富山県高岡市で毎年秋に開催されるクラフトとアートの総合イベント「市場街(いちばまち)」。銅器や漆器など400年以上受け継がれる伝統産業を背景に、2012年の始動以来、単なるイベントの枠を超え「工芸で街と人をつなぐ場」として歩みを重ねてきました。
1年に1度、僅か2~4日間のイベントを通して高岡の街に携わった人々は15年間で延べ30万人に上り、地域の人々や職人、来訪者を巻き込みながら進化を続けています。その取り組みは2022年に地域の活力創出に貢献したイベントを表彰する「ふるさとイベント大賞」で最高賞となる内閣総理大臣賞を受賞するなど大きな功績を残しています。今回15周年を機に、まだ産業観光という言葉が定着する前から取り組みを始め、着実に高岡の景色を塗り替えている市場街のこれまでの軌跡と未来について、市場街実行委員長 國本耕太郎さんにお話を聞きます。


人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


クラフトコンペの熱を、街へ広げたい

「市場街は当初、工芸都市高岡クラフトコンペティションを盛り上げようとしてはじめたイベントでした。当時、作家の登竜門とされていた工芸都市高岡クラフトコンペティションですが、高岡に暮らす人からの認知度が低く、街自体の盛り上がりに欠けているのを憂慮していました。そこで入選作品が展示される期間、どうせならものづくりという切り口で高岡の街中を賑やかにしようという思いで立ち上がったイベントです」

市場街が始まった2012年頃は、オープンファクトリーや産地イベントが各地で立ち上がり始めた黎明期でした。地域の産業と観光を結びつけようと、多くの地域が手探りで取り組んでいた時代です。

そんな中、高岡は、加賀藩主・前田利長が築いた高岡城の城下町として発展し、400年以上にわたって鋳物や漆器の技術を受け継いできた歴史があります。伝統産業や職人の存在が人々の暮らしに自然と根付いている地域だからこそ、その特性を活かした市場街は、他の地域にはない魅力を持つ産地イベントとして独自の地位を築いていきました。

コロナ禍で問い直した市場街の存在意義

イベント開始以来、知名度も上がり出展者も来訪者も増加していたなか、2020年にコロナ禍に突入。國本さんは市場街に関わってきた中でこのコロナ禍が一番の転換期だったといいます。

「それまでは出展者さんも増えたし、参加していただいたお客さんも右肩上がりに少しずつ増えていたんですが、コロナで一旦リセットされて。でも、コロナのおかげで市場街の本当の意味ってなんだろう、と考える時間と機会になりました」

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


×外出が制限されるという状況を鑑み、自宅にいても市場街を楽しんでもらえるようにとオンライン配信という形で高岡のPRをし続けました。

職人さんたちの手元を定点カメラで映し続ける「定点観職」や、「職人めし」では街中の飲食店を紹介しており、現在もYouTubeで視聴できます。


「オンライン配信をメインとし、コロナのフェーズに合わせながら現地でのイベントも少しずつ行っていましたが、その時に本当に伝えるべきことは何か、オンラインにしてまで実施するのか、ということを問い続けながら手探りで市場街を継続させていました」と國本さんは当時を振り返ります。

「高岡が好き」その想いが、人と街をつないでいく

今年15年目を迎える市場街ですが、ここまで続けられたのは、この市場街の趣旨を理解し、”街のために”と支えてくれる人が居たからだそうです。運営に携わる実行委員会のボードメンバーは13人ほど。15年の間には、メンバーの入れ替わりがあったり、ライフステージの変化などで実行委員会の業務が以前と同じようにできなくなるメンバーもいたそうです。そんな時は大変な人を誰かがサポートして実行委員会を運営してきました。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「実行委員会は会社の仕事とは違うので、本業やライフスタイルとのバランスが難しいメンバーももちろんいるんです。でも、地域の企画に参加することで“自分の街のことを考えるモチベーション”が生まれ、人脈や仕事につながる機会が増える。結果として、自分の新たな価値に気づくきっかけになればいいなと思っています」

市場街にはボードメンバーのほか、ボランティアも多く関わっています。特に市場街の大きな特徴の一つが、地元の富山大学との連携です。富山大学では、市場街の運営参画が授業として存在し、運営を通して街を学ぶことで単位取得になります。これにより、毎年20名前後の学生が運営に参加し、イベントを支える重要な存在となっています。

