※本稿は、本郷和人『カラー版 皇室のお宝』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■奇抜なデザインの兜が流行
ここ数年、刀剣ブームが続いていますが、鎧兜(よろいかぶと)の世界も徐々に注目されるようになってきています。そこで「皇室のお宝」ではないですが、興味深い武家のお宝を見てみましょう。特に面白いのが、戦国武将たちが愛用した「変わり兜」と呼ばれる個性的な兜の数々です。
2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」のオープニングムービーでも、豊臣秀吉が愛用したとされる「一の谷馬藺兜(いちのたにばりんのかぶと)」が映りますが、孔雀が羽を広げたように頭上の飾りが放射状に伸びる奇抜なデザインは、一度見たら忘れられないインパクトがあります。おそらく戦場でも、皆の度肝を抜いたことでしょう。では、戦国時代には、なぜこのような変わり兜が大流行したのでしょうか? そして、実際の戦闘シーンでは、果たして役に立ったのでしょうか?
■鎧兜には自己像や美意識が濃く出る
戦国時代の鎧兜(よろいかぶと)は個性的なデザインが多くて本当に見飽きないなと思います。この《一の谷馬藺兜》もまず、カメラのレフ板のような反射板を思わせる後部の板が非常に印象的です。切り立った崖のようにも見えることから、昔の人はここから源平合戦の「一ノ谷の戦い」での義経が駆け下りた一ノ谷の断崖を連想したのでしょう。
これに加えて、ヤツデなどの葉から着想した放射状に広がる派手な飾りが添えられている。馬藺(和名ねじあやめ)は常緑多年草で、「葉は狭長にしてねじれ、痩剣状を成して尖り」(『牧野新日本植物図鑑』)とあります。
ここで面白いのは、刀と兜の違いです。刀剣は、昔から贈答品として武家社会のなかで流通してきました。刀は立派なお土産になるし、何かあれば手放され、また別の家に渡っていく。いわば天下の回り物です。ところが、鎧兜はそうはいかない。もちろん例外的に交換されることはありますが、基本的には持ち主に強く結びついていて、簡単には流通しません。だからこそ、鎧兜にはその人の趣味や自己像、美意識が濃く出やすいのです。
■戦国武将の美意識を体現する象徴
もともと中世の鎧兜は、非常に実戦的な武具でした。鎌倉時代の大鎧は重くて高価で、一生に一度作るような代物でした。古文書をひもとくと、財産相続で鎧ひとつが村二つ分の田畑に匹敵する、なんて話が出てくるくらいです。ところが、やがて時代が下り、戦いが騎馬武者の一騎討ちから集団戦へと移っていくと、重い大鎧では動けない。
そこで腹巻(はらまき)や胴丸(どうまる)が発達し、さらに戦国時代には当世具足(とうせいぐそく)へと発展していきます。防御力に加えて、機動性や量産性も必要になってくるわけです。その一方で、大将の鎧兜には別の役割が生まれました。守るだけではなく、「どう見えるか」が大事になってきたのです。
そうなると、兜は単なる防具ではなく、戦国武将の美意識を体現する象徴になります。僕は、変わり兜というのは、まさにその極致だと思っています。実用性だけを考えたら、こんな派手なものは必要ありません。鉄砲全盛の時代に、目立つ兜をかぶって前線に出たら、格好の的です。だから、こういう兜は先陣で斬り結ぶためのものではなく、後方から全軍を指揮する大将のためのものでした。味方には「殿は健在である」と知らせ、敵には威圧感を与える。そういう演出面での重要性が増していった分、防具としての合理性は薄れていったわけです。
■「自分は特別だ」と示さなければならなかった
この兜に限らず、戦国時代の兜は、本当にいろいろあって面白い。
意外なのは、織田信長です。信長の兜はひとつも確実なものが残っていない。あれだけ存在感の強い人物なのに、兜は見つかっていないというのも、なんとも不思議で面白いところです。
その中でも、《一の谷馬藺兜》には、やはり秀吉らしさがよく出ています。秀吉は、金も好きだし、派手なものも好きだし、自分をどう権威づけるかを非常によく考えた人物です。成り上がり者だからこそ、血筋の代わりに、見た目や演出で「自分は特別だ」と示さなければならなかった。その意識が、この兜にもはっきりと反映されているのです。わかりやすく豪華で、人をあっと言わせるものを好む秀吉のキャラクターにぴったりの兜だと思いませんか。
結局、鎧兜を見ると、その人がどんなふうに自分を見せたかったのかがわかります。《一の谷馬藺兜》は、秀吉の武勇そのものを語るというより、秀吉が自分をどう物語化したかったのかを教えてくれる品です。
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本郷 和人(ほんごう・かずと)
歴史学者
1960年、東京都生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学史料編纂所教授などを歴任し、藤田医科大学リベラルアーツセンター長。専門は日本中世政治史。とくに院政期から南北朝期にかけての政治構造や、貴族・武士の権力関係の変遷を中心に研究を重ねる。膨大な史料に基づいた実証と、現代的な視点を交えたわかりやすい通説批判に定評がある。近年はテレビや書籍などでも積極的に日本史の魅力を伝えており、多くの著書がある。主な著書に『変わる日本史の通説と教科書』(宝島社)、『日本史のツボ』『日本史を疑え』(ともに文藝春秋)などがある。
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(歴史学者 本郷 和人)

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