■皇室典範改正は高市、麻生によるクーデターだ
愛子天皇の可能性を完全に葬り去り、愛子さんが結婚してからも公務に縛り付ける“女性蔑視”としか思われない「皇室典範」改正が成立する。
国民の7~8割が愛子天皇を望んでいるのに、その“総意”を無視した高市早苗首相と麻生太郎副総裁の「クーデター」ではないか。
天皇制を崩壊に至らせる暴挙ではないかとの批判が噴出している。
朝日・毎日・読売・日経をはじめ、地方紙の多くも社説で反対を表明していた。
朝日新聞(デジタル7月10日 5時00分)はこう書いている。
《女性・女系天皇への道をできる限りふさいでおこうという思惑が前面に出た形だ。
天皇制に埋め込まれた男性第一主義を見直す好機だったのが、これではかえって男尊女卑を歪(いびつ)に反映する制度になってしまう。養子推進派の論理は、女性は決して皇位継承にはかかわらせないが、補佐的な役割としてはとどまってほしいという身勝手なものに映る。(中略)与党は成立ありきの姿勢を改めるべきだ。野党も安易な妥協に流されてはならない。必要なのは採決を急ぐことではなく、国民的な理解と納得を得る丁寧な議論である。このままの成立は許されない。》
■愛子さまを二級皇族にした
多くのメディアや元宮内庁長官、旧皇族が疑問を呈し、天皇までが、「多くの国民の理解を得るように」といっていたのに、高市首相は「民意を無視」したのである。
私は、皇室典範改正は、今国会で成立させるのは無理だろうと考えていた。
自分の甘さを恥じるばかりだが、「愛子さんを天皇にするか否か」というテーマだから、国民の側から反対の声が澎湃と湧きあがり、全国に燎原の火のごとく広がり、高市首相もこれを無視することはできるはずはないと考えた。
しかし、時はまさにサッカーW杯で、普段ファンでない者までテレビやパソコン、スマホにかじりつき、天皇制を変容させてしまう重要な法案が、強引な数の力で押し通されようとしていることへの関心が薄れていた。
時の政府が、国民から反発を受ける法案を通したい時、大きなイベント開催時にこっそり成立させてしまうのはよく使う手法である。
しかも、この改正案成立で愛子さんの将来に暗雲が立ち込めたのだ。
皇室ウオッチャーの森暢平成城大教授はサンデー毎日で「今回の改正は愛子さまを二級皇族にした」と書いている。
■自民党がやっていることはあまりに卑劣
サンデー毎日で森教授は、愛子さんは皇室を離れることはないだろうと見る。そうなれば今度の改正で、住民基本台帳法が改正され、愛子さんが、一般国民と結婚すれば、住民基本法が適用され、国民年金への加入が義務付けられる。また、住民登録をした人は何らかの公的保険に加入しなければならないから、夫が会社員なら、愛子さんは被扶養者として夫の健康保険に入ることになるだろうと森教授は書く。
「なぜこうなるのか。現代的な家族観に基づけば、愛子さまの夫を皇族とし、生まれた子に皇位継承権を与えるのが自然である。しかし、それでは女系天皇につながると、保守派が断固反対の立場をとってきた。だから、夫と子供は皇族としないことが前提で議論が進んできた。
(中略)法案起草者は間違いなく、愛子さま家族が皇居・赤坂御用地の外に住むことを想定している。(中略)改正案は、愛子さまを『国民』として管理しようと試みる。愛子さまは『半分皇族』いわば二級扱いである」(森教授=サンデー毎日)
森教授は、こう憤る。
「実態は女系天皇の芽を摘むために、皇居から追い出す魂胆なのである。今まで議論していないことを改正案に忍び込ませた。政府・自民党は卑劣である」
私は森教授の怒りを我がものとする。続けて森教授は、
「一方で、今までどおりの公務は担当し、生涯、国家に貢献してもらうことになる。愛子さまを、どれだけ都合よく使えば気が済むのか。愛子さまには自由もない。人権もない。生き方を選択することもできない。そこにさらなる不自由を強いる法改正が妥当なのだろうか」
■旧宮家が実感した皇族の難しさ
朝日新聞デジタル(6月30日 14時00分)は、終戦直後に皇籍を離脱した旧11宮家のひとつ、久邇宮(くにのみや)家の三男・久邇朝宏さん(81)をインタビューしている。

