■「ネットでクルマが売れるわけない」
会議室の空気は、冷ややかでした。
全国に店舗網をもつある企業。長年その会社を支えてきた主力事業は、時代の変化とともにじわじわと縮んでいました。
打開策としてもち上がったのが、中古車をインターネットで売る新規事業です。
自社サイトと各地のリアル店舗を組み合わせて中古車を売る――構想は描けても、社内の反応は氷のように冷たいものでした。
無理もありません。
クルマは、ネット通販の“鬼門”とされてきました。
一台ごとに状態が違う、いわゆる個体差があります。
しかも数百万円という高単価です。
「写真と説明文だけで、そんな高い買いものをネットでするやつがいるのか」――社内からは、もっともな疑問が次々と飛び出しました。
「そもそも、誰ができるの?」
「ノウハウあるの?」
「うちに、ECサイトなんてつくれるの?」
課題は山積みでした。
■中途社員、プロジェクトを背負わされる
そのプロジェクトを背負わされたのは、中途で入社した42歳の一人の担当者でした。
情に厚く、それでいて熱くなりすぎない冷静さを併せもち、誰よりも会社の文化に馴染もうと努力していた人です。
ただ、ひとつ大きな弱点がありました。
中途入社ゆえに、社内に人脈がないのです。
中堅以上の企業で新しい何かを動かすとき、これは想像以上に重い足かせになります。
彼が最初にしたのは、声を張り上げて理想を語ることではありませんでした。
まず、現場に足しげく通いました。
店舗のスタッフ、整備の担当者、一台ずつクルマと向き合っている人たちの輪に入り、何が難しく、何ならできそうかを自分の足と耳で確かめていきました。
そして、たどり着いたのが、それぞれが得意な仕事をするということでした。
■ネットとリアルを切り離す必要はない
彼がまず崩したのは、「ネットで車を売り切る」という思い込みそのものでした。
ネットにはネットの役割を、リアルにはリアルの役割をもたせたのです。
つまり、ウェブは“送客”に徹し、最後の成約はリアル店舗で刈り取る。
よく考えてみたら、数百万円もするクルマを、画面のなかだけで決済させる必要はありません。
ネットで興味をもった人を店舗へ呼び込み、現物を見せ、最後は人が背中を押す。
オンラインとオフラインを、それぞれが得意なことに集中させる。
この提案により、「ネットで車なんて」という社内の疑問の大半は、“感情論”から“設計の問題”へと置き換わっていきました。
■わかりやすく数字で判断する
次に取り組んだのが、数字で事業を回す仕組みです。
漠然と「客を増やす」のではなく、最終目標を達成するための過程を因数分解しました。
総客数は「サイトの表示回数×商品のクリック率×リアル店舗への来訪率」。
成約数は「商談数×成約率」。
こう分解すると、どこが詰まっているのかが一目でわかります。
そもそもサイトが表示された回数が少ないのか、それともクリックされないのか、リアル店舗に来ても商談に進まないのか――ボトルネックごとに、打つ手はまるで違います。
彼はこれを日次で管理し、毎日数字を見て、翌日には手を打ちました。
高速のPDCA(計画・実行・評価・改善)を、現場の習慣として根づかせていったのです。
数字で回すとは、伸ばす基準だけでなく、退く基準を決めることでもあります。
彼は最終目標までの過程を設計する段階で、撤退ラインもあらかじめ引いていました。
そして実際、事業の開始からほどなく、ある一店舗の撤退を決めています。
すべてが当たるわけではありません。
ですが、ダメな場所を早く見切り、傷の浅いうちに損を止めて、勝てる場所へ資源を寄せる――それが、成功の一因でした。
■どんな広告でお客さまを呼び込むか
集客のやり方も、数字を見ながらつくり変えていきました。
立ち上げ当初はGoogle広告の“一本足打法”、つまり広告費の100%を検索広告に投じていました。ところが事業の拡大とともに広告費は膨らみ、Googleの検索からだけでは頭打ちになっていきます。
そこで私たちは、配分そのものを見直すことを提案しました。
Google広告を50%まで絞り込み、FacebookやInstagramなどのMeta広告へ40%を投じて潜在層に届け、SNS広告へ10%を投じて認知を広げる――一本足の打法を、三本柱へと組み替える設計です。
今すぐ検索する人だけでなく、まだ中古車を意識していない層にも網を広げる。
狙いどおり、広告費の総額を抑えながらも新規顧客の数はむしろ増えていきました。
■ネットはリアルがあってこそ生きる
私たちがもうひとつ強く打ち出したのが、「ネットは、リアルがあってこそ生きる」という考えでした。
どれだけ精緻に広告を回しても、来店した先の店舗が信頼されていなければ、最後の一押しは効きません。
検索やマップで店舗を見つけた人がまず目にするのは、Googleビジネスプロフィールに並ぶ評価と口コミの数です。
当初、ある店舗の口コミはわずか8件でした。
そこで、来店客への声かけや、満足度の高い接客の徹底を現場で地道に積み重ね、この数を32件、じつに4倍へと引き上げたのです。
ネット上の評判が厚くなるほど、サイトから店舗への送客は成約に結びつきやすくなります。オンラインの集客力と、オフラインの信頼が噛み合った瞬間、「ネット×リアル」の融合は、はっきりと数字になって表れ始めました。
社内人脈の不足は、上司の力を借りて補いました。
上層部に対しては、こうして積み上げた数字と実績を示しながら、同時に自分の思いも正面からぶつけました。
「この事業を、なぜ今やるのか」。
理(データと仕組み)と情(人を動かす熱)の両輪で、動かなかった歯車が、一つ、また一つと噛み合い始めていきました。
■そしてわずか1年で売上1億円
じつは、立ち上げにかけた期間はわずか3カ月。
常識ではありえない超短納期で、中古車ECは走り出しました。
結果は、あの冷ややかだった社内の空気を一変させました。
このペースでいけば、事業開始からわずか1年で、売上は1億円を突破する見込みです。
「売れるわけがない」と言われた事業が、縮小していく本業の隣で、新しい血の通った柱へと育ちつつあります。
私たちも、この挑戦に最初から伴走しました。
戦略の策定、サイトの制作、デジタルマーケティング、そして日々の実行支援まで、すべての工程をともにしました。
同じ船に乗り、ともに事業をつくるパートナーとして、時には現場に入り、一台ずつクルマを一緒に撮影し、来店したお客さまの声に耳を傾けました。
それでも、事業を本当に動かした主役は、間違いなく、あの42歳の担当者です。
斜陽の事業を救うのは、潤沢な資本でも、トップの号令でもありません。
それを現場に届けきる一人の執念――いや、正確に言えば、執念だけでは足りません。
冷静な理(データと仕組み)と、人を動かす情。
その両輪がそろったとき、「不可能」は初めて、「可能」の方向へ静かに確実に動き出すのです。
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伊藤 祐太(いとう・ゆうた)
ECコンサルタント
Meets Consulting代表取締役社長。
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(ECコンサルタント 伊藤 祐太)

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