中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけ両国の関係が冷え込む一方、中国の若者たちは日本の回転寿司に熱狂している。上海に進出したスシローには約700組が殺到し、入店まで最長14時間。
食べ終えた皿を積み上げる「スシロータワー」の動画は、SNSで約200万件の「いいね」を集めた。習近平政権が「日本叩き」を強めても、日本ブランドへの消費熱は冷めない現状に、海外メディアが注目している――。
■スシローで皿を積み上げる中国の若者たち
皿が、1枚、また1枚と重なっていく。
食べ終えた寿司の皿を塔のように重ね、その高さを比べてどれだけ平らげたかを競う。中国の若者の間でいま、日本の回転寿司チェーン「スシロー」を訪れ、「スシロータワー」と呼ばれる皿の山を築く動画が大流行している。
60枚、そして80枚を超えることも。高く重ねた皿の前でスマートフォンを構え、崩れそうになるたびに歓声があがる。その一部始終を収めた動画がSNSに投稿されていく。
ぐらぐらと揺れる皿の塔を映しただけの動画が視聴者を魅了しており、ある7秒のショート動画は、中国国内版TikTokに当たる「抖音(ドウイン)」で約200万件の「いいね」を集めた。ブルームバーグによると、こうしたバズ動画は中国の生活情報SNS「小紅書(シャオホンシュー)」にも広がり、若い中国人が国内のスシローに押し寄せているという。
こうした熱狂は、日中間の政治摩擦などまるで存在しないかのようだ。
■入店まで14時間、順番は転売される
昨年11月、高市早苗首相が台湾海峡で有事が起きた場合の自衛隊展開の可能性に触れた。
中国政府はすぐさま反発し、国民に日本への渡航を控えるよう呼びかけた。日中を結ぶ空の便は激減した。
香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストは、6月23日時点の数字として、中国側が今年に入って欠航させた日本向けフライトが約9000便にのぼると報じている。この夏の日中路線は、政治的な摩擦に加えてビザ手数料の引き上げも影響し、前年比57%減にまで縮小した。2023年にさかのぼれば、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出をめぐって中国が日本産水産物の輸入を全面的に止めたことも、まだ記憶に新しい。
それでも、若者たちはスシローに列をなす。
習近平政権が意図する日本への“経済制裁”をよそに、国民一人ひとりは「食べたい」「楽しみたい」という好奇心に素直だ。
スシローが広州に中国1号店を開いたのは2021年。その後、人気に本格的に火がついたのは、昨年末のことだった。
上海への出店時には約700組が店の前に詰めかけたと、ブルームバーグは報じている。最長14時間待った客もいたという。
今でも人気は衰えていない。
広州や深圳といった大都市では、週末になると200~500組待ちが当たり前になった。繁華街で若い客が5時間並ぶことも珍しくない。ついにはフリマアプリで転売屋に約30元(約720円)を払い、順番を買う客まで現れた。
■安さとエンタメ性がある回転寿司の集客力
スシロー人気の大きな理由は、価格の安さだ。中国版のメニューは1皿8元~28元(約190~670円)の設定。日本よりは高めの設定だが、寿司全般が高額な傾向にある海外においては、破格の印象があるのだろう。
日本同様、レーンの上には特大タッチディスプレーの「デジロー」が設けられ、エンタメ性も抜群だ。60元(約1400円)ごとの抽選で寿司モチーフのフィギュアが当たる仕組みも話題を呼び、SNSでの拡散に一役買っている。
スシローの親会社FOOD & LIFE COMPANIESの広報担当者は、ブルームバーグに宛てたメールでのコメントで、「こうした良い反応がSNSを通じて北京、広州、成都へ広がっており、中国本土全体でスシローの集客力が加速していると考えています」と説明する。
店舗数で見れば、中国はすでに日本に次ぐ第2の市場だと、ブルームバーグが伝えている。F&LCのスシローを含む海外事業は、今年6月8日にオープンした香港の「スシロー九龍湾淘大店」をもって300店に到達。海外店の大半が中国本土・香港・台湾を含む大中華圏に集中している。
中期経営計画では、26年9月期に海外310~320店、海外売上比率35%を掲げる。
海外事業に牽引され、同社は通期の営業利益予想を405億円から485億円へ上方修正した。上半期だけで約280億円を稼ぎ、これにより修正後予想の約6割をすでに達成した。株価は1006円(株式分割調整後)を付けた2024年8月から上昇傾向にあり、現在は5000円台半ばで推移している。
■サイゼリヤの稼ぎ頭は日本から中国へ
日本ブランドへの根強い支持は、寿司にとどまらず、アパレルでもその他の外食でも広く見られる。