また、一般公募のボランティアは、全国各地から「市場街に関わりたい」と応募する人も少なくありません。参加者の口コミや「友人を誘ってまた参加したい」という声が広がり、その数は年々増えているそうです。
大学生や一般ボランティアには、それぞれボードメンバーが担当として付き、丁寧にサポートしています。こうした体制が参加者の満足度を高めるとともに、円滑なイベント運営にもつながっています。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


関わってくれる人に恵まれているのが一番大きいと國本さんは話します。

「市場街の趣旨に賛同し、協賛していただいている企業の皆様、裏方としてサポートしていただいている高岡市・高岡商工会議所の皆様、そして周辺の住民の皆様にも支えられ、皆さんから応援の声があって15年間の歴史を積み上げて来られました」

来訪者との対話が、職人の誇りを育てる

市場街では普段、ものづくりをしている職人がバーテンダーとなり自分の好きなお酒とおつまみを紹介する「職人Bar」が市場街を始めた当初から人気を博しています。職人がバーテンダーとしてお酒を振る舞い、職人が手がけた作品や商品を眺めながら、作り手本人とものづくり談義を楽しむことができます。この職人Barが高岡ファンを生み出していると國本さんはいいます。昼と夜で職人の異なる表情に出会える。昼のオープンファクトリーでは、工場や工房で真剣にものづくりに向き合う姿を間近で見ることができます。そして夜には、街で来場者と笑顔で語り合い、一緒に食事やお酒を楽しむ姿も見られます。ものづくりに打ち込む真剣な表情と、人柄が伝わる親しみやすい一面。そのギャップを楽しめるのが市場街ならではの大きな魅力です。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


こうした来場者との交流は、イベントの魅力を高めるだけではありません。職人にとっても、自身の仕事やものづくりを見つめ直すきっかけになったといいます。


「最初の頃は、『うちの工場に来ても見るものなんてないですよ』『何を話したらいいんですか』とよく言われました。今では考えられませんが、みんな最初は恥ずかしそうにしていたんです。

でも、人に見られることに慣れて、お客さんから『すごい!』『これも手でやっているんですか?』といった反応を直接もらうようになると、職人の表情ががらりと変わりました。『またいつでも見に来てください』と、自信を持って迎えられるようになったんです(笑)。こうして見せられる工場や工房になっていくことは、職人自身にとっても大きな変化だったと思います。

自分の仕事を自分の言葉で伝えるのは、決して簡単なことではありません。それでも、お客さんにわかりやすく説明したり、楽しんでもらえるようにクイズを用意したりと、それぞれが工夫を重ねるようになりました。そうした職人が増えてきたことは、ものづくりの現場にとっても、とても頼もしい変化だと感じています」

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「聞いてないぞ!」から始まった地域との対話

年に一度のイベントでありながら、市場街は職人たちの意識にも変化をもたらしました。人に見られることへの意識や、自らの仕事を言葉で語る力が育まれてきました。そして高岡の街に暮らす人との関係もこのイベントを通して醸成した部分があったといいます。

イベント期間中、歩行者天国にしてる山町筋というエリアは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、もともとものづくりの街ではなく、多くの商社が並んでいた街。

市場街のようなものづくりのイベントののぼりを掲げることに違和感を持たれたり、聞いてないぞ!と訝しげな顔をされることもあったとか。産地イベントでは地域に古くからある祭りとは違い、地元住民への理解が最初から得られない場合もよく見受けられます。


人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「こういう軋轢はイベントの趣旨だけを伝えてもダメで、結局コミュニケーション不足が最大の原因だと思うんです。なので我々も町内会のゴミ拾いを手伝ったり、草むしりしたり、一緒に飲みに行ったりすることで少しずつ打ち解けてきました。それが続くと徐々に応援してくれるようになり、『駐車場貸してあげるよ』って向こうから声かけていただけるようになったんです。地域に密着したイベントだからこそ、このコミュニケーションをコスパ・タイパが悪いといって蔑ろにしていたら、ここまで理解してもらえず、イベントも続けられなかったかもしれません」

市場街は「いつもより、ちょっと背伸び」を応援する場

市場街がイベントとして成熟し、街との協力関係を築いていくなかで、國本さんをはじめとする実行委員会は新たなテーマに向き合うようになったといいます。イベントの数日間だけ盛り上がればいいのではなく、イベントで来た人達にいかに高岡のファンになってもらい、どうやってまた訪れてもらうか。デザイナーなどのプロのユーザーと高岡の工場や工房との新たな仕事に繋げられるか。考えを巡らせ、何度も議論を重ねた先に「365日市場街」というテーマが生まれました。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


