※本稿は、飯田一史『9割の日本人のための「ゆる読書」入門』(時事通信社)の一部を再編集したものです。
■欧米とは対照的な「マンガ」の扱い
欧米では「コミックは本物の読書」と認められ、さかんに読むことがすすめられ、「文字だけの本」に抵抗がある人たちにとって重要な媒体であるとの認識に変わった。
対して日本の読書推進、読書指導の歴史において、マンガと雑誌は読むべき対象としてはあまり推奨されてこなかった。そして「もっと読もう」という取り組みをするまでもなく、かつては広範に読まれていた。
ところが雑誌の1カ月間の平均読書冊数は出版市場のほぼ最盛期だった1995年には高校生で6.4冊あったものが、2021年には1.6冊と激減し、不読率(1冊も読まない人の割合)は65.5%に達した(全国学校図書館協議会「第66回学校読書調査」)。いまや大人以上に、子どもにとって雑誌は縁遠い。
■市場規模は「過去最高」を記録したが…
なお、大人のマンガ読書率は1985年の毎日新聞社「読書世論調査」では全体で20%程度。その後も読書世論調査では「漫画本」の利用率を尋ねているが、2019年に調査終了するまでおおむね16歳以上全体では不読が7~8割で推移していた。つまり高校生以上の全世代平均ではマンガを読む割合は2~3割。10代の時点で不読率は4~5割で加齢とともに読む割合はだんだん下がっていき、40代で7割程度、50代で9割程度、60代以上は90数%読まない、という結果だった。
マンガ市場は2004年まではコミックス単行本よりもマンガ雑誌のほうが大きく、雑誌を中心に読まれていた。
マンガの市場規模は2021年には紙+電子で6759億円と過去最高を記録した。
しかし「若者のマンガ離れ」は静かに進行していると思われる。
マンガ雑誌に関しては学校読書調査で「ふだん読んでいる雑誌」について小中高生に尋ねているから、経年比較ができる(ただし2019年まで。2020年は調査が実施されず、2021年からは雑誌名を尋ねる調査項目が廃止された)。
■中高生男子の「ジャンプ」読者が激減
日本の出版市場の市場規模がピークに達した1996年と2019年で、各学年でもっともよく読まれた雑誌(マンガ以外も含む)と、何人が読んだかを比べてみよう。なお、調査対象者の人数がそもそも異なるため、2019年のほうは実数のあとに1996年と調査対象者が同数だった場合に補正した数字も示しておく(小数点以下の端数は四捨五入)。
・1996年 小学4~6年生4249名、中学1~3年生3941名、高校1~3年生4253名に実施
小4男「コロコロコミック」371名 女「りぼん」349名
中1男「週刊少年ジャンプ」433名 女「Myojo」313名
高1男「ジャンプ」487名 女「SEVENTEEN」187名
・2019年 小学4~6年生3461名、中学1~3年生2570名、高校1~3年生3479名に実施
小4男「コロコロ」236名 女「ちゃお」130名 →補正後 男290名 女159名
中1男「ジャンプ」27名 女「nicola」55名 →補正後 中1男41名 女84名
高1男「ジャンプ」44名 女「Myojo」26名 →補正後 高1男54名 女32名
■30年前から見られる「減少傾向」
小4男子に対する「コロコロ」の影響力は健闘しているが、女子では少女マンガ誌トップでも読者数が半減、中1、高1男子の「ジャンプ」読者はほぼ10分の1だ。
おそらく日本では小中高生のマンガの読書率はかつてより下がってきている。
全国学校図書館協議会「学校読書調査」の1985年と1995年を比べると、1995年時点ですでに減少傾向が見られる。そのあとはベネッセ教育総合研究所と東京大学の調査になるが、2023年の段階で紙のマンガの読書率は小学生68%、中学生60%、高校生49%。1985年と比べると小中高いずれでも20ポイント以上、読まれなくなっている。
■日本と韓国のマンガ読書の決定的な違い
韓国の「国民読書実態調査」では時折、漫画・ウェブトゥーンの読書調査も実施しているが、これを見ると日本の子どもよりも韓国の子どもの方がデジタルコミックの読書率が高い。
日本では電子コミックの読書率は小学生15%、中学生35%、高校生49%。
韓国ではウェブトゥーンの読書調査率は小45%、中69%、高70%。
インプレス『電子書籍ビジネス調査報告書2025』では紙の単行本マンガ、電子コミック・マンガアプリ、紙の書籍(マンガ除く)、電子書籍(マンガ除く)の読書の頻度について調査しているが、こちらを見てもマンガの読書率は10代(15歳以上)で男子は紙で5割、電子4割、女子は紙で5割、電子で6割。紙の文字ものの本の読書率とそれほど差がない。
10代女子の電子コミックの利用頻度は相対的に高い。それはマンガアプリのリテンション機能の強さ、読者を毎日・毎週利用させるための施策を考えれば、当然そうなってしかるべきだ。
ところが男子では電子コミックの利用頻度は紙の単行本マンガや紙の書籍とほとんど変わらない。つまり、マンガの事業者側が提供方法を工夫してしょっちゅう使いたくなるしかけを用意しているにもかかわらず、「マンガのほうが文字ものの本より積極的に読まれている」とは言えない。これは男子にとってはマンガの求心力が相当なくなっているとみなさざるをえない。
■少額決済できない子どもを軽視してきた
2000年代までは「文字だけの本は読まないがマンガなら読む」という小中高生はめずらしくなかった。マンガ悪玉論が長年語られてきたのは、マンガに強い吸引力があったからだ。
しかしいまの子ども・若者にとって、マンガはそういうものではない。
韓国では、デジタルコミックのほうがむしろ広く読まれている。
そして中高生は、もはや日本より韓国の方がコミックをよく読んでいる。
なぜこのような違いが生じるのか。
日本のデジタルコミック市場は課金額の高い大人向けの作品を中心に成長した。そのため、決済手段をもたない、または少額しか決済できない小中高生は軽んじられている。作品内容が小中高生のほうを向いていないのだ。
