AIがロボットを動かす「フィジカルAI」の本命とみられてきたファナックと安川電機の株価が、なぜか上がらない。9月7日付の日本経済新聞によると、両社の株価は年初来で1~2%安の水準だ。
家電やスマホに続き、日本企業はまた世界で負けてしまうのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「日本企業の何が速くなり、何が止まっているのか。それは決算書の数字を並べ直せば見えてくる」という――。
■26%増益という数字の、その先を見る
人工知能がロボットを動かし、工場の仕事を変えていく。その中心にいるはずの日本企業の株価が、相場の上昇に取り残されている。企業の実力と株価の距離をどう読めばよいのか。現在地・速度・加速度・転換点・蓄積という5つのレンズを使うと、好業績の陰にある変化と、中国勢の急成長に潜む別の難しさが見えてくる。
2026年9月7日付の日本経済新聞電子版は、工場の自動化を担うファナックと安川電機の株価が、年初来でなお1~2%安の水準にあると報じた。同じ期間に日経平均株価は約3割上昇している。ファナックの4~6月期の営業利益は前年同期比26.1%増。それほど利益が伸びても、株価は市場全体に追いついていない。
しかも、両社は「フィジカルAI」の有力企業とみられている。
フィジカルAIとは、周囲の状況を認識したAIが、ロボットなどの身体を通じて現実の世界で作業する技術だ。画面の中で文章をつくるAIから、物をつかみ、運び、組み立てるAIへ。製造現場で経験を積んできた日本企業には、大きな商機がある。
それでも買われない理由を、「市場が日本企業を理解していない」と片づけると、投資判断はそこで止まってしまう。必要なのは、決算の数字を時間の流れの中に置き直すことだ。私は、この読み方を「微積分思考」と呼んでいる。
■「微分」と「積分」の本当の解き方
微分という言葉から、難しい数式を思い出す方もいるだろう。出発点は身近だ。売上高1000億円という数字を見たとき、その会社が前年の800億円から伸びてきたのか、1200億円から落ちてきたのかを確かめる。同じ1000億円でも、会社の向かう方向は違う。
さらに、毎年100億円ずつ伸びている会社と、増加額が50億円、100億円、200億円と大きくなっている会社では、未来の姿が変わる。まず変化を見て、次に変化の勢いを見る。
これが、微分の発想を企業分析に取り入れるということだ。
積分は、小さな変化を時間に沿って積み上げて考える。毎月獲得した顧客、日々の製造改善、長年の研究開発が、やがて大きな競争力になる。ただし、顧客は離れ、技術は古くなる。過去に使った研究開発費を足すだけでは、現在の技術力は測れない。何が残り、次の成長に働いているかまで見る。
私はこれを、次の5つのレンズで捉えている。「転換点」や「蓄積」には経営上の判断も含まれる。数学の公式で株価を自動的に当てる手法ではなく、企業への問いを具体的にするための思考法である。
5つを眺める際には、短期・中期・長期の時間軸も重ねたい。今四半期の納期の問題と、数年先の競争力の問題では、確かめる数字も、結果が表れる時期も違うからだ。
■売上2310億円を、3つの四半期に並べ直す
ファナックで、実際に計算してみよう。
会社の決算説明会資料に掲載された億円単位の数字では、売上高は2025年10~12月の2157億円から、2026年1~3月に2345億円、4~6月に2310億円と推移している。
「現在地」は2310億円。「速度」を四半期ごとの増減額で見ると、最初の区間は2345-2157=188億円の増加、次の区間は2310-2345=35億円の減少となる。そして「加速度」に当たる増減額の変化は、マイナス35-188=マイナス223億円だ。ここでは1四半期を1単位として、離れた時点の数字から変化を近似している。
率で表すなら、前四半期比は約8.7%増から約1.5%減へ、約10.2ポイント低下した。金額の変化と成長率の変化は異なる物差しなので、区別して使う。前年より売れていることと、直前の四半期より勢いが弱いことは、同時に起きる。
■受注は増え、納期は延びている
この計算だけで株価下落の原因を証明できるわけではない。季節性、為替、出荷時期でも数字は動く。だからこそ、次に会社が何を説明しているかを読む。ファナックの7月31日の決算説明会の質疑応答には、需要の強さと供給の制約が並んでいる。

会社によると、中国を中心にFAの受注は増えている。ところが、電子部品や機械部品の調達が難しく、納期が延び、一部の顧客は他社製品を採用している。納期の長期化を見越して早めに発注する動きもあるという。受注増がそのまま最終需要の加速を示すとは限らない。受注残が開示されていれば、その増減も売上や納期と併せて確かめたい。受注残の積み上がりには、需要が強い場合と、出荷が滞っている場合があるからだ。
ここには、短期の問題が中期へ波及する経路がある。部品不足で納入が遅れ、顧客が別のメーカーを試し、使い勝手や保守体制に満足すれば、その次の発注も移るかもしれない。失う可能性があるのは、その四半期の売上に加えて、将来の取引の積み重なりだ。これは決算数字と会社説明から導く私の分析であり、顧客移転が恒久化したと確認されたわけではない。
■安川電機の減益を、そのまま競争力低下と読むか
同じFA株でも、安川電機の事情は異なる。2026年3~5月期の売上収益は前年同期比10.6%増の約1390億円だったが、営業利益は19.2%減の約85億円だった。
ファナックとは対象月も違い、両社をまとめて「増収増益」と扱うことはできない。
安川電機は、基幹業務システムの切り替えによる生産への影響などを25億円、欧州の構造改革費用を10億円と説明している。これらを除いた営業利益は約120億円になるというのが会社側の見方だ。実際の利益は85億円である一方、一時要因が解消すれば回復し得る部分もある。
