■中国が世界にバラまくフェイクニュースの中身
ネット社会では情報があっという間に拡散します。もし、ある国が隣国を攻撃するために「わざとウソの情報(偽情報)」を流したらどうなるか。当然、その偽りの情報は隣国に大被害をもたらすでしょう。
しかし、相手に投げつけた武器が、そのまま自分に飛んで戻ってきて、自国に大ダメージを与える可能性もあります。いわば「巨大なブーメラン」になるのです。
日本の福島第一原発の処理水放出をめぐり、中国は多くのフェイクニュースを仕掛けました。SNS「微博(ウェイボ、Weibo)」や「抖音(ドウイン、中国版TikTok)」などで、「日本が核汚染水を放出している。わが国の生態系や生命に影響はないのか」といった趣旨の説明文とともに、海に真っ黒な汚染水が大量に流れ込む動画を拡散しました。
元の投稿は短期間に再生されましたが、フランスの報道機関 AFPがチェックしたところ、その動画は偽情報と判定されました。実際の映像は福島ではなく、2020年にメキシコのアカプルコ湾で発生した下水道の破裂・流出事故を撮影した報道の流用であることが突き止められたのです(1)。
また、漁船の網にかかった超巨大タコや、人間よりも大きなエビやロブスターとされる画像・動画を拡散したこともありました。「日本の核廃水を含む海域で発見された変異生物」といったキャプション付きで。
■恐怖をあおる作戦の始まり
福島第一原発のALPS処理水の海洋放出開始されたのは2023年8月のこと。何年もの準備期間を経て、国際社会の厳しい監視のもとで行われたものです。水はWHO(世界保健機関)の飲料水基準よりも安全なレベルまで浄化・希釈されており、国際原子力機関(IAEA)も「国際的な安全基準に完全に合致している」とお墨付きを与えました。
しかし、中国政府はこれを政治的に利用しようとしました。安全な処理水を「核汚染水」と呼び、国営メディアを使って中国国民に科学的根拠のない恐怖を植え付けたのです。そして、日本産水産物の「全面輸入禁止」を発表しました。
当時、中国は日本のホタテなどの最大の輸出先でした。習近平率いる中国は「日本に経済的な大打撃を与えれば、日本は屈服するだろう」と計算したのです。
■日本国内の奇跡的な支援と新たな世界市場
ところが、日本人はパニックになりませんでした。それどころか、全国規模で「地元の漁師を助けよう」という支援の輪が瞬く間に広がったのです。
最も分かりやすい例が「ふるさと納税」です。例えば、ホタテの名産地である北海道別海町では、中国の禁輸措置直後、ホタテを返礼品とする寄付が前年の3~4倍に急増し、寄付総額は前年の2倍に達しました。また、イオンやイトーヨーカドーなどの大手スーパーもすぐに「日本産水産物応援コーナー」を設置し、多くの消費者が国産の魚やホタテを積極的に購入しました。
さらに日本政府と日本貿易振興機構(JETRO)は、中国市場への依存から脱却するため、アメリカやベトナムなど新しい輸出ルートを開拓しました。これまで中国で行っていたホタテの殻むき加工をメキシコのエンセナーダなどの新拠点に移し、北米市場へ直接販売する仕組みを作ったのです。日本はピンチをチャンスに変え、世界展開を加速させました。
■国際社会の強力なサポート
中国の「日本を孤立させる作戦」は、国際舞台でも完全に裏目に出ました。世界の多くの国が日本を支持したのです。
特に大きな影響を与えたのが、アメリカのラーム・エマニュエル駐日大使です。彼は自ら福島を訪れ、地元の魚市場で新鮮な刺身を食べる姿をSNSで発信し、「日本の魚は安全であり、アメリカは日本と共にある」と世界にアピールしました。
さらに、在日米軍は基地の食堂などで提供するため、日本の水産物の大量購入を開始しました。最初は北海道産ホタテ約1トンからのスタートでしたが、これを長期的な契約へと拡大し、日本の漁業にとって巨大で安定した新しい顧客となりました。
■中国を直撃した「巨大なブーメラン」
日本が新しい市場を開拓し、世界中から応援されている頃、中国国内では自国政府が流したフェイクニュースのせいで大パニックとなりました。巨大ブーメランに苦しむことになったのです。
●塩の買い占めパニック
中国の国民は「海が放射能で汚染される」という国営メディアの報道を信じ込み、「海塩が危険になる」「ヨウ素入りの塩を食べれば放射能を防げる」といったデマがSNSで拡散しました。その結果、沿岸部のスーパーから食塩が消える大パニックが発生しました。
事態を重く見た国有企業の「中国塩業集団(中塩集団)」は、「当社の年間生産量1000万トンのうち、87%は地下から採れる岩塩であり、海塩はわずか1%だ。パニック買いをやめてほしい」といった趣旨の緊急声明を出す羽目になりました。
私が2009年から2014年まで香港中文大学の日本研究学科で教授として赴任中の2011年に、東日本大震災が起きました。この時、福島第一原発事故の直後にも、全く同じ「塩の買い占め」を目の当たりにしました。パニックのパターンは当時と全く変わっておらず、中国政府は自ら火をつけたパニックの鎮火に再び追われることになったのです。
●中国の漁業と日本食レストランの崩壊