中国の国内消費は冷え込み、日中関係にも依然緊張が続く。それでもユニクロの中国事業は堅調だ。サウスチャイナ・モーニングポストが伝えた親会社ファーストリテイリングの決算では、3月から5月までの3カ月間で中国本土の売上高は前年を上回り、利益は2桁パーセントの伸びとなった。
昨年9月から今年5月までの大中華圏における売上高は、5105億円。グローバル売上高の19.5%を占め、ここでも中国は日本に次ぐ世界第2の市場だ。
一方、サイゼリヤでは、稼ぎ頭の市場がすでに日本から中国に移った。アジア小売業界専門メディアのインサイド・リテール・アジアが昨年報じた数字では、中国事業の年間営業利益は4000万ドル(約65億円)と、日本国内の実に3倍にのぼる。

人気の理由は、価格の手頃さだ。上海ではミラノ風ドリアが15元(約360円)、イカスミパスタが16元(約380円)。こうした手頃な価格で、日本同様に現地の消費者を引きつけている。
インサイド・リテール・アジアによると、海外事業担当取締役執行役員の長岡伸氏は、「中国市場を最も重視している。利益はすでに日本を上回っており、将来の成長余地もはるかに大きい」と強調する。
同社は2035年までに中国の店舗数を現在の約2倍、およそ1000店に拡大する計画だ。年50店以上のペースで出店を続け、日本国内の約1050店に迫る規模を目指している。
■政府の決定は尊重、でも食事は別
なぜ中国の消費者たちは、日中対立を気にしないのか。若者たちに聞いてみると、ほぼ同じ答えが返ってくる。
昨年12月、福建省出身の22歳の男性は、デリケートな話題であるためオスカーという英語名を名乗った上で、ブルームバーグの取材に応じた。台湾有事での自衛隊派遣の可能性に触れた存立危機事態発言の余波で、日中の緊張が高まっていた時期だ。
「政府の決定は尊重します。
でもこれは政治じゃない。ただ食事をしているだけですから」
にぎわうスシローで席につきながら、オスカーはさらりとそう言った。
23歳の大学生、エディス・シャオさんも同じだった。北京のモールで30分以上並び、スシローに入った。漫画・アニメ『ちいかわ』のファンでもある彼女は、AP通信の取材に対し、「おいしいし、食材の品質も信頼できます」と語る。
日中関係の冷え込みが日本文化や日本食の消費に影響したかと聞かれると、「あれは指導者の発言です。国民みんなの気持ちまで変わったわけじゃない」と言い切った。
南部・深圳に住む24歳の男性、ダンソン・デンさんも、政治への関心は薄い。ほぼ週1回のペースでスシローに通い、1度の食事で25皿ほど、約200元(約4800円)を使う。
実は北京の店舗では今年に入って、食の衛生問題が報じられた。だが、食品トラブルの話はネットにあふれていて、「人々はある程度慣れている」とダンソンさんは言う。ブルームバーグの取材で彼は、お気に入りの季節限定フォアグラ牛肉寿司を挙げ、8元(約190円)という価格を「破格だ」と評した。

■コスプレとグッズ販売が一斉禁止に
もっとも、政府の圧力がかかっている分野もある。イベントや公演など、行政の目が届きやすい場では、日本のポップカルチャーへの締めつけが強まっている。
今年2月、北京・重慶・蘭州のアニメイベントで、人気アニメ『名探偵コナン』のコスプレとグッズ販売が一斉に禁止された。
マレーシアの英字全国紙のスターは共同通信の報道を引き、きっかけは『名探偵コナン』30周年と『僕のヒーローアカデミア』10周年を記念したコラボだったと伝えている。『僕のヒーローアカデミア』は、敵キャラクターの名前が旧日本軍「731部隊」による人体実験の被験者を指す隠語を連想させるとして、2020年に中国で配信停止になった作品だ。作品間のコラボが「中国人を侮辱するもの」であるとして、現地で反発が広まった。
一方で重慶では、今年1月に靖国神社でのポケモンカード大会が企画されたことへの反発から、ポケモンのコスプレやグッズ販売まで禁止された。イベントはその後、中止になっている。
■ステージから降ろされた日本人歌手
政府の締めつけは、個人のファン活動にも波及している。
CNNによれば、ユイと名乗る中国の18歳のアニメファンの女性が、中国南部のアニメコンベンションに着物のコスチュームで参加してよいかを中国のInstagram風SNS「小紅書」で尋ねたところ、たちまち炎上した。約2000元(約4万8000円)をかけて用意した衣装だったが、「不適切かもしれない」と感じた彼女は、結局それを着ることを諦めた。
影響は日本人パフォーマーにも及んでいる。
CNNの集計によると、昨年12月1日時点で、少なくとも30組の日本人アーティストの中国での公演やファンミーティングが中止に追い込まれた。アニメ『ONE PIECE』の主題歌で知られる大槻マキ氏は、上海公演のさなかにスタッフからマイクを奪われ、そのままステージを降ろされた。
