7日に出した2回目の文書では、男性俳優・女性俳優に対して「お詫び申し上げます」と記載することになりました。厳重注意をしたはずの佐藤二朗さんにも詫びている。文字だけでたどっていっても、これはねじれています。最初の報道発表で言うべきだったお詫びを、批判を浴びてから後出しするという“順番の間違い”が、事態をここまでこじらせた大きな要因だと思います。
対比として分かりやすいのが日本テレビの例です。
文春などのスクープ記事では掲載前に必ず取材や通告をしてくるものです。今回もフジテレビの掲載中止の申し入れにもかかわらず記事が掲載されたことが「遺憾」だったとコメントしており、対策する時間はあったはずです。1回目の報道発表を出す前に、やるべきことはあったでしょう。例えば、フジテレビの清水賢治社長が文春オンラインの公開より早く会見を開くことだってできたはずです。
■現場に「包み込む」力があったか
私はMBS(毎日放送)で15年半、制作と編成の畑を歩いてきました。20代の頃はドラマ担当のアシスタントディレクター、アシスタントプロデューサーでした。現場では大御所女優さんが撮影初日に楽屋で怒って「もう帰る」と言い出したり、売れっ子の俳優が本番でもセリフが入っていないなど、トラブルの連続。
今回の現場はどうだったか。佐藤さんは劇団を主宰し、映画監督も務めてきた方です。座組のリーダーとして振る舞うことが染みついたタイプなのでしょう。初回の放送を見て感動し、その足で橋本さんの楽屋を訪ねた、という前段があるくらいですから、ご本人としてはコミュニケーションを重ねて作品をプラスに持っていこうとしていたのだと思います。一方の橋本さん側には、それが到底受け入れられないものだった。この溝を埋めるのは当事者同士では無理です。だからこそスタッフの出番なのです。
■「途中降板」というカードはあった
佐藤さんが橋本さんの楽屋に行ったことが問題視されましたが、佐藤さんに注意するだけでなく、佐藤さんの話を聞いて、その気持ちも汲んで、撮影が続けられるようにする。
今回、佐藤さんは撮影中に降板を申し出たとXで明かし、局側はドラマの中止も検討したと発表しています。それが事実であるならば、私は降板させるべきだったと思います。
前例がないわけではありません。古くは山口百恵さん主演の人気ドラマ「赤い疑惑」で母親役の八千草薫さんが降板した例もありますし、朝ドラ「春よ、来い」ではヒロインの安田成美さんが途中で中田喜子さんに代わりました。今回、佐藤さんは主役ですから、事実上、ドラマが途中で打ち切りということになったかもしれませんが、それでもいい。発表する際は、「プライバシーに関わる詳細は申し上げられません」「ご本人の意向を尊重し、降板されることになりました」と堂々と発表していれば、視聴者の受け止めは今とはずいぶん違ったはずです。結果論にはなりますが……。
■キャスティングから間違えていた?
