皇族数の確保策を盛り込んだ皇室典範改正案は、今国会中に成立する可能性が高い。歴史評論家の香原斗志さんは「そもそも男系男子による皇位継承は、日本史上で長く意識されてきたものではない。
男女を問わず第一子に皇位継承権をあたえるのが、いちばん合理的で、皇統が途絶えるリスクがもっとも低い」という――。
■女性天皇について議論さえしなかった高市政権
敬宮愛子内親王、すなわち愛子さまには皇位継承の資格がない。日本国憲法で〈皇位は、世襲のものであって〉と定められているが、世襲のための具体的なルールは皇室典範にゆだねられている。その皇室典範は、第1条で〈皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する〉と定めている。
〈男系の男子〉とは父方の血筋を引く男子で、愛子さまも父方の血を引くが、女子なので該当しない。皇室典範のこの規定をあらためないかぎり、愛子さまが天皇になられる可能性はなく、今回の皇室典範改正の議論では、この点の改訂に関しては議論さえされなかった。
高市早苗内閣は男系男子による皇位継承にこだわっており、議論を拒んで方針を堅持した恰好だ。しかし、各メディアの世論調査では、愛子さまが天皇になられることを支持する人の率は、60%から時に90%にまで達している。高まる愛子天皇待望論に目もくれない政府に対しては、「国民の総意を無視している」という批判も湧き上がっている。
筆者も愛子天皇が望ましいと思っている。「国民の総意」という議論に即していうなら、国民の支持率が高い人が即位したほうが、国民と皇室の関係が良好にたもたれ、象徴天皇制の安定に寄与すると思う。だが一方で、皇位継承は人気投票ではない。
人気を優先して天皇を決めていたら、皇位継承のルールが歪みかねず、そうなれば将来に禍根を残す。
■「愛子天皇」が望ましい合理的理由
それでも筆者が「愛子天皇が望ましい」と考えるのは、それがいちばん合理的だからである。もっといえば、愛子さまが即位できる環境をつくらないと、世襲による皇位継承そのものが危うくなりかねない。
その最大の理由は、男系男子による皇位継承がきわめて困難なことにある。現状でも男系男子の皇位継承者は、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまの3人しかおられず、次世代で継承権をお持ちなのは悠仁さまだけ。今後、増えるかというと、きわめて心もとない。
長い歴史において、天皇は多くの側室に子を産ませ、そこから男子を選んで即位させてきた。しかし、大正天皇が拒んでからは天皇に側室はおらず、現行の皇室典範では、側室は完全に禁じられている。そうでなくても、いまのご時世に側室は社会が許さない。
しかも現在、予想を超える速度で少子化が進んでおり、むろん、皇室もその流れから逃れられない。少子化は女性の地位向上や権利の高まりと無縁ではないからだ。
昔なら女性は周囲から「子供を産め」と、当たり前のようにプレッシャーをかけられたが、いまそんなことをいえば、明確なハラスメントと認定される。
現代の女性は自分の生き方に照らして、結婚も出産も自由に選択でき、周囲が強要することは許されない。皇室においても、皇位継承者の妻に出産を強要したりすれば、それはハラスメントになる。
■歴史学の成果を無視した発言
それでも皇室に嫁いだ女性は、いくら周囲が気を遣っても、子供を産まなければならないというプレッシャーを受けるに違いない。しかも男子を生むことが事実上の責務だとなれば、プレッシャーの強さは想像に余りある。一般社会に生きるのとくらべて、比較にならないほどの重圧をかかえる道であり、そんな道を率先して選ぶ女性が現れるのだろうか、と大いに心配になる。
しかし、男系男子による皇位継承が、その支持者が訴えるように、日本の歴史や伝統の根幹を支えるものであるなら、ギリギリまでそれを守ることに意味があるだろう。実際、男系男子にこだわる論客は、国民が愛子天皇を支持するのは「皇位継承の本質が理解されていないから」だと訴えるが、男系男子は本当に皇位継承の本質なのだろうか。
高市総理は今年4月の自民党大会で、「126代にわたって、男系で皇統が継承されてきたという世界でも比類がない歴史的事実こそが、天皇の権威と正統性の源だと考えております」と述べた。これは歴史学の成果をまったく無視した発言である。
初代とされる神武天皇は実在しなかったというのが定説だが、それだけではない。そもそも第15代の応神天皇より以前は、神話や伝説である可能性が高いと考えられ、考古学的に実在が確認できるのは、第21代の雄略天皇以降である。現在の皇室の起点とされるのは第26代の継体天皇だが、その当時はまだ、即位にあたって血縁より実力が優先されたと考えられており、血縁による皇位継承の傾向が定まったのは、第34代の舒明天皇からだとされる。

