※本稿は、和田秀樹『落ち込まない 考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■「悩みや不安をすべて消す」は大間違い
マイナス感情を抱え込んで「自分はハッピーだ」と思える人は、そういないでしょう。自分を苦しめるものから解放され、ごきげんに生きていきたい。悩みも不安も、マイナス感情も劣等感も、消してしまいたい。そう思うのではないでしょうか。
しかし、悩みや不安といったマイナス感情をすべて消してしまうのは不可能でしょう。また、そうするのがよいのかというと、そうともいい切れないのです。
なぜなら、悩みや不安は、人を成長させたり、何かに挑戦したり、成し遂げたりするためのエネルギーになるからです。
古代アテナイの三大悲劇詩人の1人でギリシャ悲劇の祖とされるアイスキュロスの名言に「悩みによってはじめて知恵は生まれる。悩みがないところに知恵は生まれない」という言葉があります。悩みは知恵の源泉でもあるのです。
「ポジティブ人間」と「ネガティブ人間」というように、人のタイプを二つに分けるのが流行った時期がありました。
ポジティブに生きれば、明るく楽観的な気持ちで、さまざまなことに興味を持ち、行動的になれるので、チャンスに恵まれやすくなります。確かに、ポジティブであることにはメリットがあります。
■マイナス感情を力に変える対処法
ただ、「ネガティブな感情を持ってはいけない」と考えると悩みや不安を強く意識することになります。
人は「○○してはいけない」と考えると、かえってそこに意識が集中してしまうからです。例えば、ゴルフで「あのバンカーに入れたらピンチだ」と意識して打ったら、ボールがバンカーに吸い込まれていったというようなことです。
「マイナス感情を持ってはいけない」と意識すると、かえってその影響が強くなる可能性があるのです。
対処策はシンプルです。「マイナス感情を持っていていい」と考え、あるがままに受け入れる。そうすることで、マイナス感情に振り回されにくくなります。
マイナス感情を受け入れること。それが実はマイナス感情による支配から逃れるための道なのです。
自分を苦しめる感情が、どうして力になるのか。どうしたら力にできるのかを考えてみましょう。悩みや不安の渦からの突破口を開く方法を考えてみます。
■飛躍的に事業を拡大した経営者も不安だらけ
私はよく、受験生からこんな相談を受けます。
「合格できるか不安で、気が休まるときがありません」
「今年も合格できないんじゃないかと不安で、勉強が手につきません」
「試験が近づくにつれ、不安が膨らんで、夜もよく眠れなくなりました」
そんな受験生たちに私が言うのは「不安なのは受験生なら当たり前です。それに、不合格の不安がないと、あなただって勉強なんかしないでしょう?」。
人間は不安があるからこそ、その不安が現実にならないよう努力できます。不安は、モチベーションを生み、それを維持する燃料でもあります。
不安で勉強が手につかないというのは、不安感情に支配され、振り回されている状況です。こういうときは、いったん勉強を中止して休むのも一つの手です。散歩や軽い運動をし、リフレッシュ、リラックスして心を落ち着かせます。
人は何もしないでいると何かをしたくなるもの。勉強を休むと、自然とまた「やらなくちゃ」という気持ちになれるのです。
不安を努力の糧にするのは、成功者といわれるような企業の経営者も同様です。
以前、大胆な投資を行って海外の大企業を買収し、飛躍的に事業を拡大している、ある企業の経営者の方と対談する機会がありました。
莫大なお金を動かす決断を、何度となく繰り返してきた人は「不安や恐怖を感じていないのでは」と思われるかもしれません。しかし、その人の答えはこうでした。
「怖くてたまりませんよ。不安だらけです。眠れない日が続くこともあるんですよ」
その人は、不安を一つひとつ洗い出して解消する方法を探り、できることを一つひとつ実践したそうです。「不安と向き合ってきたからこそ、決断ができた」という言葉に、なるほどと思ったものです。
■不安を力に変える行動を選ぶと不安が和らぐ
神経症の治療法として世界的に知られる「森田療法」では、人が不安になるのは、「生の欲望」つまり、生きる欲望があるからだと考えています。
対人関係が不安な人は、人と良好な関係を築きたいという「生の欲望」を持っています。