イベントの期間中、市場街に出展してくれている街の商店や職人たちみんながチャレンジをし、普段の業務だけでなくちょっと背伸びをする。すると、自分たちの価値や魅力を再発見したり、生まれた新しい繋がりがその後の365日の生業につながっていきます。これが市場街の一番大事なところなのかなと國本さん。

「これはものづくりだけの話ではありません。市場街には飲食店の方々も参加してくださるので、地元のおいしい食の魅力も発信できます。例えば、普段はラーメンを提供しているお店が隣のケーキ店とつながり、『ラーメンの後はスイーツを楽しんでもらおう』と企画したり、クラフトの器で料理を味わうイベントを開いたり。
市場街をきっかけに、新しいコラボレーションが生まれてきました。今はSNSでつながっているように見えても、実際には地域の人同士が直接つながる機会は意外と多くありません。だからこそ、街の人たちが横につながることで、新しいアイデアや相乗効果が次々と生まれてくるのだと思います」

伝統工芸の未来は、価値の共有

高岡のものづくり、特に伝統工芸は今、岐路に立たされている。職人の高齢化、後継者不足は伝統工芸の産地に重くのしかかる課題。伝統工芸の工房が一つなくなっても一般市民の生活に支障があるかと言われたらそうではありません。しかし文化的な側面でいえばその伝統がなくなる損失は大きく、そしてなくなったものはもう戻ることはない。高岡のものづくりは分業制なので途中の技術が抜け落ちてしまうと、高岡の中でものづくりを完結するのが難しくなります。

伝統工芸の火を絶やさぬよう、高岡に興味を持って訪れた人たちにどのようなアプローチをしていくのか。今、盛んに取り上げられる産業観光のなかでものづくりの現場を見てもらうだけでなく、宿泊や食で高岡を感じてもらう。見学だけで収益を上げるのは簡単ではありません。特に高岡のものづくりは分業制のため、工場や工房によっては最終製品を販売していない場合もあります。だからこそ國本さんは、見学や交流をきっかけに職人がしっかりと収入を得られ、新たな仕事へとつながっていくことが理想だと話します。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「ものづくりの産地に暮らす人は、自然とモノを見る目が育っているんです。
高岡なら、鋳物や漆器が暮らしの中に当たり前にあるので、良いものの価値を感覚的に理解できます。一方で、そうした文化に触れる機会が少ない人にとっては、例えば100円の器と高岡漆器の違いや、それぞれの価値を実感するのは簡単ではありません。『なぜこの器にはこの価格が付いているのか』という背景を知って初めて、その価値が伝わるんです。

知らなければ、モノの価値を正しく評価することは難しいですよね」

市場街でのオープンファクトリーやワークショップ、職人Barでの作り手との交流が高岡の伝統工芸に興味を持ってくれる人が増え、技術に価値を見出してくれる人が増えれば増えるほど高岡のものづくりに活気が溢れるようになります。職人の繊細な技巧や工場の熱気を肌で感じることで、ものづくりのファンになり、高岡のファンになってもらう。その中から一人でも「高岡でものづくりに携わりたい」と思う人が生まれれば、高岡の未来には、まだまだ大きな可能性が広がっています。

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「365日が市場街」そんな未来に向けて

街並みも、人も、食も、ここでなければ味わえないものでなければ都会の大きな展示場で行うイベントと変わらなくなってしまいます。市場街でしか味わえないものを提供し続けてきた國本さんに今後の市場街の展望を聞きました。

「市場街は、その言葉自体に人と物が行き交う町という意味があります。人とモノが行き交い、そこから新しいつながりや価値が生まれる場でありたいと思っています。だからこそ、主役は実行委員会ではなく、地元のお店やオープンファクトリーに参加する工房の皆さんです。

今は実行委員会が中心となって運営していますが、将来的には、地域の皆さん一人ひとりが『自分たちのイベント』という思いを持ち、自発的に関わりながら一緒に育てていく。そんなイベントになることが理想ですね」

人とものが行き交う街をつくる。市場街15年の歩みと、その先にある “365日 市場街”という未来


「365日市場街」というビジョンがある市場街というイベントにとって15周年はゴールではなく、「365日市場街」というビジョンを実現するための通過点なのかもしれません。今年は15年間の軌跡を辿る特別イベントなど、高岡の街をまるごと楽しめるようなコンテンツが盛り込まれ、より一層パワーアップして開催する。秋の連休に北陸新幹線で富山・高岡に足を運んでみてはいかがですか。

市場街 URL

https://ichibamachi.jp/

インスタグラム

https://www.instagram.com/ichibamachi/
編集部おすすめ