つまり、高市総理が主張する「天皇の権威と正当性の源」は、歴史学の観点からは否定されてしまうのである。
■明治時代につくられた「男系男子による万世一系」
歴史学の成果を尊重するか否かは個人の自由だろう。しかし、行政の最高責任者たる内閣総理大臣が、自国の学問の成果を無視して、「126代にわたって、男系で皇統が継承されてきた」のが「歴史的事実」だと断定してしまうことには、大きな問題がある。
これでは、神話を歴史的事実と偽って教えた戦前の歴史教育と変わらない。学問的な成果への国民の目をふさがせたまま、議論を避けて法律をあらためようという姿勢は、非常に危険だといわざるをえない。
そもそも男系男子による皇位継承は、日本史上で長く意識されてきたものではない。皇位は男系男子が継承するとはじめて明文化したのは、明治22年(1889)に交付された皇室典範で、「男系男子」という言葉自体、そのころはじめて使われている。「万世一系」という言葉も、慶応3年(1867)10月に、岩倉具視が「王政復古議」でなかで言い出したにすぎない。
この時代に、こうした言葉が使われるようになった理由は明白だ。薩摩と長州の出身者を中心とする明治維新の先導者たちは、権威がまったくない自分たちの権力を正当化するために、天皇の権威を利用した。さらには、天皇の権威を政治的な次元から超越させ、だれも手が届かない次元から、藩閥政治家たちに正統性をあたえてもらうために、皇室典範を制定し、日本の天皇の血統は「男系男子」による「万世一系」だと強調したのである。
■女系による継承が否定された証拠はない
現在、男系男子による皇位継承にこだわる人たちは、男系男子こそが日本の歴史や伝統の正統性を保証する命綱であるかのように説く。
だが、実際には、男系男子とは明治の政治家の命綱だった。
もっとも、天皇家の歴史において男系は意識されてはいた。古代の律令の基本法典のひとつで近世まで効力があった「継嗣令」も、男系による継承を前提としている。ただし、女系による継承が否定されていたわけでもなかった。
だから歴史上には、古代の推古天皇にはじまって江戸時代の後桜町天皇まで10代8人の女帝が存在する。男系男子にこだわる人たちは、それは男系のつなぎにすぎなかったと主張するが、過去にそう意識されていたと証明する手立ては存在しない。
たしかに、宮内庁が厳重に管理している「皇統譜」では、現在に至るまで皇統が、例外なく男子で継承されてきたことになっている。これについては、前近代の日本においては、家系図とは一般に、その家の権威を高めたり家格を維持したりするために、意図して創作されることが多かった、という事実だけを記しておく。
■分家が皇統を継いでいいのか
男系男子にこだわる人たちは、今後、ほんとうに男系による皇統を守ることができると思っているのだろうか。それが難しいからこそ、旧11宮家出身の独身の男系男子を養子として迎え入れる制度が、皇室典範の改正案に盛り込まれたのだろう。
だが、ずっと一般国民として自由を謳歌してきた人が、いまさら養子として皇室に入ろうとするだろうか。そういう人がいたとして、その子が即位すれば、約600年前の室町時代に分家した旧宮家の人が皇統を継ぐことになるが、その天皇を国民は自分たちの統合の象徴として尊重するだろうか。
それが男系男子だからといって、皇統が継がれたことになるだろうか。
過去にも養子の例はある。たとえば、安永8年(1779)に後桃園天皇が急死した際、傍系の閑院宮家から養子が迎えられ、光格天皇として即位した。だが、血筋の隔たりは7親等にすぎず、600年前の血筋とは意味がまったく異なる。そして既述したように、こだわる人がそうまでしてこだわる男系男子には、さほどの歴史的根拠がないのである。
だったら、男女を問わず第一子に皇位継承権をあたえるのが、いちばん合理的で、皇統が途絶えるリスクがもっとも低い。だから「愛子天皇が望ましい」のである。
男系男子にこだわる人たちは、126代にわたって男系で継承されてきたことが、世界からの尊敬の対象になっている、と主張する。しかし、その根拠が神話に依拠していると知った途端に、世界が日本を蔑むリスクも考えたほうがいい。

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香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。
著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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