■バフェットが資金を向ける日本企業の名前
世界で最も有名な投資家、ウォーレン・バフェット氏がお金を動かすとき、世界中がその動きを注視します。そして近年、彼が資金を向け続けているのが日本です。
彼が2025年末まで率いた米投資会社バークシャー・ハサウェイ(2026年1月1日からは新CEOが就任)は、日本の5大商社(三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、住友商事、丸紅)の株を買い増し続け、朝日新聞の報道によれば2025年3月には各社の保有比率が軒並み9%を超えました。さらに2026年3月には、損害保険大手の東京海上ホールディングスへ約2874億円を出資し、野村證券の解説によれば発行済株式の2.49%を取得しています。
この5大商社は、言わずと知れた日本を代表する名門商社ですが、それぞれに異なった個性があります。三菱商事は資源から食品まで幅広く手がける総合力が強みで、伊藤忠は繊維・食品など生活消費分野に強く、非資源分野で高い収益を上げてきました。三井物産は鉄鉱石やエネルギーなど資源に厚く、住友商事は金属や不動産に強みを持ち、丸紅は穀物などの食料と電力で存在感を放ちます。つまりバフェット氏は、性格の異なる5社をまとめて買うことで、日本経済そのものに幅広く賭けているとも言えるのです。
興味深いのは、同じ時期にバフェット氏がアップルなど米国株をむしろ売っていたことです。96歳のこの投資家は、派手さではなく「堅実で信頼できる会社を長く持つ」ことで知られます。その彼が、なぜ日本を選ぶのか。この一つの判断の裏には、いま世界で静かに進む「大いなる再均衡」という大きな物語があります。
難しく考える必要はありません。あなたが小さなお店を開く場所を選ぶ場面を想像してください。誰もが2つのことを望むはずです。1つは、ルールが突然変わらない街であること。もう1つは、信頼できる隣人がいること。世界の投資家がいま迫られているのは、まさにこの選択なのです。
■日本が「再発見」される3つの理由
第1に、ルールが急に変わらない安心感です。日本は「動きが遅い」と批判されることもありますが、投資家にとってそれは欠点ではなく長所です。政治が比較的安定し、法が公正に運用され、制度が予告なく変わることはほとんどありません。何年も動かせないお金を投じる立場からすれば、この「予測できること」の価値は計り知れません。数年先の計画を、安心して立てられるからです。
第2に、企業が株主を大切にし始めたことです。かつて日本企業は現金を貯め込み、株主への配慮が薄いと言われてきました。それが徐々に変わりつつあります。
2023年3月、東京証券取引所は約3300社に対し「資本コストや株価を意識した経営」を要請するという異例の一手を打ちました。株価が低迷する企業に、堂々と改善を促したのです。効果は顕著でした。第一生命経済研究所の分析によると、収益性の高い優良企業は552社から780社へ増え、課題の大きかった低評価企業は506社から312社へ減少しました。配当を増やし、自社株買いを進め、英語の資料を出し、海外の投資家に門戸を開く。そんな地道な改革が、日本株を1989年のバブル期以来の高値へと押し上げたのです。企業が「稼いだお金を株主に還元する」という当たり前の姿勢を身につけ始めたことは、投資家にとって大きな安心材料になっています。
第3に、目に見えない世界一の技術です。
工場を動かす産業用ロボットでも、ファナックや安川電機が世界の最上位に並びます。世界の産業を静かに支え、どの国も簡単には置き換えられない。そんな縁の下の力持ちが、日本には数多くあるのです。米中対立でサプライチェーン(部品の供給網)の安定が重視されるいま、こうした「代わりのきかない技術」を持つ日本の価値は、むしろ高まっています。
加えて、賃金にも変化の兆しが見えます。連合の最終集計によると、2025年春闘の賃上げ率は5.25%と34年ぶりの高水準に達し、2年連続で5%を超えました。長く続いたデフレの重い扉が、ようやく動き始めています。国民が賃金上昇を実感するには至ってはいませんが、今後、財布に入るお金が増えれば、人はもっと消費し、経済全体が元気になっていきます。人口が減り、働き手が足りない日本は、その弱みを逆手に取り、ロボットや省力化技術で世界をリードしようとしています。
■中国が「再考」される理由
