■古謝氏が支持された本当の理由
今回の選挙でまず目を引くのは、古謝氏が得た過去最多の42万3124票である。8年前の玉城氏の39万6632票を大きく上回り、歴代初めて40万票を超えただけではない。投票率は61.57%と、前回から3.65ポイント上昇したとはいえ、過去15回の知事選では、下から4番目である。
とりわけ若年層が上がったと言われているものの、投票率と得票数に鑑みると、有効得票数の約6割を古謝氏が得たのである。
では、なぜ、それほどまでに古謝氏が支持されたのか。
東京に本社を置くメディアでは、まず「基地よりも経済」との言い方が目立つ。読売新聞は、投開票日当日の出口調査で、「有権者が最も重視したのは『景気や物価高対策』(20%)で、経済問題への関心の高さをうかがわせた」とし、「『基地問題より経済』鮮明」との見出しを掲げた(2026年9月15日付朝刊)。
他方で、別の要因を挙げる声は、選挙期間中から少なくない。SNSである。朝日新聞は、投開票3日前の9月10日に「『越えてはならない一線越えた』沖縄県知事選で混迷するSNS空間」と題した記事を掲載し、「偽・誤情報がSNSに相次いで投稿されている」とし、「根拠不明のまま不安や怒りをあおる情報が拡散して」いると報じている。
■「経済」でも「SNS」でもない
選挙結果の分析でも、日本経済新聞の取材に対して、沖縄国際大学の野添文彬教授は、次のように答えている。
デマや誹謗中傷によって沖縄社会の分断が進んだように感じている。SNSを巡る問題は日本の民主主義そのものを破壊するような出来事だ。
経済重視も、SNSも、まったくの外れではない。調査に基づく分析もあれば、専門家による見立てもある。ただ、それでも、沖縄県外に住んでいる私(たち)には、今回の選挙で、沖縄の人たちが何を考えて投票したのかを、じゅうぶんに知るのは難しいのではないか。
もちろん、報道各社の出口調査を見れば、ある程度の趨勢は推測できる。NHKによる調査は、先に挙げた読売新聞よりも「鮮明」だった。「景気・物価高対策」を挙げた人は49%と、「基地問題」を挙げた17%の2倍以上に上っている。地元紙・琉球新報と沖縄タイムス両紙は、オンラインでも記事を配信しているから、こうした情報を仕入れていけば、ある程度は、沖縄県の空気を窺えるだろう。
■わかりやすくて、安易な分析
共同通信の出口調査によれば、「投票先を決める際に交流サイト(SNS)を重視した人は約4割だった」というから、ソーシャルメディアが今回の選挙で重要な役割を果たした点は否定できない。産経新聞那覇支局長の大竹直樹氏は、投開票日翌日の14日、ニッポン放送の「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に出演し、「古謝さんの当選の要因の一つとして、インターネットやSNSの影響もあるのではないかなというふうに思っております」と話している。
大竹氏は、その根拠として、沖縄県議会の中継が切り抜かれてショート動画としてSNSで広まり、「玉城県政の実態というのが可視化されやすくなった」と分析している。インターネットサイト「選挙インサイト」による「沖縄県知事選『SNSのデマ』は結果を動かしたのか 年代別データで検証する」との記事は、大いに参考になる。
ただ、確かめておきたいのは、「SNSによる影響があったこと」は「SNSが選挙結果を決めたこと」と同じではない、という(当たり前の)点である。上で参照したメディアの分析もまた、「重視」や「影響もあるのではないか」といった表現を用いているところに注目しなければならない。
それなのに、いや、それゆえにこそ、県外の私(たち)は、「基地より経済」や「SNS原因論」といった、わかりやすく安易な「分析」に傾きがちになるのではないか。
■「我慢」と「代表されていない」感覚
作家の佐藤優氏は、東洋経済オンラインの連載「知の技法 出世の作法」に、「沖縄県知事選の結果を誤読してはならない、県民の民意の『我慢』を『同意』と錯覚すれば日本の国家統合の基盤が揺らぐ」と題した文章を寄せ、沖縄社会の現実は、「基地か経済か」といった「単純な座標軸では捉えられない」と、注意を促している。
ポイントは、この「我慢」という表現である。その意味を考えるために、10年前、社会学者の大澤真幸氏が披露した分析が参考になる。大澤氏は、「辺野古における抵抗権」とのタイトルで、次のように説いていたからである。
基地を辺野古に置いたときに、その影響を最も大きく被るのは、間違いなく沖縄の人々だ。沖縄の人々は、しかし、基地の移設についての意志決定にまったく参加していない。とするならば、沖縄の人々の自由が奪われていたことになる。
この意思決定の担い手は、日本人でも日本政府でもなく、アメリカである、と大澤氏は言う。この点について大澤氏は、現代日本における政党政治にも応用し、「どの政党によっても、自ら(の意見)が代表されてはいないと感じる」、もしくは、「多くの人が複数政党制の代表メカニズムから疎外されていると感じている」と表現している(大澤真幸「推し活という政治」『世界』2026年8月号)。
