飛躍的進化を遂げる生成AIは実験科学の現場をどう変えるのか。物理学者の田口善弘・中央大教授は「これまで数多くの大発見を担ってきた人間の天才的な『ひらめき』ですら、AIが猛スピードで繰り返す試行錯誤で代替できようかというところまできている。
人間はただAIにお願いするだけの存在になりつつある」という――。
※本稿は、田口善弘『見えないものを信じる力 物理で世界を読む』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■人間の「ひらめき」はAIで代替可能か
天才の「ひらめき」でさえ、ときに膨大な学習で置き換えが可能なのではないかというのは、生成AI研究の醍醐味の一つだ。「ひらめき」VS「圧倒的な量の試行錯誤」、AIが強いのはどちらだろうか?
事例から考えていこう。AlphaEvolveという、DeepMind社が開発した問題解決エンジンがある。DeepMind社は検索エンジンで有名なGoogleの傘下にあるAI企業で、「AlphaXxx」と名づけたさまざまなアプリケーションを世に出して衝撃を与えてきた企業だ。
最初にDeepMind社が世間の耳目を集めたのはAlphaGoだろう。AlphaGoは囲碁の対戦ソフトで、人間のトッププロに打ち勝ち、世間を「あっ」と言わせた。囲碁に先立って似たようなゲームであるチェスや将棋はすでにコンピュータが人間を超えていたものの、盤面がはるかに大きい囲碁は当分無理だと思われていたのだ。しかし、あっさりAlphaGoが人間のトッププロを打ち負かしたことで衝撃を与えた。
次に話題を呼んだのは、AlphaFoldの開発を率いたデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーが、2024年のノーベル化学賞を受賞したことだろう。一般にノーベル賞は、研究が開始されてから何十年も経過して、その成果が社会に大きなインパクトを与えることが確認されてから与えられるのが常である。
開発から数年でのノーベル賞受賞により、再びDeepMind社は世間の意表を突くことになった。
■圧倒的な試行回数で「人間のひらめき」を凌駕する
このように、他とは比すこともできないような成果をあげてきたDeepMind社が、満を持して開発したのがAlphaEvolveである。AlphaEvolveは「潜在的な回答があると想定されるタイプの問題に対して最善の回答を見つけるアルゴリズム」に限られるものの、問題を与えれば、人間には考えつかなかったような効率的なアルゴリズムを自分で発見できることを示したのだ。
AlphaEvolveは、継続的な試行錯誤と評価を通じて、AIがこれまでにない新たなアイディアを生み出せる可能性を示している。つまり、じっと考え込むのではなく、非常にたくさんの方法を試して、従来のアルゴリズムより優れたアルゴリズムを探すことができる。
人間が新しいアルゴリズムを考えるときは、もちろん試行錯誤も大切だが、それと同等あるいはそれ以上に「エウレカ!(ひらめき)」が大事なのであり、網羅的にありそうなものを片っ端から試したりはしない。その意味でAlphaEvolveの研究はまさに、まず仮説を立ててから検証する従来型の研究とは異なる、圧倒的な量の試行から発見を導く「データ駆動型」である。
現状のAlphaEvolveは、人間が「答え」があることがわかっているものの探しきれない答えを探す「試行錯誤」に強みを発揮しているが、人間が「ひらめき」で見出すような自然法則の発見にはまだまだという感じである。
しかし、惑星の運動データから軌道を高い精度で予測したり、観測データから既知の物理法則を再発見させたりする研究も進んでいる。そこから自然法則の発見まで行きつくのも、絶対に不可能だとは言えない段階に来てはいるだろう。AIが「予測する」ことから、背後にある「法則を見つける」ことへ進めるのかは、まさに現在進行形の研究テーマだ。
■生成AIが人間を「奴隷作業」から解放する未来
AIが変えるのはアルゴリズム開発だけではない。
実験科学の現場にも、同じ地殻変動が迫っている。
これは、とある生物実験の自動化を目指している起業家の講演で聞いた話である。生物学、特に分子生物学の実験は大変に過酷だという話だ。微量の細胞や遺伝子にさまざまな試薬を加え、化学反応をみるという地道な作業を延々と繰り返す必要がある。そのときに使うピペットというスポイトのような器具の名前をもじって、この過酷な作業を行う研究者は自らをピペド(「ピペット奴隷」の略)と自虐的に呼ぶことさえあるという。
だが、現在、このような時代は過去になりつつある。ピペットを用いる実験を代替するロボットが開発されつつあるからだ。このようなロボットを用いて、将来は以下のようなシステムが構築されるだろうと、講演の中で起業家は予測していた。
人間同士が議論してどんな実験をすればいいかを決め、それを言葉で生成AIに伝えると、生成AIは実験をデザインしてロボット実験室に指令を送り、実験を行って結果を収集し、それを整理して人間に戻す。これを成功するまで繰り返すというのである。
■人間に残る仕事は「課題の発見」だけになる
このようなシステムが完成すれば、人間のすることは解くべき課題の発見と、その課題を実行するための実験の計画だけになる。人間の意を受けた生成AIが残りのプロセスをロボット実験室の助けを借りて行い、結果を人間に戻す。

従来の考え方からすると、これはもはや実験ではなく「生成AI生物学」とでも言うべきものだろう。もしこうなったら、研究は人間の手を煩わせず、疲れることを知らず実験を続けることができ、病気の治療法の発見や薬のデザインといった分子生物学的研究の速度は飛躍的に向上し、続々と新しい発見がなされるであろう。一部の極端な分子生物学者は、多くの病気が治療されて人類の寿命も飛躍的に延びるだろうとまで言っているのである。
■AIが大発見をしたらその手柄は誰のものか
だが、ここで挙げた二つの例は、どちらも「人間が生成AIに何をするか指示する」という枠から出ていない。僕は大学の研究者であり、小なりといえども研究室を運営し、学生に研究テーマを与えて研究させるという役目を担っているが、仮に研究過程で学生が何か新しいことを発見しても、それは独力で発見したとは言い難い(つまり、指導教員である僕との共同研究になってしまう)。
それと同じように、AlphaEvolveと生成AI生物実験室の二つの例でも、仮に生成AIが自然法則と言い得るものを発見したとしても、それはそのような研究プロジェクトを立てた人間の発明とみなされ、生成AIが発見したとはみなされないだろう。
「人間の指示によってAIが作業する」ことを超えて、AIが生の現実と直接対峙するようになったとき、AIの発見を人間はどのように評価できるのだろうか。この問いの答えを、まだ誰も知らない。

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田口 善弘(たぐち・よしひろ)

中央大学理工学術院教授

1961年、東京生まれ。『砂時計の七不思議粉粒体の動力学』(中公新書、2025年『砂時計の科学』(講談社学術文庫)として再出版)で第12回(1996年)講談社科学出版賞受賞後、機械学習などを応用したバイオインフォマティクスの研究を行う。スタンフォード大学とエルゼビア社による「世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に2021年度から5年連続で選ばれた。最近はテンソル分解の研究に嵌まり、成果を2019年9月に英語の専門書(単著)として出版(2024年に第2版)。
著書に『はじめての機械学習』(講談社ブルーバックス)、『学び直し高校物理』『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』(以上、講談社現代新書)、『物理は存在しない』(朝日新書)、『トンデモと科学のあいだ』(講談社選書メチエ)などがある。

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(中央大学理工学術院教授 田口 善弘)
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