■衣擦れの音さえ聞こえなかったFC会議
私がセブン‐イレブン・ジャパン(SEJ)に入社した1980年当時、豊洲の国内1号店オープンから7年目の草創期でした。GMS(総合スーパー)全盛時代で、イトーヨーカ堂グループ合同の入社式では、ヨーカ堂の新入社員は約1600人ほどいましたが、われわれは20~30人程度。会場の隅のほうからSEJ創業者で当時の社長であり、ヨーカ堂で常務だった鈴木さんの姿を遠目で見ていました。
鈴木さんの存在の大きさを間近で感じたのは、店舗での勤務を終え、OFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー=店舗経営相談員)になるための研修の最終段階としてFC会議を傍聴したときでした。
OFCは一人で7~8店舗を担当し、加盟店のオーナーさんに対してさまざまな経営カウンセリングやアドバイスを行う職種です。鈴木さんは毎週、全国各地からOFC全員を東京の本部に集め、最新の商品情報などを共有するとともに、最後に自ら演壇に立って講話を行い、毎回、コンビニエンスストアの経営の基本を伝えようとしました。それがFC会議です。
当時は、OFCが100人ほど(現在は約3000人)、各地区のマネジャーや本部スタッフなど合わせて200人くらいだったでしょうか。いよいよ鈴木さんの登壇です。すると、それまでざわついていた場内の空気が一瞬にして変わって緊張感が走り、衣擦れの音さえしないほど静まりかえった。そのオーラに圧倒されたものでした。
■フランチャイズビジネスの三原則
その日のFC会議で、鈴木さんはフランチャイズビジネスの3つの原則について語りました。第1に、どの加盟店に対しても公平平等であること。第2に、加盟店も本部も契約書通り、ルールを守ること。第3に、本部から加盟店に指示命令を出すのではなく、対等な立場で行う双方のコミュニケーションが重要であること。
FC会議も、双方のコミュニケーションを活性化するために行われていました。OFCがオーナーさんとのコミュニケーションを実りあるものにするには、十分な情報を持ち、会社の方針をよく理解していなければなりません。そこで、OFCを週に1回、本部に集めて情報を更新し、経営の基本を叩き込む。「FC会議はどれほどコストがかかってもやり続ける」と鈴木さんは言い続けていました。
既存の概念に縛られない“常識破り”の経営を行うことで知られた鈴木さんは、社員にとっても、既存の考えが180度覆されるような衝撃的な判断を行う経営者でした。
あれは、鈴木さんが日本初の本格的POS(販売時点情報管理)システムの採用を決め、セブン‐イレブン全店への導入を開始した1982年のことでした。
■「売れ筋を見るな」の指示の真意
それまで、OFCが経営のカウンセリングを行う際に使えるデータは、そのお店のPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)のほか、商品についてはカテゴリー別の月間の仕入れ数と仕入れ金額の発注データだけでした。販売の結果について、何が売れたかという売れ筋商品を調べるには、OFCが仕入伝票を一枚一枚めくりながら電卓をたたき、単品ごとに仕入れた個数から売れ残りで廃棄した個数を引いて計算するしかありませんでした。
POSシステムのデータを見れば、どの単品がどの時間帯に何個売れて、どんな顧客が買ったのかがわかります。これからはオーナーさんに売れ筋商品についてのアドバイスができると思っていたら、鈴木さんの口から予想外の指示が飛び出したのです。「売れ筋を見るな。売れ筋を追うと縮小均衡になる。POSデータは死に筋を見るためにある」。売れ筋を見つけるために伝票をめくって苦労してきた身としては、この指示は衝撃的でした。
■POSデータはオーナーさんやスタッフが見るもの
POSデータで見つけた売れ筋商品の発注を続けていくと、次第にその商品は顧客に飽きられて販売数が減り、発注量も減って、縮小均衡に陥る。一方、死に筋を見つけて排除していけば、棚にスペースが空き、新しい商品を絶えず店頭に並べることができるようになり、拡大均衡に持っていくことができる。小売業界で「売れ筋ではなく死に筋を見る」と発想ができたのは、おそらく鈴木さんが初めてだったのではないでしょうか。
POSシステムの導入でもう1つ衝撃的だったのは、鈴木さんが、「POSデータはOFCのためのものではなく、お店のオーナーさんやスタッフが見るためにある」と明言したことでした。OFCにとって、お店でカウンセリングを行う際、販売状況の情報を持っているという情報の優位性が仕事を成り立たせていると私は思っていました。
