■他の国とはことなる日本の省エネ対策
東京ではこの夏、職員が短パンで出勤する――。
そんなニュースが海外メディアを賑わしている。
英ガーディアン紙は、「東京都は省エネと暑さ対策のため短パンの着用を推奨」という見出しで、この取り組みを紹介した。少しでも涼しい服装で働けば、熱中症を防ぎ、冷房に使う電力も抑えることができる。合理的な取り組みだという評価である。
しかし海外メディアが注目したのはそれだけではない。
英BBCの見出しはこうだ。
「男性の職場での短パン着用に対し、女性からは『脚の毛ハラスメント』との声」
記事では脚の毛によるハラスメント=スネハラをそのまま「SUNE-HARA」と表記している。暑さと節電のための取り組みのはずが、いつの間にか「男性が短パンをはいてよいか」という身だしなみ論争に変わっている。その日本らしい展開を、BBCは興味深く伝えている。
だが、この光景を少し離れた場所から見ると、別の疑問が浮かぶ。
なぜ日本では、これほど暑くなり、エネルギー価格が上がっても、議論されるのは服装や冷房の設定温度なのだろうか。
BBCは、短パン解禁の背景について、イラン情勢による電力需要の高まりに備え、節電を図る狙いがあると説明している。同じ報道では、アジア各国の対応も紹介された。在宅勤務や労働時間の短縮、電力使用の制限などである。
■エネルギー危機は国民の力で乗り越えた
もちろん、各国のエネルギー事情は異なる。それでも並べてみると、日本では危機への対応として、まず服装を含む一人ひとりの工夫が前面に出ているように映る。
なぜ日本では、危機が起きるたびに、国民の工夫や努力がこれほど重視されるのだろうか。
その背景には、日本が半世紀をかけて築いてきた、省エネの成功がある。
日本は、省エネを国民生活に定着させることに成功してきた。冷房の温度を控えめにする。照明を消す。家電の電源を切る。
特に、エネルギー危機が起きるたびに、省エネで対応してきた。
1970年代のオイルショックでは、工場、自動車、家電の効率を大幅に改善した。2011年の福島第一原発事故後には、全国規模の節電が行われた。そして今、イラン戦争によってエネルギー供給への不安が高まるなか、服装をさらに軽くして冷房を抑えようとしている。
これは単なる我慢ではない。
日本は半世紀をかけて、省エネを技術、制度、企業経営、生活習慣の中に組み込んできた。
■世界一の省エネの国になったが…
日本銀行の研究によれば、日本のエネルギー効率は1970年代から80年代にかけて大幅に改善した。大きな役割を果たしたのは、企業部門における省エネ技術の進歩だった。鉄鋼、化学、機械などの製造業は、生産量を維持しながら、使用する燃料や電力を減らす技術を競って開発した。家庭でも、冷蔵庫、エアコン、自動車などの効率が上がった。
少ない電力で同じ性能を出す。少ないガソリンで長く走る。製造工程の無駄を細かく削る。省エネは、日本製品の品質と国際競争力の一部になった。
象徴的なのが、1999年に始まった「トップランナー制度」である。市場にある最も効率のよい製品を一つの目安とし、将来、業界全体が到達すべき省エネ基準を定める。最も優れた製品を、次の市場標準にする仕組みだ。
トップランナー制度は日本国内に留まらず、「規制によって企業の技術革新を促し、市場全体の省エネ性能を引き上げる」という、画期的な規制モデルとして、海外の省エネ政策にも影響を与えた。
日本が海外へ広げたのは、製品や制度だけではない。
■もっと評価されていい
2005年に始まったクールビズは、ネクタイや上着を外し、冷房の設定温度を緩めることで電力消費を減らす運動だった。
この発想は国連にも波及した。2008年、当時のバン・ギムン国連事務総長は、ニューヨークの国連本部で「Cool UN」を開始した。
自動車でも、日本の影響は大きかった。1970年代のオイルショック後、燃費のよい日本の小型車は米国市場で支持を広げた。大型車中心だった米国メーカーは燃費改善を迫られた。その後、トヨタのプリウスに代表されるハイブリッド車は、新しい選択肢を世界に示した。
日本の省エネは、決して無駄ではなかった。それどころか製品、制度、企業競争、生活文化を通じて、世界のエネルギー効率を引き上げてきた。
それは、もっと評価されていい。
■化石燃料を使い続ける矛盾
ところがここにひとつの矛盾がある。
世界の省エネをリードしてきた日本では、エネルギーをつくる側の構造改革は、十分な速度では進んでいない。特に電源の脱炭素でおくれをとっている。
