※本稿は、澤田誠『科学的根拠で証明する上手な脳の使い方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■「倍速視聴」で効率的に情報を得られるか
映像の再生速度を、1.5倍や2倍など好みの速度に変えて効率的に情報を得る「倍速視聴」。
倍速視聴を使う人は全年代に広がっており、いまや50~60代でも3~4割の人が倍速視聴を経験しているという調査結果があります。
主にZ世代が「タイム・パフォーマンス(タイパ)」を重視する中で普及し、自分にとって価値があることに時間を効率的に使いたい目的で利用されているようです。
すでにさまざまな映像プラットフォームや再生装置でニーズに合わせて速度を変えて再生できるオプションが導入されているので、利用したことがある人も多いのではないでしょうか。
結論から言えば、正確なインプットを目的とする場合、倍速視聴は脳科学的にはあまりおすすめしません。
たしかに、1時間の動画を2倍速で見れば半分の30分ですみますし、講義の録画を繰り返して見たい場合などには同じ時間で2回視聴できます。
大まかな内容を捉えるのには使えますが、私は倍速視聴するにしてもせいぜい1.5倍速程度までと考えています。
気をつけたいのは、倍速視聴しているときは脳の集中度が増すので、交感神経優位な状態、つまりストレスがかかった状態になるということです。
長時間倍速で視聴すると、アドレナリンなどのストレスホルモンの増加で、呼吸が速くなったり心拍が増大したりすることがあります。
以前私が出演した番組では、たった1分間の倍速視聴で交感神経が興奮してしまうという結果も示されました(2023年7月3日放送 日本テレビ「カズレーザーと学ぶ!」)。
■「認識」と「記憶」は別モノ
倍速視聴を理解するうえでまず知っていただきたいことは、入ってくる情報を認識することと、その情報を理解して記憶すべきかどうかを判断することは別の問題だということです。
一般的な知覚情報、例えば視覚や聴覚の場合、入ってきた情報刺激が大脳皮質の視覚野や聴覚野に到達するとまず「識別」という処理がなされます。「識別」は入ってきた情報を区別する処理(入力)で、感覚野で行われます。
その後、識別された情報は連合野に送られ、記憶に照らし合わせて特定する作業(照合)が行われて「認識」という処理がなされます。「認識」に要する時間は0.1~0.2秒と言われています。
つまり、ものを見たり聞いたりしてから「見えた」「聞こえた」と認識するまでに0.1秒以上かかってしまうのです。
さらにそれらの情報が前頭前野に到達して内容を「理解」する(統合)までの時間は、およそ0.5~0.8秒(対象の情報の複雑さにもよる)。理解した情報が記憶されるのにはもっと時間がかかります。
対してヒトの知覚はとても優れていて、時間分解能(例えば2つの異なった音を識別する場合の最短時間)は0.03秒。違いの検出という点では非常に優れています(図表1)。
知覚のスピードと理解の正確さには、トレードオフの関係があります(図表2)。
反応を速くしようとするほど不正確になり、正確にしようとするほど遅くなるのが、私たちの脳の特性なのです。
■「マスキング効果」と「サブリミナル効果」
この知覚と認識の情報処理速度の差によって生まれる現象の例として、「マスキング効果」があります。
電車に乗っているとき、窓の外にちらっと見えた看板が何の看板だったかがわからないという経験をしたことがあると思います。見えたことはわかっても、次の視覚情報(この場合は景色)で上書きされてその内容まで認識が及ばない状態です。
さらに、「サブリミナル効果」という現象があります。
アメリカで、ある映画が投影されているスクリーンの上に「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分間にわたって繰り返し映したところ、コカコーラの売上は18.1パーセント、ポップコーンの売上は57.5パーセント増加したという結果が出ました。
知覚情報があまりにも短いと、知覚したことさえ認識できないにもかかわらず、無意識下では脳に情報がインプットされてしまうという現象です(この現象をスポーツや格闘技系のゲーム、パイロットなど瞬間的な判断が必要な状況のトレーニングに使った有効活用法がありますが、残念ながら倍速視聴の速度ではその効果は見込めません。認識速度の数十倍のインプットの場合に、自分の意思とは関係ない行動に結びつく結果になります。)