その構図がPOSシステムの導入により変わってしまうと感じたからです。
「商品の発注は加盟店の特権であり、責任でもある」が鈴木さんの持論でした。各店舗が自分たちの商圏の特性に適応した品揃えを行う。チェーン展開はしても、本部主導の全店一律のチェーンストアではなく、1店舗1店舗がそれぞれ異なる個店経営を進める。POSシステムは加盟店主導で個店経営を推進するために導入したことにそのとき気づかされました。
■商品は「プッシュ」型でなく「プル」型で入れる
商品発注に関連して、こんなこともありました。アイスクリーム類については在庫をバックヤードに保管できないため、メーカーの担当者が来店して、売れた分を補充するやり方が続いていて、私もそれが合理的だと思っていました。
これに対し、鈴木さんの判断で加盟店からの発注制に変えることになりました。すると、「発注した商品がアイスケースに入りきらなかったらどうするのか」「売り切れて欠品したら困る」等々、オーナーさんたちから大ブーイングの声が上がります。それでも、発注制に変えてみると、気温が摂氏25度くらいを境にアイスクリーム系と氷菓系の売上げが逆転する、春先はバーものが売れ、夏に向けてカップものに移っていくなど、傾向がわかるようになり、売上げはメーカーによる補充方式より伸びていきました。
セブン‐イレブンでは、メーカーが売ろうと思うものを売るという、川上(メーカー)から川下(顧客)へと押し出す「プッシュ型」であってはならない。顧客が求めるものを求めるときに求めるだけ提供することで、川下の需要を起点に川上へと引き上げる「プル型」でなければならない。アイスクリームの発注制への転換は、鈴木さんの説くコンビニ経営の基本を徹底するためだったのです。
■経営の根本は「単品管理」
POSシステムに関して、より衝撃的だったのは、OFCを数年務めて、ディストリクトマネジャー(地区責任者)になったころのことでした。鈴木さんから、「POSデータのうち、前の週のデータを消す」との驚くべき方針が示されたのです。データは記録として残すものというのが常識であったのに、なぜ、消去するのか。原因は加盟店側の発注の仕方にありました。
例えば、今日が月曜日で明日の火曜日のための発注をするとき、前の週の火曜日の販売状況のPOSデータをもとに、量を多少ブラスマイナスして発注していました。
発注は、単品ごとに明日の売れ筋商品について仮説を立て、発注し、販売の結果をPOSデータで検証する。この仮説・検証を繰り返すことで発注の精度を高めていき、商品の機会ロスと廃棄ロスを最小化して利益を上げていく。鈴木さんは、これを単品管理と呼び、セブン‐イレブンの経営の根幹に据えていました。
■「見るべきものは5年後でなく今の変化」
POSデータはあくまでも仮説を検証するためにある。明日の売れ筋商品と前の週の売れ筋商品とは異なる。検証のために使った過去データをそのまま、発注のためのデータに使ってはならない。仮説は、明日の天気予報や地域の行事などの情報(先行情報と呼びました)をもとに自分で考えなければならない。
加盟店側からはまたもや大ブーイングが巻き起こりましたが、鈴木さんは「反対を恐れてはならない」と方針を変えることはしませんでした。そこには単品管理こそセブン‐イレブンの競争力の源泉という確固たる信念が表れていました。
「変化への対応と基本の徹底」。鈴木さんはこの原則を唱え続けました。その「変化」とは何を指すのか。「鈴木さんは5年後、10年後のことをよく考えられていて、先見の明がありますね」と外部の方から言われるたびに、「5年先、10年先のことなどわかりません。そんな賭けみたいなことはするべきではありません」「見るべきものは今の変化です」と答えるのが常でした。
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永松 文彦(ながまつ・ふみひこ)
セブン‐イレブン・ジャパン 取締役会長
1957年東京都出身。東京経済大学卒業後、1980年セブン‐イレブン・ジャパン入社。同社執行役員、人事部門の本部長、同社取締役、オペレーション部門の本部長などを経て、2025年より現職。
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(セブン‐イレブン・ジャパン 取締役会長 永松 文彦 インタビュー・構成=勝見明)

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