コスプレの禁止やコンサートの中止は、実質的に日本への制裁や日本文化の抑圧に当たる。だが2012年に中国全土を揺るがした反日暴動と比べれば、そのやり方はまるで違う。
2012年、日本政府が尖閣諸島を国有化すると、北京や上海など十数都市で、反日デモが一斉に発生した。ブルームバーグが報じるように、官製メディアは好戦的な論調で世論をあおった。群衆が街に繰り出して日本ブランドの車を叩き壊し、日本料理店を荒らした。
西安では、トヨタ・カローラに乗っていたというだけで中国人ドライバーが暴行された。その映像がネットに広まり、日本車離れが加速した。ユニクロは中国の42店舗を一時閉鎖。イオンも広東・山東両省で35店中30店の営業をやめた。
■例外的に差し止められなかった『鬼滅の刃』
これまでの日本への反発と比較すれば、今回の当局の対応は限定的だ。例えば、映画はどうだったか。
日本のアニメ映画『鬼滅の刃 無限城編』は昨年11月に中国で公開された。その3日後、当局は他の日本映画の新規公開を差し止めたものの、公開済みの同作は上映が続いた。CNNによると、同作は2025年の中国における輸入映画で興行収入2位、6億3000万元(約150億円)超を記録している。
ブルームバーグは昨年12月、こうした選択的な対応を「中国の経済的威圧が進化した姿」と位置づけた。報復の度合いを加減することで、国内消費の冷え込みと抑えきれない社会不安を回避する狙いがあるという。
中国共産党機関紙『環球時報』の胡錫進(コ・シャクシン)元編集長は、中国で最も声高なナショナリストの一人として知られる。その胡氏ですら、今回は一転して反日姿勢の自制を呼びかけた。昨年11月、微博(ウェイボー)に、「対日闘争は長期化しうる。中国社会の堅固さ、理性、団結を維持することが持続力を意味する」と投稿している。
胡錫進氏は中国共産党の意向に沿った発言で知られており、習近平政権として今回は過激な日本バッシングを避ける意図があるとも読み取れる。
■政府の号令ですら欲望にはかなわない
なぜ中国政府は、日本への攻勢を軟化しているのか。中国市場アナリストたちは、消費社会の構造が変化したことに大きな理由があると見ている。
愛国心から中国ブランドを選ぶ「国潮(グオチャオ)」の流れはすでに拡大期を過ぎ、消費者は国産・外国ブランドの双方を受け入れるようになった。チャイナ・マーケット・リサーチ・グループのショーン・ライン氏は、「中国人はもう、中国ブランドだからという理由だけで買うことをやめた」と指摘する。
景気も雇用も先行きは不透明だ。そうした状況で消費者が重視するのは、暮らしに合うか、値段に見合うかだ。
北京拠点のコンサルティング会社WPICマーケティング+テクノロジーズのジェイコブ・クックCEOも、AP通信の取材で同じ見方を示す。「中国の消費者、とりわけ都市部の中間層や若い世代は、日々の買い物をナショナリズムで決めているわけではない」との分析だ。
独立系の中国消費者アナリスト、ヤリン・ジャン氏は、さらに踏み込む。「地政学が現地レベルの商流をそのまま左右するわけではない」
コンサートや映画配給なら、行政の許認可ひとつで止められる。だが、街角の飲食店や小売店に足を運ぶ数千万人を、号令ひとつで止めることはできない。
愛国心より経済的な実利を優先する傾向は、社会に着実に定着しつつある。中国には経済不安も広がる。こうした中、手頃に日常生活に華を添えられる日本発のチェーン店まで規制しては、国民の不満がかえって政府に跳ね返りかねない。
■規制強化の余地は残る
とはいえ、日本食を自由に楽しめるこの状況がいつまで続くかは、誰にもわからない。
懸念すべき前例がある。CNNが報じるように、2016年、韓国がアメリカの弾道ミサイル迎撃システム(THAAD)を配備すると、中国はその報復として韓国の公演やドラマを事実上締め出した。
あれからほぼ10年。いまだに、この規制は解除されていない。
中国の対抗措置がさらに厳しくなるとの見方もある。中国外務省への助言経験もある、復旦大学アメリカ研究センターの呉心伯センター長は、昨年12月のブルームバーグの取材で、「高市が立場を修正しなければ、中国は圧力を強めるだろう。今後を注視しよう」と発言。動向によっては、現地で展開する日本企業に影響が及びかねないとの見方を示した。
もっとも、ブルームバーグによると現在のスシローは目下、大盛況だ。人気のあまり、客同士のトラブルも起きている。レジの横には、「規律と公正さを守るため、ご協力をお願いします」の張り紙も貼られた。
政治摩擦をよそに中国の人々はスシローに列をなし、思い思いに寿司をほおばっている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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