■「常にファクトから入れ」
商品発注だけでなく、新しい商品開発も、新規事業の開発も、仮説を立てる。仮説を立てるには、「今の変化」を見なければならない。「今の変化」を見続け、対応することで、結果として5年先、10年先の変化対応に行き着く。セブン銀行やセブン&アイ・ホールディングス設立も同様であった。「変化への対応」と「基本の徹底」は別ものではなく、「今の変化」に対応することを基本として徹底する。
では、「今の変化」をどのようにとらえればいいのか。私が鈴木さんから学んだのは、「常にファクト(事実)から入れ」ということでした。現状の事実を的確に把握することで、自分の思い込みや過去の習慣、売り手側の都合を排していく。その際、全体と個、マクロとミクロの両方の目で事実をとらえなければならない。
例えば、セブン‐イレブンには「金の食パン」という商品があります。プライベートブランドであるセブンプレミアムのワンランク上のセブンプレミアムゴールドのシリーズで、2013年に発売しました。
この金の食パンは、「お客様はもっとおいしい食パンを求めているのではないか」という鈴木さんの仮説が出発点でした。なぜ、着想できたのか。当時、食パンでは低価格競争が続いていて、スーパーなどでは特売が多く、低価格帯の食パンでは1斤100円を切る価格も珍しくありませんでした。一方、専門店や高級レストランなどでは、より高品質のパンが1斤300~400円でも人気を博していました。それは製パンメーカーも、流通業も、誰もが知りうる事実でした。
■「数を追うな、質を追え」
この現実について、「専門店とコンビニは別の世界」ととらえれば、その先へは進めません。これに対し、鈴木さんは思い込みや過去の習慣、売り手の都合にとらわれることなく、「食パンについても多少高価格であっても高品質のものをお客様は求めている」とマクロのトレンドを読み、セブン‐イレブンで売る食パンというミクロについてもマクロの中でとらえ、金の食パンの開発という仮説を打ち立てたのでした。
鈴木さんの発案は、常にファクトがベースにあった。ファクトをとらえるため、情報の収集を怠らず、どのようなことについても好奇心や関心を持ち続けました。
「数を追うな、質を追え」。
■評価はまさかの「2段階評価」
鈴木さんは、もっぱら人事や広報など管理部門を歩まれました。私も7年ほど、業務本部長として人事を統括していた時期があります。強く記憶に残っているのは、鈴木さんが「○○を□□に異動させるように」「○○を□□部長にするように」といった指示が一切出なかったことです。人事に自分の“色”が出てはいけないと自戒していたのではないでしょうか。
人事案については、常に私が提案を持っていきました。通常、人事評価といえば、高評価と低評価の間に中間の評価を加えた3~5段階評価が用いられます。これに対し、いかにも鈴木さんらしかったのは、「仕事ができている」「できていない」の2段階評価で○でも×でもない“△”的な中間を入れようとしなかったことです。
人事について、これも鈴木さんらしかったのは、私が決めた「できている」の評価については必ず数字上の根拠を求められ、「できていない」については決して失格の烙印を押すことなく、どこに問題点があるのかを聞き、その問題点が改善されれば再評価ができるとして、「できていない」=「伸び代がある」と前向きにとらえていたことです。そのため、「○○君はその後どうなったか」とことあるごとに私に聞き、気にかけていました。
■ある店長の異動辞令に「否」を
幹部クラスだけでなく、担当レベルについても異動の一覧表を提示していました。私が人事を統括していたころは、社員が6000~7000人いましたが、あるとき、その中の一人の異動について「否」を出されたことがありました。入社2年目の社員で直営店のA店の店長からB店の店長への異動でした。当時、歴の浅い社員の人事は任されており、「否」がでることなど滅多にないことでしたので、人事部全体に大きな衝撃が走りました。
「否」の理由は示されません。そこで私なりに推測しました。A店は近々閉店の予定だったので、その社員はA店の店長を3カ月だけ務め、異動することになったのですが、その事情を鈴木さんは知りません。一人の店長がその店の運営で力を発揮できるまでには1年はかかります。
「否」を出されたとき、感じたのは「私に対する教育でもあるな」と。このエピソードが示すように、鈴木さんは部下からの提案に対して「否」を出すとき、その理由を示さず、必ず本人に考えさせました。それも鈴木さん流の部下の教育の仕方だったように思います。
それにしても、7000人にも及ぶ一覧表に目を通しながら「3カ月で異動」の箇所を見つける。セブン‐イレブンの2万店の店舗についても業績のデータを見ながら問題点を探る。数字を見る力に鋭いものがあり、データの数字を見ても表面的になぞって鵜呑みにすることなく、その中身や背景を突き止める。そのため、「データ主義の経営者」とも呼ばれたのだと思います。
■今のセブン‐イレブンに必要なものとは
今、コンビニを取り巻く環境は大きく変化しようとしています。コロナ禍以来、在宅勤務が広がり、2023年ごろからインフレが加速し始めました。この変化にどう対応していくか。
私が入社したころは、鈴木さんが発案した「開いててよかった」のテレビCMのコピー通り、「時間の利便性」を提供しました。その後、2000年代に入って、コンビニ業界の業績が低迷したことがありました。少子高齢化を背景にした単身世帯の増加や女性就業率の高まりといった市場の変化に対応できていなかったことが原因でした。
そこで、セブン‐イレブンでは、「今の時代に求められる『近くて便利』」をコンセプトに、少し先のスーパーマーケットまで買い物に行かなくても、家の近くのコンビニで買い物をすませられるよう、惣菜類を増やすなど品揃えの大幅見直しを行った。「距離の利便性」を提供することで低迷を脱していきました。
そして、今回の市場の変化です。セブン‐イレブンでは、中食をさらに進めたQSR(Quick Service Restaurant/クイックサービスレストラン)として、レジの横で展開する揚げ物、焼きたてパン、コーヒー・紅茶、スムージーなどレジ横商品について、「Live-Meal(ライブミール)」というコンセプトを打ち出しています。揚げたて、焼きたて、淹れたてのライブ感を楽しんでいただき、「満足感」「わくわく感」「安心感」のセブン‐イレブンならではの顧客体験価値を提供していく。
常に「今の変化」に対応していく鈴木イズムを継承することで困難な時代を乗り越える。それが恩に報いることになると私は信じています。
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永松 文彦(ながまつ・ふみひこ)
セブン‐イレブン・ジャパン 取締役会長
1957年東京都出身。東京経済大学卒業後、1980年セブン‐イレブン・ジャパン入社。
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(セブン‐イレブン・ジャパン 取締役会長 永松 文彦 インタビュー・構成=勝見明)

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