なお、この効果を広告で使うことは現在アメリカや日本では禁止されています。
■スピードの変化による学習効果への影響
2021年に、UCLAで動画の早送りの速度を変えてどれくらい学習効果に影響するかという実験が行われました。
大学の講義の動画をいろいろな速度で視聴してもらい、内容の理解度をテストするという実験で、2倍速までは学習効果が変わらないものの、それ以上の速度では理解度が低下する結果が得られたのです。
ただし、この実験はそれほど難しくない講義の動画を使っていました。
内容がより難しかったり、話者の話すスピードが速かったりした場合には、異なる結果が得られる可能性もあり、すべての倍速視聴に当てはまるとは限りません。また、年齢による差がある可能性も報告されています。
ちなみに、私がニュース番組をポッドキャストで聴取するときは、1.5倍速が最適な速度だと思っています。
倍速視聴では、「記憶保持」「応用思考」「問題解決」などの機能は低下しやすい傾向があり、細かい内容や複雑な構成を理解するには不向きです。
例えばサスペンス映画を倍速視聴することをイメージしてみてください。
人間関係やストーリーが複雑なサスペンス映画では、次から次に起こる事件のつながりや理由が把握できなくなってしまうので、終盤に犯人が明かされても、おそらく「?」となってしまうと思います。
同じように、細かい数字や複雑な説明が含まれる場合、倍速視聴では把握することが難しくなります。
■語学学習の適切な速度
これらをふまえると、動画を視聴するときは次のような流れがおすすめです。
初見の内容は通常速度で視聴する
↓
重要な部分は速度を落としたり、複数回視聴して確認
↓
復習するときはすでに情報がインプットされているため、1.5速程度で視聴(難しい内容では復習でも等速か低速がおすすめ)
なお、語学学習など、細かい聞き取りが必要な場合は0.75倍速程度に速度を落とすのがおすすめです。
未知の単語や複雑な論理が含まれる場合、脳は「意味の解析」に全力投球します。すると直後に流れてくる情報の保持が追いつかなくなってしまうため、0.75倍程度にすることで情報処理の余裕を作ることができるからです。
速度を落とすと、子音の破裂音や母音の微妙な変化、単語間のつながり(リエゾン)など、高速では無視されがちな「微細な音声特徴」を脳が正確にキャッチできるようになるため、語学学習に向いています。
脳は、次に何が来るかを予測しながら活動する性質があります。速度を落とすことで予測する余裕も生まれます。
■それでも倍速視聴を効率化するためのポイント
それでも、忙しいビジネスパーソンのみなさんには、倍速視聴を使ってインプットしなければならないこともあるかもしれません。
その場合は、効率化するためのポイントがいくつかがあります。
第一に効果的なのは、「最初に全体像をつかむ」こと。資料に目次やチャプターがあれば、見出しを先に読み、構造を頭に入れてから内容を視聴すると情報が整理されやすくなります。
また、区切りごとに視聴を一時停止して「自分の言葉で要約」すると、“使える知識”として定着します。
さらに、インプットの前に「知りたいこと」「この内容をふまえて聞かれそうなこと」をいくつか書き出しておくと、「答えを探す視点」に変わり、理解速度が上がります。
情報処理に負荷がかかる「図表」や「重要箇所」については複数回見返しをするなど、細かな工夫も積み重ねると、短時間でも深い理解が可能になります。
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澤田 誠(さわだ・まこと)
脳研究者
1958年香川県生まれ。脳研究者、名古屋大学名誉教授、藤田医科大学客員教授。東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程生命化学専攻修了。
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(脳研究者 澤田 誠)

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