ところがフジテレビは、トラブルを抱えたまま最終の11話まで走り切りました。中居さんの問題でもそうでしたが、何か起きたとき、同局には「できるだけ事を小さく収めたい」と考える傾向があるようです。小さく収めようとした結果、かえって問題を長引かせ、大きくしてしまう。番組表を組む編成も経験した人間として言えば、途中で区切りをつける、せめて多くのドラマが最終回とする10話で終わらせる対応は十分に可能でした。決断すべき局面で決断しなかった。ここにもフジテレビの責任があります。
キャスティングについても言及すると、「夫婦別姓刑事」というタイトルとコンセプトの番組なら、本来は最初から「夫婦のセット」で、つまり主演2人のハーモニーを軸に配役を考えるべきでした。ところが、佐藤さんの事務所によると、佐藤さんの出演が決まった後しばらくして橋本さんが妻役になった。佐藤二朗という旬の俳優にGP帯連ドラ初主演をしてもらいたいという思いが先にあり、相手役が後から組み合わされていったように見える。夫婦役の経験があるコンビを起用するなど、より安全な選択肢もあったはずです。
タイトルとコンセプトが決まれば、ドラマ制作部のキャスティングにものを言い、最終的なGOを出すのは編成です。最終決定権がある以上、編成にも責任はある。
■「踊る」から降板させた判断は…
映画『踊る大捜査線 N.E.W.メトロポリスを駆け抜けろ!』(9月18日公開)のスピンオフドラマからの降板についても触れておきます。クランクイン直前にフジテレビ側から降板を求めたとされる対応も、選択ミスだったと思います。佐藤さんは映画本編にはすでに出演を終えていましたが、Xで「映画本編も、僕のところは全てカットしてほしい。(中略)僕は心から、もうフジとは関わりたくないです。」と発信(その後、映画のカットについて前言撤回)。同シリーズの本広克行監督が佐藤さんをフォローする発信をし、「スピンオフの制作再開!」と、フジの決定を超えてポストするなど、事態はいまだ動いていますが……。
俳優の尊厳を守るなら、局から降板を言い渡すのではなく、佐藤さんご自身の答えを待つべきでした。佐藤さんも橋本さんも、間違いなく素晴らしい俳優です。その大事な大事な俳優たちに、フジテレビが傷をつけてはいけないのです。
■コンプライアンスと同様に大事なもの
つまりフジテレビはキャスティング・企画段階、トラブルが発生した撮影初期段階、佐藤さんが降板したいと言った段階、放送終了後の文春報道時、「踊る――」の降板決定時と、少なくとも5回、選択を間違えてしまったのではないでしょうか。
フジテレビには、「(中居さんの事件以後)コンプライアンス研修も徹底した、今回は早めに弁護士も入れた、手続き通りにやった。それなのになぜこれほど批判されるのか」と感じている人が少なからずいるかもしれません。あえて厳しい言い方をしますが、もしそう思っているなら、それは考え違いです。
法令遵守、教科書通りの対応。それはできていた。しかし、テレビ局は一般企業とは違います。商売の相手はすべて生身の人間、それもとびきり個性の強い人間たちです。現場の空気を読み、相手の感情を汲み、状況を俯瞰して対話でトラブルを解決していく。マニュアルなどにはまとめられず、先輩から後輩へ口伝えで受け継ぐしかない「大事なもの」が、この業界にはあるのです。
■腹を割って対話することが大切
今回の件は、業界のど真ん中にいるはずのフジテレビがそれを分かっていなかった、という盲点をさらけ出しました。清水社長の下で生まれ変わろうと一歩一歩改革を進めてきたことは、私も評価してきただけに、その努力が台無しになってしまったことが本当に悔やまれます。
テレビ局のプロデューサーやディレクターは、突き詰めればサラリーマンです。大学を出て入社した若手が、百戦錬磨のタレントやマネジメントサイドといきなり互角に渡り合えるはずがない。だからこそ、時に厳しいことも言い合い、泣かされながらも信頼を積み上げる、人間関係のマネジメントが不可欠なのです。佐藤さんに対して「お気持ちは分かる。でも今回は難しい。その代わり次は必ず」。そう腹を割って言える人間が、あの現場にいたのかどうか。おそらく、いなかったのでしょう。
事実関係の全容はこれから明らかになります。私たちはその報告を冷静に待つべきです。ただ一つ、今の時点で確かなことがある。この問題の中心には、フジテレビのいまだ変わらない体質がある、ということです。
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影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授/コラムニスト
早稲田大学政治経済学部卒、関西学院大学大学院文学研究科博士課程中退毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職。専門は「メディアエンターテインメント論」。朝日放送(ABC)ラジオ番組審議会委員長 /スポーツチャンネルGAORA番組審議会副委員長 日本笑い学会理事/「影山貴彦のテレビ燦々」(毎日新聞)等コラム連載。著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」「テレビのゆくえ」「おっさん力」など。
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(同志社女子大学メディア創造学科教授/コラムニスト 影山 貴彦)

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