■兵庫県知事選との共通点
今回の沖縄県知事選もまた、こうした「代表されてはいない」という感覚と、既存の政治的な枠組みとのズレから考えることができるのではないか。
単純に「基地か経済か」とか、「オールドメディアかSNSか」という二項対立ではない。「沖縄の民意」として語られてきたもの、もっと正確に言えば、「沖縄の民意」としてメディアがとらえようとしてきた何かをつかみきれていないのではないか。
ではなぜ、「基地よりも経済」とか「SNSの影響」といった、シンプル(に見える)分析が語られるのか。
これは今回の選挙には限らない。2024年11月の兵庫県知事選挙でも構図は同じだった。SNSによって既存メディア=オールドメディアとは違う情報が広まった、とか、メディア不信が共有された、といった「説明」が繰り返されてきた。
■なぜ「SNSのせい」にしたがるのか
私は、兵庫県知事選挙の4日後にプレジデントオンラインに寄せた記事で、「世論をとらえられず、いまだにネット(SNS)を見下している。それこそが『マスメディアの敗北』ではないか」と書いた(だから兵庫県民は「斎藤元彦知事」を選んだ…どのマスコミも報じない「60日間の戦い」で起きていた変化)。その上で、「彼(斎藤元彦知事)を見ていない、見ようとしていない態度こそ、兵庫県民を動かしたのではないか」と述べた。
今度の沖縄県知事選挙もまた、古謝玄太氏はおろか、沖縄県さえ見ようとしていないのではないか。
「基地のせい」や「SNSのせい」にしてしまえば、その前にある問いをスキップできる。なぜ、既存の報道=オールドメディアよりもSNSの情報に期待する人たちがいたのか。なぜ、既存の政治の枠組みでは「代表されていない」と感じる人たちがいるのか。そうした疑問を考えずに済む。
基地は突然できたわけではない。それどころか、米軍普天間飛行場の返還、辺野古移設は、30年前の合意であり、SNSというかインターネットが広まったのも、同じころである。1990年代の半ば、つまりは平成の初めごろから、ずっと、この2つの要素は、私たちの目の前にあったのではないか。
■県外にいる私たちには「見えない」
沖縄県の外にいる私(たち)が、何かを知ろうとしたり、考えようとしたりするときには、メディアを通じる場合がほとんどである。もちろん、現地での取材やフィールドワークといった手段はある。とはいえ、肌感覚を共有するのは難しい。
私ごとながら、30年来の友人が沖縄でインフラ産業にかかわって20年になる。
彼をはじめとする沖縄で生きる人たちにとって、日々の生活は、基地だけでもなければ、もちろんSNSだけでもない。先に触れた共同通信の調査では、「沖縄県知事選に関連するX(旧ツイッター)投稿を分析すると、88.1%が県外から発信されていたとみられる」という。地元では、仕事があり、子育てがあり、物価高対応があり、観光があり、そして地域社会とのかかわりがある。SNSだけを手がかりにしていては、沖縄の人々の投票行動を理解できない。
加えて、半年前に沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高校2年の武石知華さん(当時17歳)と船長が亡くなった小型船転覆事故もまた、県外から見れば、今回の選挙を考えるうえで気になる出来事の一つだった。
ただこれもまた、県外の視線に過ぎないのではないか。「基地か経済か」、「既存メディアかSNSか」といった問いそのものが、県外にいる私(たち)にとってわかりやす過ぎるほどまでに整理された、もしくは、整理してしまった姿にほかならない。
■沖縄は「問題」ではない
選挙結果だけではなく、「沖縄の民意」を理解しようとする、そうした姿勢を捨ててはなるまい。だが、「沖縄の民意」は簡単には理解できない。これまでも、そして、今回もまた、メディアを中心として、理解したつもりの気分に浸るだけにとどまっているのではないか。
何かのせいにするのは簡単である。
9月15日には高市早苗首相と古謝新知事が面会し、沖縄の経済活性化に向けた連携を確認した。これから、辺野古移設をめぐる方針も議論されるだろう。そのときメディアは、再び「経済か基地か」という問いで沖縄を語ろうとするに違いない。しかし、古謝新知事が沖縄の何を代表しているのかは、選挙結果だけからはわからない。
かつて、沖縄返還から半世紀にわたって、私たちは「沖縄問題」という言葉を繰り返してきた。しかし、沖縄は「問題」ではない。そこに生きている人たちがいて、その人たちが一票を投じた。「問題」として理解しようとすること自体が、すでに沖縄県外からの視線を持ち込んでいる。この陥穽(かんせい)から、もう逃れなければならない。
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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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