なかなか決められない大きな決断はどのように下すといいか。医師の和田秀樹さんは「『マイホームか、賃貸か』という問題で、メリット・デメリットを天秤にかけると、悩み続けることになる。
迷ってるくらいなら『一か八か』でやってみるのは、浅はかでもなければ、無謀なことでもない」という――。
※本稿は、和田秀樹『落ち込まない 考えすぎない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■予測できない時代を柔軟に生きる
「世の中は理屈通り、予想通りにはいかないものです」といったところで「そんなことは当たり前ではないか」と思われるだけかもしれません。
しかし、そんな当たり前を「納得」しているかどうかは別問題です。
多くの人は、世の中は理屈通り、予想通りにはいかないものだし、起こってほしくないこと、思いも及ばないことが起きることもあると理解はしています。けれど、それを受け入れ、納得して生きているかというと、そうでもありません。
起こってほしくないこと、思いも及ばないことは、「あってはならない」と思っているのではないでしょうか。
だからこそ、予想外のトラブルや事故、想定外の事態にいら立ったり、自己嫌悪に陥ったりするのです。そうして悩みや不安の渦に巻き込まれてしまいます。
起こってほしくないことを「あってはならないこと」と考えてしまうと、実際に起こったときには、とても冷静ではいられません。
災害や事故、倒産や思わぬ借金などは確かに深刻です。しかし、日常的に起こり得ることまで「あってはならない」と考えてしまうことがあります。
些細なことでも、重大な問題だと割り増ししてとらえてしまうと、マイナス感情も、割り増しになってしまうのです。
■「まあ、いいか」で受け入れる
例えば、夫が自分には内緒で、高額なカメラを買っていたことが発覚したとします。
「子供の教育費がかかるときに、こんなのあり得ないでしょっ!」と怒りたくなるでしょう。しかし、その怒りを引きずったら、関係もギクシャクしますし、嫌な思いを抱え続けることになります。
「写真が唯一の趣味だし、こういうこともありかな。まあ、いいか」と考えてみると怒りが和らいで、「カメラを買ったんだから、稼いできてね」と笑って対処できるかもしれません。
また、職場の部下に、準備が必要な書類作成を指示したところ、締切当日の夕方までかかった挙句に、読んでみたら不備だらけだった。そのフォローのために夕方からの予定をキャンセルして、残業して書類を仕上げなければならなくなったとします。
「なんでこんなことに……」とイライラが収まりません。でも「そういえば、自分も新人の頃、ミスして迷惑をかけたことがあったな。そういうこともあるものだ。まあ、いいか」と思ってみれば建設的に取り組むこともできるでしょう。
部下も謝罪と感謝を伝えることができるというものです。
自分に厳しい人は、他人にも厳しさを求めます。だからミスに対しても「あってはならないのに」と思ってしまいます。
しかし、自分と同じようにできなくても「他人は他人。まあ、いいか」と切り替えてみてはどうでしょう。
同じように、自分がうまくいかなかったときも、厳しく自分を責めたり、自己嫌悪したりするのではなく、「まあ、いいか」と受け入れるといいのです。
「まあ、いいか」と思えれば、人間関係の摩擦も少なくなり、無用に自分を追い詰めることもなくなります。口に出してみると、不思議と心に余裕が生まれます。心の底から「まあ、いいか」と思えなくても、まずは形から入ってみるといいのです。
■世間の基準に従っても自由でも人間は悩む
「答えのない時代」「正解のない時代」といわれるようになって久しいですが、実際「これから、どのような生き方をすればよいのか」と問われても、その答えを挙げるのは困難です。
一昔前までは、一応、世間的な基準があって、それに沿った生き方をすれば無難に、そこそこ幸せに生きていくことができました。
学歴は高いほうがいい。
だから名門大学進学率の高い高校を選ベばよい。就職するなら、一部上場の有名企業か、景気にかかわらず安定している業界がいい。結婚相手は女性なら育ちのよいお嬢さん、男性なら高学歴・高収入・高身長がいい。家は賃貸より持ち家がいい。
こうして、世間一般の物差しで測れば、大きな失敗をすることはないと考えて、一律の基準に目標を定めて歩いていけばかつてはまあまあよかったのです。
しかし、多様性が大切にされる世界では、さまざまな物差しがあり、それを尊重するのがルールです。唯一絶対な物差しはないだけに、迷いや悩みにぶつかることがかつてより増えて当然といえば当然です。
かつてと比べて、常識的な生き方にこだわる必要がなくなり、自由に生きられるようになりました。その反面、人生の選択も自己責任になりました。どんな生き方をするにしても、うまくいくかどうかはやってみなければわかりません。不安も伴います。
「こうあるべき」で縛られていたらそれで悩む。
「こうあるべき」の縛りがなくなったら、何を基準にしたらよいのかで悩む。結局、人間は悩む生き物なのかもしれません。
■「正解はない」ことを受け入れる
自由には、悩みや不安も伴いますが、その中にも楽しさがあります。
