■「目に見えない先端素材」を日本が支配
今、読者の皆さんがこの記事を読んでいるデバイス(端末)はスマートフォンでしょうか、軽量のタブレットでしょうか、それとも高性能なパソコンでしょうか。
まるで一つの魔法の板のように感じるかもしれませんが、実際には何千もの極小の部品が組み合わさった「パズル」です。
では、もしそのパズルの最も重要なピースを、たった一つの国が“独占”していたらどうなるか。もし、その国がピースを渡すのをやめれば、世界のハイテク産業という巨大な工場は瞬時にストップしてしまいます。
これはSF映画の話ではありません。現代のグローバル経済における現実です。そして、その現実のど真ん中にいるのが「日本」なのです。
近年、中国と西側諸国との間の緊張が高まっているというニュースをよく耳にします。中国の習近平国家主席は、人工知能(AI)、電気自動車(EV)、最先端の通信技術など、ハイテク産業において中国が世界の絶対的なリーダーになるという野望を隠していません。
しかし、巨大な経済力と軍事力を持つにもかかわらず、習主席は非常に悩ましいジレンマに陥っています。文字通り「手も足も出ない」状態なのです。
なぜ、このような状況になったのか?
その答えは、日米欧が主導して成功させた「デリスク(リスク低減)」という戦略と、現代のテクノロジーに不可欠な「目に見えない先端素材」における日本の圧倒的な支配力にあります。
■「シートベルト」を締める戦略
長い間、世界は「世界の工場」としての中国に大きく依存してきました。しかし、政治的な緊張が高まるにつれ、一つの国に完全に依存することは非常に危険になってきました。もし対立が起きれば、中国が工場のドアを閉めるだけで、世界中が生活必需品すら手に入らなくなるからです。
一部の政治家は「デカップリング(切り離し)」を主張しましたが、現代のように複雑に絡み合った世界で、完全に縁を切ることはほぼ不可能であり、世界経済に大惨事をもたらします。
そこで日本、アメリカ、ヨーロッパは、より賢くバランスの取れたアプローチを採用しました。それが「デリスク(リスク低減)」です。
車に乗る時に「シートベルトを締める」ように、日用品の貿易は中国と続けながらも、最先端のハイテク部品の生産は、信頼できる同盟国へと慎重に移していくことを意味します。これにより、中国の工場に完全に依存しない、ショックに強い強靭なサプライチェーン(供給網)を築き上げました。
■「日本が供給を止めれば世界が止まる」
このデリスク戦略の最大の要であり、中国が力ずくでトップに立てない最大の理由は、日本が「先端素材」において圧倒的な構造的優位性を持っていることにあります。
テクノロジーというと、私たちはiPhoneやテスラのEV、完成された半導体チップばかりを思い浮かべがちです。
ここにおいて、日本はほぼ独占的な地位を築いています。世界の「急所(チョークポイント)」となっている3つの素材と、それを支える日本の優良企業を見てみましょう。
1.フォトレジスト(魔法のインク)
半導体チップという「巨大で複雑な都市の地図」を光で描くための「魔法のインク」です。これがないと、スマホやAIに必要な最先端のチップは物理的に作れません。
この分野では、JSRや東京応化工業といった日本企業が世界シェアの70~80%以上を握っています。例えば東京応化工業は、売上高が約1700億円(2023年12月期)を超える優良企業であり、長年の研究開発で他国の追随を許さない地位を確立しています[1]。日本企業は、この魔法のインクを何十年もかけて静かに改良し続けたのです。
2.高純度フッ化水素(究極のスーパー洗剤)
極小の都市を作っている最中に、たった一粒のホコリや不純物が混ざるのを防ぐための「究極のスーパー洗剤」です。「99.9999999999%」のような限りなく100%に近い、気の遠くなるような純度が求められます。
この極めて特殊な洗剤は、ステラケミファや森田化学工業といった日本の化学メーカーが世界シェアの70~80%を占めています。ステラケミファは売上高約300億円規模の中堅企業ですが、世界の半導体製造の命運を握る巨人です[2]。
3.フッ素化ポリイミド(曲がるスーパープラスチック)
画面が曲がる折りたたみスマホや、最新EVの車内にある美しいカーブを描くディスプレイに不可欠な「曲がるスーパープラスチック」です。
ガラスのように透明でありながら、プラスチックのように曲がり、さらに極度の熱にも耐えられるこの素材は、日本の住友化学などが世界シェアの90%近くを独占しています。売上高2兆円を超える総合化学メーカーの高度な技術力が、世界の最新ディスプレイを支えているのです[3]。
