中国各地で、抗日戦争や長征を“体験”する観光施設が人気を集めている。軍服姿で突撃し、日本兵を撃退する没入型アトラクションまで登場した。
背景には、習近平政権が進める愛国主義教育がある。「愛国心を呼び覚ます場所」として利用される体験施設に、海外メディアが注目している――。
■日本軍が支配する街を取り戻せ
「連隊長!」の号令が響いた瞬間、軍服姿で参加した観光客たちが一斉に大刀を振りかざし、あるいは拳銃を構えた。
土嚢のバリケードを乗り越え、県の中心城郭を模して作られた「県城」へなだれ込む。スピーカーからは、爆発音。煙幕が視界を白く覆い尽くす。1000人を超える群衆が鬨(とき)の声を上げて押し寄せ、足元の地面がずしんと揺れた。
舞台は中国、山東省臨沂市の観光施設だ。
「連隊長に従って県城を攻めよ」と題されたこの体験型アトラクションは、1941年の抗日戦争の戦闘を再現したものだ。所要はおよそ30分で、動員集会に始まり、突撃を経て、勝利の祝賀で幕を閉じる。
筋書きは、日本軍の指揮下にあり傀儡軍が駐屯する中国の街に、八路軍になりきった参加者らが乗り込んで解放するというもの。参加した21歳の大学生、チャオ・ジアシンさんは、山東省済南市の出身。
「まるで戦火の時代にタイムスリップしたようだった」と振り返る。
火がついたのは、2024年の国慶節連休。中国の建国記念日にあたる大型連休を通じ、SNSで一気に広まった。中国共産党機関紙『環球時報』英字版のグローバル・タイムズによれば、ネットユーザーの間では「中国人に一番向いているコスプレ」と呼ばれている。
こうした戦場を模した体験型アトラクションは、いま中国各地で相次いで生まれている。背中を押しているのが、習近平政権が2024年に施行した愛国主義教育法だ。CNNによれば、同法は観光地に対し、「愛国心を呼び覚ます場所」としての機能を果たすべく、整備を求めているという。
■「自分も歴史の一部に」と言って古戦場へ
施設は何も、抗日をテーマにしたものだけではない。
中国は「レッドツーリズム」の一環として、没入型プログラムを各地に仕掛けている。レッドツーリズムは、歴史的革命のゆかりの地を巡り愛国心を高める中国独自の観光形態で、「赤色観光」とも言われる。中国共産党が関わったあらゆる戦争を題材に、同じ手法で参加者の感情を動かしていく。
貴州省遵義市の婁山関(ろうざんかん)。
ここで再現されるのは、抗日戦争ではなく内戦だ。1935年、中国共産党の紅軍が大陸を縦断した長征(1934~36年)の途上、軍閥の部隊を破った古戦場である。その谷間にいま、毎日のように砲声が鳴り響いている。
長征勝利90周年にあたる2026年、体験プログラムの突撃シーンを収めた動画が中国国内版TikTokに当たる「抖音(ドウイン)」で、数万いいねを集めた。評判は爆発的に広まり、ピーク時には体験プログラムに毎日数千人が詰めかけた、とグローバル・タイムズは伝えている。
参加したチェン・ムーヤンさん(30)も、その動画に影響された一人だ。抖音で「指揮官に従って婁山関を攻めよ」のプログラムを目にして、居ても立ってもいられず車を飛ばした。
現地で青みがかった灰色の「紅軍軍服」に袖を通し、小道具のライフルを手にする。「銃は思ったより重かった。その瞬間、一気に雰囲気に飲み込まれた」とチェンさん。
「指揮官」役の俳優が安全上の注意点を告げ終えると、各地の方言による鼓舞演説が始まった。
■国共内戦の紅軍に想いを馳せる
続いてチェンさんの隊が山道を進むと、突如「封鎖線」が現れる。
長征中に紅軍が幾度も突破を強いられた、国民党軍の包囲陣地を模したものだ。
閃光が走り、四方から爆発音と銃声が轟く。参加者は反射的に身を屈め、号令に従って突破。沿道では宣伝隊が拍子木でリズムを刻み、声援を送る。
「戦闘が起きるとわかっている。でもいつ来るかわからない。その予感がじりじりと苦しかった」と、チェンさんはグローバル・タイムズの取材で振り返る。