知らない外国の土地で、1人旅をすることを想像してみてください。言葉もわからず、土地勘もなく、頼る人もいない。その代わり、どこに行くにも、何をするにも、自分1人で自由気ままに決められる。
それはとても不安なことでもありますが、それこそが人生の冒険です。ワクワクする気持ちが湧き上がってくる状況でもあるのです。
そんな不安とワクワク感が入り混じった世の中を、これからどうやって乗り切って渡っていくのがよいのか? この問いに「正解はない」のですが、一ついえるのは「何事においても完全を求めることは不可能と考える」ことが大事ということです。
「正解のない時代」「答えのない時代」では、仮に何か「これだ!」と思える答えを見つけても、状況や環境の変化によって、その答えに対するスタンスも変えていく必要に迫られます。あるとき「完全」であったものでも、次の瞬間には完全ではなくなってしまうのです。
このように「正解のない時代」「答えのない時代」は、一寸先は闇です。
先のことが不透明なのです。
こうした状況を乗り切る考え方は、大きく二つの対極的な考え方に分けられます。
一つは、「完全はないが、安全はある」。つまり、安全度の高い方向を目指していく安全志向路線です。
もう一つは、「出たとこ勝負にかける」。いわば、リスクをとった、一か八か路線です。
以下、それぞれのポイントを挙げておきます。
■人材業界では「公務員が安定」は大間違い
「正解のない時代」では、職業選択でも、絶対的に安定した職業を探すのは困難です。
それでも、安全路線で選べる職業にはどんなものがあるのか、その職業にはどんなメリット・デメリットがあるのかは、よく調べてみるしかありません。これまでの常識的な判断は当てにできないことも心にとどめておく必要があります。
例えば「安定的職業のナンバーワン」と思われている公務員ですが、人材業界ではむしろ、「公務員が安定しているというのは、間違い」というのが定説になっています。
確かに公務員は、経済不況の影響を受けにくく、解雇のリスクも極めて低いので、安定した職業といえます。

しかし、一方で、公務員ならではのデメリットもあります。異動・転勤が多い、成果を上げても給与が上がるわけではない、年功序列制が根強い、部署によっては残業が多いなどです。
さらに、転職したいと思っても、転職市場での評価が低いため、転職成功率も低いという現実があります。公務員として経験を積んでも、民間企業が求める市場価値の高いスキルにつながりにくいことが、その要因とされています。
しかし、この先公務員から民間に転職する可能性は低いし、こうしたデメリットは問題でない人にとっては、公務員はやはり安定的で、安全志向にはもってこいの職業といえるでしょう。
また、最近は、将来AIにとって代わられる職業があることがよく話題にのぼります。
検索すると、将来AIに代替される可能性の高い職業リストも見つかります。また、AIが進化しても、なくならない職業もリストアップされています。
安全志向でいくなら、後者のカテゴリーにある職を選ぶのが妥当でしょう。しかし、将来的にAIにとって代わられそうな職業でも、生き残っていく余地のある職業もありますし、なくならないといわれていた職業でも、AIの進化によって、どんどんリストが更新されているのが現状です。
■結論が出せない問題は、出たとこ勝負を覚悟
また、どんな職業に就けば安全度が高いかは、個人の資質や職業との相性などによっても変わってくるので、自分との相性を測るための情報もきちんと集めておくことが大切です。
情報を適切に集めれば、ある程度、より安全な方向にある選択肢を見つけ出すことができるといえるでしょう。
安全志向には、このように情報を集めて幅広く選択肢を見つけること。その選択肢の将来の見通しをつけることが必要になります。
職業選択に限らず、居住地選び、住宅選び、子育てなど、さまざまなシーンで安全志向の選択をする場合にも同様です。自分で情報を集め、吟味し、判断することが不可欠なのです。
「家を買うか、賃貸にするか」「転職するか、今の仕事を続けるか」「定年後は田舎暮らしをするか、都会にとどまるか」……などなど、なかなか決められない悩みは多いものです。
そんなときには、「出たとこ勝負」を覚悟するのも一つの手です。
例えば「マイホームか、賃貸か」という問題です。近年、20代の持ち家率が急上昇しているといいます。実際、2003年には18.4パーセントだったのが、2023年には34.7パーセントと20年の間に倍増し、20代の3人に1人が持ち家に住んでいる計算です。
昨今の低金利に加え、初任給の引き上げで若年層の平均年収が上がったこと、ローンの返済期間を長く設定できるので、長い目で見ると安上がりで、資産形成ができることなどが背景にあるといわれています。
■何か不都合が起こったら、そのときに対処
一方で、30代~50代では、賃貸住宅を志向する人がかつてより増えているという統計結果もあります。
これには、この年代では若年層ほど給与の伸びが見られないうえに、ローンの返済期間が短く、月々の返済額が大きいことや賃貸で家賃を支払い続けた場合の負担との差が微妙であること、今後、金利が高くなった場合、返済できるかどうか不安があるといった理由が挙げられています。
さらには、マイホームでは、修繕費などのランニングコストが高くつき、自然災害のリスクなども考慮して、賃貸のほうが気楽でフレキシブルとの考えがあるようです。