ブーメランは中国経済にさらに深刻な打撃を与えました。「太平洋が汚染された」と思い込んだ中国の消費者の中には、産地に関係なく「すべての魚介類」を食べるのをやめる人もいました。
さらに悲惨だったのは、中国国内にある約8万軒の「日本食レストラン」です。これらのレストランのほとんどは日本企業ではなく、現地の中国人が経営し、中国人スタッフを雇い、中国産の魚を使っていました。
しかし、「日本」という言葉に過剰反応した客がパニックで寄り付かなくなり、数万軒の中国人経営のレストランが多くの収入を絶たれました。看板の「日本」の文字を隠して「韓国料理」や「アジア料理」に変更して生き残ろうとする店も続出しました。中国政府のウソは、自国の漁師や労働者の生活を根こそぎ壊してしまったのです。
■偽情報の高い代償と日本の進むべき道
今回の騒動は、偽情報(フェイクニュース)の恐ろしさを教える現代の教訓です。中国政府はウソを武器に日本を攻撃しようとしましたが、日本は輸出先を多様化し、国民が団結し、アメリカやG7との絆を深めてさらに強くなりました。
一方で、巨大なブーメランをまともに食らった中国は、自国民をパニックに陥れ、自国の水産業やレストラン業界を破壊したのです(ただし、このブーメラン効果は、情報に触れやすい都市部で特に顕著であり、地方や農村部よりも都市部に大きな影響を与えた)。
日本は今後も、この分野で受け身になったり油断したりしてはいけません。製品の品質、制度、そして社会全体において、「真実」「科学」「法の支配」への投資を絶えず続けるべきです。なぜなら、中国は懲りずに日本に関するフェイクニュースを今後も手を替え品を替えて発信するに違いないからです。
こうした分野への投資を深めることで、中国が日本の評判を落とそうとしたときに、他国が公の場で日本をかばい、見方になってくれるような強固な信頼関係を築くことができます。
その最高の例が、シンガポールのローレンス・ウォン首相の言葉です。高市早苗首相が「台湾有事は日本の存立危機事態になりうる」と発言したのを受け、中国が日本に対する偽情報キャンペーンを開始すると、ウォン首相はテレビで公にこう述べました。
「日本は東南アジアにとって最も信頼できるパートナーです。東南アジアと日本は、過去の歴史を乗り越えて前に進むために懸命に努力してきました」。
読者の皆さんにとって、ここから学べる教訓はシンプルです。真実と科学は、デマや恐怖よりもはるかに強いということです。日本のように透明性と法の支配に基づいて行動する国は世界の信頼を勝ち取り、ウソに頼る政府は最終的に自分自身を傷つけることになるのです。
【注釈・参考リンク】
(1)https://www.afpbb.com/articles/-/3480369
https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00006580Q3A830C2000000/
(2)https://www.sankei.com/article/20250530-2TZL7K263ROUFJ3SNLAOAGZ32M/
(3)https://news.livedoor.com/article/detail/31694933/
(4)SeafoodSource (2023年10月31日) "US military buying Japanese seafood to counter China's ban"
(4)China Daily (2023年8月25日) "China Salt Group says panic buying unnecessary"
(5)Prime Minister's Office Singapore (2026年3月23日) "PM Lawrence Wong's Media Doorstop Interview in Tokyo, Japan"
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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学(ICU)教授
マクドナルド・ローリエ研究所(MLI)シニアフェロー兼中国プロジェクト・リード、および日本国際問題研究所(JIIA)のCGOフェロー。著書に『Japan as an Adapter Middle Power: Navigating Ideological and Systemic Divides』(Routledge、2026年)があり、マイク・ローゼンバーグ氏との共著となる近刊『How to Thrive in the New World Order — A Business Blueprint for an Age of Instability』(2027年)も刊行予定。
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(国際基督教大学(ICU)教授 スティーブン・R・ナギ)

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