坂の途中で息を切らし、岩にもたれた。その瞬間、ある考えが頭をよぎったという。今の条件でこんなに疲れるのに、ライフルを担ぎ、わら草履を履いて、空腹のまま戦った紅軍はどうやったんだろう。疲労の中、91年前の兵士たちの苦闘を身をもって味わったと言う。
地鳴りのような吶喊(とっかん)(鬨の声)とともに頂上の「敵陣地」を制圧した瞬間、参加者全員から歓声が湧き上がった。

約40分の体験を終えたチェンさんは、こう話す。「学校では長征の精神は遠い話で、試験に出るだけのものだった。でもあの午後、谷間に立った瞬間、自分も歴史の一部になれた気がした。教科書に名前が載っている人たちが、すぐそばにいるように感じられた」
■設計された「自発的な感動」
参加者の感動は、自然に湧き上がった感情のように見える。だが、その裏には緻密な設計意図がある。
グローバル・タイムズによれば、婁山関プログラムの運営責任者ヤオ・ディファ氏は、従来のレッドツーリズムの限界を認めている。
ヤオ氏が語るのは長征をテーマにした体験についてだが、その設計思想は、臨沂の抗日体験や武郷の抗日テーマパークにも通底するレッドツーリズム全体の方法論にも通じる。曰く、若者が記念館を訪れても、展示物とどう向き合えばいいかわからない。
「知識は客観的だが、感情は主観的だ。感動を強制することはできない」とヤオ氏は語る。
だからこそ、来場者自身をエキストラとして物語に参加させる仕掛けが要る。ヤオ氏が設計の柱に挙げるのは3つ。
強い儀式性、高密度な感覚刺激、そして集団行動の力だ。
歴史を講義として聞かせるのではなく、その場でしか味わえない身体感覚を通じ、用意した物語に参加者を引きずり込む。周到に組まれたその演出プランのもと、あたかも自発的に湧き上がったかのような高揚感と感動に参加者らは胸を震わせる。
■131億円かけた「日本兵撃ち」施設
こうした設計思想のもと、山西省武郷県では抗日感情に直接訴えかける体験施設が造られた。
抗日戦争中、中国共産党が指揮した軍隊「八路軍」に、この地から9万人以上が加勢しした。いま同地は、中国共産党の革命遺産をめぐるレッドツーリズムの名所である。そこに、地方政府が約8000万ドル(約131億円)を投じた抗日テーマパーク「八路軍文化園」がある。
来場者は八路軍か日本軍、どちらかの軍服を選んで身につけ、おもちゃの銃で撃ち合う。米外交政策ブログサービスのフォーリン・ポリシー・アソシエーション・ブログによれば、園内にはPC向けサバイバル・シューティングゲーム『S.T.A.L.K.E.R.』を参考にした塹壕戦シミュレーションや、走る列車から線路沿いの日本兵を撃つアトラクションもある。
演劇セクションでは、日本兵に扮した俳優が、私服姿の八路軍兵士を日本刀で刺し、さらに銃で撃つ。
武郷県ではこのほか、旧八路軍総司令部の跡地に、革命関連の記念・教育・観光施設を集約した「赤色文化エコシステム」を設定。政府指定の「愛国主義教育基地」と位置付けている。
香港公共放送の香港電台が2025年7月に報じたところでは、抗日戦争勝利80周年にあたる同年、同地では教育ツアーが実施され、年間20万人超の来場者を見込んでいるという。
■愛国教育法で急拡大したレッドツーリズム
中国各地の観光地で愛国教育プログラムが一斉に導入された背景にあるのが、2024年1月に施行された「愛国主義教育法」だ。
同法は「国家の統一強化」を掲げ、幼い子どもから社会人まで、学習と仕事を通じて国家と中国共産党への愛を育むことを義務づけている。CNNによれば、レッドツーリズムと直結する条項として、博物館や図書館などの文化施設を愛国主義教育の会場とし、観光地を「愛国心を呼び覚ます場所」に位置づけるよう命じたものがある。
学校に対しては、当局が「政治・思想の歩く教室」と呼ぶこれらの施設への社会見学を義務づけている。こうした見学は以前から行われてきたものの、新法によって初めて法的拘束力を与えられた。