一時要因という説明が正しければ、次の決算で生産と採算は改善するはずだ。受注が増えているのに納期が戻らず、費用も残るなら、見方を変える必要がある。微積分思考では、会社の説明を「次に何が起きれば確かめられるか」という観察項目に変える。
■中国勢の強さは、成長率の高さだけに表れない
中期の競争を見るうえで外せないのが、中国の匯川技術、イノバンス・テクノロジーだ。同社の香港取引所向け申請資料では、売上高は2023年の約304億元から2024年に約370億元、2025年に約451億元へ増えている。両年の増収率は、ともに約22%である。成長率はほぼ横ばいでも、売上増加額は約66億元から約81億元へ拡大した。一定の成長率が続くと、事業規模が大きくなるにつれて毎年積み増す金額も大きくなる。
競合が追うべき相手は、前年と同じ大きさの会社ではない。
ただし、2025年の同社の売上高には、新エネルギー車向けの駆動システムなどが約45%含まれる。全社売上をそのまま日本のFA事業と比べれば、競争の範囲を取り違える。また、2026年上期は約20%の増収に対し、親会社株主に帰属する純利益は約5%減った。中国企業も、売上の伸びを利益へ変える難しさを抱えている。
EVで使うモーターや制御技術と、工場の自動化が一社の中で結びつくことには意味がある。技術者、部品、量産の経験を別の用途へ移せれば、投資の成果を複数の市場で回収できる。
ただし、技術を複数の事業に展開できても、得られる利益の厚みは異なる。同じ申請資料に示された2025年の粗利率は、産業自動化・デジタル化事業の40.1%に対し、新エネルギー車向け駆動システムは14.5%だった。蓄積した能力をどこへ振り向けるかが、成長と採算の両方を左右する。どの能力が、どの事業の収益へ結びついているのか。「蓄積」のレンズを向ける先は、ここだ。
■人型ロボットが変えるのは「精度」だけか
長期では、宇樹科技、Unitreeのような人型ロボット企業が、工場そのものをどう変えるかが焦点になる。人型ロボットには、歩いたり走ったりする姿が注目されるが、その手と腕を使った作業も重要な用途だ。
そこで比較の基準を丁寧にそろえたい。ファナックの小型産業用ロボットLR Mate 200iDは、繰り返し同じ位置へ戻る精度を±0.01ミリメートルと公表している。Unitreeの専用アームZ1の公表値は約0.1ミリメートルだが、機種も試験条件も違い、Z1は人型ロボットの腕そのものでもない。公開資料から「中国の人型ロボットの腕は、日本の産業用ロボットより精密だ」とは結論づけられない。
むしろ注目したいのは、作業対象が変わったときの対応力である。同じ部品を同じ場所へ置き続ける仕事には、産業用ロボットが長く磨いてきた強みがある。部品の置き方や種類が変わる仕事では、カメラで状況を捉え、動作を選び直せる能力に価値が生まれる。現場の担当者が新しい作業を教える手間や、設備を作り替える時間が減るなら、導入できる仕事の範囲が広がる。
■作業成功率99%超の現場
実例も出てきた。中国の智元機器人、AGIBOTは2026年4月、電子機器メーカーの龍旗、Longcheerのタブレット検査工程で、ロボットが機器の出し入れなどを行う事例を発表した。作業成功率は99%超という。ただし、これは同社の公表値であり、あらゆる工場で同じ性能が出ることを示すものではない。スマートフォンやタブレットの製造現場が、ロボットの実用化を進める場になっている点が重要だ。
Unitreeも2026年2月、自社工場でロボットの組み立て作業にAIモデルを導入して試験していると発表している。現場で作業し、その記録から学び、改善した動作をまた現場で使う。この循環が成立すれば、一台の販売は、次の製品を良くする経験の入り口にもなる。
もっとも、稼働中のロボットが安全を保ちながら自動的に学び続け、改善内容を他の工場へ即座に展開できる段階まで確認されたわけではない。集めた記録を学習に使える形へ整え、失敗を検証し、改善した動作の安全を確かめる仕事が必要になる。「工場が学習する」という未来の価値は、この地道な工程をどれだけ回せるかにかかっている。
■日本企業の経験を、次の学習につなげられるか
日本企業にも、その循環をつくる動きがある。ファナックは2026年5月13日、Googleの技術を活用し、人の指示を理解してロボットを動かすAIエージェントとの協業を発表した。2日後には、エヌビディアとの連携強化も公表している。仮想空間で動作を検証する技術に加え、協働ロボット2台が人の実演からTシャツの折り畳みを学ぶ事例を紹介した。形が変わる布を扱う作業にも、学習を取り入れようとしている。
安川電機は7月15日、AIロボット「MOTOMAN NEXT」とGoogle DeepMindの生成AIを連携させたシステムを発表した。物を見る、障害物を避ける動作を計画する、接触する力を感じる機能が、AIの判断を実際の作業につなげる。長年の制御技術の蓄積が、AIの実行力を支えるという構想だ。具体的な提供時期などは発表時点で未公表だが、日本企業も外部のAI技術と自社の強みを組み合わせ、工場で使える能力へ変えようとしている。
日本勢には、長年つきあってきた顧客、設備を止めないための保守、現場の安全を守る経験がある。その蓄積を、作業データの取得や新しい動作の導入へ結びつけられるか。逆に中国勢は、速い開発を、長時間の安定稼働や保守の信頼に変えられるか。両者は違う出発点から、同じ工場の要求に向き合っている。
時間の区切りとレンズの対応は、分析の目安だ。5つのレンズは、すべての時間軸で使える。短期の供給回復が株価を支えることもあれば、中期の顧客流出がその効果を打ち消すこともある。長期の技術革新まで、一つの好決算で確認することはできない。
■急成長するUnitreeを、市場はいくらで買ったのか?