日本がこの3つの「代替不可能な素材」を握っているため、世界のサプライチェーンにはある絶対的なルールが存在します。それは、「日本がこれらの素材の供給を止めれば、世界のハイテク産業が青ざめる」という構造です。
■輸入制限で中国の「誇り」が消滅する
もし中国が、政治的な対立などを理由に日本を罰しようと、日本がこれら3つの先端素材の輸出を制限したらどうなるか。中国経済にとって、それはやぶへびであり、即座に壊滅的な事態に陥ります。
具体的に言えば、日本の「魔法のインク」と「スーパー洗剤」が届かなくなった瞬間、中国最大の半導体受託製造企業であるSMIC(中芯国際集成電路製造)の工場は稼働を停止せざるを得なくなるでしょう。そうなれば、ファーウェイ(Huawei)が誇る最新スマホも、バイドゥ(Baidu)が開発するAI用チップも製造できなくなります。
さらに、「曲がるスーパープラスチック」がなければ、中国最大のディスプレイメーカーであるBOE(京東方科技集団)は、シャオミ(Xiaomi)やオッポ(OPPO)向けの折りたたみスマホ用画面を作れなくなります。
中国が国家の誇りとして巨額の資金を注ぎ込んでいるEV産業も、制御用の半導体やディスプレイが枯渇すれば、生産ラインはほぼ完全凍結の状態になるでしょう。
■覇権主義とサイバー攻撃の裏にある「焦り」
日本に急所を完全に押さえられている中国ですが、ただおとなしくしているわけではありません。むしろ、その焦りの裏返しとして、日本に対して覇権主義的な野心を剥き出しにしています。
尖閣諸島周辺への公船の絶え間ない侵入や、台湾有事を念頭に置いた大規模な軍事演習など、物理的な威圧を強めています。さらに深刻なのは、目に見えない空間での攻撃です。日本の防衛産業、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、そして先端技術を持つ企業群に対して、中国の国家的な関与が疑われる高度なサイバー攻撃が日常的に仕掛けられています[4]。
彼らは、正面からの経済戦争では勝てない(自滅する)と分かっているからこそ、ネットワークを通じて日本の機密情報や先端技術を盗み出し、なんとかこの「手も足も出ない」状況を打破しようと必死にもがいているのです。
■21世紀の「真の力」とは
この状況は、21世紀における「力(パワー)」のあり方について、非常に重要な教訓を教えてくれます。決して揺らぐことのない「真の力」は、巨大な軍隊や派手なスローガンではなく、静かで目に見えない細部に宿っているのです。
日本の強さは、国際舞台で大声を上げることではありません。何十年にもわたる忍耐強く緻密な研究開発から生まれています。他国には作れない素材を極めることで、日本は自国だけでなく、アメリカやヨーロッパの同盟国をも守る「静かなる盾」を築き上げました。
中国がどれほど野心的な目標を掲げ、軍事的・サイバー的な威圧を強めようとも、習近平主席が自国の産業崩壊を恐れて決定的な経済戦争に踏み切れない状態を、日本の技術力が確実なものにしているのです。
【参考・出典】
・[1] 東京応化工業株式会社 企業情報・業績推移(フォトレジスト市場シェアおよび2023年12月期売上高)
・[2] ステラケミファ株式会社 企業情報(高純度フッ化水素市場シェアおよび売上高)
・[3] 住友化学株式会社 電子材料事業関連情報(フッ素化ポリイミド関連シェアおよび連結売上高)
・[4]「JAXAや防衛関連企業に対するサイバー攻撃の事案について」(中国を背景とするハッカー集団の関与疑惑)
----------
スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学(ICU)教授
マクドナルド・ローリエ研究所(MLI)シニアフェロー兼中国プロジェクト・リード、および日本国際問題研究所(JIIA)のCGOフェロー。著書に『Japan as an Adapter Middle Power: Navigating Ideological and Systemic Divides』(Routledge、2026年)があり、マイク・ローゼンバーグ氏との共著となる近刊『How to Thrive in the New World Order — A Business Blueprint for an Age of Instability』(2027年)も刊行予定。
----------
(国際基督教大学(ICU)教授 スティーブン・R・ナギ)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