中国共産党は、国民の統率に躍起だ。2022年末、中国各地の若者がゼロコロナ政策に反発し、無言の抗議を象徴する白い紙を掲げて街頭に立った。現代中国では異例の抗議運動、「白紙運動」だ。経済は低迷し、若年層の失業率は翌年に過去最高を記録した。
ノッティンガム大学で中国政治を専門とするジョナサン・サリバン准教授はCNNの取材に応じ、中国が長年、国民は中国共産党の統治方針を受け入れるという暗黙の「社会契約」に頼ってきたと指摘。ただし、「今後数年は波乱含みになるだろう」と警告し、「中国を愛するなら党を愛すべきだ、という方向に固めようとしている」と分析した。
■1日平均1万人が押し寄せる
愛国主義教育法の施行で、レッドツーリズムの現場は目に見えて変わった。
中国国営通信社の新華社が昨年10月に報じたところでは、山西省陽泉市にある百団大戦記念館の来場者数は国慶節の連休7日間で1日平均1万人に達し、前年の3倍を超えた。
複数の施設責任者は、マイカーで訪れる家族連れが大半で、若い旅行者の関心も着実に高まっていると述べる。戦時の状況を描いた映画が相次いで公開されたことも、人気に拍車をかけた。
活況は全国に広がり、抗日にとどまらず様々な角度から愛国心を掻き立てる。施設側はVR機器や没入型ステージを導入し、展示と演出の一新を進める。
グローバル・タイムズによれば、江西省贛州(かんしゅう)では、長征をテーマにした没入型叙事劇がこれまでに619回以上上演され、33万8500人超が足を運んだ。国共内戦期の革命根拠地として知られる湖北省洪湖では81カ所の革命歴史遺跡を舞台に野外公演が行われ、地域一帯が「壁のない巨大な屋外劇場」と呼ばれるまでになっている。
抗日、長征、内戦をテーマに、中国共産党の歴史全般を没入型エンタメで国民に刷り込む態勢が、着々と整っている。
■中国全土で高まる反日感情
愛国心の高まりが、常に生産的な結果を生むとは限らない。2024年6月、江蘇省蘇州市で日本人の母子がナイフで襲われた事件は、反日感情が煽られた帰結と読み取ることもできる。
中国メディア研究組織のチャイナ・メディア・プロジェクトが取り上げるように、外国人を標的にした刃物による事件は数週間で2件起きており、中国のSNSには犯人を「英雄」と称える排外主義的なコメントが殺到した。
事態を受け、ウェイボー、テンセント、百度、フェニックスメディアなど大手プラットフォームが、「中日間の対立を煽る極端なナショナリズム」に当たる投稿を取り締まると相次いで声明を出した。
だが、その宣言と相反する動向も起きた。テンセントの声明の翌日、6月30日。国営放送の中国中央テレビ(CCTV)は、1930年代に日本軍が偽造紙幣で中国経済を攪乱しようとした歴史を取り上げた記事を、ウェイボーで拡散した。
CCTVを傘下に持つ中央広播電視総台(CMG)の公式アカウント「CMGグローバルニュース」(フォロワー4800万人超)も、「鉄壁の証拠!」と怒りの絵文字を添えて広めている。
■中国国民の87.7%が日本を否定
チャイナ・メディア・プロジェクトはこの矛盾を「道義上の混乱」であると批判する。「煽りながら、一方では取り締まる」のダブルスタンダードは、外交の局面でも繰り返されてきた。
2025年11月、日本の高市早苗首相は国会答弁で、「中国による台湾攻撃は日本の存立を脅かす事態になり得る」と述べ、日本の自衛隊による対応もありうると示唆した。CNNは、中国がこれを機に、報復措置を矢継ぎ早に打ち出したと振り返る。
中国外務省は自国民に日本渡航の自粛を勧告し、同国防省は「日本が台湾海峡に軍事介入すれば壊滅的な敗北を喫する」と警告した。在大阪中国総領事は高市発言について「差し出された汚い首は切り落とすべきだ」とSNSに投稿し、後に削除に追い込まれた。対日強硬姿勢は崩さないまま、物議を醸した投稿だけを撤回してお茶を濁した形だ。