こうした日本と対照的なのは習近平がトップの中国です。もっとも、これは「日本は善、中国は悪」という単純な話ではありません。中国はいまなお巨大な経済大国であり、世界の工場です。ただ、投資家の間で慎重論が広がっているのは紛れもない事実です。
最大の懸念は、ルールが突然変わることです。中国政府はこれまで、学習塾、IT、不動産といった業界に予告なく規制の網をかけ、企業価値を一夜にして吹き飛ばしてきました。2021年には学習塾業界が事実上壊滅し、投資家は巨額を失いました。すべて正しくやっていても、ルールが変わっただけでお金を失いかねない。これは投資家にとって悪夢です。日本の「予測できる安心感」とは、まさに正反対と言えます。
経済そのものにも構造的な問題があります。
加えて、「共同富裕」という政策のもとで、企業活動が政治的・社会的な目標に左右される可能性も指摘されています。純粋に儲けを追う経営がしにくくなれば、投資家は将来を読みにくくなります。反スパイ法など国家安全に関わる法律の適用範囲が曖昧なことや、データを国外に持ち出す規制の厳しさも、外国企業の不安を増幅させています。
■ただし、話はそれほど単純ではない
ここで公平を期しておかねばなりません。日本にも明確な弱点があります。歴史的な賃上げが実現しても、物価上昇がそれを上回り、実質賃金の改善は道半ばです。潜在成長率は依然として低く、政府債務の重さや急速な高齢化という難題も抱えています。
一方の中国も、決して沈みゆくだけの国ではありません。伊藤忠総研も指摘するように、工業生産と輸出は底堅く、EV(電気自動車)やAIといった新興産業では世界を先導する分野もあります。生産能力そのものは失われていないのです。両国とも、光と影を併せ持っています。だからこそ投資家は、どちらか一方に全てを賭けるのではなく、リスクとリターンを見比べながら、少しずつ軸足を移しているのです。
■私たちが学ぶべきこと
投資家は道徳の裁判官ではありません。長い時間をかけて自分のお金を守り、育てようとする、ごく普通の人々です。彼らが選ぶのは、「機会」と「信頼」のバランスが最も良い場所です。
いま、その天秤は日本へと傾いています。爆発的に成長するからではなく、いまや希少になった「信頼できること」を日本が備えているからです。ルールは守られ、法は公正で、企業は株主を大切にし始め、その水面下では世界が依存する素材と機械を静かに作り続けている。堅実な会社を数十年持ち続けるバフェット氏が日本に賭けるのは、ある意味で「安定そのもの」に賭けているとも言えるでしょう。
学生の方も、主婦の方も、会社員の方も、退職後の生活を楽しむ方も、ここから受け取れる教訓はシンプルで心強いものです。「地味」「退屈」と評されてきた日本の実直さと確かさこそ、世界が不安なときに最も求めるものだった――。
派手な成長を追いかけるより、約束を守り、こつこつと良いものを作り続ける。そんな日本の姿勢が、いま静かに見直されているのです。ときには、ウサギではなく亀が勝つのです。そしていま、世界の賢いお金の多くが、静かに亀に賭けています。
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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学(ICU)教授
マクドナルド・ローリエ研究所(MLI)シニアフェロー兼中国プロジェクト・リード、および日本国際問題研究所(JIIA)のCGOフェロー。著書に『Japan as an Adapter Middle Power: Navigating Ideological and Systemic Divides』(Routledge、2026年)があり、マイク・ローゼンバーグ氏との共著となる近刊『How to Thrive in the New World Order — A Business Blueprint for an Age of Instability』(2027年)も刊行予定。
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(国際基督教大学(ICU)教授 スティーブン・R・ナギ)

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