ここで企業分析に、もう一本だけ補助線を引こう。市場が、その会社の未来をすでにどれほど高く評価しているかである。企業が成長していても、買った価格にそれ以上の成長が織り込まれていれば、投資の成果は伴わない。
Unitreeは、その違いを鮮明に映す。同社の上場申請資料によると、売上高は2023年の約1.59億元から2024年に約3.93億元、2025年に約16.99億元へ増えた。端数処理前の売上高から計算すると、増収率は約147%から約333%へ高まっている。事業の成長には、はっきりとした加速が見られる。
2026年8月19日、上海市場に上場した際の公開価格は150.80元。発行後の株式数を基にした企業価値は約610億元だった。初値は1100元へ跳ね上がり、その時点の時価総額は約4450億元に達した。初日の終値は845元。そして9月7日の終値は536.35元だった。公開価格からは約256%高、初値からは約51%安、初日終値からは約36.5%安となる。同じ株価でも、比較の起点によって見える景色は変わる。
■売上高の128倍…Unitreeは本当に「買い」か?
9月7日時点でも時価総額は約2170億元で、2025年の売上高の約128倍に相当する。これは利益に対する倍率ではなく、前年の売上高との単純比較だ。その数字だけで適正価格は決められないが、市場が大きな将来成長を先に評価していることは分かる。
アナリストの評価も、時点と価格を確かめる必要がある。中国の経済紙「毎日経済新聞」の公式サイト「毎経網」は、2026年8月19日掲載の記事で、野村がUnitreeを初めて分析対象とし、「買い」、目標株価370元と評価したと報じた。9月7日の終値536.35元は、この当時報じられた目標株価を約45%上回る。野村の原レポートは未確認であり、9月7日時点の最新評価を示すものではないが、「買い」という言葉だけを抜き出すと、こうした価格の距離を見落としてしまう。評価時点、目標株価、その後の市場価格を並べることで、その判断が自分の買おうとする価格にも当てはまるのかを考えられる。
日本のFA企業の株価が低迷する理由を、中国の人型ロボットの脅威だけで説明するのも早計だ。現時点で確認できるのは、調達の制約、顧客の選択肢の増加、実用化までの時間差である。そこに、人型ロボットが工場の学習を変えるという長期の可能性を重ねて考える。そして中国の成長企業にも、期待が先に走りすぎる局面がある。
■次の決算で、自分の見方を更新する
読者が実践するなら、気になる一社の売上高を3期並べるところから始めてほしい。増減額を計算し、その増減額が広がったのか縮んだのかを見る。前年同期とも比べ、会社の説明を読み、次に確かめる数字を一つ決める。ファナックなら、受注の強さが納期の改善を伴って売上へ変わるか。安川電機なら、生産への一時的な影響が薄れた後、利益率が戻るかという問いになる。
その先にあるのが、数字を生む仕組みへの問いだ。中国勢が顧客を獲得しているなら、その顧客は翌年も使い続けるのか。現場からデータが集まるなら、その経験は別の作業を教える時間を短くするのか。蓄積が次の速度へ変わったとき、企業の成長には持続力が生まれる。
株価の高さに目を奪われると、現在地に未来を重ねてしまう。5つのレンズを持てば、その未来を支える証拠を一つずつ探せる。次の決算で見るべきものは、好調という見出しの下で、その会社が昨日までより何を速く、確かにできるようになったかである。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

主な著作に『フィジカルAIの衝撃』『GAFA×BATH』など多数。現在はフィジカルAIをテーマとした授業・戦略コンサルティング・研修・講演にも注力している。本学でのフィジカルAI特別公開講演会(無料)が8月29日(日)13時より神保町キャンパスで開催される。詳細は以下の通り。技術経営(MOT)特別公演「フィジカルAIの衝撃」:MOT 日本工業大学 専門職大学院

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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