賃貸とマイホームで、メリット・デメリットを天秤にかけて、悩み続けている人もいることでしょう。
こういう場合「何か不都合が起こったら、そのときに対処すればよい」と覚悟を決め、思い切ってマイホームを買ってしまうという考え方もありだと思います。
金利が上昇して、ローンの返済額が膨らんだとしても、失業でもしない限り「なんとかなる」と腹を括るのです。
■「時間だけがすぎていく」が最も大きな損失
結局のところ、この先、世の中がどう変化するのか、経済がどうなるのかなど、素人にはもちろん、専門のアナリストでさえ予測は困難です。
災害も、起きるかもしれないし、起きないかもしれない。起きたとしても、自分や自分が購入した家に被害が及ぶかどうかなんて、わかりません。
万が一、想定外のことが起こった場合、そのときになって対処しても十分間に合ったり、なんとかなってしまったりすることも意外に少なくありません。
将来どうなるかわからないから、何も決断できず、行動もせずに悩み続けて、時間だけがすぎていくというのが、最も大きな損失といえるのではないでしょうか。
迷っているくらいなら、「一か八か」でやってみる。
それで何か問題やアクシデントが起こっても、そのときはそのときで、「出たとこ勝負」の覚悟をするのは、浅はかでもなければ、無謀なことでもないのです。
■ファジーな答えを出せる柔軟な思考を
「答えのない時代」「正解のない時代」を生きるために大事なことを、もう一つお話しします。それは、「ファジー」に生きる、ということです。50代以上の人だと「ああ、昔流行ったあれね」と懐かしく思うかもしれません。
ファジーは、英語の「fuzzy」からきている言葉です。もとの意味は「毛羽(けば)だった、綿毛状の」。ここから派生して「曖昧な、不明瞭な、はっきりしない、ぼーっとした」といった意味があります。
昔流行ったファジーは後者の意味です。1990年の流行語大賞に選出されており、90年代には日常的に使われていた言葉でした。
この言葉が有名になったのは、「ファジーコンピュータ」や「ファジー家電」などが開発されたことがきっかけです。コンピュータは「0か1か」ですべてが処理され、表現されるものです。それが「0か1か」では取り扱えない、本来は数値化できない人間の感覚などの曖昧なものを数値化してプログラミングしたコンピュータが「ファジーコンピュータ」です。
ファジーコンピュータのように、ものごとを「0か1か」で決めるのではなく「これもある・あれもある」「こうも考えられる・ああも考えられる」とファジーな答えを出せる柔軟な思考が、「答えのない時代」には必要だと私は考えています。
ファジー家電は要するに、人間の曖昧な感覚をコンピュータに実現させて機械を制御していたわけですが「それって、今のAIに似ている」と思われたなら、まさにその通りです。ファジー理論は、現代のAIのもととなった理論なのです。
■曖昧さに耐えられてはじめて大人になれる
そんなAIの時代に人間が果たす役割は、「AIにさまざまな課題を与え、命令すること」。
さまざまな課題、命令を出すには、さまざまな可能性を考えられる想像力と柔軟な発想、すなわちファジーな考え方ができなければなりません。つまり、昔流行った「ファジー」が、今の時代に求められているというわけです。
心理学においては、「白と黒の間にはグレーがある。グレーには薄いグレーもあれば濃いグレーもある。こうした理解をできるようになるのが、人間的な成熟である」とする考え方があります。これを専門的には、認知的複雑性といいます。
ものごとが曖昧な状況にあると不安感が増幅し、なんとか白か黒かを決めたがる人もいます。社会心理学者の岡本浩一氏は、そういう人は「知的な意味での成熟度が低い」と言っています。これは心理学的には、「認知的成熟度」と呼ばれます。
この複雑で曖昧な状態に耐えられるかどうかが、人間の成熟度を測る尺度になるというのです。簡単に言えば「曖昧さに耐えられてはじめて大人になれる」ということです。こうした考えは、先にお話しした「まあ、いいか」マインドにも通じます。
例えば、前評判がいいので観にいった映画が、意外なほどつまらなかったとします。後悔したけれど、よくよく振り返ってみると「9割は退屈な映画だったけれど、1割くらいは役に立つ人生論も盛り込まれていた」ことに気づくかもしれません。
そうなると、「1割くらいは観ておいてよかったと思えるのだから、まあ、いいか」という気持ちにもなれるものです。
■うつ病や不安神経症にもなりにくい
「あの映画はよかった」とはいえなくても、観てよかったかどうかと問われれば「どちらともいえない」とか「少しはいいところもあった」というグレーな評価を下すことはできます。
このようにグレーな考え方ができる人は、うつ病や不安神経症になりにくい傾向があります。「まあ、いいんじゃないの」と思えるようなファジーさを持てば、悩みや不安、迷いなどにも、上手に対処できるようになるのです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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