国際エネルギー機関は、日本のエネルギー供給の炭素集約度が、加盟国のなかでも高い水準にあると指摘している。
2024年度、日本の発電量の約3分の2を火力発電が占めた。石炭だけで約28%に上る一方、再生可能エネルギーは23%余りだった。
OECDも、日本では、エネルギー効率が上がっている一方、電源構成は依然として炭素集約的だと指摘している。
省エネによって電力需要を減らすことはできる。しかし、それでも電力を石炭や天然ガスでつくり続ければ、排出量の削減には限界がある。
つまり、今問われているのは、どれだけ電気を節約したかだけではない。その電気を何からつくったかである。
もちろん、日本の脱炭素がまったく進んでいないわけではない。近年は、化石燃料による発電の比率は低下し、再エネと原発の比率は上昇している。
問題は、変化の速度があまりに遅く、政府自身が掲げた目標を実現する政策が追いついていないことだ。国際的な気候政策評価プロジェクトClimate Action Trackerは、日本の政策と実行を「不十分」と評価し、より踏み込んだ政策を実施しなければ、2030年の削減目標を達成できない可能性があると指摘している。
OECDも2026年、日本の電源構成はなお化石燃料への依存が大きく、2050年のネットゼロを実現するには、政策の実行を加速する必要があると評価した。
(※ OECD Economic Surveys: Japan 2026)
■決して再生エネ資源がないわけではない
今回のイラン戦争は、日本の化石燃料依存の構造をはっきり示した。
ホルムズ海峡を経由するLNGの輸入が不安定になると、日本政府は、CO2削減のためにブレーキをかけていた低効率の石炭火力の運転を増やす方針を決めた。LNGを節約し、電力の安定供給を守るためだ。
ロイター通信は、今回の危機によって、日本の輸入化石燃料への依存が、経済と安全保障の弱点として露呈したと報じた。
記事の中で、自然エネルギー財団のトーマス・コーベリエ理事長は、太陽光、風力、蓄電池による国内電源を増やすことが、供給途絶や軍事攻撃への備えにもなると指摘している。
しかし、現実に選ばれたのは、「化石燃料を減らす」ことではなく、「不足した化石燃料を別の化石燃料で補う」ことだった。
問題は、緊急時に石炭を使ったことだけではない。輸入途絶という想定できたリスクに対し、再エネ、蓄電、地域間の電力融通が、石炭に代わる現実的な選択肢として育っていなかったことである。
日本には再エネ資源がないわけではない。
それを発電し、遠くへ運び、市場に接続する制度とインフラが追いついていないのである。
実際、2025年には、太陽光や風力で発電できるのに、その出力を一時的に抑える「出力制御」が増えた。
■もう国民は省エネをがんばりきっている
太陽光の電気が余っても、地域間を結ぶ送電網や蓄電設備が十分でなく、需要の大きい地域や時間帯へ回し切れないためだ。
つまり、再エネ設備が足りないだけではない。すでにつくれる再エネ電力さえ、受け入れて運ぶ仕組みが追いついていないのである。しかもこれは新たにわかった問題ではない。
障壁は送電網だけではない。OECDは、日本で再生可能エネルギーを増やす際の問題点として、「長期化する許認可手続き、不十分な送電網、地域社会の反対」を挙げている。
大型の太陽光発電や風力発電では、景観や安全性などをめぐり、地域との話し合いが難航することもある。本来は政府が送電網への投資から地域との合意形成、雇用の移行まで一体で支える必要があった。しかし実際には電力会社や自治体などの個別調整に委ねられ、国が構造転換を主導したとは言い難い。
一方、石炭火力やLNG基地を中心とする古い仕組みには、企業の事業や雇用、地域経済が深く結びついている。このため、新しい電源への切り替えは簡単には進まない。
国際機関が問題視しているのは、国民の省エネ意識ではない。再エネへの転換を阻む制度やインフラの側である。
個人がどれほど節電しても、この構造は変えられない。必要だったのは、古い仕組みを変える政策の決断だった。
■クールビスは「市民の美徳」
ここに、ひとつの逆説が浮かび上がる。
日本では、個人や企業による省エネが、危機のたびにエネルギー需要を抑えてきた。その一方で、既存の発電所や産業の基本的な仕組みは、大きく変わらないまま残った。
その成功に頼ることで、政治が電源や産業構造の転換を先送りできてしまったのではないか。