その中で久邇さんは、愛子さんの大変さを実感する出来事が最近あったと話している。
学習院初等科(東京都新宿区)の同窓会組織「初等科桜友会」の会合が6月13日にあり、愛子さんが出席したそうだ。
そこで久邇さんは、愛子さんが何時何分にどこを歩くか、分刻みのスケジュールをこなしているのを目の当たりにしたという。
日本赤十字に勤務し、公務をこなす。忙しくても笑顔を絶やさない。それがどれだけ大変なことか、高市首相は考えたことがあるのだろうか。
■「天皇=神話の神々からつながる」は虚構
7月10日の衆院運営委員会で共産党の塩川鉄也議員から、「なぜ、女性ではダメなのか。なぜ男系男性にこだわるのか」と、木原官房長官に質問したところ、木原長官は即答できなかった。慌てて事務方に聞いたり手元の資料をめくって50秒以上ウロウロした後、「委員長、すいません。(速記)止めてもらえませんか」と申告する場面があった。
必ず聞かれるであろう質問に答えられない木原官房長官の姿は、そこには出席していない高市首相の姿に重なった。
保守派の論客・佐伯啓思氏は『月刊日本』7月号のインタビューで、「天皇が神話の神々からつながる存在だというのは虚構」だといっている。

しかし、「万世一系」「男系男子」に拘る高市首相をはじめとする保守派政治家たちは、男系男子を存続させるために突然、これまで議論されていない「奇策」さえ考え出し、強引に改正案に忍び込ませたのだ。
旧皇族の15歳以上の配偶者や子がない男系男子を養子にし、その男性が結婚して男の子が生まれれば、その子を天皇にするというのである。
森英介衆院議長(自民党)は6月8日の会見で突然、このことを発表した。
野党から「聞いていない、重大な裏切りだ」と猛反発され、森議長は慌てて釈明に追われた。だが、この案が撤回されることはなかった。
森議長は麻生派である。女系、女性天皇など絶対認めないというのが麻生太郎の持論であるといわれる。
■令和の藤原氏を狙う麻生太郎
冒頭にこの皇室典範“改悪”は高市首相と麻生副総裁の「クーデター」ではないかと書いた。それについて書いてみたい。
麻生太郎の妹の信子さんは三笠宮寛仁親王と結婚。夫が逝去した後は、その母親の百合子さんが当主を務めていた。
信子さんは寛仁親王の生前から別居をしており、その百合子さんが亡くなると、長女の彬子さんが本家である三笠宮家の当主を引き継いだ。