こうして恣意的な指針が出される中、反日感情は着実に強まっている。国立研究開発法人の科学技術振興機構が運営する公的情報サイト「サイエンスポータルチャイナ」が掲載した記事によると、日本に良くない印象を持つと答えた中国国民は2024年、前年の62.9%から87.7%へ跳ね上がった。良い印象を持つ人は37.0%から12.3%へ落ち込んでいる。
■「これはゲームではない」の言い分
もっとも、こうした指摘はレッドツーリズム施設の運営側も想定済みだ。
長征体験を運営する婁山関のヤオ氏は、「最終目標は一貫している。これはゲームではなく、記憶されるべき歴史の一章だ」と言う。没入型体験と厳粛な歴史とのバランスを保つ、独自の基準があるのだという。
考証は確かに入念である。グローバル・タイムズによれば、婁山関の公演の刷新にあたり、ヤオ氏のチームは突撃ルートの検証から紅軍部隊の編成、国民党軍の火力配置、軍服の細部まで、徹底した史料調査を重ねた。
同紙は戦闘の実演に、当時国共両軍が使った実物の銃・火砲が100挺以上用いられると説明。1回の公演で発射する空砲は銃弾500発超、砲弾100発超。出演者は200人を超えるとしている。
同じ姿勢は、抗日をテーマにした施設にも見られる。沂南県の施設のヤン・ジースオ副支配人も、同紙の取材に、同観光地自体が革命運動の発祥地のひとつであり、16年にわたりレッドツーリズムの定番であり続けた同観光地では、プロのチームが脚本と特殊効果の歴史的正確性を担保していると説明する。
来訪時90歳だった退役軍人は、こう評価したという。「素晴らしい取り組みだ。今の若い世代には、戦時の犠牲を理解するためにこうした体験が必要だ」
だが、精密な考証を経ているからといって、歴史の政治的背景が偏りなく描かれているわけではない。歴史を体験するはずのこうした施設では、共産党の戦いだけが再現され、国民党軍は敵役としてしか登場しない。
プロパガンダの性質の強い施設を運営しておきながら、「これはゲームではない」と宣言することで、あくまで「歴史教育」と言い逃れている格好だ。
■感動を通じて愛国心を刷り込む
婁山関で長征の追体験を終えたチェンさんは、グローバル・タイムズにこう語る。
「没入型の赤色体験は、誰もが『歴史の体感者』になれることに最大の意義がある。真の理解は、体感することから始まる。このアプローチにより、より優れた赤色教育が実現しつつある」
歴史教育のあるべき姿を述べているようにも聞こえる。だが、筋書きのあるエンタメ施設で「体感したこと」は、「真の理解」ではない。感情的な体験が鵜呑みになり、エンタメ施設で起きた「歴史」は「真の歴史認識」にすり替わってゆく。長征であれ抗日戦争であれ、これこそが没入型のレッドツーリズムに潜む最大の問題だ。
2024年12月、北京で開かれた第2回日中ハイレベル人的・文化交流対話。青少年交流や観光を語り合うその席で、王毅外相は翌2025年が「抗日戦争勝利80周年」にあたることに触れ、「前事を忘れざるは、後事の師なり」と日本側に迫った。交流促進の会議の場で、歴史問題を切り出した形だ。
「歴史を忘れなければ、未来の指針となりうる」との含意だが、国民の、とりわけ感情に突き動かされやすい若者世代の心情を揺さぶり、党の歴史観を自ら体験した実感として植え付ける抗日テーマパークは、果たして正しい歴史認識の継承に貢献していると言えるのか。
武郷県では、今日も列車に乗った参加者たちが、日本兵を次々と撃ってゆく。自ら体験した歴史の「真実」に心を動かされ、日本兵から国を守った充実感に浸りながら家路につく。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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