■粛清の嵐、次の犠牲者はだれか
中国の習近平政権が、大規模な綱紀粛正や粛清を行っている。報道によると、昨年、規律当局が調査した当局者は98万3000人に上ったという。
そのうちの181人は中央政府が直接管理する高級幹部だった。今年に入ってから、人民解放軍の制服組トップとナンバー2も粛清されたようだ。
そうした状況下、「次の粛清対象はだれか」といった秘密情報を取引する闇市場が拡大しているという。そうした情報に関連して、SNSチャットルームのアクセス料金が399元(約9400円)に達したケースもあるようだ。失脚や高級幹部の粛清が相次いだため、「次は自分かもしれない」と疑心暗鬼になる向きは増えているかもしれない。
■官僚も企業も萎縮する「文化大革命2.0」
中央政府による粛清が続くと、その下の官僚や企業経営者がリスクをとることは難しくなる。実務担当者が萎縮する状況が続くと、中国経済の活性化は厳しくなるだろう。現在、中国経済が抱える、不動産バブル崩壊による不良債権問題や、地方財政の悪化などを解決することは一段と困難になるかもしれない。
今後、習政権の粛清が激化して、官僚組織の政策立案や運営の能力が低下すると、経済のみならず社会心理の不安定化も懸念される。そうした状況について、中国経済の専門家の一部からは、「文化大革命2.0が起きつつある」との指摘すらあるようだ。
■国を救った側近も事実上の軟禁状態に?
現在の中国では、政治と経済の両面で大きな変化がみられる。政治面では、習近平政権の粛清が加速している。
2027年の第21回党大会で総書記4選に向け、習氏の政治体制を強化する狙いはかなり強いとみられる。そのためには、自身の支持基盤を盤石にする必要がある。
人民解放軍のトップクラスの幹部の粛清は、その代表例といえるだろう。1970年代以降の人民解放軍の体制の中で、現在の指導部の人数は最も少ないとの分析もある。今年6月、かつて習氏の側近中の側近とみられていた、王岐山氏(元国家副主席、2023年引退)が事実上の軟禁状態に置かれているとの報道まで出た。
この王岐山氏、1990年代以降の中国の経済と政治運営において、非常に重要な手腕を発揮した。王氏は、金融行政のプロとして名を上げた。1997年のアジア通貨危機の際にも、中国は大きな打撃を受けずに済んだ。それは、王氏が危機を予想して、潤沢な流動性供給を行ったことに支えられたとの見方は多い。
リーマンショック直後、当時の米財務長官だった、ヘンリー・ポールソン氏が急遽中国を訪問した。その目的は王氏との接触であり、ポールソン氏は王氏と緊急会談を持ち、世界経済を支えるための4兆元(当時のレートで約57兆円)の財政出動を求めたと言われている。
■AI導入が進み、若者の仕事がない
2012年、中国のトップについた習氏は、王氏の金融行政手腕を評価して中央規律検査委員会トップに指名した。
習氏は王氏の高い手腕を駆使して、軍から中央・地方政府内の不正とみられる資金の流れを洗い出し、「反腐敗」を徹底した。その人物までが、今回、粛清の対象になった。
習氏は、党と軍の完全掌握を狙っているのだろう。習氏の政治優先の姿勢は、これまでにも増して鮮明といえる。一方、現在の中国経済はかなり厳しい。不動産バブル崩壊から6年近くたった今も、住宅価格は下げ止まっていない。不動産業界などの不良債権残高は増加傾向だ。地方政府の財政悪化懸念も高まった。
多くの中国企業は内需停滞に対応するため、AI導入などによってコストカットを徹底している。バブル崩壊とAI導入の加速が重なり、若年層(16~24歳、学生を除く)の失業率は高止まりしたままだ。
■中国経済が失速した60年前の「悪夢」
習政権による政策運営は、中国経済にとって足かせになる懸念がある。それは、かつての文化大革命が、中国経済にもたらした影響に似ているとの指摘もある。