対人関係を良好にしたいなら、どうしたら人とよい関係を結べるかを考え、実践する。健康でありたいなら、自分に合った健康法を探して、それを実践する。
このように「生の欲望」を活かして、不安を力に変える行動を選んでいけば、結果的に不安が和らいでいくのです。
怒りや妬み、悲しみ、悔しさなどの感情も、成長の原動力になります。
親しくしている同僚がいち早く課長に昇進した。祝福しても、先を越された悔しさもあるでしょう。そうならば、自分も負けてはいられないと考えることで、悔しさを力にできます。
「彼は立ち回りがうまくて上司のウケもいいからな」「それにひきかえ自分は要領が悪くていつも損している」などと悔しさや嫉妬心を引きずっているだけでは、前に進むことはできません。
マイナス感情は、向き合い方一つで力に変えることができます。その力を活かして、現実をよい方向に向けていくこともできれば、未来をよりよいものに変えていくこともできるのです。
■劣等感を「できない理由」にしない
アドラー心理学では「劣等コンプレックス」という言葉を使います。劣等感と劣等コンプレックスの違いはどこにあるのでしょうか。
劣等感とは、比較する対象や理想の自分と比べたときに生まれる「自分はまだ未熟だ」という感情のことを指します。「あの人の営業力にはかなわない」「ダンスが上達しない」といったように、私たちは日常的に劣等感を抱くことがあります。
しかしアドラーは、劣等感自体は悪いものではなく、成長の原動力になると考えました。重要なのは、その劣等感を「前向きに活かすか」それとも「言い訳にしてしまうか」です。
劣等コンプレックスとは、自分が劣っていると感じる部分を「変えられないもの」と決めつけてしまう状態です。「背が低いから交際相手が見つからない」「太っているから面接に落ちた」といった考え方は、劣等感を「自分が行動しない理由」として使っています。
このように劣等感を行動の制限理由にすると、人は成長のチャンスを逃しやすくなります。
では、どうすれば劣等コンプレックスから抜け出せるのでしょうか。
まず大切なのは、劣等感を持つこと自体は自然なことであり、それを無理に消そうとしなくてもいい、という考え方です。劣等感があるからこそ、人は努力し、成長しようとします。
例えば、口下手だと感じている人が「どうせ話しても伝わらない」と思ってしまうと、会話を避けるようになり、人と話す機会を失います。しかし「自分は聞き上手になろう」と意識を変えれば、むしろ人間関係を築くうえでの強みになり得ます。
また、劣等コンプレックスから抜け出すためには、「自分に足りないもの」ではなく、「自分がすでに持っているもの」に目を向けることが大切です。
■視点を変えると、自分の存在意義は変わる
アドラーは「人は対人関係の中で自分の価値を見出す」と考えました。つまり、「自分はどんな形で他者に貢献できるのか?」という視点を持つことで、劣等感を前向きなエネルギーに変えることができるのです。
例えば、「リーダーシップを発揮するのが苦手」と感じる人でも、「チームを支える役割には向いているかもしれない」と考えることで、違った角度から自分の価値を見出せます。
何かが苦手だからといって、その人自身に価値がないわけではありません。視点を変えるだけで、自分の存在意義は大きく変わるのです。
さらに、アドラーは「人間の幸福は他者とのつながりの中にある」と考えました。劣等感を乗り越えるためには、自分がどう見られるかではなく、「自分が誰かの役に立てるか」を意識することが大切です。
例えば、仕事で「自分は能力が低い」と感じることがあっても、「この作業なら自分が手伝える」「この分野ではアドバイスできる」といった形で、周囲の人に貢献できる部分を探すことです。他者に貢献すると、劣等感は自然と薄れていきます。
劣等感を持つことは悪いことではありません。むしろ、それを「成長のチャンス」ととらえ、どのように活かすかを考えることで、前向きな行動につなげることができます。
そして、自分の強みを見つけ、それを他者との関わりの中で活かすことができれば、劣等コンプレックスにとらわれることなく、自分らしい生き方を築いていくことができるでしょう。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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