さらに皇室会議で、異例中の異例だが、信子さんが新たに独立の生計(宮家と同等の扱い)を営むことが正式に認定され、新しい家名として「三笠宮寛仁親王妃家」が創設されたのである。
この「異例」な新宮家創設の裏には麻生氏の力が働いたのではないかといわれている。
今回問題になっている「養子案」には、こういう筋書きがあるのではないか。
信子さんが養子を迎え、その男性が将来結婚して男の子を生めば、その子が天皇になる――。
そう私は考えている。
そうなれば、麻生太郎は天皇の「外戚」になり、かつて平安時代に藤原道長が「摂関政治」で権勢をふるったように、彼が令和の藤原氏を狙っているのではないか。
■将来の天皇を意のままに動かす存在に
しかし、80年近く普通の市民として生きてきた旧宮家に、養子になろうという該当者はいるのだろうか?
改正案では、旧宮家の男系男子を養子に迎える案は「15歳以上」としている。先の朝日のインタビューの中で、久邇朝宏さんは、「15歳の年齢なら、それまで自由な空気を吸って生きてきたわけで、皇室の生活になじむのは難しいと思います」と言い、養子案について「(皇室に戻ることは)相当な覚悟が必要」としている。自身の子や孫に打診があっても「やめなさいと言う」と述べている。
久邇さんは、皇室の安定的な継続については必要だと感じている。ただ、「なぜ天皇が男性でなければいけないのか。(総理の)高市さんがあれだけ頑張っているでしょ。
女性も頑張れば上がれるんだというのを証明してくれたわけで、女性天皇でも別にいいじゃないと思っています」と話す。
だが、私は、高市首相と麻生副総裁は、養子にする人間を特定し、すでに了解を得ているのではないかと推測している。そうでなくては、このような考えが出てくるはずはないからである。
現実的には、麻生も高齢だから子どもが生まれるまで健在でいられるかは疑問だが、彼には経済界で名を成している息子がいる。麻生太郎の後はその息子が政治家に転身するのではないかとみられている。
そうなれば、麻生家が将来の天皇を意のままに動かし得るという「仮説」は、あり得ない話ではない。
■天皇を軽んじる高市首相
私は、そうした将来のことの他に、なぜ今回の改正で天皇の長女・愛子さんをここまで露骨に排除したのかを考えてみたい。
麻生副総裁や高市首相の“底意”の中に、現天皇に対する“反発”といってはいい過ぎかもしれないが、何らかの思いがあるような気がしてならないのだ。
象徴的だったのは、昭和改元から100周年の節目を記念して、4月29日に日本武道館で行われた政府主催の「昭和百年記念式典」である。
天皇皇后両陛下が入場の際、式典副委員長の木原官房長官が先導した。昭和43年10月の「明治百年記念式典」では、式典委員長の佐藤栄作首相が先導していたという。
こうした皇室の式典では前例が踏襲されてきたが、今回はなぜか先導が首相から官房長官に“格下げ”になったのである。
それだけではなかった。式辞は高市首相が述べ、「日本列島を、強く豊かに」などとトランプ大統領のようなキャッチフレーズを嬉々として主張したが、なぜか、天皇の「お言葉」はなかった。
その翌日、異例なことに宮内庁が、「両陛下は歴史から謙虚に学び、終戦以来人々のたゆみない努力によって築き上げられた平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれていた」という両陛下の考えを公表したのである。
■高市早苗という人間の本性
「周辺有事発言」で中国関係に亀裂を生じさせ、未だに中国首脳と話し合いもできず、アメリカのトランプ大統領にべったりで、防衛費のGDP比2%への前倒し、憲法九条を“改悪”して自衛隊を軍隊にして、戦争のできる国へ変容させようとしている高市首相が、式典で天皇のお言葉を封殺したのは、「歴史から学び平和を守る」という言葉を聞きたくなかったからではないのか。
今の上皇・上皇后の時代から、戦争中に多くの日本人が亡くなった沖縄や広島、長崎、サイパンなどを巡る慰霊の旅は、現天皇・皇后にも受け継がれ、最近は愛子さんも同行している。
そこでは必ず、二度と悲惨な戦争は起こさず、平和を守り続けるという談話を出される。
だが、高市首相は、それが気に入らないのではないかと想像する。
しんぶん赤旗日曜版(6月14日付)の「金平茂紀のメディア日誌」にはこう書いてある。
「今から26年も前、高市早苗衆議院議員(当時)は、憲法調査会で憲法前文の以下の有名な一節に嚙みついた。〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した〉。彼女はこう言い放った。『このおめでたい一文を改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っています』。おめでたいのはどちらか」
■天皇制そのものが崩壊へと進む
週刊文春(7月16日号)に安倍晋三元首相と高市首相とのこんなエピソードが載っている。
「安倍氏が高市首相の政治姿勢を厳しく叱ったこともあったという。安倍氏が十五年に発表した七十年談話。『侵略』『お詫び』などの言葉を盛り込み、歴代内閣が示した立場を継承した。
『安倍氏は保守層の反発を十分に想定した上で、専門家や側近の意見を幅広く聞き、談話の発表に踏み切った。すると、高市氏が乗り込んできて「なんでこんなもの(言葉)を入れたんですか!」などと食ってかかったのです』(安倍氏側近)
しかし、安倍氏はピシャリと叱りつけたという。
『君は政治の現実を何も分かってない!』」
さらに、先の佐伯氏もこういっている。
「高市総理も若手議員のころ、日本の戦争責任に関して、『私は戦争の当事者ではないのだから、反省などしていない』と言っていました」(=『月刊日本』7月号)
自分が安倍政権時代を超える圧倒的な数を持つ自民党のトップになり、これまで退けられてきた自分の“怨念”を晴らそうと、戦争と平和にこだわり続ける天皇皇后の長女・愛子さんの天皇即位の芽を潰し、戦争のできる国に変容させるために、憲法九条改正を、一気に数の力で押し切ろうとしているのではないのか。
もし、旧皇族の男性が「天皇の親になれるのなら」という“野心”をもって皇室に入り、下心をもった女性と結婚して男の子をもうけ、その子が天皇になるとしたら、国民はそっぽを向き、天皇制そのものが崩壊への道を辿るのは間違いない。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)

ジャーナリスト

1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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