1966~76年に起きた文化大革命は、大躍進政策を巡る権力闘争だった。1958年、毛沢東氏は、農産物や鉄鋼の増産を目指して大躍進政策を推進した。しかし、当時の中国の生産能力を無視した開墾などが急増した結果、多くの農村は荒廃したといわれている。全国で大飢饉(ききん)も発生した。
それにより、一時、毛氏の権力基盤は不安定化した。代わりに、劉少奇氏の勢力が高まったといわれている。1966年、毛氏は権力を奪回すべく学生を先導して、自身への支持者を増やし政敵の打倒に取り組んだ。こうして文化大革命は起きた。
当時、文化大革命により知識人は迫害された。行政能力も低下した。人々の投資や消費の意欲もそがれ、経済成長率は低下した。試算の一つによると、文化大革命期の一年あたりGDP成長率は平均で1.5%程度に落ち込んだといわれている。

■「政府の意向に従ったほうが得策」
より深刻なのは、官僚や企業経営者のマインドの変化だったかもしれない。文化大革命当時、大躍進政策で積極的に行動した官僚ほど、粛清の対象になることもあったといわれている。それを教訓に、中国の官僚組織などでは、「何もしないほうが得策」との価値観が浸透したとの分析は多い。
2012年に習政権が反腐敗を開始して以降、足元まで綱紀粛正・粛清は強化されている。官僚組織や企業経営者は、「政府の意向に従ったほうが得策」と考えるのは自然といえるだろう。資産秘匿などの疑いで、ファン・ビンビンなど著名な芸能人が摘発されたことも人々の投資、消費意欲を低下させただろう。
一方、政府が旗を振っている分野では、巨額の補助金や支援が供給され、投資が累増する。太陽光パネル、電気自動車(EV)では、補助金目当ての投資が急増し過剰生産能力は深刻だ。国内で行き場を失ったEVが、一気に海外に流出して輸出が急増する状況も鮮明だ。
■一極集中に向け、粛清はまだまだ続く
習政権の腐敗撲滅や粛清の断行は、中国の経済にマイナスの影響を与えることになるかもしれない。10月に習政権が開催する、共産党第20期中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、規律問題を集中的に討議する可能性が高いようだ。党の中央委員会からの高級幹部の除名を確認し、欠員補充のために中央委員候補を昇格させる見通しといわれている。

来年の党大会に向け、習氏に一段と権力が集中する可能性は高い。中央や地方政府の官僚、共産党委員でもある主要企業の経営者などは、少なくとも表向き習政権に忠誠を示すはずだ。新たな取り組みを控える心理も、高まりやすくなりそうだ。
習政権の政策により、今後、政治の重要性が高まる一方、経済の重要性が低下するという傾向はさらに鮮明になるだろう。政府の指示に従い、AI関連分野での投資は累増し、いずれ過剰になる公算は大きい。また、綱紀粛正や思想教育の徹底、塾など教育産業への締め付けは、内需をより強く圧迫することになる。
■富裕層の「脱中国」が意味すること
中国の経済成長率は、今後も低下するリスクが高まっている。すでに厳しさが増している若年層の雇用・所得環境は、これから一段と深刻な状況に向かう恐れは高い。地方政府の債務問題は深刻化し、年金や医療など地方財政に紐づいた社会保障制度への懸念や不満も高まるだろう。
都市と農村を区分管理する戸籍制度の壁や経済格差も、これまで以上に拡大することが予想される。いずれも個人消費の減少にとどまらず、社会心理の不安定化要因になる可能性は高い。
そうした展開を見越したのだろうか、過去10年程度の間、中国を後にする富裕層は増加した。
富裕層の移住関連サービスを提供する企業の調査によると、2025年までの10年間、中国は世界トップレベルの富裕層純流出国だった。それに伴い、中国企業の海外進出(脱中国)も加速することが予想される。
今後、習政権の政策運営は、中国の経済と社会のダイナミズムを減殺することになるかもしれない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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