若年層向けのマンガの供給自体が少なく、アプリの利用推奨年齢はたいてい15歳以上または18歳以上に設定されている。マンガアプリの本格的な台頭は2013、4年からだが、小学生向けのウェブマンガ誌「週刊コロコロコミック」は2022年になってようやく始まった。これではかつてのように未成年がさかんにマンガに親しむはずもない。
■ポータルサイトが牽引する韓国市場
一方、韓国のウェブトゥーンは、1990年代末に個人作家によるエッセイトゥーンと呼ばれる、作家の分身(ただし日本のエッセイマンガのように本人そのものではないことが多い)を登場させた身辺雑記、詩ともエッセイともつかない作品群が支持されたことを皮切りに、2000年代初頭にはNAVERやダウムといったポータルサイト(日本で言えばYahoo!Japanのようなサービス)がウェブトゥーンサービスを手がけるようになる。
ポータルサイトは主にウェブ広告で収益を稼ぐために、無料でとにかく幅広い読者に読まれる作品が重宝された。
日本で人気の学習マンガ『理科ダマン』はウェブトゥーン『離さないで!精神線』のスピンオフ作品であり、同作は「小統領」、つまり「小学生の大統領」と形容されるほどに低年齢の読者に支持された。
もちろんストーリー性や作画クオリティを重視したロマンスファンタジーや武侠、アクション作品も存在しており、こちらは2010年代以降に課金システムが整備されるとよく売れるようになった。
■実は「書籍の読書率」は改善している
さらには閲覧数や課金額はそこそこな場合もあるが、映画やドラマの原作企画としては魅力的なロマコマ(ロマンスコメディ)、ヒューマンドラマ、ホラーなどの作品が映像化されてヒットすることが増え、「映像化ねらい」のウェブトゥーンもあらわれた。しかし今でも無料で読まれるギャグ、コメディ、エッセイジャンルも併存している。つまり韓国ウェブトゥーンは「閲覧無料で幅広く読まれる作品」「よく課金される作品」「映像化向きの作品」の3階建てになっている。
日本のデジタルコミック市場はこの1階部分が弱く、だから子どもが入ってきづらい。
かつては「マンガや雑誌ばかり読んで書籍を読まない」ことが読書推進、読書指導では課題のように語られた。その後、1990年代から始動し、2000年代には本格化した読書推進政策の影響もあり、書籍の読書率は改善した(※1)。
しかし今も書籍の不読者はいる。高校生は4~6割がそうだ。そしてかつて雑誌の読書率は、小中高いずれも9割以上の時代があった。
※1:拙著『いま、子どもの本が売れる理由』筑摩書房、2020年に読書推進政策の影響についてはくわしく書いた。
■「たんに何も読まなくなった人」の増大
ということは雑誌が凋落し、小中高生の6~7割が「雑誌は読まない」となったことで「雑誌もマンガも読まない」層が増大している可能性がある。この四半世紀の書籍読書の改善が、雑誌読書の悪化を補いきれていない部分がおそらくある。
1990年代以降の官民挙げての読書推進を四半世紀以上経てなお書籍を読まない、読めない人たちには「文字を中心とした紙の本」は遠い、または抵抗があるのだろう。
そして今見てきたように、マンガでさえ若年世代は「紙からデジタルに移行しているから問題ない」とは言えない状態にある。雑誌からアプリやウェブにスイッチした層ももちろんいるが、そうではなく、たんに何も読まなくなったひとたちが一定いると思われる。
■いまこそ「マンガの読書推進」が必要
しかし、本を読むひとも読まないひとも、生きていくうえで何かを感じ、考えることには変わりない。そのときに物語や先人の知恵、ノウハウを参考にしたいと思うはずだ。自らの困りごとや不安を、同様の経験をした人からヒントを得たい、社会の問題などを知りたい、キャリアアップ、スキルアップのために学びたい――等々と思うはずだ。
そのときに広義の本・読書が選択肢として「ない」状態は、社会として望ましくない。読みたくない、知りたくもない人も尊重されるべきだが、必要とする情報や物語に触れたいのに、疎外/阻害されているのはよくない。
アメリカのHi-Loジャンルではグラフィックノベルが大量に用意されている。日本でも、楽しめ、学べ、描き手の体験・経験から参考にできる紙のマンガ、デジタルコミックへのアクセス向上が必要だ。
また、好きな作品がマンガのように更新頻度が高く提供されることは読書への動機付け、習慣づけにもなる。そしてクラッシェンらがあきらかにしたように、マンガ読書はそれ以外の読書への呼び水になる。
いまこそ「マンガの読書推進」が必要だ。
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飯田 一史(いいだ・いちし)
出版ジャーナリスト・ライター
1982年青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌やライトノベルの編集者を経て、独立。マーケティング的視点と批評的観点から出版産業、読書調査、子どもの本、マンガ、ウェブ小説、ウェブトゥーン等について取材、執筆している。著作に『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社)『いま、子どもの本が売れる理由』『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)『作文ぎらいのための文章教室』『ウェブ小説30年史』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社)など。
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(出版ジャーナリスト・ライター 飯田 一史)

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