■身心の「健康」が安楽をもたらす
健康は最高の利得であり、満足は最上の財産である。信頼は最高の親族であり、涅槃は最上の安楽である。(法句経204)
健康、満足、信頼、そして涅槃(寂静(じゃくじょう))という、いわば幸福のための4つの大切なことをあげた句です。現代人にとってもそのまま通じるであろう、よくかみしめたいことばです。
無病で「健康」であれば、生活上の喜びはそのまま喜びとして、憂いなく受けとめることができます。家族や友人で誕生日を祝うことや、進学や就職、結婚や出産などの祝い事も、本人や家族が病気だったりすると心から喜ぶことはなかなか難しいものです。
健康であることはそれだけで利得なのです。
いまの自分に「満足」すること、心が満たされていること、つまり「足るを知る」ことは心の安定をもたらし、どんな宝物よりも価値ある財産となります。
家族や友人であっても「信頼」という絆がなければ、本当の家族や友人とは言えません。逆に固い信頼で結ばれるなら、最高の親族・理解者になれます。
そして「涅槃」。
■すぐれた人と常に身近に接する
聖者たちに会うのは善いことだ。彼らと共に住むのは常に楽しい。愚か者たちに会わずにいるなら、常に安楽にいられるだろう。(法句経206)
「善知識(ぜんちしき)」と聞いても一般にはなじみが薄いことばでしょう。よい知識のことではなく、仏教では「仏道へ正しく導く人」を意味する語で、仏門の師や高僧、またよき友(善友)をさして使われることもあります。
この句の「聖者たち」とは、いわばその「善知識たち」のこと。智慧をそなえ、正道を歩む彼らとともに生活するのは楽しいことで、愚か者と顔を合わせる苦がないのだから、いつも安楽(幸福)でいられるというのです。
道元禅師(どうげんぜんじ)は、「よき人と交わっていれば、知らず知らず自分も感化されていく」として、「霧の中を行けば、覚(おぼ)えざるに衣(ころも)しめる」ということばを引いています(『正法眼蔵随聞記』五)。霧の中を歩いていると、知らないうちに着物がしっとりしてくる――。
そのように、すぐれた人と常に身近に接していれば、知らぬ間に自分も多くを学び、すぐれた人格を身につけていくものだというのです。
善知識の反対は悪知識(※1)。楽しく幸福な時間をたくさん持ちたいなら、悪のほうには近づかず、善知識とよべるよき仲間と人生を共に過ごすことです。
■よき友が自分を成長させる
ことが起こったとき、友があるのは楽しい。どんなことであろうと、満足することは楽しい。いのちが終わるとき、善を積んでいるのは楽しい。あらゆる苦しみが除かれるのは楽しい。(法句経331)
よき友がいること、足るを知ること(知足(ちそく))、善を積むこと、苦を脱すること。これらが人生を最後まで充実させ、幸福をもたらすということです。
友のありがたさについては、「我を生みしものは父母、我を成せしものは朋友(ほうゆう)」ということばがあります。中国の管仲(かんちゅう)(※2)のことばで、不遇の時代から常に心の支えとなった親友・鮑叔(ほうしゅく)との関係(「管鮑(かんぽう)の交わり」という成句のもと)を述懐した話がもとになっています。
「二人で商売をしたとき、私は分け前を多く取ったが、彼は私を欲張り呼ばわりしなかった。私が貧乏なのを知っていたからだ。
足るを知り、善に生きて、こんな親友がいれば、人生は幸福と言えそうです。
※1 悪法・邪法を説いて悪に誘い込む悪い師や悪い仲間のこと。
※2 春秋時代(紀元前7世紀頃)に斉王・桓公を支えた名宰相。
■真心尽くせ人知らずとも
老いに至るまで戒を保つのは楽しい。信じる心が確立するのは楽しい。あきらかな智慧を得ることは楽しい。もろもろの悪を行わないことは楽しい。(法句経333)
昭和の名僧と慕われた松原泰道(まつばらたいどう)(※3)老師が、若き日に旅した箱根山中で目にしたという歌碑には、こんな歌が刻まれていたそうです。
あれを見よ深山(ふやま)の桜咲きにけり真心尽くせ人知らずとも
そこからは、深い山中に人知れず咲く満開の山桜が見えたそうです。師は同行した仲間とこの歌のように、だれが見ていようと見ていまいと、誠心誠意尽くす生き方をしていこうと約束し、人生の「生きる姿勢」が決まったといいます。
この句の「老いに至るまで戒を保つのは楽しい」とは、現代で言うなら「生涯道徳心を保ち、世の中のためになることに励むのは幸せだ」ということでしょう。たとえば高齢者が地域のボランティア活動に尽くしていたり、通学時の子どもたちの安全を見守っている姿には、やはり頭が下がります。
「信じる心」は信頼、「智慧」は人生を豊かに生きる知恵と読み替えれば、日々の些細な行いや人とのふれあいにこそ幸福があるということをあらためて感じます。大事なのは、深山の山桜のように、人知らずとも精一杯真心を尽くすことなのです。
■自己を制御して得られる自由
独り坐し、独り臥し、独り歩み、倦怠もなく、独り自己を調える者は、林の中で独り楽しめ。(法句経305)
独り坐禅を組み、独り体を横たえ、独り歩む。そうして倦(さ)むことなく自己を調える者は、林でも森でも自由に楽しむことができる――。
これは修行の孤独を表す句ではなく、修行者は何ものにも依存することなく、ただひたむきに自己と向き合い、自己を制御せよということでしょう。
ここには、自分の煩悩(ぼんのう)を滅することができるのは自分しかいないという厳しさと、自己を調え迷いを脱したときに獲得する精神の自由があります。「独り」とは精神的に一人ということ。
「でも、独りはつらいな」と感じる人もいるでしょう。とくに若い人には孤独を恐れ、常にだれかとつながっていないと不安だという人が多いようです。
しかし、メールやSNSのやりとりで常に互いの存在を確認し合うより、ときには静かな場所に一人坐(すわ)り、しばし瞑想してみるほうが、自己の存在の不可解さ、愛おしさ、そして人とのつながりをより深く感じ取ることができるかもしれません。
※3 1907~2009年。臨済宗の僧侶。『般若心経入門』など多数の著書がある。
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宮下 真(みやした・まこと)
文筆家・編集者
1957年福島県生まれ。出版社・制作会社を経て独立。仏教や日本・中国の古典を主な分野として出版活動に従事。著書に『禅 心が軽くなる83の言葉』『魂を揺さぶる110のことば 空海』『ブッダがせんせい 心を育てるこども仏教塾』(永岡書店)『猫ブッダは悩まニャイ』(ワニブックス)などがある。
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永井 政之(ながい・まさし)
住職、駒澤大学名誉教授
1946年群馬県生まれ。
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(文筆家・編集者 宮下 真、住職、駒澤大学名誉教授 永井 政之)

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