2021年、英ガーディアン紙は、日本の石炭火力廃止を訴えてきた気候ネットワークの平田仁子氏にインタビューした。平田氏は、福島事故後、電力会社が原発から石炭へ移った背景には、従来と同じ大規模事業モデルと利益を維持しやすいという事情があったと説明している。
ノルウェー科学技術大学の政治学者エスペン・モー教授は、省エネを、今ある産業の仕組みを大きく変えなくても進められる政策として捉えている(※)。
(※ 「日本における既得権益、エネルギー効率、再生可能エネルギー」より
工場や発電所をすぐにやめる必要はない。今ある設備を改良し、少ないエネルギーで同じ仕事ができるようにすればよいからだ。そのため、省エネは既存の企業や利益の構造と衝突しにくい。
これに対して再生可能エネルギーへの転換は、発電所、送電網、事業者、投資先を変えるため、強い抵抗が起きやすいと、モー教授は指摘する。
さらに、省エネが個人の我慢や責任として語られてきたことを問題視する研究もある。
学術誌 Energy Research & Social Scienceの2026年の研究は、日本のクールビズについて、暑さへの我慢を「市民の美徳」として位置づけ、その負担を個人の身体に負わせていると分析した。
■海外から見た日本の不思議さ
日本の政策は、「今ある仕組みを改善する」ことには強かった。しかし、「今ある仕組みの一部を終わらせる」政治的な決断には弱かった。その結果、発電所や送電網の改革よりも、国民の服装や生活習慣を変える対策のほうが、目に見える形で繰り返されてきた。
そして生活者には、冷房を抑え、服装を変え、電気をこまめに消すことが求められた。
ここで、東京都の短パンが別の意味を帯びてくる。職員が短パンをはく一方で、石炭火力は動き続ける。そのアンバランスさこそが、海外から見た日本の不思議さなのかもしれない。
日本では、省エネファッションが導入されると、「おじさんの短パンはありかなしか」という議論が起きる。だが本当に議論すべきなのは、そこではない。
短パンを認めること自体が問題なのではない。猛暑のなかで、服装の自由度を上げることは当然だ。問題は、なぜこれほど暑くなっても、政策の焦点が個人の服装や冷房温度に置かれるのかということだ。
なぜ、エネルギー危機が起きても、石炭火力を減らしたり、送電網を増強する計画より先に、国民へ節電が呼びかけられるのか。
発電の構造の不都合を、国民の身体的な適応と日々の工夫で埋め合わせようとしているのではないか。
日本人の省エネ意識が足りないわけではない。むしろ、政治や制度が担うべき課題まで、個人の工夫と努力で補うことを求められてきた。
■日本人は、もう十分に節電した
冷房の温度を気にし、不要な照明を消し、省エネ家電を買い、燃費のよい車を選ぶ。そうした努力を、日本人は何十年も続けてきた。
省エネは重要である。しかし、個人がどれほど節電しても、石炭火力を閉鎖することも、送電網を整備することも、再生可能エネルギーの許認可制度を変えることもできない。
いま、問うべきなのは、「自分には何ができるか」だけではない。
日本の省エネは、世界に誇るべき貢献だ。
しかし、省エネとは、基本的には今ある社会を効率よく動かすことだ。脱炭素とは、その社会を支えてきた仕組みの一部を終わらせ、新しいものに置き換える政治である。
国民にさらに我慢と工夫を求める段階は、もう終わりにしなければならない。
日本人は、もう十分に節電した。
次に変えるべきなのは、職員の服装でも、冷房の設定温度でもない。
石炭火力をいつまでにどう減らすのか。再エネの電気を運ぶ送電網を誰が整備するのか。既存の産業と雇用を、どう次の時代へ移行するのか。
今度は、政治が答える番である。
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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。のべ2,000人以上のアメリカの若者を取材。彼らとの対話から得たフレッシュな情報と、長年のアメリカ生活で培った深いインサイトをもとに、変貌する米国社会を伝える。専門分野はダイバーシティ&人種問題、米国政治、若者文化。ラジオのレギュラー番組やテレビ出演、紙・ネット媒体への寄稿多数。アメリカのダイバーシティ事情を伝える講演を通じ、日本における課題についても発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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