10月から最低賃金が上がって全国平均1177円となる。だがイギリス2656円、ドイツ2590円などの半分以下だ。
人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「正社員の初任給が35万円超と優遇されているのは大企業のごく一部のみ。7割が中小企業の日本は非正規雇用者も多く、物価高の中、交際費など支出を極限まで削っている」という――。
■時給全国平均は前年比5%増の1177円
10月から実施の26年度の全国の最低賃金が出揃い、全国平均で前年比56円(5.0%)増の1177円となった。
最も高い東京は1280円、最低額は宮崎の1085円だ。
上がったといっても引き上げ額・率は前年度(66円・6.3%増)を下回り、前年割れとなるのはコロナ禍の2020年度を除いて東日本大震災の2011年度以来17年ぶりだ。
石破茂政権が掲げていた全国平均1500円の達成時期を高市早苗政権が2020年代から2030年代前半に後退させる方針を示したことが大きな影響を与えたことは間違いない。
■雇用者の半分が「時給1500円未満」
時給1177円になっても月額は17万6550円だ(月150時間労働)。仮に時給が1500円に上がっても月額は22万5000円にしかならない。非正規を含めて時給1500円未満で働く人は2833万人と推定され、全雇用者(5672万人、労働力調査)の49.8%と2人に1人の割合だ。しかも日本人の貧しさを象徴するのが先進諸国と比べた最低賃金の低さだ。
イギリス2656円、フランス2214円、ドイツ2590円、オーストラリア2887円だ(2026年6月時点)。日本はその半分以下であり、今年1177円に上がったとしても高騰する物価高を乗り越えるには焼け石に水だ。

■「生活保護も視野に入れています」
非正規社員からも悲痛な声が上がっている。小売業のパートで働く千葉県の30代の女性の時給は1201円から1400円。こう語っている。
「1人で住んで働きたくても、敷金や引っ越し費用や家賃や光熱費がまったく払えない給料なので、諦めざるをえません。このままでは将来的に金銭的に生きるのが難しく、生活保護も視野に入れています」
教育・学習支援業に勤める東京都に暮らす20代の臨時職員の給与は15万円以上20万円未満。こう語っている。
「勤務は時給で週4日なので、他の場所でアルバイトを週0~2日で行い生活費を補填している。幸いにも体は大丈夫なので医療費などの出費はほぼないが、今の状態で病気など働けない状態になればすべて破綻してしまう」
■「2~3日食べず、子どもや嫁に回す」
悲惨なのは子どもがいる家庭だ。運輸業の契約社員として働く愛知県の40代の男性の月給は20万円以上25万円未満。男性はこう語る。
「食べ盛りの子どもが3人いる。生活が困窮しているので自分は2~3日食べず、子どもたちと嫁に回すことがある」(以上、非正規春闘実行委員会「非正規労働者生活・賃金実態調査2026」より)
非正規雇用で働く人たちに大きな影響を与える最低賃金を決める大きな要素の1つに労働者の生計費がある。
最低賃金法第9条3項には、「労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」という規定がある。しかし日本には健康で文化的な最低限の生活費とはいくらなのかという基準が存在しない。
■北区28万8664円、高知市29万1570円
全国労働組合連合会(全労連)は最低生計費調査を実施している。全労連の最低生計費試算調査は、賃貸ワンルームマンション(25平方メートル)に暮らす25歳の男性・単身者が暮らす地域の7割が所有する物品を含む生計費を試算したものだ。
例えば高知県高知市の男性は7割が自動車を所有しているので交通・通信費に含め、東京都北区の男性は自動車を所有する人が7割もいないので含めない形で試算している。
そうすると2026年5月以降の最新の調査によると、北区の男性の1カ月の交通・通信費は1万633円だが、高知市の男性は4万972円になる。北区の男性の合計最低生計費は28万8664円、高知市の男性は29万1570円になる。
ちなみに時間額(月150時間)にすると北区の男性は1924円、高知市の男性は1944円とほぼ変わらず、地域間格差はない。ちなみに10月以降の東京の最低賃金1280円に対し、高知は1086円にすぎない。最低生計費を「健康で文化的な最低限度の生活費」とすると、最低賃との乖離は大きいといえる。
■正社員初任給35万円超はごく一部
実は非正規雇用の人に限らず、正社員であっても低い給与に甘んじている。世間では「初任給インフレ」と呼ばれるほど引き上げが相次ぎ、有名企業の多くが軒並み30万円を超えるなど大きな話題になっている。

ファーストリテイリングの37万円をはじめ就職人気企業の伊藤忠商事36万円、三菱商事35万円、損害保険ジャパンは34万6610円。理系ではNTTデータグループの31万2000円、ソニーグループの36万3000円、トヨタ自動車も30万円……と、有名大企業の正社員の初任給は30万円超が普通になりつつある。
しかしこうした企業は働く人のごく一部にすぎない。日本の労働者の7割を占めるのは中小企業だ。
主に中小企業の製造業が加盟する産業別労働組合の「ものづくり産業労働組合」(組合員数約39万人)の従業員300人未満の今年の春闘の妥結額は前年比1万2604円(4.61%)と過去最高の賃上げを獲得した。
しかし賃上げしても300人未満の企業の30歳の賃金水準は25万8831円(月額)にすぎない。1~99人の企業は25万300円とさらに下がる(JAM「2026年春季生活闘争総括」)。いずれも前出の約29万円の最低生計費を大きく下回っている。過去30年間にわたり賃上げが止まっていたことを考えると、この数年間賃上げが続いているといっても、今のインフレ下では大多数の若年労働者が普通に暮らせる給与に達していないということだ。
■生活費切り詰め、まずは交際費カット
当然ながら生活費を切り詰めて生活せざるを得ない。削りやすいのが交際費だ。総務省の調査によると、34歳以下の単身勤労者世帯は収入に占める交際費の割合はコロナ禍前の2019年の2.2%から25年には1.3%に低下している。
35~59歳が2.1%から2.6%に上昇しているのと対照的だ。
インフレが長引くなかで友人・知人との会食の機会を極力絞り込むことを「フレンドフレーション」と呼ぶそうだ。「友達(Friend)」とインフレーションを組み合わせた海外発の造語であるが、中には「飲み会で6000円払うなら1人でおいしいご飯を食べるほうが、価値がある」(30代女性会社員)といった声もある(「日本経済新聞オンライン」2026年3月27日)。
物価高のなかで友人と疎遠になる若者の「フレフレ」が日本でも進みつつあるが、この現象による友人・知人関係の希薄化は孤独を生みやすい。
■カネがないから孤立する
内閣府の「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査結果(2024年)」によると、孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人の割合は、20~29歳が最も高く7.4%、次いで30~39歳の6.0%となっている。
いわば若者の生活苦が孤独・孤立感を深めているといえるだろう。そして孤独・孤立感の高まりはSNS上での暴走発言に象徴されるように社会を不安定化させる。また、少子化も加速させる。
国立社会保障・人口問題研究所が9月11日に公表した「2025年社会保障・人口問題基本調査」によると、18~34歳の未婚者のうち「一生結婚するつもりはない」と答えた男性は24.5%、女性は21.5%で調査開始以来2割を超えた。
さらに、未婚者の1年以内に結婚する場合の障害では、「結婚資金」を挙げた男性が34.5%、女性が31.4%と最も多く、次いで「住居」(男性20.6%、女性16.8%)だった。
ここにも低賃金での生活を余儀なくされる実態がくっきりと表れている。若者の低い賃金がもたらす影響は生活苦だけではなく、この国の社会の未来も蝕んでいる。


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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)

人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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